図鑑展ワンダーランド! 出品作家インタビュー 満田 晴穂さん

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昆虫図鑑に止まる、表紙の蝉と同じ姿の自在置物の蝉。自在置物は、江戸時代に始まり明治時代に隆盛した金属製の置物で、関節が可動し、その名の通り自在に動かすことができます。満田さんはその継承者です。根っからの虫好きの少年はなぜ自在置物をつくることになったのでしょうか。師匠から受け継いだもの、そして満田さんがプラスαで取り入れていることとは。


満田さんの工房にて。壁には様々な昆虫の標本が飾られている。

図鑑展の出品作品「自在羽化蝉 〈昆虫の図鑑〉」は、今回の展示のために制作したのでしょうか。

蝉の抜け殻に羽化する直前の蝉というモチーフは好きで、2、3年前にもつくったことがあります。そのときは白い蝉のお尻の半分が抜け殻に入っているものでした。今回オファーをいただいたときに、僕にとっての図鑑といえば小学館の蝉が表紙になっている昆虫図鑑でしたので、これしかないと思って図鑑の表紙のアブラゼミをモチーフにつくりました。自在置物ですので、羽化した蝉の羽や手足、お尻、抜け殻も動くようにつくっています。


満田 晴穂「自在羽化蝉 〈昆虫の図鑑〉」


満田 晴穂「自在羽化蝉 〈昆虫の図鑑〉」部分

それを図鑑に差し込む展示方法も新しいですね。

モチーフが描かれている図鑑に同じモチーフのものが止まっていたら、面白いかなと思いました。僕は現代美術の方面で発表していることもあり、自在置物で空間を使った作品もつくります。そういうときは何かと自在置物を組み合わせて表現することが多いです。たとえば大きなベッドにムカデの自在置物を置いたり。この作品も普段やっていることの延長線上にあります。

何かと自在置物を組み合わせるときは、人が思っている物体に対するイメージと、人間以外の生き物がもっている物体へのイメージが異なることもコンセプトにしています。たとえば、人間は骸骨があれば死などの意味を感じ取りますが、人間以外の生物はそのような意味で見ていない、といったことです。この作品の場合も、人間は図鑑に蝉が印刷されていることがわかりますが、蝉にとって図鑑は単なる止まり木でしかありません。その対比も見せられたら面白いと思いました。

この作品だから苦労したことはありますか。

僕は写真を見て作品をつくることはなくて、必ず虫の実物を目の前に置いてつくります。今回の作品は、羽化する直前の蝉や羽化した直後の蝉をつかまえてくる必要があったので、モチーフの確保が難しかったです。時期的なものを考慮しながら夜中にウロウロして、結局5匹くらい捕まえました。放っておくと成長してしまうので、冷凍庫に入れて色も含めて保存するのですが、ピッタリのタイミングだと思って入れても、中で数分間成長し、求めていたよりも先の状態になってしまうこともあって難しかったです。こうしてつくった標本を分解して、どこが動くのか観察してスケッチをとった後に、金属の板を叩いたり削ったりしてかたちにしていきます。図鑑に載っている蝉の羽化するところと、つかまえた蝉とでイメージの差がでてくることもあるので、その整合性をとるのも大変でした。


満田 晴穂「自在羽化蝉 〈昆虫の図鑑〉」部分

羽化した蝉の白が印象的ですが、この色はどのようにして金属で表現するのでしょうか。

蝉自体は銅でつくり、銀のメッキをかけています。銀は磨くとピカピカしたいわゆる銀の色になりますが、磨く前の粒子が粗くのった状態だとこの作品のような粉っぽい白色です。その上に緑青をうっすらふかし、ブロンズ像のような錆をわざと出すことで、黄緑色の入った白色ができます。抜け殻のこげ茶色は銅を硫黄で硫化させ、硫化被膜をふかせる伝統的な技法です。

金属に色を塗るのではなく、金属を化学変化させることで色を出すのですね。ところで、さきほど子供の頃から図鑑が好きとおっしゃっていましたが、図鑑はどのようなときに開いていたのでしょうか。

僕は子供の頃から虫が好きでした。4歳の頃には壁にかけているサソリの標本を買ってもらって、それを見て絵を描いていました。標本と同様、図鑑も日がな一日開いて写し取っていました。ですので、何かを見つけたときに調べるためのものというよりかは、眺めて描くためのものでした。ずっと小脇に抱えて持ち歩いていたので、最後はページがはずれるくらいボロボロになっていました。

昆虫図鑑のみ、気に入っていたのでしょうか。

家には他の図鑑もありましたが、圧倒的に昆虫図鑑が好きでした。当時は今のようにネットで調べられないですし、ホームセンターでも外国の虫が売っているわけでもなく、たまに百貨店で「ヘラクレスオオカブトが日本に来た!」といった展示があるくらいでしたので、視覚情報を得るためには本しかありません。ですので、図鑑を見ながらそういった珍しい生き物に思いを馳せていました。それに、昔の図鑑は写真よりも絵で描かれることが多かったので、余計に憧れを募らせていました。


子供の頃に図鑑で見て憧れていた「テナガコガネ」の一種の標本。日本では沖縄に生息する虫なのだが、満田さんは4歳の頃にドブの下にいた大きな虫(今思えばカブトムシのメス)を見つけて「テナガコガネだー!」と騒いでいた。いずれテナガコガネの自在置物もできるかもしれない。

明治工芸を意識した作品をつくる現代作家はいますが、満田さんのように江戸・明治とまったく同じものに真正面から挑戦する作家は珍しいと思います。自在置物を受け継ぐという気持ちが強いのでしょうか。

その意識は強いと思います。自在置物の存在を知ったのは、大学に入って日本の金工史の勉強をしてからでした。その時は三年坂(清水三年坂美術館・京都)とか東博(東京国立博物館)とかのガラスの向こうにある遠い存在で、自己流で自在置物のような動く金属製の置物を作る気にはなりませんでした。それが変わったのは、大学3年生のときでした。大学の古美術研修旅行で自分の師匠(冨木宗行さん)の工房に行ったことで、明治の自在置物と現代の自分に接点が持てたのです。そのことに感動し、その日のうちに師匠に弟子入りを頼みました。学生だったので夏休みや長期休暇を使って京都の工房に通って、自在置物の基礎を勉強させてもいらいました。師匠の弟子である僕が変なものをつくってしまったら、それも自在置物と認識されてしまいます。僕だけでなく師匠の名前にも傷がつくし、自在置物という歴史的な存在のなかに異質なものが混ざってしまうことになる。だから、江戸・明治時代から脈々と続く自在置物をきちんとつくっていこうという気持ちは強く持っています。


満田 晴穂「自在奄美鋸鍬形」
※図鑑展の出品作ではありません。


満田 晴穂「自在奄美鋸鍬形」
※図鑑展の出品作ではありません。

明治の自在置物にプラスαで変えているところはありますか。

どうせやるなら明治のものを越えようと思っています。工芸家、とくに金工家は明治のものが最高潮だと言われがちです。そのため、現代の作家が技術で勝負することから逃げようとする風潮もあります。僕はそれに対して疑問を持っていたので、技術についても真正面から挑戦しようとしています。

特にリアリティについては江戸・明治のものよりもバージョンアップさせようとしています。明治時代のリアリティと平成や令和の人が感じるリアリティには大きな差があります。現代では写真技術も向上し、それをネットで簡単に見られますし、すごくリアルなフィギュアがガチャガチャでも買え、リアルなものが身近にあります。ですので、現代人のリアリティに合った、本物と見間違うくらいのものをつくろうとしています。


満田さんが加工したヤットコ。愛用している一番右のものは、先端にトゲのような突起を削り出し、穴を開ける位置を決めるときに用いる。

さきほど本物の虫を分解してつくるとおっしゃっていましたが、師匠や昔の自在置物をつくっている人もそうしていたのですか。

最初につくった人は本物の虫を見ていたと思うのですが、昔は工房制だったので、できあがった自在置物から起こした型紙をつかって皆で同じものを同じように生産していました。そうなると本物の虫を見ないですよね。だから、だんだん劣化していきました。古いものを見ると、このころはこの部分も動くようにできているが、新しいものになるとはしょっているな、とかそういったことが見えてきます。自分の作品はそう思われないようにつくろうとしています。

江戸や明治時代になかったモチーフにも取り組んでいますね。

当時知られていなかった虫などをあえてつくることもあります。明治時代は身の回りにある昆虫をつくることが多かったです。たとえば、高瀬好山(たかせこうざん/明治時代に活躍した自在置物の一流派)の自在のクワガタに、ノコギリクワガタが少なくてミヤマクワガタばかりなのは好山が京都で活動していたからです。関西にはノコギリクワガタよりミヤマクワガタの方が一般的なので。また、明治の自在置物のモチーフは基本的に縁起物ばかりです。勝ち虫であるトンボ、拝み虫とも呼ばれるカマキリ、長寿のイメージのある蝉も多くつくられました。蝉は7日間しか生きないと思われがちですが、土の中から出てきて羽化して飛んで行っても次の年にまた土から出てくる。そのサイクルから、生まれ変わることや長寿のイメージが重ねられてきました。このような縁起をかついだ虫以外は自在置物になることが少なかったので、あえてそのような昆虫をつくることもあります。


満田 晴穂「自在小熨斗目蜻蛉」
※図鑑展の出品作ではありません。

江戸時代の自在置物に龍の有名な作品がありますが、満田さんは龍をつくらないのでしょうか。

龍は実物がいないので、捕まえてきてくださればつくります(笑)。想像上の生き物をつくろうとすると、どうしても作品に自分のデザインを入れざるを得なくなります。そういった自分のオリジナリティを入れることが嫌なのでつくっていません。裏を返せば、誰かがデザインしたり、描いた龍を自在置物にするのならば面白いかもしれません。「オリジナルの昆虫をつくらないのですか」と聞かれることもよくあるのですが、それも自分の要素が入ってしまうので興味がないです。

ところで、満田さんの作品は「生と死」もコンセプトにしていると聞いたことがあるのですが、詳しく教えてもらえますか。

あるときギャラリーの方に「君は生をつくっているのか、死をつくっているのか」と聞かれたことがあります。虫の標本、つまり死骸を描写して金属に写し取っていく行為は死をつくっていることになりますが、生き生きとした姿を表現するためにポージングを考えることは生の表現でもあります。結局どちらをつくっているか答えは出ていませんが、この質問を受けて以来、生と死に興味が湧いています。虫といえども死骸を見続けていると、生き物の死は考えざるを得ないです。


蝶の標本を観察して描いたスケッチを見ながら、金属パーツを制作している。

現代美術の方面でも活躍されていますが、満田さんはアーティスト、工芸家、職人、どのスタンスで活動しているのでしょうか。

師匠と相談して、名刺の肩書には「自在置物作家」と入れています。職人に対して敬意も持っていますし憧れもありますが、「あれをいつまでにつくってください」といった注文を受けるのではなく、自分でつくりたいものをつくらせてもらっているので、職人ではありません。技術や素材に強く意識が行っているので基本は工芸家だと思います。しかし、制作しながら手だけ黙々と動かしていると自意識が湧きだんだん沸騰してくるので、それを表現するために時々現代美術の力を使ってインスタレーションなどをつくっています。

話は変わりますが、美大、藝大を目指した理由を教えてください。

4歳の頃から絵は好きで、小中学校の美術や図工の成績は5でした。高校でも絵画教室に通っていましたが、他のことにも興味があって美術と少し距離を置いていました。そんな高校3年生の夏に、絵画教室に一緒に通っていた同級生から「藝大ってのがあるのだけど興味ない?」と誘われました。当時、進路も決まっていなかったので「じゃあ、やってみるよ」と答えて藝大受験が決まりました。浪人して予備校に入ったのですが、そこにはデザインと油と工芸のコースしかなくて、先生に「絵を描くのと工作、どちらが好き?」ときかれて「工作です」と答えたら工芸に決まりました(笑)。

工芸科にはさまざまな研究室がありますが、どうして彫金に決めたのでしょうか。

浪人時代に卒制(卒業制作の展示)を見に行っていたので、入学前には金工に決めていました。金工は鋳金、彫金、鍛金に分かれますが、もともと器用だったのと、机の上で細かいものをチコチコやっている方が向いていると思って彫金にしました。

それで大学3年生のときに師匠と巡り合い、弟子入りしたのですね。

金属も、生き物も、ガンプラなどの動くおもちゃも好きで、自在置物にはそれらの要素が全部入っていたので、何の迷いもなく決めました。

TV番組の「情熱大陸」にも出演されていましたし、今度は満田さんのところに弟子入りの志願者が来るのではないでしょうか。

チビっ子はたくさん来てくれたのですが、大人はなかなか来ません。師匠が亡くなってしまったので、自在置物を僕の代で終わらせないためにも弟子をとって育てる必要があります。藝大だと自我が強い子が多いから、誰かのところに弟子入りするという発想にはならないのかもしませんが、それでもやりたいと思う方がいたらいつでも来てほしいです。既に弟子のための机も用意しています(笑)。僕と同じ昆虫をつくる必要はないので、その子なりの自在置物をつくれるようになってくれればと思います。そして、自在置物を維持し継承していくのが最終的な目標です。

●満田 晴穂プロフィール

1980 鳥取県生まれ千葉県育ち
2008 東京藝術大学美術研究科修士課程彫金研究室 修了

【個展】

2018 「JIZAI」日本橋三越、東京(2016,14,12,10)
2017 「自在」ラディウム – レントゲンヴェルケ、東京(2015,13,10)

【グループ展】

2017 「驚異の超絶技巧!-明治工芸から現代アートへ-」三井記念美術館(東京)
「ニッポンの写実 そっくりの魔力」(北海道、愛知、奈良)
「今様」松濤美術館(東京)
2016 「IMAYŌ: JAPAN’S NEW TRADITIONISTS」 ハワイ大学・ホノルル美術館、ハワイ
2013 「六本木クロッシング2013 アウト・オブ・ダウト」森美術館、東京

【受賞歴】

2016 日本文化藝術財団 第8回「創造する伝統賞」受賞

「図鑑展ワンダーランド!」
会期:2021年10月9日 (土) – 11月28日 (日)
営業時間:11:00 – 18:00
休業日:月曜定休、11月2日(火)
入場無料


取材・文/藤田麻希 撮影/五十嵐美弥(小学館)

※掲載した作品は、実店舗における販売となりますので、売り切れの際はご容赦ください。

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