作品の強度を増さない限り「アーティスト」にはなれない。【小山登美夫ギャラリー天王洲】

ライター
森聖加
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インタビュー ギャラリー

さまざまな特色を発揮しながら運営されている各地のアートギャラリーや画廊をめぐり、ギャラリストたちの多彩な視点をアーカイブしていく特集企画「ギャラリー・ライブラリー」。

東京藝術大学を卒業後、複数のギャラリー勤務を経て、1996年に自身のギャラリーを開廊した小山登美夫氏。オープン当初から、奈良美智氏や村上隆氏をはじめとする同世代の日本人アーティストとともに世界に進出し日本の現代アート界をけん引してきた、言わずと知れたギャラリストです。今回は近年、新しい東京のアートシティとして注目を集める東京・品川の臨海部に2023年にオープンした「小山登美夫ギャラリー 天王洲」を訪ねました。

日本のアートを自由に。突破口を開くために世界へ

――現在は、ここ天王洲と六本木に2店舗を構えられています。改めてご自身のギャラリーをオープンするまでのことを教えてください。

小山:藝大では芸術学科にいて、美術学部芸術学科がある中央棟の隣には絵画棟がありました。そこの油画科の人たちとは仲がよくて、ほぼ全員と知り合いでした。その頃は美術で食べていけると思っていた人はほとんどいなくて、みんな音楽をやったりしていた。当時の学生には絵を売るとか、ギャラリーにコンタクトする発想はありませんでした。この15年間は「アートアワードトーキョー丸の内」などで作品の審査に関わり、卒業生、修了生らの作品を見ることを続けています。今ではそうしたところから学生がギャラリーにつながったり、審査員を務める美術館の方の展覧会に入ったりして世の中につながっていくことが多いですよね。

はじめ、僕は先輩がバイトをしていた銀座の西村画廊に入って、ギャラリーの仕事を勉強しました。その当時も美術館がよく作品を買いに来ていましたね。デイビット・ホックニー、舟越桂さん、中西夏之さん、横尾忠則さんらを展示していたので、ファッション関係の人たちも来ていました。ピーター・ブレイクなど海外の作家の来日の際はそのお手伝いをしたり、作品が美術館に売れたときは納品しに行ったりという一通りを学びました。

小山登美夫さん

その後、白石コンテンポラリーアートに移ります。代表の白石正美さんが青山にかつてあった東高現代美術館(1988年から1991年、不動産会社、東高ハウスが手掛ける)の副館長をしていた頃で、展覧会を20回開いたんです。私は菅木志雄さん、荒川修作さん、遠藤利克さんらの展示をサポートする経験ができ、これは今までとは全く違う面白い経験でした。お金がめちゃくちゃあったから。バブルの時期でしたからね。その時お世話になった菅さんは今ではうちのアーティストとして活動していただいています。

その後、1996年に自分のギャラリーを佐賀町に開いて、東高現代美術館の時に出会った村上隆さん、そしてドイツで出会った奈良美智さんという同年代の作家と一緒に仕事を始めました。初めの頃は全く売れませんでした。バブルはすでに終わっていたし。佐賀町は家賃が8万円だったので、ギリギリ成立していた感じです。でも、小さいながらもアーティストの作品をちゃんと見せるというのが目的でした。

――東京・江東区、佐賀町の食糧ビルの中ですね。

小山:クリエイティブ・ディレクターの小池一子さんが運営していた「佐賀町エギジビット・スペース」がある昭和2年にできた古いビルに入りました。その後、ビルには「シュウゴアーツ」や「TARO NASU」なども入居して、ギャラリーが少しずつ増えていったんです。佐賀町では2002年まで運営しました。

前年の2001年に村上さんが東京都現代美術館で、奈良さんが横浜美術館で個展を開催します。その頃の日本では悪い意味でアカデミック的権威がはびこり、アメリカの評論家、クレメント・グリーンバーグが主張した抽象表現主義をずっと唱え続ける人たちがいました。欧米では1950年代に展開された理論ですが、日本では2000年になっても変わらず続けられていたんです。なんか、息苦しいと思っていたら、奈良さんと村上さんが出てきた。彼らの作品は漫画やアニメ、絵本から影響を受けていて、それまでとはまったく違いました。現代美術の中にサブカルチャー的、あるいは江戸絵画のようなアイデアを持ち込んだんです。それまでの日本はちょっと凝り固まっていたんですよね。

――奈良さん、村上さんの登場以前と以後で状況が変わった。

小山:いい悪いは別にして、すべて自由に、何をやっても大丈夫なんだ、という意識が芽生えました。それはおそらく、みんなに共通してあると思います。アーティストにとっては、彼らの存在はすごく強いと思う。長くバカにされ続けましたけどね。奈良さん、村上さんに海外のコレクターがつき、評価が高まることによって、それまでさんざんに言っていた人たちが手のひらを返したように変わるんです。

海外ではポップアート、ミニマルアート、コンセプチュアルアート、そして新表現主義がくる。アメリカやドイツを中心にイタリアもつながっていき、その後にシュミレーショ二ズムが出てきて、ジェフ・クーンズが現れる。どんどん変わっていっていたんです。海外と日本との情報の差はものすごくて、評論家の椹木野衣さんらが紹介し始めていた。海外の美術界にあったわけがわからないものに魅力と予感を感じて、日本の美術界をもっと自由に、そこに突破口を開こうとしたんです。

小山登美夫ギャラリー天王洲/2024 年3月1日~23日まで染谷悠子さんの個展を開催した。Installation view from “I See You in the Wild Flowers” at Tomio Koyama Gallery Tennoz, Tokyo, 2024
©Yuko Someya photo by Kenji Takahashi(写真提供/小山登美夫ギャラリー)

アーティストのつくるものは商品ではなく、作品である

――開廊当初から海外アートフェアへ参加されました。

小山:1996年当時は、日本にはひとつだけ、アジアにはアートフェアは存在していませんでした。例えばアート・バーゼル香港は今有名ですけど、香港はアーティストがほとんどいなかった。ギャラリーもなく、最初にできたのがオークション会社という特殊な環境でした。

96年に自分のギャラリーをオープンして、その年にロサンゼルス、次の年にマイアミ、ニューヨークの3カ所で開催されるアートフェアに参加しました。ホテルの部屋を使って開催するもので、ロサンゼルスではサンセット・ブルバード沿いにあるシャトー・マーモットで開きました。宿代が400 ドルで、出展料は3カ所で20万円。今では桁が違いますが…村上さんの風船をぶら下げたりして展示をしたら、パソコンのセキュリティ・ソフトで知られるアメリカのコレクター、ピーター・ノートンさんが購入してくれるなど、誰も知らない日本人作家の作品をアメリカ人は買っていくわけですよ。それが面白かった。コンテンポラリーアートは欧米を中心に成立してきたというのがリアルにわかりました。そこには価値の定まっていないものを判断してくれるコレクターやクリティックがいっぱいいた。彼らのジャッジする力はものすごかったですね。

日本画から出てきた村上さんは、日本のアニメ文化の影響のもとに作品を作り、それがどういう形で社会に影響を及ぼすかを見極めようとしていました。ここが一番面白かったんじゃないかな? もちろん作品を売りたいし、村上さんも売って初めて作品は成立するとは言っていたけど、マーケットで商品を販売するという考え方はすこしずつ出てきた感じじゃないですかね。

作品の強度を増さない限り、アーティストにはなれない

――これまで一貫して小山さんが考えてきたこと、譲らずに守ってきたことはなんですか?

小山:アーティストのつくるものは作品であって、商品になるのは最後の瞬間です。先に作品としての強度を増さない限り、それは良い商品になりません。作品をしっかりしない限り、アーティストにはなれませんし、それは売れません。

この天王洲の小さいスペースでも、展示をするときにはいろんな展開の仕方があります。作品をどう展示すればお客さんによく見えるか? 作家は何を考え、作品をつくっているのか話を聞いて情報を出す。作家の意思を整理して発表するのが僕らの仕事であって、それまでは商品じゃないんです。お客さんにオファーし、その時に商品になっていく。商品と思ってつくった作品は、だめなわけです。

――商品として出す、という思いが先にあるといけないと。

小山:売ることのために作ってはだめです。作家が「こういうことをやりたい」という思いがはじめにあって、それを見て面白いと感じ、作品を作る人のことが好きになってお客さんは買っていくわけだから。それが一番大事なんです。最近は藝大には卒業展の時にしか行きませんが、藝大アートプラザについてはあんなことやっちゃダメだぞ、と思っていて。学生は商品を作るためではなく、作品を作るために学校に通っているわけだから、作品をあんな中途半端な形で販売したらみんながダメになると思うんです。絵を描いている人たちで、大きな絵も描いているのに小さい絵ばかり展示をするんじゃ、可哀想すぎるよって僕は思ったりします。工芸も然りです。一番自分が自信のある作品を展示できる場所、空間にならないといけないと思うんです。

あと、雑誌の人はよく10万円以下の作品はあるかと聞いてくるけど、そんなもんないって思うのね。これって、みんなおカネを持っていない、というのが前提でしょう。初めから決めてしまっている。1000万円で買う人だっているわけじゃないですか。安いから買うわけではないんだと思うんです。

小山登美夫ギャラリー六本木 Installation view from “Neither Things nor Sites” at Tomio Koyama Gallery, Tokyo, 2023 ©Kishio Suga photo by Kenji Takahashi(写真提供/小山登美夫ギャラリー)

――マーケットって人が欲しいと思った時に値が付くものだから、価格があらかじめ設定されれば小さな枠の中に収まってしまう。

小山:そうです。西村画廊にいた時にある人が自分の年収を超えるホックニーの作品を買いました。その人はいまでは有名なファッションブランドを経営しています。そういうこともある。それがある種の作品の力なわけです。作品として買われた方が、作家が歴史に残る割合が高い。商品として買われることは危険です。

ギャラリストの仕事はその作品の差別ができるか、です。「この人がいい、他の人はダメ」ってことですから。価値をぶつけなければ、何もそのスペースには生まれません。展覧会もできなければ、それに対して感動する人もいません。でも、それぞれのギャラリーの価値観は違う、そこが面白いんです。

――厳しいお言葉、受け止めます。さて、天王洲には2023年にオープンされました。六本木の店舗と天王洲で違いを出すことは考えているのでしょうか。

小山:天王洲は倉庫を探していて決めました。展示のスペースは、佐賀町の時と同じサイズで、6m×6mなんです。ちょっと初心にかえった感じ。若いアーティストが初めて展示するにはいいサイズですが、基本的にはいろんな作家を取り上げ、バラエティ豊かです。決まったコンセプトがあるわけでもないし、こういう作家じゃなきゃいけないということも全然なくて、その時に面白いと感じた作家を紹介しています。

Installation view from “I See You in the Wild Flowers” at Tomio Koyama Gallery Tennoz, Tokyo, 2024 ©Yuko Someya photo by Kenji Takahashi(写真提供/小山登美夫ギャラリー)

――六本木はいまやアートの街として有名ですが、天王洲も新しいアートの街として浸透しています。天王洲では寺田倉庫が運営する複合施設「TERRADA ART COMPLEX Ⅰ」に入居されています。

小山:六本木は街の中にあり、アクセスがよいので頻繁にお客さんがきて、周辺のホテルに泊まる海外の人もいらっしゃいます。天王洲のアクセスは六本木ほどではありませんが、色んなギャラリーが入居しているので、一度にいろんなギャラリーを見て回れるのが利点です。多くのギャラリーが集まることで、集合体としての力が発揮できます。例えば、オープンニングが同じ日になることも多いので、相互に行き来ができます。来場は土曜日が圧倒的に多く、若い人たちも多いですね。

アートを通じて天王洲のまちづくりを進める寺田倉庫の代表、寺田航平さんは元々IT関連企業を経営してきたビジネスパーソンなので、寺田さんを通じて新たな人脈が開かれ、新しいコレクターとのつながりも生まれています。寺田倉庫では多くの展覧会が開催され、エイベックスの運営による「MEET YOUR ART FESTIVAL」など、さまざまなイベントも起こってきている。今後はこれらの動きと上手くギャラリーが連動して、繋がっていけたら面白いかなと思っています。

TERRADA ART COMPLEXは、日本最大級のギャラリーコンプレックス。2棟あり、現在19軒のアートギャラリーが入居する。寺田倉庫はほかにミュージアムや画材ラボ、水上ホテル、美術品の保管・運搬も含めアートに関する事業を中心に据え、街づくりを天王洲で進めている。(写真提供/寺田倉庫)

――最後に、今の日本の若いアーティストや日本の美術に思うことをお聞かせください。

今日も卒業展を見に行ってきました。いろんな表現の登場に面白さを感じているところです。僕が開廊した当時にはなかったマーケットも形成され、作品がもしかしたら商品になる、アーティストが作品として良いものを作り続けられる環境に少しは近づているのかなと思います。だけど、とてもいい絵を描いている学生がお金がないために一時的に活動を止めざるを得ない状況も一方にはある。日本は世界のなかでも美術館がたくさんある国ですから、日本の美術界が世界的に生き抜くために、美術館にはもっと動いてもらえたらなと思っています。

Infomation

小山登美夫ギャラリー天王洲
140-0002
東京都品川区東品川1-33-10 TERRADA ART COMPLEX I 4F
TEL 03-6459-4030
FAX 03-6459-4031
開廊時間│11:00−18:00
休廊日│日月祝
http://tomiokoyamagallery.com/

小山登美夫ギャラリー六本木
106-0032
東京都港区六本木6-5-24 complex665 2F
TEL 03-6434-7225
FAX 03-6434-7226
開廊時間│11:00−19:00
休廊日│日月祝

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