テーマは“不完全な美”。3年ぶりの開催「コミテコルベールアワード」審査会レポート

ライター
菊池麻衣子
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コミテコルベールと聞いた第一印象は、「おしゃれな響きだな」ということです。
それもそのはず、起源は1954年にさかのぼりますが、香水・化粧品ブランドであるゲランのジャン・ジャック・ゲラン氏の主導で創設された委員会(コミテ)で、フランスのラグジュアリーブランド92社と17の歴史的文化施設、6つの欧州メンバーで構成されているのです。
世界の人々にフランス流「美しい暮らし」を伝えるという理念のもとに活動していて、メンバーは、カルティエ、シャネル、ルイ・ヴィトンなど、キラ星のようなハイブランド企業ばかりです。

コミテコルベールと東京藝術大学

このコミテコルベールと東京藝術大学とのご縁は、2016年に両者が提携して学内若手アーティストを対象としたプロジェクト、「2074、夢の世界」でワークショップや展覧会、アワードを開催したことから始まります。このプロジェクトでは、優秀作品に選ばれた3作品がフランス最大のコンテンポラリーアートフェアFIACにて展示されるなど、大きな成果をおさめました。この成功を受けて、東京藝術大学とコルベール委員会ジャパンは、3年連続開催したのちに完結するコミテコルベールアワードを2018年からスタートすることに決めました。
各年にテーマを設け、2018年は「現代における人と自然」、2019年は「令和:新しい時代」、その後2年間は感染症の影響で延期となり、最終回となる2022年の今回は、「The beauty of imperfection」をテーマに学生たちが絵画、平面作品、写真、映像、インスタレーションなどさまざまな作品形態で表現しています。
本日一次審査が終わり、10月に二次審査の選出が完了すると、藝大美術館で展示がはじまります。

八谷和彦教授にインタビュー

一次審査を終えた直後の、東京藝術大学先端芸術表現科教授の八谷和彦さんにインタビューしました。

菊池:何と言ってもこのアワードは、東京藝術大学の美術学部美術研究科の学生が対象ということで、要するに応募できるのは藝大生のみというところにスペシャル感がありますね。

八谷さん:コルベール委員会は、これまでにも、フランスなどのトップクラスの美術大学と一対一で提携して、このようなアワードを開催して若手アーティストの発表の場を作るなど、支援の機会を作ってきました。その一連の活動の中で、日本の美術大学としては、藝大とパートナーシップを結んでいただき、今までやってきました。

菊池:フランスから見ても、日本を代表する美術大学として藝大が目立っていたということですね。今回学生に課されたテーマは「The beauty of imperfection」(不完全な美)ですが、海外では“わびさび”と訳されることもある言葉とのことで、どのような作品が受賞するのか楽しみです。今日の第一次審査では12名を選出、10月14日の授賞式にて、優秀作品3点が決定するのですね。ベストセラーとなった書籍「最後の秘境東京藝大:天才たちのカオスな日常」からも分かるとおり、飛びぬけてユニークな天才たちがひしめく藝大内のコンペで選出されるアーティストたちはまさにダイヤの原石というイメージです。2018年、2019年のアワード受賞者たちは、卒業後も人気デザイナーや話題の現代アーティストになるなどご活躍の方が多いそうですね。
藝大として、コミテコルベールアワードのようなインターナショナルなアワードを学生向けに実施することにはどのような意義があるのでしょうか?

八谷さん:作品を藝大美術館に展示して一般の方々に見てもらう事を学生時代に経験するというのは大変意義深いと思います。通常、藝大の学生が大学美術館に展示する機会は、大学院の修士の修了制作展が初めてというケースが多いのですが、在学中に、学部の学生も含めて、一般の方々に鑑賞してもらうためのきちんとした展示を経験しておくと、卒業した後の実践時にも役立つと思います。また、普段は自分の所属学科以外の学生の作品を講評することがないので…例えば先端芸術表現科の教員が油画専攻の学生作品を審査するというのは普通はないので、教員にとっても学生にとっても大変良い刺激になります。
一次審査の審査員の先生方は、応募の多い学科の先生におねがいして参加していただいているのですが、上位に入ってくる作品の評価は概ね重なってくるので、実力ある学生を選べているのではないかと考えています。
また、このアワードの良いところは、二次審査ではフランスに本社を持つ一流企業のCEOの方々にも審査していただけ、またコルベール委員会参加企業の皆様にも作品をじっくり鑑賞してもらえるところです。実は、受賞しなかった作品にも良いものがあったということで、コミテコルベールのメンバー企業で展示されたこともあります。なので、思いがけないチャンスにつながる可能性があると言えると思います。

菊池:10月には、東京藝術大学大学美術館本館に作品が展示されて、私たちも鑑賞できるとのことですが、見どころはどんな点にあるのでしょうか?

八谷さん:もちろん、一般の方にご鑑賞いただくことも大事なところです。観客の方にとっては、数年後に話題になってくるようなアーティストの作品を先行してチェックできるところが醍醐味だと思います。実際、今や人気ファッションデザイナーの岡﨑龍之祐さんらが過去の受賞者として名を連ねています。

菊池:将来有望アーティストに、世間に先駆けて出会える機会なのですね。審査員もそうそうたる方々ばかりなので納得です!

【審査員】
一次審査員(順不同、計7名)
・岩田広己 東京藝術大学工芸科准教授
・薄久保香 東京藝術大学絵画科油画専攻准教授
・小沢剛 東京藝術大学先端芸術表現科教授
・熊澤弘 東京藝術大学大学美術館准教授
・鈴木太朗 東京藝術大学デザイン科准教授
・八谷和彦 東京藝術大学先端芸術表現科教授
・森淳一 東京藝術大学彫刻科教授

二次審査員(予定、順不同)
・東京藝術大学学長 日比野克彦(Katsuhiko Hibino)
・東京藝術大学大学美術館館長・教授 黒川廣子(Hiroko Kurokawa)
・コルベール委員会チェアマン ローラン・ボワロ(Laurent Boillot)
・コルベール委員会理事 ベネディクト・エピネー(Benedicte Epinay)
・カルティエジャパンプレジデント&CEO 宮地純(June Miyachi)
・シャネル合同会社社長 ギエルモ・グティエレス(Guillermo Gutierrez)
・シャネル合同会社会長 リシャール・コラス(Richard Collasse)

第一次審査通過者12名の作品は?

ここで第一次審査会場で拝見した12名の通過者の作品を一挙公開いたします。

Photo: 永井文仁 © COMITÉ COLBERT、東京藝術大学
Photo: Fumihito Nagai © COMITÉ COLBERT, Tokyo University of the Arts

中でも印象に残った作品3選

《河津晃平「About sending and forgetting」》
同じような間取りのマンションの一室を撮影した写真36枚と、映像がセットになった作品です。引っ越しで荷物を全部搬出した後のような殺伐とした写真36枚だけを眺めていても、「それで?」という感じだったのですが、映像と合わせて見た途端に、面白さが急上昇しました。

河津 晃平 「About sending and forgetting」撮影:菊池麻衣子

撮影された写真は、解体される直前のマンションのそれぞれの部屋でした。そしてなんと、作者は、もうすぐ解体されるというのにその部屋を一室ずつ掃除したのです!床の雑巾がけをしている作者の映像は健気なのですが、「汚いままでいいのになぜ?」という疑問が膨らんできました。
もう一度よく見ると、撮影された部屋はスッキリとして、以前の住人がアレンジを加えたキッチンや電球が際立つことで不思議な個性を発揮していました。

審査員の薄久保香さんは、「解体と構築の現場から、労働とは異なる意味を持つ清めとしての掃除を通して、物と精神の関係性を問いかける河津晃平さんの作品に個人的に興味を持った」と言及しています。

《辻一徹「Enohpomarg」》
文字盤の周りがキレイな円ではなく、モニャモニャとした形になっている置時計のような作品です。中で回っているのは、一風変わった針で、文字盤の周りの壁をこすりながら動いています。よく見ていると、この壁がモニャモニャなので、針の長さに対して余裕がある時は早く動きますが、壁と中心との距離が短い場合は、針がつっかえて苦しそうになりながらゆっくりとした動きになります。

辻 一徹 「Enohpomarg」撮影:菊池麻衣子

私たちは時計の針が、一定のリズムで刻んでいることを信じてそれに合わせて生活していますが、この作品の針の動きに合わせて時間が歪むことがあったりしたら、何か奇想天外なことが起こりそう!と想像が膨らんでいきました。
しかもこの針は反時計回り。深い哲学の世界にも扉を開いてくれそうな作品です。

《髙野真子「I was born」》
作家が、子宮内膜症と診断されたのをきっかけに制作したドキュメンタリー仕立てのショートフィルムです。まだ大学生である若い作家が、子宮内膜症を煩い、医者から「子供は産みたいですか?」と聞かれます。ところが、まだあまりそのようなことを具体的に考えたことがなかった作家はその言葉をインスピレーションの源として様々な思考を広げていきます。

髙野 真子 「I was born」Photo: 永井文仁 © COMITÉ COLBERT、東京藝術大学
Photo: Fumihito Nagai © COMITÉ COLBERT, Tokyo University of the Arts

その思考の発展が旅のようでもあり、「両親が恋愛して自分を生んだのだろうか」と考えたり、親戚の家に生まれた子供に会いに行ったり、生命の根源と自分の体験が表裏一体となっていく世界感に引き込まれていきました。
この出来事を象徴するように挿入される、グレープフルーツの果実の滴りも印象的です。

審査員の岩田広己さんは、「“陰”・“寂”のある暗がりの映像において陰翳の中から浮かぶモチーフにより、生と死の両輪を醸し出し、朗読(ナレーション)により鑑賞者が小説を読んでいるかのように感覚を介在させられ、印象深い作品でありました」とコメントしています。

さて、10月にはどのような作品が優秀作品に選ばれるのでしょうか?
作家の気持ちになるとドキドキしますね。

【10月の展覧会概要】
コミテコルベールアワード2022–The beauty of imperfection–
会期:2022年10月15日(土)~10月30日(日)
開館時間:10:00-17:00(入館は閉館の30分前まで)
月曜休館・入場料無料
会場:東京藝術大学大学美術館本館展示室3、4
主催:コルベール委員会ジャパン/東京藝術大学
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
https://comitecolbertaward2022.tumblr.com/
本展は事前予約制ではありませんが、今後の状況により、変更及び入場制限等を実施する可能性がございます

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