絵画とインスタレーションで生み出す新たな動き。アーティスト・平松可南子インタビュー

ライター
菊池麻衣子
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マネックスグループ株式会社が、社会貢献活動と社員啓発活動の一環として実施している「ART IN THE OFFICE」の2022年度受賞アーティストは平松可南子(ひらまつかなこ)さん。東京藝術大学大学院美術研究科絵画専攻油画研究室を修了したばかりの若きアーティストで、「ART IN THE OFFICE」が15周年を迎えた記念すべき年の受賞者です。
アーティストは、受賞プランをもとにマネックスグループ本社にある円形のプレスルームに巨大な壁画を描き、その作品は1年間展示され、社員や来訪者に様々なインスピレーションを与え続けます。
平松さんが制作したのは、アトリエで描いた14枚のペインティングを組み立てて現場で加筆した作品「内側から見た噴水|Fountain Seen from the Inside」。「ART IN THE OFFICE」プログラムに選ばれた作品プランには、会議という場における社員の方たちの一つ一つの意見や価値観の混ざり合いが、新たなものを創出していく、という意図も含まれているそうです。
まず、彼女がなぜ大学院時代にペインティングをインスタレーション(作品単体だけでなく、その配置や展示空間全体を用いた手法)にすることを思いついたのか、また、噴水のモチーフはいつから始めたのかを伺います。それから「ART IN THE OFFICE」の滞在制作中に経験したピンチや新たな発見も含めて、社員との交流から作品が完成するまでのドラマをお伝えします。

※マネックスグループ=国内外のオンライン金融サービスをはじめ、教育やゲノム情報管理サービスなど幅広い事業を展開する企業です。

立体的なインスタレーションにこだわる理由

マネックスグループ本社のプレスルームの中で完成された平松さんの作品は、半円形の壁に添って湾曲し、ぴったりとはまっていました。通常の絵画のようにキャンバス内で自己完結しているのではなく、円筒形のプレスルームと一体化しているので、部屋に入ると作品内に包まれているような感覚です。

「おー、真ん中の円卓の中心から水が吹き出て、しぶきのカーテンを作り、その中に私たちがいるんだ!」。かしこまったプレスルームにいるという既成概念が一気に吹き飛び、涼しい公園で平松さんに出会ったら自然と会話が弾んできたという場面にいる気分になりました。
まず聞きたかったのは「絵を描く」ことに軸足を置きながら、インスタレーションという表現手法にこだわるのはなぜなのかということです。

平松さん曰く「私はずっと平面に描いていたのですが、藝大の大学院修了展に向けて作品を作っている時に、絵との出会い方、鑑賞の仕方をもう少し考え直してみようと思いました。
私は制作の上で『ものをみること』について考えていますが、絵を見ている時と自然にものを見ている時のあいだに、何か隔たりがあるような感覚があったんです。もっと自然に物を見るように、絵も見ることができるのではないか。そんな単純な疑問から、『全ての起きているものごとは毎回異なっている』という捉え方、考え方に気づいたんです。
例えば、演劇でいう『上演』もそれに近いものだと思います。同じ演目でも毎回のパフォーマンスが、全く同じ仕上がりになる事はありません。

私は、絵自体も同じように考えることができると思いました。実際に描いてみると分かるのですが、全く同じ絵を2枚描くことはできません。一つ一つ筆を重ねていき、その積み重ねによって絵はできています。更に、その日の気分や天気によって私自身も左右されますし(笑)。
美術館のように、絵と見る人が向き合うように鑑賞している状況だと分かりづらいのですが、絵を複数の人が色々な立ち位置から見るという状況を想定すると少し見えてきます。1枚の絵を、斜めから見る人がいれば、咳をしながら見る人もいる。そのような状況も含めて絵の鑑賞ととらえると、一瞬たりとも同じではありません。
綺麗な白い壁のちょうど目線あたり、見やすい位置に、絵が静かに飾ってあるというのではなく、その安定した状況を崩した時に、人がどのように反応するか見てみたいと思いました。そうするためには、まず絵の支持体から変えなければと思い、2m40cm四方の大きな立方体に描いて展示したのが最初です」

制作した立方体に噴水を描き、2つに分割して真ん中を通れるようにしたところ、平面に描いていた時とは明らかに違う効果が見られたそうです。

藝大の大学院修了展で展示した作品。
2022年1月28日から2月2日に東京藝術大学で展示された。また、「アートアワードトーキョー丸の内」ノミネート作品として、2022年9月15日から28日に丸の内オアゾ1階で展示予定。

「それは、『鑑賞者が動いて、空間が動いた』という感覚です。」
立体の絵と絵の間を通っていいのかな? と迷いながら通る人がいるかと思えば通らない人もいたりする。絵の周りに広がりができ、作品と鑑賞者の関係が変化することで、空間全体が動くのを感じたそうです。
それ以来、平松さんは、ペインティングとインスタレーションを組み合わせて表現してきました。

なぜマネックスグループの「ART IN THE OFFICE」に応募?

「知人の勧めがあり、お世話になっているアーティストの方も過去の受賞者にいらっしゃったので、応募してみようと思いました。また、作品を展示する場所が、円形のプレスルームの半円形の壁だったので、私が続けてモチーフにしている噴水にぴったりな場所なのではないかとも思い応募しました」と平松さん。

応募する時の資料として提出した参考作品。「上から見た噴水」

展示場所が、作品のモチーフにうってつけの形をしているとは、相当なご縁ですね。平松さんにとって、噴水はもともと気になる存在で、上野の噴水と大阪で見た噴水を比べたり、長時間眺めたりしていたそうです。すると、噴水の形が極めて曖昧だということに気づいたとのこと。
「雨が降ると分かりやすいのですが、噴水と雨の境界が曖昧になります。それに気づいた時に、晴れていてもずーっと見ていると噴水とその周りにいる人や鳥、ボール、スケボー、草木が混ざっていくような感覚になりました。でも上方に吹き上げる水は再度ひとつになって循環している。そんなことを思いながら噴水のことを見ていました。そして、その構造は今回のプレスルームの構造にも似ていると思えてきたのです」
えっ? 噴水と同じ構造?
「たくさんの会議も行われるプレスルームでは、色々な発言が噴水のように飛び交い、どこに行くかわからない。でも一つにまとまっていく。そこが似ていると思いました」
突然の飛躍に驚きましたが、笑顔でこのように説明する平松さんの言葉はスッと入ってきて納得しました。「アート思考」がナチュラルに飛び出す! さすがアーティストです。

平松可南子さん

ガラス越しに見られながら描くということ:滞在制作前半

さて、ついに5日間の滞在制作が始まるわけですが、平松さんが一番意識したのは、プレスルームでは重要な社内外の会議なども行われるということ。社員の皆さんが重苦しくならず、発言しやすくなるように軽やかな色使いを心がけたそうです。
1日目は、あらかじめアトリエで下地を描いてきた14枚の板を設置し、2日目からは、現場の空気を感じながらの制作に入ります。
実はここで、想定外の環境に直面します!
それは、プレスルームのガラス越しに多くの人から制作しているところを見られるということです。それまで人に見られている中で描いたことがなかった平松さんにとって、かなり緊張する状況。それでも作品は期間中に仕上げなければなりません。
また、滞在制作中は社員が自由に出入りしてアーティストと話をしても良いことになってはいるのですが、最初の2日間は社員も遠巻きに見ている人が大半だったので交流を含めて作品にするというのが難しい状態でした。

そんな中、たまたま中に入ってきた社員からの「色が少ないね」という言葉に思いのほか影響を受けてしまった平松さん。色を増やしてみたのですが、良い感じに描けない…。
2日目にして若干ピンチ状態に陥ってしまいました…。

ワークショップを経て完成へ!滞在制作後半

そのような状況で迎えた3日目が社員とのワークショップです。
平松さんが企画したワークショップ内容は、「最近気になったエピソードや印象的な記憶、ふと思いついたことなどを事前に考えてもらい、平松さんがあらかじめ1枚1枚ペイントした紙を用いて、その上に好きな画材を使って線や色、形に置き換えて描く。描くだけでなく、色を積み重ね、また色で消してもOK」というものです。まずは絵を描くということのハードルを下げること、そして、人が描いた作品の上に絵を描くという、普段やらないことに挑戦してもらいたいという思いが彼女にはありました。
その描きかたのインストラクションもユニークで、「まず肘(ひじ)だけを使って、2分間、線を描き、次にその半分の時間で、手首の動きだけで線を描き、最後に身体全体を使って10秒で線などを描く」というもの。
どのような反応があったのでしょうか?
「『筆を持ったのは子どもの時以来』という社員もいて、最初は皆さん恐る恐る描いていたのですが、だんだん気持ちが入ってきて、ストロークが大胆になってきた」そうです。
そのストロークは、十人十色でとてもユニークだったため、なんと平松さんが、自分の中には無かったストロークからインスピレーションを得るという体験につながりました! 
最初は、プレスルームに描いた絵の前で社員と会話した内容を絵に反映しようと思っていた平松さんですが、このワークショップで自分の絵の上から描いてもらうという挑戦をきっかけに、社員の皆さんと会話をすることから生まれたストロークもまた、別の形の対話ではないかと気がついたのです。
これを機に、筆がどんどん進み始めた平松さん。
社員から出てきた面白い形のストロークを、そのままの蛍光色のオレンジ色でひと描き。

そうしたらもう少しこのオレンジ色を入れてみたくなって、離れた場所にもうひとつ描き入れる。

参加者が朝日の情景を描いたという美しい作品を横にして描き入れてみたり。

赤血球を描いたという参加者の赤を入れてみたり。

また、ワークショップをきっかけにプレスルームに入ってくる社員も増え、率直に内面をオープンにして話してくれたことが制作の追い風になったそうです。コミュニケーションをたっぷり取り込んだ彼女の作品は、滞在5日目にして、水が動き続ける大きな「噴水」となって完成しました!

人に見られながらの制作、ワークショップと、初めてづくしの「ART IN THE OFFICE」でしたが、良い経験だったと言う平松さん。もっと交流したかったし、ワークショップがとても良い効果を生むことが分かったので、これからも積極的に実施していきたいと考えているそうです。

社員の皆さんがワークショップで描いた作品

実際に社員の皆さんが描いた作品の一部をご紹介するとこんな感じです。
平松さんが、 インスピレーションを得てプレスルームの作品に取り入れた要素が見られて興味深いと 思いませんか?!

社員も、もっと交流したかった!

社員の皆さんからはどんな反響があったのでしょうか?
「ART IN THE OFFICE」の企画スタッフによると、「作品制作の前に抽象的な表現の背景にある思考やアイデアを共有し、線を描くというウォーミングアップを実施したことで、純粋に絵を描くことを楽しむことができたと思います。『表現は自由、やってみる、失敗するくらいがいい』という平松さんのコメントもあり、社員は筆を止めることなく本当に楽しそうでした。1時間があまりにも短く感じられ、『もっと交流したい』という声が多く聞こえました」とのこと。
参加者による感想を伺って、印象的だったものとしては、「直接アーティストと触れ合える機会に立ち会えてとても良かったです。手が止まったときは、一度白く塗り直ししていい、という言葉に感動しました」とか、「消すことを恐れないで、消しても無駄ではなくて意味があるというメッセージがとても印象的で、時間をかけて作った資料を最初からやり直すなど、業務において失敗ばかりで時間を無駄にしていると信じ込んでいましたが、その経験は必ずしも無駄ではなかったのだなと勇気づけられました」というものがありました。

また実際、作品が完成してからのプレスルームを利用した社員からは、「作家から鑑賞する者への一方的なものではなく、鑑賞者が空間の中で感じるものや、職場や生活の場との融合によって完成するものだというところです。絶え間なくあふれ出す噴水からエネルギーを感じていたいと思います」という声があったとのことです。
円形のプレスルームを活かしたインスタレーションの形をとったペインティングであることの効果や、ワークショップを通して動きそのものを獲得しながら完成した噴水ならではの特徴が生きている証拠ですね。
これから1年、この噴水が、社員の皆さんや訪ねてきたお客さん達とどのようなレジェンドを築いていくのかが楽しみです。

平松可南子氏プロフィール

1997年大阪府生まれ。2022年東京藝術大学大学院美術研究科絵画専攻油画研究室修了。ペインティングやインスタレーションを表現手段とし、鑑賞の中で変容する経験を捉え直す試みを行っている。これまでの主な展覧会に、「Ghost of Peach」(2021年、とりときハウスギャラリー、東京)、「Innocent-P-」(2019年、京都国際会館、京都)、「Artist’s Tide land KYOTO」(2019年、伊勢丹新宿、東京)などがある。2020年「京都造形芸術大学卒業展」奨励賞受賞。

「ART IN THE OFFICE」受賞者の選考について

1.公募による応募作品の中から選出された1名(1組)のアーティストに対し、社内のプレスルームを応募作品の発表の場として約一年間提供。選出されたアーティストには50万円の賞金および10万円の制作費が支払われる他、マネックスグループの統合報告書などへの本作品画像の掲載や、オリジナルノベルティのデザインに利用される。本プログラムは、2019年に公益社団法人企業メセナ協議会の認定制度「This is MECENAT 2019」に選定され、2012年には公益財団法人日本デザイン振興会(JDP)が主催する「2012年度グッドデザイン賞」(Gマーク)を受賞。(運営協力:NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト])
2.選考条件
・現代アートの分野で活動するアーティスト(学生可)
・企業のプレスルームという空間の特徴を踏まえ、独自性・先駆性があること
・「一足先の未来における人の活動」というマネックスの企業理念を考慮したもの
3.2022年度審査員(敬称略、五十音順)
塩見 有子:NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]理事長
染谷 卓郎:Takuro Someya Contemporary Art代表
田中 みゆき:キュレーター/プロデューサー
星 賢人:株式会社JobRainbow 代表取締役CEO
松本 大:マネックスグループ株式会社 代表執行役社長CEO
マネックスグループART IN THE OFFICE website:https://www.monexgroup.jp/jp/esg/art_in_the_office.html
ART IN THE OFFICE15周年特設website:https://www.monexgroup.jp/jp/esg/art_in_the_office/15th.html

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