「藝大の猫展2020」コンペティション「猫大賞」 審査員による受賞作の講評レポート

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コロナウイルス感染症の関係で開催が延期になっていた「藝大の猫展2020」ですが、いよいよ、9月19日(土)から藝大アートプラザで始まります。それにともない、本展の目玉企画の一つである、学生を対象に作品を募集したコンペティション「猫大賞」の審査が、9月4日(金)に行われました。

今年の審査員は、芸術学科教授の木津文哉先生、彫刻科教授の原真一先生、そして、漫画家・随筆家で大の猫好きでもあるヤマザキマリさん、藝大アートプラザの伊藤店長、ほかの5名です。

入選作品を選定する第一次審査、入賞候補作品を選定する第二次審査、そして受賞作を確定する第三次審査を経て、83作家、116点の応募作品のなかから得票数順に、猫大賞1点、準猫大賞2点、猫アートプラザ賞1点の計4点を選びました。また、それらとは別にヤマザキマリさんが、ヤマザキマリ賞1点を選びました。

受賞作品を発表するとともに、審査員のコメントもご紹介します。

猫大賞

川口麻里亜(美術学部絵画科日本画専攻4年)「いつものおやつ」

布にくるまって、うずくまってこちらを見上げる一匹の猫が描かれています。金銀を塗ったり、和紙のようなものが貼り重ねられていたり、一枚の絵のなかにさまざまな質感が見えます。

「相対的な意味で絵画としての力があります。そこに一番惹かれました。舌ベロの出し方やフォルムを見ると、これを描いた人が猫のことをよく知っていることがわかりますね。それと同時に、猫を描くときに作家として気をつけなければならないことを、若い割によくできています。僕も猫を飼っているからわかるのですが、猫好きが猫を描くと趣味的になりがちだということです。ただ猫をかわいく描きましたということと、絵画として見られるということは意味が少し違います。この作品は、趣味的になりそうなところをギリギリで抑えて、自分の好きな猫を“対象”として突き放して見て、作品にしているからうまく完結しているのだと思います」(木津先生)

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木津文哉先生

準猫大賞

平良光子(大学院美術研究科修士課程 彫刻専攻1年)「loving」

楠を彫った等身大の猫の木彫です。耳の中の毛、まつげ、裏返して底を見ると足も丁寧に彫られています。

「丹念に丁寧に彫っているところが、好感を持てて、いいですよね。おもわず触りたくなってしまいます。平良さんのコンセプトの紙に〈猫は大変美しい。生まれながらに愛される才能を持っている。……これを、わたしが今まで拾ってきた5匹の猫たちと、この世の全ての猫に捧げたい〉と、猫への思いが書かれています。言うことないですね。猫が好きで、それを形にしようとしたらこの作品ができた、ということなんです。造形の点から言うと、彫った木から猫の温かみや重さも伝わってきます。しいて言うなら、ひげがあるともっと良かったですね。まつげの表現はすごく頑張ったと思います。刃物が切れないとこういった細部の表現は難しいです」(原先生)


原真一先生

準猫大賞

山田高央(大学院美術研究科修士課程 文化財保存学専攻保存科学卒業生)「野良時空 Ticking 9 Lives」

缶のなかに、文字盤にうっすらと猫のシルエットが描かれた時計が入っています。針は通常の時計よりも早く動いています。作者の山田さんによると、野良猫の寿命は10年に満たず、人間の10倍近い速度で彼らの時間は進んでいます。そのため、猫と人間の体感時間は異なります。そんな、猫の過ごす時空間を直感的に理解するための装置として、この作品をつくったそうです。

「子どもの頃から何匹も猫を飼ってきていますが、猫の死には耐性がつかなくて、毎回大変なショックを受けます。いま飼っている猫にまだ死ぬ気配は全然ありませんが、いつか別れが来ると思うと毎日切ないです。猫は小さくて、か弱くて、食べるものも限定的で、はかない生き物です。この作品は、猫の形をしているわけではありませんが、そんな猫のはかなさを象徴できています。猫の命に対する敬いやリスペクトがないと、つくることができない作品だと思いました」(ヤマザキマリさん)


ヤマザキマリさん

「うっすらと猫の影が入っているところもいいですね。あえて焦点をぼかすことで見る人の想像力を掻き立てている。エントリーシートのコンセプトのコメントも練られていますし、非常に計算されています」(原先生)

猫アートプラザ賞

田村正樹(大学院美術研究科修士課程 絵画専攻油画技法・材料1年)「ヒソヒソ猫娘の噂噺(ねこのしっぽはだれのもの?)」

和紙に水彩とアクリルで描かれた作品です。猫の視点で物語を考え、その物語の断片を絵に落とし込んでいます。

「文字のかたちなど細部もこだわっていますし、一貫性が合って、絵として完結しています。この方は、ほかにも2点出品していましたが、この作品が絵として一番まとまっていると思いました。猫のマンガ、アニメというと、まっさきに、ますむらひろしを思い浮かべますが、この作品からもますむらひろしの絵の童話性みたいなものを感じました。こういった擬人化した猫の作品は、絵画の文脈に昔からあります。田村さんが、この後、絵画の方に進むのか、イラストや商業美術の方に進むのかわからないですが、そういった系譜に連なる作品だと感じました」(木津先生)

ヤマザキマリ賞

俵圭亮(大学院美術研究科修士課程 絵画専攻油画技法・材料専攻2年)「長崎県雲仙市のジャケット(EP盤)」

絵の横に貼り付けられているビニールに雲仙市で採取した「溶岩石」に入っています。その石を砕いて顔料にして、雲仙の山の前に佇む猫を描きました。

「私もマンガで火山を描いているから思うのですが、屋外に設置できる彫刻とは違って絵画の場合、地球を創作物に還元しにくいものです。様々な鉱物や有機物から抽出される顔料は唯一、絵画と地球の繋がりをもたらしてくれるものと言えるでしょう。この作品は溶岩石そのものを顔料にして描かれていますが、まさに地球への還元が感じられました。また、噴煙が上がっている火山の“自然ナメんなよ”という佇まいと、猫の “猫ナメんなよ”とでも言いたげな挑発的な表情がシンクロしているところも人間に媚びないグルーブ感があって、音楽のジャケットというフォーマットとマッチングしているのも好きです」(ヤマザキマリさん)


ヤマザキマリさんと、ヤマザキマリ賞受賞作「長崎県雲仙市のジャケット(EP盤)」(俵圭亮さん)

最後に今年の応募作品全体についての印象も伺いました。

「日本の表現者がとらえる猫と、イタリアの表現者がとらえる猫には、確実な差異があることに気が付く審査でした。今回の応募作品はどれも、動物に対しての目線が上からではなく、猫と同一の目線で描かれています。人間が自分の思い込みで決めた猫のかたちではなく、猫のそのもののかたちをどう引き出そうかという、猫への配慮が感じられるのです。
一方、海外の人が描く猫はどこか愛玩動物とでもいうのか、これは動物全体の表現に共通して言えることですが、どうしても人間至上主義的意識があらわれてしまう。ここにある作品には、そういった至上主義志向が感じられません。これは、日本人の表現する動物全てに統一した傾向かもしれませんが、私が最もリスペクトする点でもあります」(ヤマザキマリさん)

「立体にしろ絵画にしろ、猫のきれいなところ、かわいいところをストレートに表した表現が多かった。準猫大賞を受賞した〈野良時空 Ticking 9 Lives〉のような、違う角度からのアプローチがもうちょっと増えてくると、展覧会としての層が厚くなって面白くなったと思います」(原先生)


原真一先生

「応募作品の数は絵画が圧倒的に多かったけれども、賞候補として残った作品に立体が多かったのは、平面の学生の方が、描く力、まとめる力、作品にする力が弱いからです。立体の方が使っている素材の力も作品の魅力になりますし、まわりの空気も含めて制圧する力があるので、票が集まったのは無理からぬことだと思います。絵画の場合も絵の具という材料を使いこなせれば、ぐっとくるものはできるはずですが、そこまでの域に到達するには時間がかかります。だから表面的な世界観を試しているのかもしれません。

ただ、今後オンラインで作品を発表するようなことが進んだら、そもそも、絵の具を使いこなして皮膚感を表現することや、絵画の身体感覚が今よりも求められなくなるはずです。そういう作品を見て育っていった学生は、僕らとはぜんぜん違う作品をつくるようになるでしょうし、良いとされる作品も変わっていくのだと思います」(木津先生)

この記事で紹介した5点受賞作、そして本コンペティションの入選作は、9月19日(土)から始まる「藝大の猫展2020」で展示・販売いたします。また、卒業生による作品や、あなたの猫を作品にする受注制作「ウチの猫(こ)がアートに!藝大のアーティストがあなたの愛猫を制作します」も開催します。絵画、彫刻、工芸など、さまざまな技法でつくられた猫が勢揃いしますので、ぜひ猫好き、アート好きの方は藝大アートプラザにお越し下さい。

「藝大の猫展2020」
2020年9月19日 (土) – 11月15日 (日)
11:00 – 18:00
入場無料
休業日: 9月23日(水)、28日(月)、10月5日(月)、12日(月)、19日(月)、26日(月)、11月2日(月)、9日(月)
https://artplaza.geidai.ac.jp/gallery/2020/01/vol2.html


取材・文/藤田麻希 撮影/五十嵐美弥(小学館)

※掲載した作品は、実店舗における販売となりますので、売り切れの際はご容赦ください。

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