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上野はアートの宝庫!?藝育会の二人とゆく上野アートスポット巡り【まち歩き編】

ライター
安藤整
関連タグ
上野 建築 散歩コース 文化施設 藝育会

アートのまち、上野。バンクシーのように「その場所でしか成立しないアート」が上野にはあるということで、まちの中にアートを求めて藝大アートプラザ編集長・セバスチャン高木が歩きます。ご案内いただいたのは、「藝を育むまち同好会」(通称「藝育会(げいいくかい)」)会長の大道寺勇人さんと、同事務局長で東京藝大大学院に在籍する一ノ瀬健太さん。「これはアートなのか?」「そもそもアートとはなんなのか?」を問う奥深い旅となりました。

まち歩きに先立って行われた3人の鼎談は、こちらからどうぞ

アートにあふれる商店街アメ横

高木 早速やってきました。

安藤 上野のアメ横ですね。

一ノ瀬 ここ、上野のアメ横と言われがちですが、実はアメ横ではないのです。ここは上野中通商店街、通称「上中(うえちゅん)」です。エリア的にはアメ横とも重なる部分も多いのですが、上野に生きる者としてはこだわっていきたいところです。

安藤 知りませんでした。

一ノ瀬 ちなみに両側に立っている街路灯は、現在東京藝大の学長を務めている日比野克彦先生がデザインを監修しています。78基あって、すべてデザインが微妙に異なります。ゲートの入り口にある上中というゴテゴテしたオブジェは日比野学長の制作でアメ横に比しても目立つように作られました。

高木 こうやってみると、たしかに結構アートなシルエットをしてますね。

一ノ瀬 上中は「芸術通り宣言」という商業理念を掲げていて、藝大との共催イベントなどアートを取り入れる街づくりをしてきました。今年も上野倶楽部というファンコミュニティーを立ち上げ、藝祭とコラボもしています。


高木 これもアートじゃない?(笑)

安藤 アートなんですか?(笑)

一ノ瀬 いや、立派なアートですよ。ロバート・ラウシェンバーグ(※)の「モノグラム」を彷彿とさせます。ヤギの剥製にタイヤを巻いた立体物を「絵画だ!」と言って波紋を読んだ人です。「絵画は芸術と生活の両方に関係している」とラウシェンバーグは語りましたが、その中間に位置する表現です。
シュルレアリスムにおいてよく用いられたトロンプ・ルイユ(仏: Trompe-l’œil、騙し絵)ともとれますね。錯覚を利用した技法で、最近では解りやすく「トリックアート」と呼ばれてます。いや、むしろ教会建築におけるレリーフ的な存在に近いのかもしれない。

※ロバート・ラウシェンバーグ:20世紀のアメリカの美術家。ジャスパー・ジョーンズとともにアメリカにおけるネオダダの代表的な作家として活躍し、その後のポップアートの隆盛にも重要な役割を果たした。

安藤 (そうなのか?)

一ノ瀬 いずれにせよ、道ゆく人がわっ!と驚くような迫力がある表現です。この飛び出る立体の靴が忘れられず、いつもこのお店に引き寄せられて靴を買ってしまいます。

高木 それが浮世絵チックなテイストの絵とコラボしているんだよ? アート以外の何物でもない。

一ノ瀬 江戸時代の浮世絵と現代のスニーカー、平面と立体、相反する存在が調和している。まさにガンダーラ美術を彷彿とさせる東西文明の融合と言えるでしょう。内国勧業博覧会など、西洋文明をいち早く取り入れたきた上野という地域の風土が感じられます。

上野中通商店街の入り口。同商店街は、平成6年に「芸術通り宣言」をした。

和光ハトヤの落書きはアートか

高木 この横道は、パリのポンピドゥー・センター(※)をオマージュしているんですよね?

大道寺 (笑)

※ポンピドゥー・センター:フランス・パリにあるジョルジュ・ポンピドゥー国立芸術文化センター。現代イタリアを代表する建築家レンゾ・ピアノらによる、金属ダクトなどがいびつに組み合わされた外観は、建設当時大きな批判も浴びたが、ピアノは「いかめしい文化施設のイメージを破壊したかった。これは芸術と人間のこの上なく自由な関係の夢であり、同時にまた、街の息吹が感じられる場である」と語ったという。

一ノ瀬 アートのメガネをかけて歩くと、まちはアートの宝庫ですね。実はこの先におもしろいものがありまして。

一ノ瀬 あそこです。屋根の上。

高木 あ、アートだ!

大道寺 アートですね。

一ノ瀬 たぶんよじ登って描いたんでしょうね。

安藤 犯罪でしょう! ダメ絶対。

一ノ瀬 ダメなんですが、このビルの人も「アートだ」とおっしゃってて。懐が深くあそび心がありますよね。和光ハトヤの取締役で、藝育会副会長の桜井さんです。上野中央通り商店会の会長でもあります。

わざわざ説明に出てきてくださった桜井正人さん。和光ハトヤの広告デザインを藝大生に依頼するなど、さまざまなプロジェクトを進めている。

桜井 ほめられたことじゃないけどさ、アートだなと思って消さないでいるんだよ。

高木 バンクシーだったら消さないですもんね。そう思ってみると、この屋根の雨だれみたいなのも現代アートに見えてきた。

一ノ瀬 不思議な柄ですよね。下から上に雨だれが登っていっているようにも見える。もの派の巨匠である李禹煥の「From Line」や千住博の「ウォーターフォール」にも見えてきますね。

※李禹煥(リ・ウファン): 1960年代後半から「もの派」と評される現代アートの動向の中で中心的な役割を担ってきた韓国出身の世界的アーティスト。
※千住博:日本生まれ、ニューヨーク在住の画家。崇高で巨大なスケールの滝や崖の作品で世界的に知られている。

高木 まんなかの渦みたいなのが、ライブ・ペインティングしたみたいでアートだ。

一ノ瀬 その流れで真ん中の渦を見ると、ウォルター・デ・マリア(※)の球体作品にも見えてきます。

※ウォルター・デ・マリア:アメリカ合衆国の彫刻家・音楽家。インスタレーション作品などを多数制作・設置している。

安藤 (深読みし過ぎではないなのか……?)

和光ハトヤさんの店舗正面。アールヌーヴォーの系譜を引くような外観が目を引く。

店のスタッフが描いたというポップを、高木さんはTwitterに投稿していた。

ハイタウンのミニマリズム

一ノ瀬 建築つながりでぜひ観ていただきたいのが、これですね。

湯島天満宮から見た湯島ハイタウン。左がB棟で右がA棟。

大道寺 湯島ハイタウンのA棟とB棟です。僕は昔住んでいました。

一ノ瀬 B棟にも若干みえますが、A棟の裏が良いんです。

高木 これは完璧なミニマリズムだね。

一ノ瀬 その通りですね。

安藤 ミニマリズムってなんですか?

一ノ瀬 アメリカ合衆国では1960年代に登場し、主流を占めた傾向、またその創作理論です。
 「minimal(最小限) + ism(主義)」という組み合わせの造語で、要素を最小限度まで切り詰めようとした一連の態度から生まれました。必要最小限を目指す一連の手法や、その結果生まれた様式です。装飾的な要素は最小限に切り詰め、シンプルなフォルムを特徴としています。

高木 無駄を極限まで削ぎ落とした感じがするでしょ? 

一ノ瀬 湯島ハイタウンは、見た目的には機能主義的な建築といえます。20世紀初期のシカゴの建築家ルイス・サリヴァンの信念でもある「形態は機能に従う」というフレーズを体現した建物といえます。

※ルイス・サリヴァン:アメリカの建築家で、シカゴ派の代表的な建築家一人。フランク・ロイド・ライト、ヘンリー・ホブソン・リチャードソンとともにアメリカ建築の三大巨匠とされている。

安藤 (そうなのか?)

一ノ瀬 外観に一切の無駄がなく、必要とされる必要最小限の要素のみで構成される様は、ミニマルアートの巨大作品にも見えてきますね。
 しかし画一的な外観の反面、個室のひとつひとつにはそれぞれの画一的でない人生模様があるのだと思います。ある家庭があって夫婦と子どもが揃って夕涼みをしている姿を妄想したりします。

高木 そう思ってみてみると、室外機もひと部屋ずつ微妙に違うんだよね。

一ノ瀬 日本の神道や禅でよしとされる「足るを知る」や「清貧の思想」を彷彿とさせる久隅守景の『納涼図屏風』の風景が立ち上ってきませんか? もっとも、窓ははめごろしなので夕涼みの風はそれほど入ってきませんが(笑)

大道寺 建築当初はエアコンがついてなかったので暑かったらしいですね。

高木 というか、どうやってエアコン取り替えるんだろうね。

ラッセンはアートなのか?

大道寺 次は上野の「ラッセン」を見に行きましょう。

高木 いやあ、これもまた絶妙にいいね。フィリピンの海だろうか。

一ノ瀬 はげかかってしまっていますが、この下には陶器で作ったレリーフがあります。これは藝大生でも難しいクオリティです。

高木 陶器なんですね。上は海で、下はジャングルのゾウ。アートだねえ。

一ノ瀬 ラッセンは批判的に語られることも多いポップアートですが、商業的に成功したからアートではないというのは違うと思うんですよね。僕は子供の頃から好きでしたよ。

高木 パチンコの台にもなってるくらいだからね。

一ノ瀬 ラッセン自身は、きっとすごく「いい人」なんだと思うんですよ。まわりの人間がマネタイズさせているだけで。批判の中にはやっかみみたいな要素もあるじゃないのかな。


高木 いい人じゃなかったら、あんなにたくさん描いてくれないよね。商業的に成功しているアーティストは他にもいるのに、ラッセンだけ批判されるのはかわいそうだと思うな。アートのハードルを下げたという意味での貢献は大きいよ。

一ノ瀬 ラッセンを見て絵画が好きになる子供だっているわけですしね。ファインアートではないかもしれないけれど、マージナルアートというか、中間領域的な存在、限界芸術だと思います。

日本古来のアート「タマムシ」

大道寺 次は御徒町エリアに行ってみましょう。

一ノ瀬 こちらも藝育会の理事をしてくださっている、ジュエリータウンおかちまちの会長でセレナの店主でもある田中勇さんです。ひげがとってもアートですよね。

田中 うん、もうちょっと伸ばそうと思ってるよ。

安藤 (否定しないんだ……)

田中 今日はちょうどおもしろいものが入ってるよ。タマムシ。

高木 きれいですね。

田中 法隆寺にある「玉虫厨子」(※)と同じですね。これに金で縁取りをしてブローチにするとこうなる。

※法隆寺が所蔵する飛鳥時代の厨子。装飾に玉虫の羽を使用していることからこの名がある。国宝に指定。

高木 アート以外の何物でもない。

田中 上野・御徒町は日本で唯一の宝石問屋街なんですよ。日本の百貨店や小売店などで販売される宝飾品の半数以上が、御徒町にある卸業者を経由しています。

安藤 そうなんですか!

一ノ瀬 自然界にある美しさも忘れてはいけないですよね。ドイツの文豪ゲーテは「花を与えるのは自然であり、それを編んで花輪にするのが芸術である」と語りましたが、玉虫厨子はまさにゲーテの言う通りですね。

東京藝大生御用達のシーフォース

大道寺 ここからほど近いところにある「シーフォース」さんは、藝大生には必要不可欠な存在ですね。

佐々木 シーフォース株式会社の代表取締役社長をしています、佐々木一富です。よく来てくださいました。

高木 お邪魔いたします。店の象徴がまずアートですね。

佐々木 あれは東京藝大でつくっていただいたんですよ。ポセイドンをモチーフにしています。1.5mmの銅板の叩き出しでつくってあるそうで、前学長の宮田亮平先生の肝いりで相原健作先生を中心に2〜3年かけてつくっていただきました。

一ノ瀬 藝大生で「シーフォース」を知らなかったらモグリじゃないかというくらい、藝大の中では有名なお店なんです。

中央が佐々木さん。

佐々木 もともとは佐々木工具店というお店で、私の先代の時代に、藝大の彫金科や工芸科の方々から贔屓にしていただいていたんです。今ではジュエリー関連や、珍しい3Dプリンターなども扱っています。

日本を代表するメーカーも訪ねてくるという特殊な機器が並ぶ店内

内部まで造形できる3Dプリンターで制作した人体模型

佐々木 こういった複雑な構造も3Dプリンターなら可能です。

高木 アートの可能性が広がりますね。

佐々木 鋳造で何かをつくる時の金型や、プロダクトの試作品などは、今は3Dプリンターでつくってみることが最適になりました。あるいは記念品や小ロットでつくりたいときなど。ジュエリー業界でも弊社の3Dプリンターを導入していただいています。ヨーロッパではかなり普及しているのですが、日本ではまだまだ遅れている印象がありますね。

高木 きたもっちゃん(※)もこれでつくれないかな。

※和樂webでコラボしている埼玉県北本市で発掘された土偶をモチーフにしたキャラクター。キャラが右往左往している。詳しくはこちら

佐々木 メッキや樹脂などもさまざまな種類を手掛けていますし、15〜20人のスタッフが常時動いていますので、いろいろとご提案できると思います。

一ノ瀬 私は人間の業をテーマに活動していて、金のうんちをよく作ったりするのですが、さらなるアイディアが湧いてきました。普段見れないものを見せていただきました。ありがとうございます。

上野公園のパンダ

大道寺 最後に、上野公園にお見せしたいものが。

高木 パンダですか。

大道寺 パンダです。

一ノ瀬 自分が今年6月に制作したパンダベンチです。

高木 上野動物園の目の前に。

一ノ瀬 東京上野ライオンズクラブの結成60周年記念としてお話を頂いて制作した「ハッピーパンダベンチ」といいます。上野に遊びに来た子供たちが大人になって、またその子供を連れて遊びに来る、そしてまたその子供が……というように、親子の幸せな思い出の記念になればと思い、制作しました。命名してくれたのは、先ほどの桜井さんです。

高木 思えば僕らはパンダに多くのものを託しすぎているよね。

大道寺 「パンダはかわいくなきゃいけない」みたいな。

高木 そうそう。絶対にかわいく描かれるけどさ、動物としてのパンダに本来そんな要素はないですよ。

一ノ瀬 確かにそうですね。いつからそう描かれるようになったんでしょうね。

高木 いろんなコスプレまでさせられたりしてさ。僕らは常になんらかの役割をパンダに負わせていますよ。国と国との友好親善までさせられて。

大道寺 たしかに、ハダカデバネズミとかには役割を負わせていませんね。パンダだけやたらと役割が多いですね。

一ノ瀬 そこからの解放が必要だと。

高木 そう。アンデパンダン(※)させないといけないんだよ。パンダだけに(笑)。パンダのアンデパンダン運動を起こそう。パンダに「ベンチ」という役割を負わせた一ノ瀬さんだからこそできる、解放運動があると思いますよ。

※フランス語「Indépendants(アンデパンダン)」:独立の意。特に、パリで官設の美術展に対抗して、1884年以来開かれている無審査・無賞の絵画展覧会とその協会を指す。「Société des Artistes Indépendants」。

一ノ瀬 動物としてのパンダに戻す、という実存主義的な考えに立ち返るわけですね。やりましょう。


【話がよくわからなくなってきましたが、次回「上野のパンダを開放せよ! アンデパンダン編」に続きます】

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