「藝大もののけ祭り 百鬼夜行展」出品作家インタビュー 木下拓也さん

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木下拓也さんの「morphing 2」と「ninpichikushow」は、今回の展覧会のなかでひときわ強い印象を残す作品です。日本的な鬼というモチーフを、西洋の古典的な油絵の技法を用いて、しかも和紙に描いています。これら二つの作品について、そして、変化し続ける木下さんの画風について伺いました。

「morphing 2」は、鬼の顔をした女性を描いているのでしょうか?

般若、つまり女の人が変身して鬼になってしまったイメージです。一応、笑顔のつもりなのですが、目を見開いている時点で怖いですね。2年くらい前に描きました。

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木下拓也「morphing 2」

「ninpichikushow」も、鬼を描いているのですか?

タイトルの「ninpichikushow」(人皮畜生)のとおり、人の皮をかぶった妖怪、鬼のようなものをテーマにしています。じつは、この絵には二つの顔が描かれています。一つは、油彩で描いた目を見開いている顔で、もう一つは写真ではわかりにくいのですが、刷毛で斜めに引いた太い墨の線のところに墨で描いた、表情の無い顔です。墨で描いた顔は人っぽいイメージ、油絵の具は妖怪のイメージです。どうしても油絵の具の発色が強いですし、描いた図柄も強烈なので、なかなか墨の顔は見えてこないのですが、よく目を凝らすと見えてきます。

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木下拓也「ninpichikushow」

墨の斜めの線は、色付きの絵を描いた上から描くのですか?

いえ、最初に描きます。あまり形は考えずに一発で決めます。

絵の周りに枠のようなものがあるのが印象的ですね。

キャンバスを張る木枠に薄い和紙を張っているので、木枠の部分が透けて見えています。僕はずっとかっちりとした油絵を描いていたのですが、だんだんとそれが窮屈になっていました。さらに、鬼など図的には強いけど素材は弱い、本当は嘘っぱちみたいな状態を支持体から考えて表そうとして、薄い和紙を使ってみたくなりました。最初は墨だけで描いていましたが、2年前から、和紙に墨と油絵の具で描くことがメインになっています。裏彩色(裏から彩色する技法)も用いています。

鬼や妖怪を描くようになったきっかけはありますか?

数年前に千葉市美術館で開かれていた曾我蕭白の展覧会で、「柳下鬼女図屏風」(東京藝術大学大学美術館蔵)を見て、「すげーかっこいい」と思って、単純にそれを元に油絵を描こうと思いました。それが「鬼女図」です。髪をなびかせる方向や、ポーズは似せて、見る人が見れば蕭白だとわかるようにしています。油絵なので肉感をつけ、非現実的なものを描いているのですが、リアリティも持たせています。試しに描いたくらいのものなのですが、自分のなかでは作風が変わるきっかけになりました。

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木下拓也「鬼女図」個人蔵
※藝大アートプラザには展示されていません。

そのような経緯で一時期は、鬼ばかりを描いていたのですが、人間を描くという僕の制作のテーマからはずれているような気がして、いまはあまり鬼を描いていません。でも、今回このような機会をいただいたので、もう一度描いてみました。鬼を描く前は、海や水に浮かんでいる人やおじさんばかりを描いていた時期もあります。

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木下拓也「cycle~108~」
※藝大アートプラザには展示されていません。

いずれも、不安感をあおる雰囲気は共通していますね。

性根が暗いので明るい絵が描けません。暗い、影のあるものに惹かれていて、それが絵に出ています。ただ、色は発色を良くしたいという矛盾があります。青い空できれいに晴れているのに、へんなのがいる気持ち悪さ、そういうものが好きです。

最近はどのようなものを描いているのですか?

和紙に墨で、あからさまな鬼や妖怪ではなく、人の姿だけどちょっと怖い、気持ち悪い、そんな作品を描いています。三次元空間を二次元に置き換える表現ではなく、頭に浮かんだイメージを平面で構成しています。背景のある絵もあまり描いていなくて、イメージがところどころにあるものが多いです。

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木下拓也「V sign」個人蔵
※藝大アートプラザには展示されていません。

藝大の油画を目指した経緯を教えてください。

絵を描くことはこどもの頃から好きでした。高校受験を考えたときに、美術を学べるところに行きたくなって、そのときは立体に興味があったので、立体について学べる美術系の高校に入りました。ただ、高校2年のときに友達の顔を模刻する授業があったのですが、全然うまくいかなくて、手応えもないし、先生の評価もよくなくて、立体はあまり向いていないのかなと思いました。一方、油絵の具は面白くて、描きたいことも出てきたので、油絵で大学は目指そうと思いました。

大学院では、なぜ技法材料研究室に進んだのですか?

古典絵画の技法を生かした絵を描きたくて選びました。大学の初期の頃はダリが大好きで、その後、もっと前の時代のヤン・ファン・アイク(15世紀、フランドルの画家)を好きになって、ファン・アイクのように描きたいと思っていました。ただ、何層も構造を考えて、この色の上にこの色を重ねるとこういうふうに見えるとか、下地の色を意識して色をつくっていくとか、やってみようとしたのですが、よくわからないところがあって、大学院で勉強しようと思いました。僕らの代には、ダ・ヴィンチの「モナリザ」の模写のゼミがありました。英語、ドイツ語、フランス語で書かれた、モナリザの修復の本を読み解いて、下地から考えて、模写しました。ダ・ヴィンチも、ファン・アイクとかネーデルラント地方の絵画の技法を意識していたことがわかりました。現在の制作に直接活かせているかはわかりませんが、学べた点は多かったです。

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ダリにファン・アイクに曾我蕭白。そのときどきに好きな画家がいるのですね。

学生のときは、何年かおきに、すごいなと思っている画家が変わって、そのイメージに引っ張られながら描いていました。逆にいまは特定の好きな画家はいません。墨と油絵の具で和紙に描いた絵はないなとか、人がやっていないことを考えて描くようになりました。でも、様式や技法には古典的なことを引用しています。

今後の抱負や展望を教えてください。

今描いている絵に縛られずに変わっていきたいと思っています。まだイメージが出てくるので良いのですが、既に今の画風を何年か続けているので、それに凝り固まらずに、自分がやってみたいと思ったことを素直にやって作品をつくっていきたいです。思いついたことはやってみて、手応えがあれば今とは別の方向性のものでも発展させていきたいです。

評価された画風を変えていくのは勇気がいりませんか? あの絵が好きだったからまた描いて欲しいと言われることもあると思いますが。

そうですね。ある人に、油絵の鬼をもっと描いて欲しいと言われていたのに、和紙に鬼を描いたら、それからその人は作品を見てくれなくなってしまいました。でも、いくら描いて欲しいと言われても、そのとき描きたいと思っていなければ、描けないんです。なので、商売には向いていないかもしれません。逆に、ずっと同じ絵を描いている人のことを、よく気持ちを保ってられるなと尊敬しますね。でも、変わっているようでいて、僕の中では、人間と死生観を描くこと、きれいなだけじゃなくて、人間の恐怖や悲しみなど、ネガティブところを描くこと、という根本は変わっていません。表現方法は変わっていきますが、根底が変わらなければいいかなと思っています。

●木下 拓也プロフィール

2011年 東京藝術大学大学院美術研究科修士課程絵画専攻油画技法・材料 修了

2011〜14年 同大学油画技法・材料研究室 教育研究助手


【個展】

2011年 「レスポワール展」銀座スルガ台画廊(東京・銀座)

2013年 「ーの図ー」B-gallery(東京・池袋)


2016年 「憂き世の絵画」B-gallery(東京・池袋)
「木下拓也展」十一月画廊(東京・銀座)
2017年 「木下拓也展」十一月画廊(東京・銀座)
「木下拓也 絵画展 〜ツク≒ハナレル〜」日本橋三越6階美術サロン(東京・日本橋)


その他グループ展多数


取材・文/藤田麻希 撮影/五十嵐美弥(小学館)

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