「Glass Wonderland」は、ガラス造形研究室の在校生、卒業生、教員34名による展覧会です。今回の展覧会のプロデューサーで、ガラス造形研究室の教授である藤原信幸先生に、ガラスの基本的な技法をはじめ、展覧会出品作品などについて伺いました。
■まずは先生の作品について伺いたいです。
透明(「小文間(おもんま)の植物シリーズ」2020-01)と黒(「小文間の植物シリーズ」2020-02)とで対になるようにつくりました。ガラス研究室の工房は、取手市の小文間にある藝大取手キャンパスにあるのですが、そこに初めて行ったときに、植物が茂って道を覆い隠していたり、人がつくったものをどんどん覆っていく様子をみて、植物のたくましさをモチーフに作品作りをしようと思いました。特定の植物ではなく、いろんな草や実をイメージしています。工房のある地域性を重視してタイトルに「小文間」という地名を入れています。
藤原信幸「小文間の植物シリーズ」2020-01
藤原信幸「小文間の植物シリーズ」2020-01 部分
■ どのような技法を用いているのでしょうか。
ガラス造形には主に、ホットワーク、キルンワーク、コールドワークという技法があるのですが、この作品はキルンワークという、電気炉を使って鋳造する方法です。粘土で原型をつくって、それに耐火石膏をかけて、固まったあとで粘土を取り出して型をつくります。その型につぶ状のガラスを置いて、電気炉に入れて熔かします。電気炉に入れるときは、すぼまっているところを下、広がっているところを上にして石膏型ごとガラスを電気炉にいれています(下写真参照)。金属は溶けると氷が水になるみたいにいきなりサラサラの液体になるのですが、ガラスは徐々に柔らかくなります。ガラスが蜂蜜のようなちょうどよい柔らかさになると、型の上から下へ重力で自然と流れおちていくのですが、その途中でとめてこの形をつくっています。ギザギザした縁の形は、重力で下に流れ落ちていくときに自然にできたかたちです。
■穴がところどころ空いていますが、それは型の状態でも空いているものですか?
穴があいている部分も本来はガラスが入るところです。焼成時は、型全体をガラスの粒で埋めているのですが、800度くらいの最高温度に達すると3分から5分で、どんどんガラスは下に落ちていって、薄いところは裂けて穴が自然にできます。焼きすぎるとどんどんガラスは下に流れ落ち、予想よりも穴が多く大きくなってしまうので、見極めが大事です。
吉井こころさんの作品(「Wind scents」)もキルンワークでできています。ただ、この作品の場合は僕の作品のように、熔けている途中で火を止めたのではなく、完全にガラスが熔けて下にたまった状態です。
吉井こころ「Wind scents」
■鋳金の場合は熔けた金属を流し込みますが、ガラスの場合は最初から固形のガラスを型にセットしておくのですね。
そうですね。なかには電気炉の外で熔けたガラスを流し込むホットキャストと言う方法もありますが、ガラスは水飴みたいにねばっとしているので、金属のように細かいところまでするすると流れてはいきません。素材の性格を生かしたやりかたをしなければなりません。
■「小文間の植物シリーズ」2020-02の表面には、金の装飾がありますね。
じつは、ここは割れてしまったので金継ぎしました。石膏の型からガラスをはずすときに、割れちゃうことがあるんです。この作品の場合は、金で継いでも作品は成り立つと思ってやりました。
藤原信幸「小文間の植物シリーズ」2020-02
■ガラスには無機質なイメージがありますが、先生の作品はとても有機的ですね。
重力によって自然にできたかたちなので、そう感じるのかもしれません。植物は上にのびていきますが、この作品は下にのびて落ちていく。植物の成長を逆回転したイメージでもあります。
■「小文間の植物シリーズ」2020-02は、端の薄い部分を見ると緑っぽい色ですね。
黒に見えますが、じつは濃い緑と紫と紺を混ぜた色です。つやのある部分とない部分があるのは、還元している(※1)かどうかです。つやのない黒い部分は、還元して金属化した成分が表面に出ています。緑のガラスは還元しやすく、紫のガラスは還元しにくいです。つまり、つやのないところは緑のガラスが表面にあった部分で、つやのあるところは紫のガラスが表面に来ているところです。
■常設展に茶道具もありますね。
毎年、日本の大学と中国の大学と共同で、茶道具の展覧会をやっていたのですが、そのためにつくったものです。鉄のパイプにガラスを巻きつけて吹く、いわゆる吹きガラスの技法です。吹く前に色のついたガラスの粒をつけてねじって表情をつくっています。墨流しは、和紙の装飾技法の一種で、水に墨や絵の具をたらして紙に写す、マーブリング技法を使った模様のようなものです。それをガラスでやってみました。
藤原信幸「墨流し紋」水指
■ガラス造形研究室は比較的新しい専攻だと聞きました。
大学院に研究室が発足してから今年で15年目です。学部のガラス造形のガラスカリキュラムは2年前、2018年にできました。僕は、学部時代は鋳金を専攻していて、卒業後はアメリカに行って「スタジオガラス」というムーヴメントに触れました。帰国後はガラスのメーカーに入って、デザインワークをやり、熔けたガラスを使うホットワークも勉強しました。その後、藝大のガラス研究室の立ち上げのときに助手として採用されました。当時、助教授の林亘先生とともに準備期間を経て、カリキュラムなどを考えて、学生を迎えました。だいたい毎年、2、3人入ってきて、いま13期生まで卒業しています。
「Glass Wonderland」展示風景
■これまで卒業した方は39名だそうですね。この展示には34名が参加していますので、かなりの率で参加してくださったことになりますね。
34名には教員も含んでいますが、多くの卒業生が作品を出してくれました。
■先生ご自身はガラスといつ出合ったのでしょうか。
大学に入った年にガラス部をつくって、最初はクラブ活動としてガラスに携わりました。OBに岩田工芸硝子株式会社のイワタルリさんがいて、ルリさんを含め数人の先輩たちが「藝大にはガラス専攻がないので、自分たちでガラスの窯をつくりたい」と同好会をつくったんです。その同好会のチラシを見て面白そうだなと思って、僕が入学した年に同好会をクラブ活動にして、部室をもらって、みんなでガラスの熔解窯をつくりました。専攻は鋳金だったので、火を使ってなにかを熔かしたり、燃やしたりする行為は好きだったのだと思います。あと、組織をつくったり、なにかを立ち上げることが好きだったので、ガラスの研究室の立ち上げの時にも興味を持って手を挙げることができました。
■最初は部活からのスタートなんですね。
部活から始めて、専攻ができたときは、学生時代からの思いが通じた気がして感慨深かったです。不思議な縁だと思っています。
■今回展覧会をやろうと思った経緯を教えてください。
僕は、昔のアートプラザの立ち上げのときにアートプラザの運営委員をさせてもらったりしたこともあって、そのときから毎年ガラスの研究室展をやっていました。そのときは卒業生も少なかったので、もっとこじんまりとやっていました。一度アートプラザが閉じて、2年前に今の新しい店舗が立ち上がってからも、店長の伊藤さんと「いつかまた研究室展をやりましょうね」と話していて、それがやっと実現しました。最初は小規模展の予定でしたが、卒業生たちに声をかけたら予想以上にみんな参加してくれることになり、店舗全体を使うことになりました。
■それでは、展示室を見て回りましょう。及川春菜さんの作品が、ひときわ大きなスペースを使っていますね。
これは先日の修了作品展に出していたものです。展示を見て、店長の伊藤さんが気に入って、店舗の奥の空間をいままでと違う雰囲気にしたいということで、特別扱いで展示することになりました。作者の夢やイメージの世界を作品化した、コンセプチュアルな作品です。
及川春菜「Sign」「WHY?」「Don’t you ask why?」「steamy mirror」「花のある生活-ii-」「もっと私に、もっとあたなたに。」「落ちていた魚」「Where is My head」「花のある生活」「花のある生活-i-」
■地村洋平さんの作品は、いままでも何度かアートプラザに展示されていますね。
彼は大学院まで藝大で鋳金を勉強して、卒業後に富山にあるガラスの学校で基本的な技術を勉強してから、博士課程で僕の研究室に来ました。いまは講師をやってもらっています。この作品は、透明なガラスのなかにところどころに、金属の錫が入っています。普通、金属をガラスに入れると膨張係数(温度変化による収縮率)が違うので割れてしまうのですが、錫の溶融点(物質が個体から液体になる温度)はガラスのそれよりも低いのでガラスが固まって歪みが生まれる温度では錫はまだ液体です。そのまま更に冷まして錫が固まる時には、ガラスは収縮する温度を過ぎているので割れることはないのです。そのような性質を見つけて生かして作品をつくっています。ガラスに錫を鋳造するようなイメージだと彼は言っていました。ホットワークの作品です。
地村洋平「始まりの実験《歪球型》(超特大)」
■ホットワークとはどういうものですか?
熔けている状態のガラス使って形をつくる技法をホットワークと言っています。熔けたガラスを吹いて「吹きガラス」にすることもありますし、吹かないでキャスト(鋳造)することもあります。最近の作家は、いろんな技法を組み合わせて、ホットワークで原型をつくってそれをキャストしたり、キャストしたものを組み合わせてホットワークで最終的に作品化したり、皆オリジナリティを出しています。
■コールドワークはどういうものですか?
コールドワークは冷めた状態で加工する技術です。たとえば、この作品(山本真衣さんの作品)は、ホットワークでつくったかたちをカットしています。さっき言ったように技術を複合しているわけですね。
左から 山本真衣「果実」「sweet smell」「果実」「愛でる」
■村中恵理さんのように、七宝の作家もいるのですね。
彼女は、有線七宝と言って銅板に細い銀線で輪郭線をつくり、枠の中にガラスの粉末(釉薬)をのせて焼きつけています。彼女の修了制作はガラス胎七宝と言って、銅板ではなくガラスの上にガラスの釉薬をつけて焼いていました。ガラス同士であっても、膨張係数が違うと割れてしまうので、調整するのが難しい技法です。
村中恵理「さくら」
陶芸とガラスを組み合わせている人もいます。(奥田康夫さん)のこの作品(「hibiki-duet15-」)は、器胎は陶器でそのまわりに2〜3cm くらいの厚さでガラスをキャスト(鋳造)しています。陶器の釉薬をわざと厚ぼったくしたようなイメージです。ガラスは厚くすると冷める最中にひび割れができるのですが、そのひびの模様を活かしています。
左から 奥田康夫「hibiki-duet15-」「虹大皿」
■ガラスときくと、一般には吹きガラスをイメージする人が多いと思いますが、この展示には少ないですね。
ホットワークをやっている人もいますが、普通のコップをつくっている学生は少ないです。なかなか宙吹き(ガラスを宙空で吹いて成形する技法)で個性を出すのは難しいです。職人さんも、5年、10年続けて、やっと思い通りの形になるくらいですから、大学院の2年間で宙吹きをやりこむ人はそんなにいないです。自分しかできないことを見つけないと、作家としてはやりにくいので、ホットワークだけでなく、キルンワークなどと組み合わせで、独自の仕事をする人が多いです。
■以前、ホットワークの窯は24時間火を入れていないとだめだと聞きました。
そうです。自前の窯でホットワークをやろうとするととても大変です。キルンワークの場合は自分で窯を揃えれば、家でやることもできるので、比較的続けやすいです。僕らが学生の頃は、ガラス工場がいろんなところにあったので、そこでホットワークの窯を時間や1日の単位で借りることもできたのですが、最近はガラス工場が減ってきているので、そういう意味でもホットワークで仕事をする人は減ってきています。
ただ、将来キルンワークで作品をつくっていくにしても、ホットワークを学ぶことで、熔けていく状態のガラスが体感できるので、大学院のカリキュラムでは必修にしています。ホットワークを学ぶことを通して、ガラスでこのカーブをつくるのは難しいなとか、窯の中で800度になっている状況でのガラスの挙動がイメージできるようになることは必要です。
■藤枝奈々さんの作品は、他の方とつくりかたが違うように見えます。
バーナーワーク、またはフレームワークと言う技法を用いています。酸素とガスを混合したバーナーで、ホウケイ酸ガラスという、試験管やビーカーなどに使われる耐熱のガラスを熱して、細工をつくる技法です。棒状のホウケイ酸ガラスをバーナーで熱しながら、ピンセットでつまんだり、はさみで切ったりして形作ります。実験器具用のガラスだったのでむかしは透明しかなかったのですが、ここ5年くらいの間に工芸ガラスとして色のついたものが登場しました。それによって、バーナーワークの表現が一気に増えました。
左から 藤枝奈々「Ladybug」「桔梗」
■内田有さんの作品は一見ガラスには見えないですね。
内田有さんはどちらかというと現代美術、コンセプチュアルな作品をつくっています。素材も、ガラスだけでなく磁器を使ったり、いろんな取り組みをしています。今回の出品作のシロクマのアイスキャンディのシリーズは、学生時代からつくっているものです。
左から 内田有「cool it (xs) aloha jungle」「cool it (xs) alohapineapple」
■野田朗子さんの作品のような器は、この展示ではかえって珍しいですね。
彼女は京都にある四年制大学で学んで、広告代理店に勤めていたのですが、ガラスが好きで、東京ガラス工芸研究所というガラスの専門学校に入りました。たまたま僕が銀座の和光で展覧会をやっていたときに来てくれて、「もっと勉強したいんですけど」と相談されて、藝大の大学院を受けることをすすめました。それが出会いです。いまでは、自分の工房もつくって、海外のアートフェアにも出して、作家として着実に歩んでいます。
左下から時計回りに 野田朗子「蓮と生きる-華の時」「蓮の夢」「茶入ふくら」「蓮と生きる-葉の時」「杯-蓮の一片」「金彩小皿 蓮の夢」 中央 野田朗子「蓮と生きる-葉の時」「蓮と生きる-蕾の時」
■福村彩乃さんは「Ayano Fukumura」というブランドを立ち上げて、会社としてガラスのアクセサリーを制作、販売していますね。
大学院でも音楽を専攻していましたし、ピアニストをやっていたので、本当にガラスの道でいいのかな?と思ったのですが、いまでは会社も立ち上げて、全速力で前に進んでいます。取り組み方が他の作家と違うといいますか、ガラスを通じてこういう社会とのつながり方があるんだな、と思わせてくれます。組織とか社会との付き合いのなかでつくることを楽しむタイプの作家です。
福村彩乃「ネックレス」「イヤリング」「ピアス」
■最後に見に来てくださるかたにメッセージをお願いします。
ガラス造形研究室ではガラスを通じて、学生それぞれの個性をどのように広げていくのかを大事にしています。ですので、ガラスという一つの素材の展示であっても、表現のバリエーションは様々です。作家の個性を楽しんでいただき、「ガラスでこんな表現ができるんだ」という発見をしていただければ嬉しいです。
(※1)酸素の少ない炉内雰囲気でガラスに熔けている酸化金属から酸素が抜ける状態です。
●藤原信幸プロフィール
1958 | 年 | 大阪府生まれ |
1984 | 年 | 東京藝術大学大学院美術研究科鋳金専攻修了 |
2004 | 年 | 「東京藝大のガラス作家たち展」東京藝術大学 |
2005、08、12、15年 「日本のガラス展」(08、12藤田喬平賞)
2009 | 年 | 「第4回KOGANEZAKI・器のかたち・現代ガラス展」静岡 |
2010 | 年 | 「国際ガラス展・金沢」2010・13 金沢 |
2013 | 年 | 「ガラスの波紋」新宿小田急 日本ガラス工芸協会 |
2017、18年 「GLASS展~11人乗作家によるガラスの”今”~」栃木
取材・文/藤田麻希 撮影/五十嵐美弥(小学館)
※掲載した作品は、実店舗における販売となりますので、売り切れの際はご容赦ください。