AIと芸術家が一緒に作品を作る?東京藝大在籍のAIアーティスト・岸裕真にインタビュー

ライター
菊池麻衣子
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人工知能(AI)を単なるビッグデータの道具として活用するのではなく、制作パートナーのように共創することで、独特の美的感覚を引き起こす現代美術家・岸裕真(きし ゆうま)さん。

「作品の制作過程に、AIに完全に任せる部分を作ることで人間だと生じてしまうステレオタイプから脱却でき、そこから『わたしたちの中に遍満した美的感覚を脱臼させる感覚を想起させる』作品が生まれる」

と岸さんは話します。
さらに最近は、もっと作家性を薄めることを目論んでいるという岸さん。そうすると作品はどうなってしまうのでしょう?
在学中ながら、作品がNikeやVOGUEで取り上げられたり、早くもアートフェア東京にデビューするなど、国内外で高い評価を得つつある岸さんが最初にブレイクしたポイントは?
藝大でどのような先生について学んでいるのかについても伺います。

企業の正社員と藝大大学院生の両立を選ぶ

東京藝術大学先端芸術表現科修士課程2年目にして、「AIと美術」をテーマに発表する作品が国内外で話題を呼び、ご活躍の岸裕真さん。
筆者は、2021年に神楽坂のギャラリー「√KContemporary」で開催された彼の個展を体験してその世界観にはまりました。
東京大学大学院でAIの研究を修了してから美術の道に入ったということも興味深かったのですが、なんと新卒で就職なさっていて、現在は大手広告代理店の社員でもいらっしゃることが取材当日にわかってちょっとびっくりしました。
「父が洋画家で母が学校の先生という家庭に育ち、美術に近い発育環境にいたのですが、美術のことを話すのはタブーでした。というわけで、大学では理系としてAIを勉強したのですが、ずっと美術の道に進みたいという夢も捨てきれなかったのです。
新卒で広告代理店に入社したところでリモートワークが主流になり、自分が所属するコミュニティを多元的にできないかと思い、正社員として勤めつつ藝大の大学院に進学することを志しました」と岸さん。

現代はAIが美術に変化をもたらしつつある

入試はどのようなものだったのでしょうか?
ポートフォリオと論文と面接で決まりますが、主にポートフォリオが重要とのこと。
「今まで何をしてきたか」と「これから何をしたいのか」を重点的に審査されたそうです。
「『視ること』というテーマでカメラというテクノロジーが視覚に及ぼす影響を追求してこられた写真家の鈴木理策先生にぜひ教わりたいと思いました。私は『AIと美術』をテーマに、近代にカメラ技術が美術に変化をもたらした時のように、現代はAIが美術に変化をもたらしつつあると考えて研究・制作しているからです」。
お互いの研究成果や作品が相乗効果をもたらしそうですね。

AIと共創することで作家の主体性を薄めた新しい表現にチャレンジ

「鈴木先生の写真を見るといつも、『気絶して最初に見た風景』だなと感じます。脳が真っ白な状態で見た風景」と岸さん。
なるほど! 私も先日、アーティゾン美術館の「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×柴田敏雄×鈴木理策 写真と絵画−セザンヌより 柴田敏雄と鈴木理策」展(会期2022年4月29日〜7月10日)で作品を拝見した時に、「写真に映された場面が生まれたてのようにみずみずしい」と感じたのですが、そういうことだったのですね。

鈴木理策さんの作品の展示風景 アーティゾン美術館「写真と絵画-セザンヌより 柴田敏雄と鈴木理策」展(2022年4月29日[金・祝]ー7月10日[日])展示風景

この感覚は、IMAONLINEに掲載されていた「対談鈴木理策×光田由里」の中で、鈴木さんがおっしゃっていた内容ともつながってきます。

撮影の時、風や光を感じたりしたら、あまりカメラで見ないようにしています。冗談のようですが、カメラで見てしまうと、写真で出来ることをいろいろと考えてしまって、風景に意味を与えることになってしまうので、自分の意図は遠ざけます。自分の存在が消えれば消えるほど、ただ写真が写って、出来上がった写真が見る人の感覚を呼び起こすのだろうと思っています。
(「IMAONLINE」対談鈴木理策×光田由里純粋な知覚を呼び込むために2020年6月25日より)

鈴木さんが、カメラに任せることで自分の存在を消し、写真の強度を上げているように、岸さんも、作品の制作をAIにある程度任せることで、あえて作家性を薄めているのかなと思いました。
例えば、√KContemporaryでの展覧会では、「数学者」などの職業のデータをAIに自律的に読み込ませてアウトプットされたイメージに岸さんがペイントしたり、突起物を付けたりして完成させていました。
「AIを人間と同様に自律性をもつ存在として扱い、人間とは異なる知性として協同することで、歴史やイメージといった人類によってつくられてきたステレオタイプを取り去って新しいイメージを創ることを期待しています」と岸さん。

岸さんの個展「Imaginary Bones」, √K Contemporary (2021.10.17 – 2021.12.18) 展示風景
photo by Yunosuke Nakayama

そうだったのですね! それで、人の顔のようにも見えるけど不可解なデフォルメが、「数学者」と言われると、途端にその本質が表されているように感じられるような、不思議な感覚があったのですね。でもそのおかげで、5000年後に地球に現れた生命体が「『人類』というものを職業によって分類した時に出てきたイメージ」というようなSFみたいな設定がすんなりと入ってきました。
岸さんのこの作品を鑑賞した時も思ったのですが、最近顔の部分が塗りつぶしてあったり、匿名性の高いポートレートが増えているような気がするのですが、どうなのでしょうか。

ミレニアル世代や、Z世代は、自分の顔を自分のシンボルとしない?!

「デジタルネイティブの世代が、人のリアルな顔をネット上や作品に出さなくなっている傾向はあると思います。まず、画像を簡単に加工できるようになったこと、また、Googleサービスに個人情報が渡ったり、ディープフェイク(画像や動画の一部を加工・編集することで虚偽の事柄を示す動画や写真を作り出せる)に巻き込まれたりするのがイヤだといった理由があると思います。また、フェイスレスにすることで、自分の本質とは何かを模索しているところもあるかもしれません。
そういえば、東京藝術大学美術学部油画専攻で、現在アーティストとしてもモデルとしても人気沸騰中の友沢こたおさんの人物画も皆スライム状の物質で顔が覆われています」と岸さん。

こたおさんは、2020年に「藝大アートプラザ大賞」に入選された作家さんです。

友沢こたおさんのInstagramより。本人の了解を得て掲載

わー、徹底的に顔が隠されていますね。
美術史の大きな流れから見てもそのような傾向はあるのでしょうか?

岸さん曰く、

「人間中心主義に懐疑的になってきていると思います。世界的にSDGsを唱える企業や人々が増えていると思いますが、これも人間中心主義につき進んできた結果、環境破壊や資源の枯渇の危機を招いていることへの警鐘とも言えます。この流れの中で、現代アートの領域においても、作者の主体性について再考し、空疎性を持たせた表現が増えてきているように感じます。私も、この『表現の空疎性』についてさらに思考を深めていきます。人間とAIによる共創を通して、『作者性を手放す』ことに挑戦してみたいのです。
例えば、同じく東京藝術大学大学院出身のAKIINOMATAさんの作品で『ビーバーに木をかじらせる彫刻』はとても面白いと思っています」

「作者性を手放す」とは! アーティストの根幹に関わる大胆な試みですね。
さすがに全て作家の存在を消してしまったら、作品として成り立たなくなってしまうような気がしますが…。
その答えは、次回開催される展覧会にあるかもしれません。

ゴッホがインスタをやっていたら…。

ところで、デビュー1年ほどで開催した√KContemporaryでの個展では、作品が完売の勢いで売れていました。岸さんが、最初にAIアーティストとして話題になり、仕事も入り始めたのはどのようなきっかけからだったのでしょうか?

「アーティストとして作品を発表し始めても、発表の場がなかったり、誰にも認知されなかったりということはよくある悩みだと思います。私も元々美術大学出身でもないので、美術関係者の人脈がそれほどない状態での出発でした。
それで、手軽な方法としてSNS、特にInstagramとTwitterへの投稿をはじめました。
そこで工夫をしたのはハッシュタグです。
SNSを見ていると、例えばInstagramからブレイクしたクリエイター達が見えてきます。そうした人々がどのようなハッシュタグを付けているかを分析して自分の投稿にもつけるようにしました。『#contemporaryart』『#digitalart』などです。
しばらく投稿を続けていると、最初にダイレクトメッセージを送ってくれたのはUNDERVOCERProductionのカメラマンでした。そこから、NikeやVOGUEとのコラボレーションにつながり、ニューヨークの映像ディレクターからも連絡をいただきました。
もしゴッホが、このようにInstagramを活用していれば、存命中にもっと活躍の機会を得られたのではないかと考えることもあります」と岸さん。

また、Instagramは「画像主体のノンバーバル(非言語)なメディア」なので海外のお客さんを意識し、英語のテキストを最初に書いてその後日本語を書いているとのこと。Twitterは「文字のメディア」なのでそのその逆にしているそうです。

岸さんのInstagram
岸さんのTwitter

「作ること」と「伝えること」双方にバランスよく力を入れて活躍の場を広げる岸さん。作品の深化と同時に、伝え方の工夫にも注目していきたいですね。

作家プロフィール 岸 裕真 Yuma Kishi

AI(人工知能)を中心としたテクノロジーを駆使した作品を制作。AIを「Artificial Intelligence」ではなく「Alien Intelligence」(異質な知性)として扱い、ただ道具としてではなく一つの知性としてAIと共創することで、「人間とテクノロジー」の関係性を読み替えることを試みる。
岸は美術史上に頻出するモチーフを引用し、「異質な知性」によって解釈することで、わたしたちの中に遍満した美的感覚を脱臼させる感覚を想起させる。
NIKEやVOGUEにも作品が起用されるなど、多領域にわたり活動中。

2019  東京大学大学院工学系研究科修了
2021~ 東京藝術大学先端芸術表現科修士課程在籍
〈グループ展〉
2019  Eureka展, Gallery Water (六本木)
2020  富士山展3.0 -冨嶽二〇二〇景-, T-ART HALL (天王洲)
2020  荒れ地のアレロパシー, MITSUKOSHI CONTEMPORARY GALLERY (日本橋)
2021  絵画の見かた reprise, √K Contemporary (神楽坂)
〈個展〉
2021  Neighbors’ Room, BLOCK HOUSE (原宿)
2021  Imaginary Bones、 √K Contemporary (神楽坂)
アーティストHP|https://obake2ai.com/top
IG|@obake_ai
TW|@obake_ai

冒頭の画像(アイキャッチ画像)に関する情報:岸さんの個展「Imaginary Bones」, √K Contemporary (2021.10.17 – 2021.12.18) 展示風景 photo by Yunosuke Nakayama

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