人の数だけアートがある! 芸術に対する思いは人それぞれ。藝大アートプラザでは、アートとは何かをさまざまなアーティストたちに尋ねることで、まだ見ぬアートのあり方を探っていきます。
今回お話を伺うのは、クリスティーナ・ヴェントゥロヴァーさん。ガラス工芸が伝統的に根付いているチェコ共和国のプラハ美術工芸大学(以下、UMPRUM)芸術学部ガラス専攻に入学後、富山市立富山ガラス造形研究所と京都造形芸術大学で学び、現在は東京藝術大学美術研究科美術専攻博士課程(ガラス造形研究室所属)に在籍し、ガラスによるアート表現に取り組んでいます。
日本とチェコ双方のガラス工芸に精通したヴェントゥロヴァーさんに、両国のアートに対する考え方や自身の作品などについて、広く語っていただきました。
陶芸を志すも、ガラスに「選ばれた」
――完璧な日本語をお話しになりますね。来日されたきっかけを教えて下さい。
ヴェントゥロヴァー:プラハ美術工芸大学(以下、UMPRUM)の1年生の時、日本に留学した先輩の帰国報告レクチャーを見る機会があって、それで日本への留学が私の中で一つの目標になりました。その後、富山市立富山ガラス造形研究所に3か月留学しました。
UMPRUMのガラスデザイン研究室では、学生は作品のデザインをして、そのかたちになるように専門の職人に加工してもらうというのが基本的な環境だったのですが、富山ガラス造形研究所ではキャスト(鋳造)から自分で制作することができて、最初から最後まで自分でガラス作品を手掛けることができました。それは私にとっては非常にショッキングであり、素材に対する視野がひろがるというか、新しい世界を見つけたようでとても楽しい経験でした。
その後チェコに帰国して学部を卒業し、交換留学協定を結んでいた京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)で半年間勉強した後、またチェコに戻って修士課程で2年間勉強しました。
――そもそもガラスについて学びを深めようと思った理由は?
ヴェントゥロヴァー:自分で選んだというよりも「ガラスに選ばれた」というのでしょうか、不思議な話なのですが、高校の専門学校では陶芸を専攻していたんです。それでUMPRUMでも陶芸研究室に進学しようと試験前に面談を受けました。でも、彫刻の研究室の先生がすごく素敵な人で、進学したら彫刻に進学しようと思ったんです。
UMPRUMの試験のシステムは藝大と似ていて、1次試験の共通課題でデッサンや粘土で作品をつくり、通過したら2次試験で研究室の課題を受験します。UMPRUMの少し変わったところは、受験した生徒を先生が別の研究室に推薦するシステムがあるところで、私が受験したのは彫刻なのですが、合格したのはなぜかガラスの研究室だったんです(笑)。ガラスの知識はまったくなかったので、発表の時はすごく驚きました。
でも先生はすごく良い方で、そのまま大学でガラスデザインを学び、形のバランスを意識しながら工房とコラボレーションして加工を行い、器などの制作を行っていました。
日本とチェコの相違点と共通点
――その後再び来日されて、東京藝大では制作とともにチェコと日本の現代ガラスにおける相違点と共通点を研究しているそうですね。
ヴェントゥロヴァー:はい。現在はまだ調査の最中ですが、相違点として挙げられるのは、たとえば現代ガラス美術の起源やガラス教育制度、依頼制作の頻度やガラスに対する考え方・美意識などです。特に、ガラス教育制度が大きく異なります。
チェコはガラスの文化が伝統的に継承されているとともに専門学校にも2種類があって、一つは一般的な専門学校で、デッサンなどのスキルも学びつつ、多くが職人を目指す学校。もう一つは、高校の替わりに入る美術高等学校で、学生は卒業後に美大へ入ってアーティストとしての表現を深めます。このように、ガラスを学ぶ、という点では日本よりもチェコの方が選択肢が多く、学びの期間も長いように思います。
一方、日本では大学の中でいろいろな素材に触れてから「(自らの表現方法として)ガラスを選ぶ」という人が多いと思います。これは、チェコにはない学び方です。特に私の場合は自分でガラスという素材を選んだわけではなかったので、日本の制度は良いなと感じることも多いです。
――チェコの現代ガラスアートは、どのような傾向があるのですか。
ヴェントゥロヴァー:ビロード革命(※1)の後、チェコの政治制度が変わったこともあり、チェコの現代ガラス美術の初期の傾向と現在の傾向は大きく異なりますが、共通している傾向としては、自分の力や能力だけで作品を制作できない場合は、作家が制作を職人もしくはガラス工房に依頼することです。
チェコでは、ガラス作品の作家・デザイナーは「制作者」ではないことが一般的で、自分自身の制作に必要な技術・技法を全てマスターすることは求められません。ただ、その技術に関する知識をしっかり身につけることは大前提です。ガラス作家が自分のために工房を雇い、花瓶やオブジェを吹いてもらい、その後で作家自身がさらに作業を進め作品を完成させます。
※1 ビロード革命:1989年12月にチェコスロバキアにおいて共産党体制崩壊をもたらした民主化革命。衝突や流血を伴うことなく、ビロードのようになめらかに民主化が進んだことからこう呼ばれる。
唯一の正しい制作方法など、ない
――相違点の一方で、共通点は?
ヴェントゥロヴァー:たとえばアールヌーボーの影響やアメリカのスタジオグラスムーブメントの影響など、外国から影響を受けていること、そして技術へのこだわり。あとは、ガラス作品における美術的な表現の多様性が挙げられると思います。日本とチェコの両方から影響を受けている作家の方々もいます。そうした作家たちは、いずれも滞在を経て作風が大きく変わっていますね。
そこにはやはり、外国の文化の影響があると思いますし、彼らの作品を見るときには、彼らが制作テーマの新しいアプローチや捉え方を見つけたのであろうことがよく伝わります。私は、そうした外国の影響による作風やガラスに対する考え方の変化が非常に面白く感じます。
そして、それこそが日本でガラスを勉強したいと思ったきっかけの一つでもあります。研究の一部として自分自身の作風が日本でどのように変わるかも調査しています。
私はチェコにいた時、制作の前には毎回コンセプトを決めて形を想像し、デッサンを始めていました。だから「コンセプト」は作品制作の前に必ずあるものだと思っていたんです。でも来日して、私のようなやり方と、素材と対話しながらコンセプトを見つけていく方法もあると知りました。実際、私も後者のやり方が向いているように思います。日本に来て、ガラスアートにおいて「唯一の正しい制作方法はない」と分かりました。それは自分の中で大きかったですね。
――チェコではそうした方法は教わらないのですか。
ヴェントゥロヴァー:そうですね。チェコでは先生のアドバイスに従ってつくることが大前提でした。ルールのようなものは少ないけれども、「アート」としてのコンセプトを立てて、それを表現するために、何度もトレーニングします。それはそれで勉強にはなったのですが、最終的につくった作品が「先生の作品」だと感じることもありました。あくまで私の感想ですけれど、チェコはルールが少ないですが、アートに関しては厳しいですね。日本はルールが多いですが、アートに関しては自由度が高いという印象があります。
芸術と工芸の境目
――日本人にとって、「アート」という概念は明治に輸入されたもので、それ以降ある作品が「アートなのか」「クラフト(工芸)なのか」が重要な問題になってしまいました。藝大でガラス工芸を学ぶ人も、自作をどちらに定義するのかで悩んでいる人もいるようです。クリスティーナさんもそういう意識はありますか。
ヴェントゥロヴァー:それは、難しい問題ですね。チェコだけでなく、ヨーロッパの国の中でもそれらの言葉の定義は微妙に異なると思います。ただ、チェコの研究室では、先生が「芸術と工芸の”境目”にあるような作品をつくってみてください」と話していたことがあって、私はその両者の間のような作品を目指してきました。とはいえまだ明確な答えがあるわけではありませんが。
――仮に工芸を「用途のあるもの」と定義するとすれば、クリスティーナさんの作品はファインアートとしてのガラス作品だとしてもどこか「用の美」のたたずまいがあるようにも感じます。
ヴェントゥロヴァー:私は初めにプロダクトデザインとしてのガラスを学んだので、用途の決まったものを自然につくる傾向がある気がします。ただ、その一方で、用途を満たすということを越える作品、彫刻的に飾ることができる、鑑賞できる作品も目指しています。最近はなるべく直感的に形を考え、全部を意図的に行うのではなく、偶然性も含めた制作をしています。
たとえば、私の作品の中でも「花見」は形をコントロールしていますが、内部でどんな模様が生まれるかはガラスに任せて制作しました。「波」はいろいろな作品をつくっているうちに生まれたもので、コントロールしようとしても不可能な表現です。偶然によって生まれた色や形を再現するのは難しいのですが、それが面白いと感じます。これも、日本に来てから美しいと感じるようになったガラスの性質です。
「繊細だからこそ強く、儚いからこそ美しい」
――あらためて、ガラスの魅力とはどこにあると思いますか。
ヴェントゥロヴァー:一つ挙げるとすれば「繊細さ」でしょうか。日本でガラスビーズという素材に出会い、直感的に「これだ!」と感じたんです。それは自分の繊細さを表現できるように思ったということでもあって、言葉にできないことを伝えられるのではと感じたのです。そうして考えてみると、私はガラス作品を通して結局のところ自分自身を見つめているのだと思います。
去年の春、ある小学校から子供たちと一緒にガラス作品をつくるワークショップを行いました。参加するのは小学1年生から6年生と幅広く、楽しんでもらえるか不安でしたが、子供たちがビーズを集めて並べてくれ、その作業を通じて絆が生まれた気がしました。絆は非常に繊細で、新しく結ばれることもあるし切れることもあります。それをガラスビーズは比喩的に表しているようにも感じたのです。繊細だからこそ強く、儚いからこそ美しい、そういった魅力がガラスにはあると思っています。
【クリスティーナ・ヴェントゥロヴァー】
チェコ出身。プラハ美術工芸大学を卒業後、日本のガラス工房で学び、同工芸大で修士号を取得後に東京藝大へ。オブジェはガラスビーズを使って独自の方法で造形したもので、「言葉で表せないことを作品で表現したい。最後は自然のなりゆきになるところがあり、そこが面白い」と話す。現在、チェコと日本の現代ガラスの共通点と相違点を研究中。
主な賞歴
2021年 「第71回学展」
2022年 「芸大アートフェス」 ゲスト審査員特別賞受賞
2022年 「工芸都市高岡クラフトコンペ 」個人的な視点賞
HP:http://kristynaventurova.com/
Instagram:https://www.instagram.com/kristynaventurova/