COLUMN & INTERVIEW コラム&インタビュー

「おみやげ 展 -Souvenirs of life-」出品作家インタビュー 川上椰乃子さん(修士課程文化財保存学専攻2年生)

2019/10/09 インタビュー

「おみやげ 展 -Souvenirs of life-」は、大切なできごとや忘れられない感情などを、人生という旅における「おみやげ」と捉えて、テーマに掲げた展覧会です。川上椰乃子さんは、旅行先や日常生活で心動かされた、何気ない出来事を作品として描いている、まさにこのテーマにぴったりの作家です。その作品には、大きな事件は描かれませんが、それゆえに多くの人の心に染み入ります。

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「凪の日」はどこの海を描いた作品なのでしょうか。

去年、友人と新潟の出雲崎にでかけたときの朝の海です。イメージではなく、実景の海を描いています。早起きして自転車で海に行って、私は泳げないので砂浜からみんなを見ていて、朝の空気と元気いっぱいに海に入っていく人たちが気持ちいいなと思いました。そのとき描いたスケッチをもとにした作品です。最近は人がいる風景をよく描いています。人の生活と自然の営みが調和したときに、得も言われぬいい気持ちにさせられることが多いです。

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川上椰乃子「凪の日」

見たものを描くことが多いのですか?

実体験を描くことを大切にしています。頭の中のイメージを描いて、見る人の共感を得ることもできるかもしれませんが、自分が見てきたものを描いて誰かに共感してもらうことの方が、自然というか、良いなと思っています。そういう意味で、今回の展覧会のテーマは私の作品に合っているかもしれません。日常生活でも常に目をこらしてテーマを探しています。

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川上椰乃子「凪の日」(部分)

墨を基調にしているのですね。

はい。人の肌には少し絵の具を使っていますし、海には墨の上から藍色を薄くかけてはいますが、基本的には墨の力に頼って描いています。墨にもいろんな種類がありまして、砂浜には赤みのある墨、海には青みのある墨を使っています。

紙の地を見せている日本画は、現代においては珍しいですね。

学部の日本画専攻にいた時は、紙を埋めるように絵の具を使っていました。まず全体に一色塗ってから始めていました。大学院で文化財保存学の日本画に進み、古い日本の絵や文化財について考えるようになってからは、全体に色を塗ることが自分の絵にとってはさほど意味のないことだと思うようになり、墨や紙など素材自体の良さを大事にするようになりました。これまでは、墨を、下描きを描いたり、黒い線を描くための道具として使っていましたが、墨の表現にいろんな意味があることも知りました。

大学院の文化財保存学専攻の保存修復日本画研究室に在籍してらっしゃいますが、どのような勉強をするところなのでしょうか。

古い絵の修復の仕方や模写など、文化財保存学について勉強する専攻ですので、普段は自分の制作とは離れたことをやっています。絵画創作のような実技的な授業があるわけではありませんが、先生方(作家として活躍されている先生もおります。)に個人的に伺って勉強することもできます。

なぜ風炉先屏風の形式に仕立てたのでしょうか?

大学院1年生のときに、自分で表具をして、掛け軸の構造を学ぶ授業があるのですが、その年からはプラスアルファで屏風もつくることになりまして、その課題の一環でつくりました。絵を描いて骨に紙を貼って、自分で枠を取り付けました。裏紙も自分で作ったんです。

かわいいですね。

もともと無地の紙を張っていたのですが、ちょっと物足りないという意見があって、直前になって消しゴムはんこを2種類作って、それを押しました。この図案も出雲崎に行ったときの思い出で、一つは蟹と貝殻、もう一つは友達同士でスケッチを見せあっている様子です。屏風をつくることは、準備するものがたくさんありますので、手軽にできるとは言えないのですが、これは記念すべき第一号の屏風です。

「この道」は、窓から外を見ている様子ですか?

文化財保存学の日本画の研究室の窓から前の通りを見た景色です。音校側にあるレンガ造りの建物なのですが、窓が古くていい感じだったので描きました。にじませたり、点描にしたり、水分を少なくしてカスレさせたり、輪郭線がない部分があったり、墨の表情を大事にしつつも、いろんな手法で描いた実験的な作品です。額も手作りです。和額装風にして、絵の周りに余白をつくって、そこに布を貼っています。

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川上椰乃子「この道」

「日光山中」はお寺を描いているのですか?

日光の山の中にあったお寺です。友人とスケッチ旅行に行って、その子が遠くで描いているのを見つけて、面白かったので描きました。

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川上椰乃子「日光山中」

いいですね。「日光にスケッチ旅行に行く」という言葉を聞くと、明治時代の画学生みたいで感動します。

そんな真面目な旅行ではなく、ちょっとスケッチをしてついでに温泉にも入って、といったラフな遠足です。

葉に点描で色を置いていく描き方は、横山大観の「山路」を想起させますね。

横山大観や菱田春草は好きですので、少なからず影響は受けています。明治時代の日本画家たちの転換期にまたがっている様子と、いまの画学生の境遇とに共通点があるような気がして、シンパシーを感じています。

この額もご自身でつくったのですが?

そうです。ホームセンターで売っている小割材を使って、自分で彫っています。本来なら額を買わなければいけないのですが、手仕事がわりと好きなので。

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他の作品もそうですが、絵の構図に特徴がありますね。お寺を正面から描いたり、人物を大きく描いていません。

こっそり見ている感じの絵が多いです。私は話すのが下手な方なので、それが絵に出ているのかもしれません。面と向かうと言いたいことが言えなかったり、聞きたいことを聞けなかったりするのですが、距離をおいてみると言葉もポンポン出てきたりする、その感覚に近いのかもしれません。

「蛍茶碗」は、陶磁器を描いた絵ですね。

家で家族が使っている茶碗を描いた絵です。自然の風景ではないのですが、生活で使ってきたものには人の気配が漂っていて、魅力を感じます。

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川上椰乃子「蛍茶碗」

どのような経緯で日本画に興味を持ったのでしょうか。

学部は日本画専攻でした。絵を描くのは小さい頃から好きで、中学校は美術部で、高校も美術に力を入れている学校に行っていました。でも、美術の教科書に載っているのは洋画がほとんどですし、高校生のときは油絵も好きで、日本画については存在を認識している程度でした。それが、なにかのときに竹内栖鳳の猫やライオンの絵を見て、素材がそのまま見えているのに実在感があること、説明をしないのにすべて伝わってくることに衝撃を受けて、それから日本画に興味を持ちました。ですので、入り口は、古典的な巻物などではなく、近代の日本画でした。

なぜ、大学院では保存修復を選んだのですか。

当初は日本画の本科の大学院に行こうと考えていたのですが、このまま同じ環境で同じ仲間といると、自分の性格だと同じことを繰り返してただ2年間が終わりそうに思いました。それで、もう少しプラスαの勉強ができて、かつ日本画に関係あることを学べるということで、保存修復を選びました。保存修復であれば、昔の絵を知ってから自分の絵に活かすこともできます。

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川上椰乃子「脱け殻」

今後の抱負はありますか?

今の段階では修復家ではなく、勉強してきたことを使いながら、作家として絵を描いていきたいです。ひとまずは描き続けるのが目標です。最近は忙しくて小さい絵しか描いていなかったのですが、大きい屏風なども機会があれば描いてみたいです。

●川上椰乃子プロフィール

1995 年  生まれ
2018 東京藝術大学美術学部絵画科日本画専攻 卒業
同大学大学院美術研究科修士課程文化財保存学専攻日本画 在籍


取材・文/藤田麻希 撮影/五十嵐美弥(小学館)

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