1200年以上前から演奏され、現存する世界最古のオーケストラとも言われる日本の伝統音楽、「雅楽(ががく)」。そんな歴史ある雅楽を「お笑い」と融合させているのが、「R-1」グランプリファイナリストでもあるカニササレアヤコさんです。
現在、東京藝術大学音楽学部邦楽科で雅楽を学んでいるカニササレさんは、自主音楽レーベル「KANISASARE RECORDS」を立ち上げ、この夏にファーストCDアルバム「阿(A)」「吽(Un)」(共に仮タイトル)のリリースを予定しています。
2025年3月17日(月)、藝大アートプラザにて、リリースを記念してカニササレさんの演奏と共にライブペイントを行うイベントが実施されました。ライブペイントは、藝大出身の画家であり、第16回 藝大アートプラザ大賞 アートプラザ賞を受賞した真田将太朗さんが実施、描きあがった絵はアルバムジャケットに使用されるとのこと。演奏と共に絵を描き、それがアルバムジャケットになるライブペイントはアートプラザとしても初めての試みで、雅やかな演奏と共にダイナミックな絵画が現れる、新鮮で濃密な1時間でした。
アルバムが示す「静」と「動」 ライブペイントも二つの世界を体現
イベントは事前予約制で満席となり、当日はお客様でいっぱいになりました。時間になるとどこからともなく音楽が流れてきて、日常から一気に引き離されます。幽玄の響きに身を任せていると、背後から白い衣装を纏ったカニササレさんが登場。演奏されている笙(しょう)は、十七本の管の組み合わせによって複数の音を同時に鳴らす重音を出すことができるので、まるで合奏が行われているようです。
発売予定のCDアルバムは二枚で、それぞれ「静」(「吽(Un)」)と「動」(「阿(A)」)を表しており、ライブペイントも対照的な世界観を示す二部構成です。当日のプログラムは「静」から始まり、雅楽古典「壱越調 調子」、グレゴリオ聖歌「Kyrie Eleison(主よ憐れみたまえ)」、J.S.バッハ「G線上のアリア」、村松崇継「彼方の光」、巡礼者が歌っていた「モンセラートの赤い本」より「O Virgo Splendens(おお輝く乙女よ)」、クロード・ドビュッシー「月の光」、真鍋尚之「呼吸Ⅳ」七曲が演奏されました。
真田さんも音に合わせてペイントを開始しました。カンヴァスは青系の画材で埋まり、「静」を示す音楽に連動して、瞑想的な雰囲気の絵が描かれていきます。数曲分の演奏が終わると、カニササレさんのMCが入りました。さすがの面白くて軽妙なトークで、それまでの厳粛な雰囲気とのギャップに、客席は笑いで満たされます。そして前半の「静」のプログラムが終わる頃、真田さんの絵が完成しました。寒色系の絵は穏やかな雰囲気を漂わせながら大変スタイリッシュで、周囲の空気も青く染まるようでした。
休憩を挟んで後半「動」のプログラムが開始されました。前半と同じく七曲で、カニササレアヤコ「17本のポテトのためのミニマルミュージック」、カニササレアヤコ「丹後調 調子」、アストル・ピアソラ「リベルタンゴ」、大柴拓「枯れ木に花咲く」、アストル・ピアソラ「ブエノスアイレスの夏」、カニササレアヤコ「てけてけってっててけてー」、真鍋尚之「呼吸Ⅲ」、世界最古の楽曲とされる「セイキロスの墓碑銘」というラインナップです。
後半は、カニササレさんが作曲した軽妙な曲やピアソラのダイナミックな音楽、古代ギリシャ人の墓に刻まれた珍しい楽曲といった多彩なラインナップで、会場の温度も上がるかのようでした。真田さんの絵も情熱的になり、赤や黄などの色が力強いストロークで描かれ、まるで炎が渦巻いているようでした。
描きあがった二枚の絵は、静と動、青と赤、下降と上昇、冷と温といった相反する両極を連想させ、それでいて共通する雰囲気も持っています。一枚でも魅力的ですが、二枚揃うことで相乗効果を生み出す対の作品、という印象を受けました。
ライブペイント後、真田さんがカニササレさんの顔に絵を描くという密やかなフェイスペイントが行われました。白い衣装をまとうカニササレさんの顔がキャンバスになり、赤や青、黄色や白といった鮮やかな色が顔面を飾ります。神に仕える儀式のような真田さんの所作とカニササレさんの神々しい姿に目を見張りました。
「笙の魅力を伝えたい」レーベル立ち上げにかける願い
カニササレさんは、お笑い芸人でロボットエンジニアでありながら、藝大部邦楽科に入学して四年目を迎え、多忙な生活を送っています。大学では古典雅楽を学んでおり、笙のほかに楽琵琶や太鼓などの打物(うちもの)、歌や舞なども履修しており、学校生活は忙しくて大変とのこと。演奏技術を下敷きにして新しい取り組みに挑戦している学生や教員に囲まれ、とても刺激が多いそうです。雅楽以外の楽器専攻の人と演奏する機会にも恵まれ、成長できる機会が多々あり、音楽方面の仕事も増え、充実した日々を過ごしているとのことでした。
レーベルを立ち上げたのは、楽器としての笙の面白さを知ってほしい一心だったというカニササレさん。笙は神社の演奏などでしか知る機会がありませんが、吹き方次第で雅やかになったりホラーの要素を出したりできるなど、多様な音色や雰囲気を醸し出せる類まれな楽器とのこと。今回のライブでは、その秘めた可能性が存分に展開されていました。リリースされる「阿(A)」「吽(Un)」という二枚のアルバムは、静(「吽(Un)」)と動(「阿(A)」)、始まりと終わり、古さと新しさ、日本と世界といった対照的な世界を示しているそうです。
ライブペイントを真田さんに依頼したのはカニササレさんご本人で、「色を使う魅力的な作家を」と考えた時に真田さんを思い当たったそうです。もともと対照的な絵を描いてほしいという気持ちはあったそうですが、依頼の際はアルバムのイメージだけを伝えて、自由に描いていただいたとのこと。出来上がったのはまさしく対のような作品で、映えるアルバムジャケットになることでしょう。もともとカニササレさんは真田さんのファンだったそうですので、今回実現してとても嬉しいとのことでした。
笙の音の美しさと多様な魅力に触れ、真田将太朗さんのスタイリッシュでダイナミックなジャケットも堪能できるカニササレアヤコさんのファーストCDアルバム「阿(A)」「吽(Un)」(共に仮タイトル)は、2025年夏に発売予定です。