活版印刷で「アート」は生み出せるか?「特殊活版」の独自技法から生まれる作品とは【猪飼俊介氏インタビュー】

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藝大アートプラザ編集部
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人の数だけアートがある! 芸術に対する思いは人それぞれです。藝大アートプラザでは、アートとは何かをさまざまなアーティストたちに尋ねることで、まだ見ぬアートのあり方を探っていきます。

ロンドン芸術大学出身で東京藝術大学デザイン科でテクニカルインストラクターを勤める猪飼俊介さん(写真)は、活版印刷所「PRINT PLANT」を経営しつつ、独自の技法と印刷の可能性を追求しているアーティスト。印刷とアートの関係について、猪飼さんに伺いました。

活版印刷が持つ「偶有性」こそアート

――活版印刷を手掛けるPRINT PLANTの代表を努めておられます。藝大アートプラザの企画展のポスターなども手掛けてくださっていますが、アートに関して主にどのような活動をされているのでしょうか。

猪飼俊介さん(以下、猪飼) 東京藝術大学でテクニカルインストラクターをさせてもらっていて、学生たちに活版印刷はもとよりデジタル印刷やシルクスクリーン、リソグラフなど、印刷に関する技術指導をしています。PRINT PLANTの会社では普通の「印刷屋さん」として活版印刷を受注してもいますし、学生たちにこの場所を使ってもらうこともよくあります。その一方で、この技術を使って自分自身で作品を制作して発表してもいます。

猪飼俊介さんは活版印刷所「PRINT PLANT」を経営しつつ、アート活動と東京藝大のテクニカルインストラクターを兼務している

 活版印刷は、厳密に言えば全く同じものが印刷されるというわけではなく、100枚刷った中の1枚がすごく良いと感じることもあります。その意味で「版画」に近いものなんですよね。同じ型で複製しているように見えつつ、半ば規則的で半ば偶然という「偶有性」があって、刷ってみなければ分からないし、刷った中でいいものを探していくというところもおもしろいと思っています。海外では「プリンティング・アート」として表現の一手段にもなっています。

 活版印刷は何世紀も続いてきただけに構造がシンプルで確立していますが、それでもまだこの手法に何か新しいことを取り入れられるんじゃないかと思うんです。インキの扱い方や色のグラデーションなど、いろいろな技法を探していく余地があるのも、アナログのおもしろさだと思います。

PRINT PLANTのショップカード。複数の色のインキを完全に混ぜてしまうのではなく、それぞれの色が残る形で混合したり、インキではない油などを混ぜ込むことで「偶有性」のあるものが印刷できる。ちなみに、業界では活版印刷に用いるものは「インク」ではなく「インキ」と呼ぶそう

ウォーホル「量産することでアートになる」

――何百年も使われてきた装置だけれども、まだまだクリエイティブの余地があると。

猪飼 活版印刷のインキをあえて均一に混ぜず、グラデーションになるように印刷するということは他でも見たことがありますが、そこにインキ以外の油を混ぜてみたり、さまざまな混合を試してみたりして制作した作品は、自分は世界にも見たことがないですね。この技法を自分たちは「特殊活版」と呼んでいるのですが、活版印刷でもリソグラフでも、基本的な技術を習得していく中で「これを応用したら、こんなことができるんじゃないか」ということが見えくるんです。それを続けていくうちに、いつしか独自の技法になっていたという感じでしょうか。

猪飼さんが手掛けたこれらのカードは、藝大アートプラザに設置された「カードダス」で購入することができる。人気のため入荷後すぐに売り切れとなってしまうことが多く、在庫については店舗にお尋ねください

――先ほどの「偶有性」について、狙った通りにならないというところに「アート」の余地があるのでしょうか。

猪飼 そう思いますね。「特殊活版」は、自分自身で狙ったとおりに制作できる部分と、そうではない部分がはっきり分かれていて、色の再現などはある程度可能ですが、インキの混ざり方は厳密にはコントロールできません。

僕自身は、受注した印刷物をつくっているときもすごく楽しいですし、アートを作っているときの感覚も好きなんです。アンディ・ウォーホルは「量産することでアートになる」ことを作品で示しましたが、その感覚には非常に共感できて、「1万枚刷ったけれども、1万枚すべてが違う色になっている」というのは、すごくおもしろいと思うんです。実際に以前に受注したある会社のイベントのインビテーションカードは、全て微妙に違う色になっていて、カードが届いたお客さまがそれぞれカードを持ち寄って「自分のはこうだった」みたいに見せ合う……みたいなことってすごく楽しいなと。

PRINT PLANTに設置されている活版印刷機。もっとも信頼性が高いというドイツ製で、1960年代のもの。クライアントから依頼された印刷物は、主にスタッフの佐藤俊介さん(写真)が手掛けている

自分の意図とのギャップが楽しい

――そうしたアイディアを思いつくきっかけは何だったのですか?

猪飼 学生時代にファッションデザインを学ぶためにイギリスへ留学して、帰国後に村上隆さんの会社「Kaikai Kiki(カイカイキキ)」でデザイナーになりました。その後すぐに独立したのですが、そのころすでにデザインの仕事はCMもロゴデザインも、ほとんどすべてがデジタルで、印刷物に触れる機会がなかったんです。もちろんデジタルの仕事も好きですし、自分もデジタルは活用しています。けれども、紙の質感や手触り、実際に手に持ってみておもしろいと思うものを追求して、その一枚が「欲しい」と思わせる作品を生み出すこと、その意味で活版印刷に興味がありました。

現在もですが、当時から印刷所はどんどんと廃業していく一方で、そのような話を周囲にしたところ、「もう使わないから」と小さな印刷機を譲ってもらったんです。それを使って一人で作品をつくって得意先などに配っていたら、廃業する印刷所からどんどん活版の印刷機が集まってきて、それで今はこんな博物館みたいな状況になっています(笑)

デジタルであれば、基本的に自分のデザインは、まったくそのままで出力されてきます。でも活版は、印刷してみたらちょっと色が違うとか、版と紙がズレてしまったとか、でもズレているほうが良いな、ということがあるんです。その驚きというか、自分の意図とのギャップが楽しいし、そうした「100%、自分が作ったとはいえない」という部分、自らと作品との間にある微妙な距離感は、活版印刷にしかないと思うんです。

アートとテクノロジーの境目がもはや無くなりつつあるなかで、自分が手掛けているものは純粋なアートというよりは、活版という技術的なものに少し寄ったアート、という認識かもしれません。

さまざまな形の版。この凸部にインキを乗せ、強く圧着することで凸部の文字や絵柄が反転して印刷される。基本的な仕組みは1445年にドイツのヨハネス・グーテンベルグによって発明されたとされる

印刷職人という名もなき「アーティストたち」

——アートとして制作するうえで、どういったものにインスピレーションを受けますか?

猪飼 テスト刷りのために、その辺にあったミスプリントの上に印刷してみることがあるんですが、そこから案外「お!」と思うものが生まれることも少なくないです。

それから、この本に載っているのですが、デザイナーという職業が生まれる前の時代、100年ほど前は、印刷屋さんが文章の周りの罫線や装飾をデザインしていたんです。発注者は基本的に文章を納品するだけ。それをどのようにレイアウトしてどのように飾るかは、印刷所の職人さんたちが色選びまで含めて行っていたんです。当時はその美しさを競うコンテストもあったそうで、それはいわゆる「ファインアート」とは異なるアプローチの一種の「アート」と言えると思うんです。彼らの仕事をまとめた本は、眺めているだけでも楽しいですし、インスピレーションをもらう気がします。

当時の印刷職人たちによる罫線や装飾の例。技を競い合うコンテストまであったのだという

印刷って、自分の考えが「最後に収束する場所」というか、印刷をすることによって、頭の中にぼんやりとあった「こんなのあったらいいな」というイメージが、紙の上で最終的に落ち着く場所なような気がします。「印刷」という行為を間に挟むことで、自分の考えと作品の間に少し距離ができるというか。自分が込めようとした作品の意図やぎゅっと圧縮されていた気持ちが、印刷によって自分の思っているのものとは少し異なったり、ズレたりする。その「やりとり」の中で、自分自身も少し冷静になれる気がします。そういうものはデジタルでは難しいし、アート制作における活版印刷の魅力といえるのではないでしょうか。

偶然生まれたミスプリントを、猪飼さんはコレクションしている

一生をかけて「連作」をつくり続けていく

――一方で、特殊活版とは違ったテイストの作品も出されていると思うのですが、こちらはどういったコンセプトなのでしょうか? 作品づくりの未来像についても教えてください。

猪飼さんの作品。ガラス板に乾燥させた葉を押し花のようにして閉じ込めている(藝大アートプラザ「ARTISTS」より)

猪飼 見た目は異なりますが、自分の中ではどちらも同じように捉えているんです。ガラス板の中に身近な植物を拾ってきて閉じ込めれば、そのままそれが「グラフィック」になっている、というのがコンセプトです。身近な植物の葉は、どれも同じに見えますが、よく見れば形や脈の入り方が微妙に異なります。それって、特殊活版でやろうとしていることと一緒だなと。

自分の作品づくりとしては、一つの作品単独で完結させようとするのではなく、自分の一生をかけて「連作」をつくり続けていくつもりで、継続的な活動に重点を置いていきたいと思っています。

ただ、依然として活版印刷は事業としては成り立たない部分があり、印刷所は続々と無くなっていきつつあります。それでも、衰退する技術やモノであっても、全体のシェアの2%を切ると逆にその価値が上がるという話もあります。経済的に難しいところはあると思いますが、いろいろな業界が噛み合って歯車が回りはじめれば何かが生まれるはずだと思いますし、その芽を育てていきたいと考えています。

(取材・写真:安藤智郎 Text&Photo: Tomoro Ando)

プロフィール


猪飼俊介(いかい しゅんすけ)
1982 東京生まれ
2008 ロンドン芸術大学卒業
2009 Kaikai Kiki デザイナー / ADを経てデザイン会社アルバトロデザイン設立
2015 デザイン振興会, ASEAN JAPAN主催 グッドデザイン賞
   メコンデザインセレクション受賞
2016 東京藝術大学 デザイン科 非常勤講師(現テクニカルインストラクター)就任

「PRINT + PLANT」
所在地:〒152-0022 東京都目黒区柿の木坂1丁目32-17 PRINT+PLANT
電話番号:070 2675 5090
営業時間:11~19時
定休日:祝日
SHOP WEB https://print-plant.com/
作例 https://www.instagram.com/albatrodesign/

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