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上野のパンダを開放せよ!藝育会の二人と考えるアンデ“パンダ”ント運動【雑談編】

ライター
安藤整
関連タグ
上野 建築 散歩コース 文化施設 藝育会

バンクシーのように「その場所でしか成立しないアート」がアートのまち・上野にはあるということで、まちの中のアートを求めて藝大アートプラザ編集長・セバスチャン高木が歩きます。お相手は、「藝を育むまち同好会」(通称「藝育会(げいいくかい)」)会長の大道寺勇人さんと、同事務局長で東京藝大大学院博士課程在籍中の一ノ瀬健太さん。

上野の街を歩くうちに、パンダの多さに気づいた3人。「パンダはあまりに多くの役割を背負いすぎている」という高木の指摘から、話は不思議な方向へと展開していきました。

まち歩き前編はこちらから、3人の鼎談はこちらからどうぞ。

パンダが背負わされているもの

高木 パンダって責任重大だと思うんですよ。

大道寺 どうしてですか?

この「ハッピーパンダベンチ」は東京上野ライオンズクラブの結成60周年記念として、一ノ瀬さんが製作した。

高木 まず「かわいらしく」いなきゃいけない。

安藤 たしかに荒々しいパンダってイメージにないですね。

一ノ瀬 僕もこのベンチの製作時に猛獣としてのイメージは考えなかったですね。

高木 でも別に「かわいく」ある必要ってないじゃないですか。動物なんだから。彼らは本来凶暴なんですよ?

大道寺 そうですね。

高木 「かわいい存在」という役割がまず一つ。ほかにも国の友好親善の象徴という役割さえあります。

安藤 重大な責任ですね。さっき通った湯島天満宮へ続く学問の道では、菅原道真的な存在にもなっていました。

高木 もはや神様ですよ。

一ノ瀬 僕はそこにベンチという役割も与えてしまいました。

高木 パンダの郵便ポストまであるんですよ。いつもかわいくて、国と国を結び、神様にまでなりつつ、みんなの郵便まで受け入れる。そんな動物がいますか? 御徒町駅前のパンダは重圧に泣いていましたよ。

右端のパンダは高木の目には泣いているように見えるのだそう

大道寺 (笑)

高木 僕はパンダをそんな重圧から解放してあげたい。まずこういうパンダの役割を壊す運動を「アンデパンダン運動(※)」と名付けましょう。

※フランス語「Indépendants(アンデパンダン)」:独立派の意。パリで、官設の美術展に対抗して、1884年以来開かれている無審査・無賞の絵画展覧会とその協会を指す。「Société des Artistes Indépendants。

一ノ瀬 かつて「キャンバスから絵を解放しよう」と言った芸術家がいましたが、そんな感じですね。完全に解放された時、パンダはどうなるんですか。

高木 純粋な「クマ科の動物」になります。

安藤 それはいまも変わらないと思うんですが(笑)

「一生懸命、皆さんの開運をお手伝いするパン!」というセリフが、パンダの重圧をもの語っている(ようにも思えてくる)

人に勇気を与えるアンデパンダン運動

大道寺 そういえば、上野マルイで先日「パンダ展」が開かれていましたが、やっぱりパンダファンが求める「パンダ像」ってあるんですよね。

安藤 そうなんですか。

大道寺 その「パンダ像」にうまくフィットしたグッズはよく売れるんですが、パンダが現代アートと融合したような作品はあまり売れ行きがよくなかったそうです。

安藤 なんと。

当然、パンダの出産は国を挙げて祝福される。一ノ瀬さんはこの旗のデザインにも携わった

高木 そうした企画展なども含め、芸術史の中で「パンダムーブメント」がどう展開してきたのかは、非常に重要な問いですよ。

一ノ瀬 2022年はパンダが中国から贈られて50周年ですが、それを問うとてもいいタイミングかもしれないですね。パンダの像が片手を上げるのはいつから浸透し始めたのかも調べてみたい。

そろって右手を上げる(上げさせられている?)パンダたち

高木 50年の歴史の中をもとに、やっぱりパンダアートも進化していくべきでしょう。どんどん抽象化していくとかね。

一ノ瀬 パンダをミニマリズム的(※)に突き詰めていくとか。

※ミニマリズムについては、まち歩き編前編を参照

高木 そうなるとパンダが黒と白の2色に還元されていくよね。これからはオセロがパンダを象徴するようになっていくかもしれない。

大道寺 (笑)。でもパンダのように、自分の知らないうちにいろいろな役目を背負わされて生きるのに苦しんでいる人もいるわけですからね。「アンデパンダン運動」はそういう人に勇気を与える活動になるかもしれないですね。

一ノ瀬 確かにそうかもしれない。まずは私が、私たち自身が無意識に背負っている、背負っていると単純に思っている役割から、自分自身を解放し自由にならなければならないと。

高木 その通りです。自分で自分を縛る固定観念から脱却しなければ。

一ノ瀬 藝大だと、油画を専攻している学生たちも結構そういうことを考えているかもしれません。「とらわれ度」とか言ったりしますが、これからは自分の「パンダ度」を測っていくべきですね。

まちを体験することが「アート」になる

安藤 わかったようでわからない話ですが、とにかくそういうこともまちの隅々から感じられる上野は、やっぱりアートのまちということですね。

一ノ瀬 そのとおりです。アートは、美術館にだけある特別なものではなく、日常にあるモノやコトも含まれます。ムズムズするのであまり使いたくない言葉なのですが、今日訪ねたお店や人々など、至るところに「アートの文脈(コンテキスト)」があるわけです。店の人との会話そのものが、インスタレーションアートであり、即興のライブパフォーマンスアートとも言えます。そう考えると、まちは「無自覚なアーティスト」のアートであふれているといえるのではないでしょうか。

若干子供に怖がられていた一ノ瀬さん

高木 まさに上野はまち全体がアートだったね。

一ノ瀬 けれども、アート界隈において何が「ファインアート」で何が「コンテンポラリーアート」なのか、つまり「何がアートか」ということは、アーティストや批評家、コレクター、キュレーター、ギャラリスト、そして私たち藝大生も含んだアート関係者の「生態系」の中で決まっていきます。だから、「アート」という時に、それがどの文脈におけるアートを意味するかどうかは、考えないといけないと思います。

安藤 なるほど。

一ノ瀬 マルセル・デュシャン(※)以降、あらゆる「モノ」はアートになり、ヨーゼフ・ボイス(※)以降はあらゆる「イベント」や「プロジェクト」がアートになりました。

高木 アート史は「美術」と認められないものをセンセーションとともに認めさせてきた歴史でもあるわけだよね。

※マルセル・デュシャン:1887年、フランス生まれの芸術家。14歳の頃から絵画に取り組み、印象派の影響を受けた風景画などを描いたが、その後絵画を離れ、「美的無関心」を基準として自転車の車輪などの既製品を作品化し、「レディメイド」の概念を打ち出した。1917年、アメリカ独立美術家協会主催のアンデパンダン展で便器に「R.Mutt」とサインした作品『泉』を出品。アートとは何かについて大きな議論を巻き起こした。
※ヨーゼフ・ボイス:1921年、ドイツ生まれの芸術家。脂肪やフェルトを素材とした彫刻作品の制作をはじめ、さまざまなイベントを行い、対話集会のほか、政治や環境問題にも介入。自ら意思を持って社会に参与し、未来を造形することを「社会彫刻」と呼び、それこそが芸術であると提唱した。

藝育会のメンバーの一人、道明葵一郎氏が代表を務める上野の老舗組紐店「有職組紐 道明」にも、パンダをモチーフにした組紐があった

一ノ瀬 そうですね。マネやゴッホの絵にトマトスープやマッシュポテトをぶちまけることを「アート」と呼び得る時代も、すぐそこかもしれません。

その是非は置くとしても、いずれにせよ日常的に「まちを体験すること」がアートになる日は間近だと思います。アメリカの批評家アーサー・ダントーは「アーティストは哲学者にならなければならない」と語りましたが、概念そのものを一新するアーティストが出てくれば、極端な話、私たちの日常や人生自体が、誰かのアート作品の一部になるかもしれません。

安藤 なかなか想像がつきませんね。

大道寺 とはいえ、そういう流れの中だからこそ、藝育会としては藝大生とまちの人々の交流の「ハブ」のような存在になれたらいいなと思っています。

高木 応援します。

一ノ瀬 藝大生たちにとっても、藝育会で展示の経験をしてもらえれば、会場の交渉・確保・契約、広報の運用、展示期間中のシフト作成、squareでのレジ対応・接客、報告書の作成など、将来にアーティストとして絶対に必要になる実践経験を積んでもらえます。有益な活動だと思います。
 大道寺さんも最近はSNSに力を入れていて、「思ったこと」を発信するようになりましたし(笑)、それに私も鼓舞されて思ったことを率直に発言するようになりました。思ったことを言えること、表現したいことを、そのまま表現できることは、すごく楽しくて、人生がハッピーになります。自分で自分を縛る固定観念から脱却する、「アンデパンダ・デ・ケンタ」を、僕は展開していきたいと思います。

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