うるしのかたち展2020 出品作家インタビュー 小椋範彦先生

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藝大アートプラザ
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インタビュー

「うるしのかたち展2020」は漆芸研究室の教員と学生29名による展覧会です。同研究室を率いる小椋範彦先生に、うるしのかたち展のこと、ご自身の作品のことや、「ろくろ祭り」のことなど、知られざる漆芸研究室のことを伺いました。

「うるしのかたち展」は、これまでに何度も開催してきた歴史ある展覧会だそうですね。

藝大の漆芸研究室では、毎年、漆の日である11月13日に「ろくろ祭」を開催しています。人が集まるこの日に合わせて、研究室の成果を発表しようということで始まったのが、「うるしのかたち展」です。2007年から毎年開催していますので、今年で14回目です。


「うるしのかたち展」展示風景

誰が参加できるのでしょうか。

今年の展示は大学院生以上が出品できます。現教員、元教員と学生と合わせて29名が参加しています。

どのような作品が展示されるのでしょうか。

それぞれの出品者の世界観を表した大型の平面作品やオブジェなどの所謂「作品」だけでなく、漆器やお箸など生活に寄り添った手に取りやすい作品も展示します。私は、お椀やぐい呑などお正月に使えるもの、壁に飾って楽しむことができる蒔絵のパネルなどを出品しています。


小椋範彦「酒器1」「酒器2」

特別企画として、出品作家が制作したお箸も並んでいますね。

漆芸研究室とお箸には浅からぬ縁があります。しばらく前「マイ箸」という言葉が少し流行ったときから、お箸づくりの公開講座や、展示なども開催しています。今回の展示も面白いお箸が登場しています。


「うるしのかたち展」展示風景

お箸の木地はどうやってつくるのでしょうか。

既製の木地を買ってくる人もいると思いますが、そうではない場合、実際のお箸よりも長い木を用意して、かんなをかけて、先がすぼまるようにテーパーを付けていきます。かんなをかけながら、回転させていくのですが、そのためにも特殊な台が必要で意外とハードルが高い作業です。普通のお箸の形で納得がいかない人は、木彫で削り出す人もいるかもしれません。過去の展示では、お箸自体を螺旋状にした変わった形のものもありました。私は柳の木の枯れたものを使ってもいいかなと考えています。材料選びや、長さや先端の細さを上手く調整することによって使いやすさも変わりますし、奥深い世界です。


小椋範彦「箸」

冒頭のお話にあった、11月13日の漆の日についてもう少し教えていただけますか。

惟喬親王(これたかしんのう/平安時代の貴族)が、虚空蔵菩薩から漆の技術を授けられたといわれる日にちなんでいます。惟喬親王はろくろを用いて木材を加工して、器などを作る「木地師」の祖とも言われています。たまたまなのですが、私の名字である小椋や大蔵は平安時代に惟喬親王から授けられた苗字で、この苗字の人は自由に山に入って木を切ってよいとされました。なので、小椋や大蔵という苗字の人には、今でもろくろ関係の仕事をしている人が多いです。とくに滋賀県の小椋谷、長野県の木曽の方に多くいます。

ろくろ祭りではどのようなことをするのでしょうか。

昭和45年(1970)ごろ漆芸講座にろくろの機械が設置され、六角大壌先生の提唱で漆芸科のろくろ祭りを行うことになり、11月9日をその記念日と定めました。今では午前中、学生たちと谷中墓地に行き、六角紫水先生、六角大壌先生、小川松民先生など漆芸研究室にゆかりのある先生の墓前で「今年も無事安全でありますように」と祈願します。ろくろ、漆に関係する方々、卒業生等を迎えてから、神主の衣装を着た人が玉串奉奠(たまぐしほうてん)をする儀式をして、ろくろ室の安全を祈願します。昔使っていた手引ろくろを挽いて木を削る儀式も行ないます。その後、学生が手作りした料理をゲストにふるまって、歓談します。今年もやりたかったのですがコロナの影響で中止になり、本来だったらこの日に合わせていたはずの「うるしのかたち展」も事情があって12月にずれ込みました。

さて、目の前に出してくださったお椀は展覧会の出品作なのでしょうか?

出品作ではありませんが参考用にお持ちしました。これは真中に料理を盛りたいと思って実用を目的につくった鉢です。縁の装飾のベースは金粉の研ぎ出し蒔絵、その上から桜の花を、白やピンクの色漆(漆に顔料を混ぜて練ったもの)を銀粉に着色して研ぎ出して表します。葉は平蒔絵をして磨いて葉脈を平蒔絵で描いています。


小椋範彦「蒔絵桜花文大鉢」

研出蒔絵とは、金粉を蒔いて上から漆を塗って研ぐということですか?

簡単に言うとそうです。この金色のベースは、10号粉という研ぎ出しに丁度よい粗さの金粉を使っています。8号粉を蒔くとより金粉の密度が上がります。見た目は白くて細かいですが、顕微鏡でみると銀粉の一粒一粒がアルミホイルをくしゃっと丸めたような形をしています。それを蒔いて、上から漆を塗って固めて、それを研ぎ炭(駿河炭)というデッサン用の木炭を大きくしたようなものを使って、蒔いた金粉の面積が広くてきれいに光るところまで研ぎます。

パネル状の作品についても教えてください。

私のオリジナルの技法による絵画的表現の作品です。ドレスデンからプラハまで行く電車から見える、ポステルヴィッツの風景です。下半分は銀粉を蒔き詰めてから、ニードルを使って引っ掻いて、家や木の形を表しています。銀粉がとれないようにするために、色漆を使って油絵や水彩絵の具で描くように色をつけています。いくつかの建物にアクセントで金の板を使って、その上にも蒔絵をしています。建物や木々に残った雪の表現を工夫しながら描きました。


小椋範彦「蒔絵パネル POSTELWITZ」

もう一つの作品はヴェネツィアですか?

日本橋三越本店で4年に一度個展をやっているのですが、そのためにつくったヴェネツィアをテーマにした三部作のうちの一枚です。空以外の部分は、さきほどと同様、銀粉の研ぎ出し蒔絵です。遠景の地上の部分に引っ掻きで建物を描いて、水彩画のように描いて研ぎ出しています。空は、今は製造されていないロジウムの金属粉を蒔いています。

銀色とも違う独特の色味ですね。

手前の風景と空の距離感を出すために、空はマットな質感にしています。普段の作品は漆に溶剤を混ぜたものを全体に染み込ませて、拭いて固着させています。


手前にあるのがヴェネツィアをテーマにした作品。

伝統的な漆芸の技法を絵画に展開しているのが興味深いです。

絵画的な表現を正式に作品として発表したのは2008年の個展からです。それまでは、こちらに出した鉢や箱など、伝統工芸展の作品を中心にしていたのですが、制作していく中で折角なので、公募展出品作ばかりの展示じゃつまらないと思うようになりました。全部同じような質感、技法も研ぎ出し蒔絵で、お客様にも日本伝統工芸展出品作のきちっとした作品ばかりだという印象を与えます。そう思うようになってから、日本伝統工芸展出品作と並行して、昔から研究していた絵画的な表現に取り組み、個展で発表するようになりました。私独自の表現方法です。パネルの場合は、フリーハンドで銀粉を引っ掻いて削っていくときに、フリーハンドの良さ。自由さが楽しめます。伝統工芸では細かなところを突き詰めていきますが、パネルは絵として見せられるかどうかを重視するので、とても楽しいです。


小椋範彦「蒔絵パネル Besalu」

日本の風景をパネルにすることはあるのでしょうか?

取材に行って描きたいと思った風景を作品にしています。日本の風景も取材して記録することはありますが、まだ作品として発表する気にはなれません。素材が漆なので、ヨーロッパの風景の方がギャップがあって面白いと思っていることも理由の一つです。


小椋範彦「蒔絵パネル Abteki Sankt Hildegard」

漆で絵を描くのは、一般的な絵の具で描くよりも難しいのでしょうか?

こういう絵にしたいと考えて金属の上に色を置いていくわけですが、仕上がりの色が思い通りになるかは、研ぎ出してみないとわかりません。たとえば、過去の作品で、モンマルトルのパン屋の扉を赤くしたいと思っていたものの、実際には赤の色がぜんぜん出てこなかったということがあります。逆に、モンサントルを描いたときには、予想以上に色がよく出て路地の雰囲気がよくなりました。その時々によって、色の出方が変わるのが難しいところでもあり、面白いところでもあります。

ところで、藝大を受験するときから、工芸科に進もうと決めていたのでしょうか?

高校時代は油絵も描いていましたが、いろいろな人を見て自分の感性では油絵で食べていくのは厳しいなと思うようになっていました。浪人生の頃に東京国立近代美術館で松田権六(まつだごんろく/漆芸家。人間国宝、東京藝術大学名誉教授)先生の作品を見る機会があって、「こんな世界があるのだ」と感動して、漆に魅了されました。それから工芸科に進む決意を強くしました。


小椋範彦「蒔絵唐草文香箱」

工芸科に入ってからは、迷うことなく漆芸専攻に決めたのでしょうか。

実材実習で4週間ずつ3つの専攻を体験します。私は鋳金と鍛金と漆芸を選んだのですが、鋳金と漆で最後まで迷いました。鋳金と漆の仕事の進め方は、工程を少しずつ積み重ねて一歩一歩、進めていく点で似ています。鍛金のように、徹夜で体力の続く限り仕事をすれば終わるものではありません。絶対的にかかる時間が長いです。たとえば、秋の伝統工芸展に出品する作品は、5月の連休明け頃から石膏原型をつくって、それでもかなり集中して進めないと間に合いません。毎回、もっと早めに取り掛からなければならないと思うのですが、なかなか難しいです。


小椋範彦「酒器3」「酒器4」

漆にはどのような魅力がありますか。

一番の魅力は艶です。このような艶を表現できる素材は他にありません。それと、見ている人に、どのようにつくっているのかわかりにくいところも魅力です。

現在、漆芸研究室には何人ぐらい生徒がいるのですか。

いまはかなり多くて、35人くらいいます。

漆芸研究室ではどのような課題が出題されるのでしょうか。

漆の「本堅地」という基本の下地法があるのですが、それをハガキよりも少し小さいくらいの大きさの板、10枚から15枚に塗って、工程を覚えます。蒔絵の技法は、東京美術学校(東京藝術大学の前身)時代の先輩がつくった「月に流れ」という手板が与えられ、それと同じものをつくります。高蒔絵と研ぎ出し蒔絵を施した手板で、ぼかしもありますし、蒔絵をしたことがない学生にはとても難しい課題です。その後、岩に獅子の蒔絵、大学院1年のときには、学生たちから「スーパー蒔絵」と呼ばれている竹籠の地に蒔絵する難しい課題が出ます。歴代の藝大の漆芸研究室の卒業生はみんなこれをやっています。ほかにも指物で箱をつくる課題もあります。


「月に流れ」の手板。

今後の展望を教えてください。

最近の学生は変化球ばかりを投げていて、直球で勝負する学生が少ないです。みんな大変な仕事を簡単な仕事で済ませようとします。たとえば、乾漆粉という漆の粉を蒔いて仕上げているのを見ると、「艶上げ」や「塗り立て」の技術の甘さが目立たないように、逃げたんだなと思ってしまいます。私は直球勝負のつもりで伝統工芸をつくってきました。大変ですし疲れますが、視力も集中力も続く若い頃は、ストレートにやっても良いと思うんですよね。漆は何回も苦労してやりなおしているうちに技術が身につきます。ですから、逃げたなと思わせないような制作ができる、自分から直球を投げていけるような、他の人の作品の真似をしないような学生を育てていきたいです。

●小椋範彦プロフィール

1983 年  卒業制作 サロン・ド・プランタン賞 受賞
1985 東京藝術大学大学院美術研究科修士課程工芸専攻漆芸 修了
2009 第56回日本伝統工芸展 東京都知事賞 受賞
2011 紫綬褒章 受章
2012 MOA 岡田茂吉賞、MOA 美術館賞 受賞
2013 第4回創造する伝統賞 受賞(日本文化藝術財団)
2014 「現代の日本工芸展 Contemporary KOGEI Styles in Japan」
Morikami Murseum in Miami USA(文化庁)に出品
2016 第1回「工藝を我らに」展(資生堂アートハウス)、創設メンバーとなる
個展「-金の空・銀の空- 小椋範彦漆芸展」(日本橋三越本店/東京)

展覧会名:NIPPONシリーズ③ うるしのかたち展2020- Forms of urushi –
会期:2020年12月18日(金)~2021年1月17日(日)
開催時間:11~18時
入場無料
休業日:2020年12月21日(月)、12月28日(月)~ 2021年1月5日(火)、 2021年1月12日(火)


取材・文/藤田麻希 撮影/五十嵐美弥(小学館)

※掲載した作品は、実店舗における販売となりますので、売り切れの際はご容赦ください。

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