東京藝術大学は2022年度から、社会連携を目的とした「東京藝大アーツプロジェクト実習」を行っています。これは、藝大の学生がプロデュース力・コーディネート力・コミュニケーション力などを養い、社会連携に関するスキルを培うことを目的として、同大社会連携センターが今年度から開設しているもの。
基礎講座と実践講座から成り、アーツプロデュース関連分野に興味がある学部生や大学院生を対象として、修了者には「文化芸術アソシエイツ」資格の証明書が授与されます。
実践講座はテーマごとに選択可能で、佐野靖・音楽学部教授による「地域活性化につながるアウトリーチを構想・展開する」、中村政人・美術学部教授による「創建400年を向かえる寛永寺を舞台にアーツプロジェクトを共創する」など4つのテーマに分かれており、各地で地域の人たちと連携しながら、8カ月間にわたってプロジェクトを進めています(宮本武典・准教授による「日本一のビジネス街が求める〈アート体験〉とは?」についてはこちらのリポートをどうぞ)。
ここでは、伊藤達矢・社会連携センター特任教授による「生活圏のアートプロジェクトが街の資源と表現をつなぐ」のプロジェクトをご紹介します。
藝大取手キャンパスとは?
茨城県取手市。東京藝大「取手キャンパス」は都内から上野・東京ラインとバスで約1時間の場所にあります。
取手市小文間(おもんま)の丘の上に広がる藝大の取手キャンパスには、2年生以上の美術学部先端芸術表現科の学部生と大学院生、壁画やガラス、グローバルアートプラクティスなどを学ぶ大学院生らが通っています。大型の作品制作はもとより、金属加工や鋳造、石材加工など、特殊な機械や設備を備えた工房群のほか、陶芸作品を制作する窯も用意されています。
この取手キャンパスでは、かねてから地域社会と連携したアートプロジェクトを20年近くにわたって進めてきました。
1999年にはじまった「取手アートプロジェクト(TAP)」は、東京藝術大学と取手市、そして市民の三者共同により、現在も活動を継続しています。藝大や地域にゆかりある芸術家と市民が共に活動しながら、近年ではコミュニティ・農・教育・福祉につながるようなさまざまな取り組みを実践しています。
また2018年には「藝大ファクトリーラボ」も設置。取手校地の工房設備と教職員、学生のスキルを活用した学外機関とのコラボレーションによって、共同制作や共同研究など、コラボレーションの機会をつくり、さまざまなプロジェクトを企画・実行しています。
また、キャンパス内の「藝大食堂」もTAPのプロジェクトとつながる形で運営されており、若いアーティストたちを支える活動拠点としつつ、地域に開かれた場所として畑を運営したり、ギャラリーを併設したりするなど「みんなでつくる食堂」をコンセプトにしています。
地域型アートプロジェクト
「生活圏のアートプロジェクトが街の資源と表現をつなぐ」と題したプロジェクトは、こうした取手キャンパスでの活動を軸に行われているアーツプロジェクト実習の一つ。今回は学部や大学院から5人が参加しています。
藝大グローバルアートプラクティス(GAP)専攻の水野渚(なぎさ)さん(写真左)と、鈴木希果(きか)さん(写真右)が共同で企画する「SHIKI-ORIORI ~色を織り織り・土に降り降り~」は、食、コミュニティー、季節、自然をテーマに、取手キャンパスが置かれている取手市小文間地区などを中心にして、足元にある大地の「色」を多様なメディアに織り込み、あらためて考えるプロジェクト。
11月26、27日に開催された「取手藝祭2022」でピクニックイベントを開いていた二人はこの日、藝祭を訪れた人にキャンパス内に生えている野草からつくったお茶などの試飲・試食会を行っていました。
鈴木さんは、「この場所で採れた植物や土で何かプロジェクトができたらいいなというアイディアが、このプロジェクトのきっかけ。これがアートかどうかということについては、実験的な要素が多いのですが、『その場で採れたものを皆で食べる』という人間にとって最もシンプルで切実なことを共有するということは、アートの根源的な部分にもつながっていると考えています」と話します。
取手キャンパス内の野草を使って自身で染めた布地を手にした水野さんは「身近な草花のような、普段通り過ぎてしまうものを取り上げることで、自分が立っている土地と自分のつながりなどに目を向けるきっかけとなるんじゃないかと思います。人とのコミュニケーションを介したアートプロジェクトを進めていくことで、目に見えないもの、忘れていたことを可視化することに取り組みたい」。
こうしたプロジェクトの課題は、活動を通して関わってくれた人たちがどう変化したかをアーカイブすることにあるという二人。さまざまなアーカイブ方法を実験的に試しながら、取手以外の地域でこのプロジェクトをどう展開していけるかを考えているといいます。
オンラインラジオによるアート
JR取手駅に隣接する駅ビル内の1フロアには、藝大と取手市、JR東日本、株式会社アトレの4者連携でスタートした文化交流拠点「たいけん美じゅつ場(VIVA)」が設けられています。
取手藝祭の日、この場所におけるアートプロジェクトとして行われていたのが「オンラインラジオ」です。
「ラジオは空間メディアだと思う。ある空間にラジオが流れていれば、その場にいる人同士は知り合いじゃなくても、『同じラジオを聴いている』という共通項ができると思う。人と人の間にある見えない壁のようなものを壊したい、それもアートの一つの要素だと考えて、今回実験的にやってみました」
そう話すのは、大学院美術研究科先端芸術表現専攻へ今年度進学した山口塁さん(上の写真右端)。2016年から「プロ無職」としてSNSを中心に活動するほか、ブレイクダンサーや詩人、YouTuberとしての顔も持つ山口さんは、YouTubeのライブ機能を使って友人たちを招いてラジオ番組を制作。「取手のちょうどよくないラジオ」と題して、VIVAの一角をラジオブースにし、オンラインで公開放送を行っていました。
地元の高校生たちの学習スペースにもなっているVIVA。公開ラジオを聴いていた高校生たちが飛び入りで参加するなど、ラジオが「空間メディア」であることをより深く考えさせられたそう。
取手という場所と空間、そこに住まう人々や自然。それらが「アート」という文脈でつながり、コミュニティになっていく——。藝大アーツプロジェクト実習は、学生・院生たちだけでなく、町のあり方も変えていくのかもしれません。