「うるしのかたち展2020」の出品作を制作中の、石川まどかさんの作業スペースを訪問しました。出品作のことや石川さんがこだわっている青色について伺うと同時に、漆芸作品の制作の方法、材料、道具など初歩的なこともお聞きしました。
■こちらは大学院生が使う作業スペースなのですか。
大学院生と研究生の作業部屋です。大きい作品をつくる人はこちらとは別の大部屋を使っていますが、それ以外の人は自分の机で一通りのことをやります。
藝大漆芸研究室 石川まどかさんの作業スペース
■「うるしのかたち展」に出そうとしているのはどのような作品ですか。
板に漆で絵を描いた蒔絵のパネルです。現在(12月3日時点)、7割ほど完成している段階です。海に行ったときに座ったベンチから見えた風景で、手前の道路と柵の向こうに海があります。一見、写実的に描いていますが、自分としては細かな部分よりもその場の雰囲気を伝えたいと思ってつくっています。優しい雰囲気にしたくて形も角を丸くしました。
制作途中の「stripe」
完成した「stripe」
■どのように制作するのでしょうか。
木の板に漆を塗って吸い込ませ、麻布を貼り重ねて、布の目に漆と地の粉(珪藻土の粉)を練り合わせてペースト状にしたものを埋めていきます。さらに地を何回も塗り重ねて、合間で拭き漆という透明の漆を塗って頑丈にして、最後に表面に見えている色のついた漆、今回の作品ならば青を塗ります。仕上げを「艶上げ」にするならば磨く粉を変えてピカピカにします。全部で4回くらい地を塗るのですが、その度に研いでいるので仕事の大半の時間は研ぐことに費やしています。こちらにあるのが、研究室に入って最初につくる工程手板です。一番下が木の状態、そこに麻布を貼って何回も塗り重ねて研ぐことが、視覚的にわかります。
工程手板。下から上に行くほど完成に近づく
■私たちが見ている表面の内側に途方もない数の層が積み重なっているのですね。ところで、素朴な疑問なのですが、工程手板の下の方の段階で直接板に漆で絵を描いてもいいのではないかと思うのですが…。
直接塗っても悪くはないと思うのですが、段階を踏んでいないときは表面がザラザラしていたり表情が違いますので、最後になってから粗が見えてくると思います。また、丈夫さが足りなくて、ポロポロとれることもあります。塗って研ぐことを繰り返した方が精密でしっかりしたものになります。
■出品予定のパネル状の作品には蒔絵もしているのでしょうか。
上半分の海の部分には銀粉を全面に蒔いています。そのあとに色漆を塗って研ぐと、水面のきらっとしたかんじがよく出ます。
水色の海の水面がキラキラと光る
■青い色が特徴的ですね。
青は昔から好きな色で、気が付くと青いものをつくろうとしています。顔料を買うときも青ばかり買っています。漆に顔料を混ぜた色漆の色味が好きで、それを使うために漆芸研究室に入りましたので、色を使って実験を繰り返しています。
■漆といえば赤と黒のイメージですが、いろんな色ができるのですね。
色漆であれば大抵の色をつくることができます。ただ、生漆(きうるし)という元の漆自体が茶色です。これを精製して、より透明感のある透き漆をつくり、それと顔料を混ぜるのですが、透き漆にも漆自体の茶色は残っているので、パステルカラーのような淡い色を出すのは難しいです。
器に入った生漆
■「うるしのかたち展」には各作家のお箸も揃うそうですね。石川さんはどのようなお箸をつくっているのでしょうか。
ここにある青のグラデーションのお箸です。元の木地は注文して、漆を染み込ませて上半分には青い色を塗って、下半分の茶色の部分にも何度も漆を塗り重ねて、色を濃くして艶を出しています。最後に柄の長い部分を切り落として断面にも漆を塗っています。
出品予定のお箸を手にする。白くて長いのが元の状態の木地
石川まどか「箸」
■お箸は初めてつくったのでしょうか。
学校の課題にはありませんが、藝祭のアートマーケット(学園祭のときに上野公園で開催する学生の露天)用につくって売ったことがあります。
■パネルとお箸以外にも何か展示しますか?
こちらにある2種類のお皿も出品します。四角い方は、漆で立体的に模様をつけて、その上にクリーム色の漆で塗った状態です。研いだら模様が出てきます。
■後ろにある大きな作品についても教えてください。
今年の冬に提出した卒業制作です。蓋に木の柵から身を乗り出している少女がいて、蓋を開けて出てくる身の部分に、少女の物語が絵本のように展開します。山とダチョウと小屋は、子供の頃に車で連れて行ってもらった場所の雰囲気をおぼろげな記憶をたよりに表現しています。箱の形がかまぼこ型なのは、車窓から見たトンネルの記憶が関係しています。
卒業制作の「乾漆蒔絵飾箱『駝鳥』」の蓋を開ける
■箱は木でできているのでしょうか。
麻布でできています。麻布に地の粉と漆を混ぜ合わせてペースト状にしたものを塗って、麻布を5枚くらい重ねてつくっています。ですので、意外と軽いです。
石川まどか「乾漆蒔絵飾箱『駝鳥』」
■箱型の作品から、今回の出品作のような平面のパネルに移行した理由はございますか?
箱自体をつくることと絵を描くこと、どちらも大変なのに、箱も絵もつくりたいと欲張ってしまっていたので、どちらかに絞ろうと思って今は絵画を中心にしています。
■漆で絵を描いているのは漆にしかできない表現があるからなのでしょうか。
塗ったままで完成するのではなく、漆には研ぐ工程があるので、どこで手を止めるかによって終わるところを調整できます。そのような研ぐ行為が好きかもしれません。つるつるにできるのも漆ならではの表現です。
■絵を描きたかったということですが、なぜ、油絵や日本画ではなく工芸科を受験しようと思ったのでしょうか。
受験のときには迷っていましたが予備校の工芸科の先生に話を聞いて、自分に合っていそうだなと思って選びました。私は漆の、工程を積み重ねてつくるところが好きなので、油絵はちょっと違うかなと思いました。
■2年生ときに専攻を選ぶのですか?
私の学年は2年生の後期から各専攻に分かれました。2年生のときは、道具作りやさきほどの工程手板をつくります。例えば、ヘラをつくったり、刃物を研いで使えるようにします。漆を塗るための人毛の刷毛は、さきほどの刃物を使って柄の木を削って、毛の出方が丁度良くなるようにして、毛先がカチカチに固まっているをハンマーを使ってほぐし、更にそのままだとカスがついて塗れないので、真っ白になるまで洗って仕立てます。
石川さんが使用している漆刷毛
■それだけの作業を経ないと使えないのですね。
道具をつくるだけで2年生の半年はあっという間に終わってしまいます。
■3年生から自分の制作をできるようになるのですね。
漆は乾き待ちの時間が長いので、1個ずつ課題をやるのではなく、複数の課題を同時にやります。指物で箱をつくる課題、乾漆の課題と、蒔絵の手板の課題を並行して進めていきます。
■漆は時間が経てば自然に乾くのでしょうか。
漆は湿度があるところで固まります。こちらにある「漆風呂」のなかを水で湿して、夕方に作品を入れると、だいたい翌朝には固まっています。ただ、色漆は湿度が高いところに入れると色が暗くなってしまうので、「空風呂」という湿していない風呂に入れなければなりません。夏は湿度が高すぎて塗った途端に固まってきますし、逆に冬は湿度が低いのでなかなか乾きません。
左にある2つの木の箱が漆風呂
■湿度で発色が変わるのですか?
こうなるだろうと想像して色をつくって塗っても、その日の湿度によって翌朝乾いたのを見たら全然違う色になっていることもあります。逆に、塗ったときよりも少し変化してほしかったのに、全然変わらなかったこともあります。なかなか思い通りにならないだけに、上手くいったときはとても嬉しいです。
■今後の目標は?
次に作る修了制作が目下の目標です。やりたいことは頭の中にはありますが、まだはっきりとは固まっていません。青じゃない色の実験をするのもいいかもしれません。
●石川まどかプロフィール
2020 | 年 | 東京藝術大学美術学部工芸科 卒業 |
現在 | 東京藝術大学美術研究科修士課程工芸専攻漆芸 1年在籍 |
展覧会名:NIPPONシリーズ③ うるしのかたち展2020- Forms of urushi –
会期:2020年12月18日(金)~2021年1月17日(日)
開催時間:11~18時
入場無料
休業日:2020年12月21日(月)、12月28日(月)~ 2021年1月5日(火)、 2021年1月12日(火)
取材・文/藤田麻希 撮影/五十嵐美弥(小学館)
※掲載した作品は、実店舗における販売となりますので、売り切れの際はご容赦ください。