第16回藝大アートプラザ大賞展受賞作家インタビュー 甘甜(かんてん)さん

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紅葉がハラリと舞い落ちる中、中世の漢服を身にまとった女性の美しい立ち姿を表現した静かな絵画作品。じっと見ていると、じわじわと心に染み入るような奥深さが感じられる「虹」を描き、第16回藝大アートプラザ大賞で大賞を受賞した甘甜(かんてん)さん。
作品に込めた思いや、保存修復を学びながらも作品制作にも力をいれる現在の活動内容について、早速伺ってみました。

大賞受賞、おめでとうございます本作「紅」について、制作の意図やコンセプト、つくってみようと思ったきっかけなどを教えて下さい。


甘甜「紅」

今回、絹に絵を描いて制作したことは、私にとって初めてのチャレンジでした。修士課程1年の時に仏画を模写する授業があって、その時に使いきれず残っていた絹本の余りが手元にあったんです。それを活用して、なにか作品を作れないかな、と考えたのが作品制作のきっかけでした。描いたのは、中国の明の時代に流行していた伝統的な衣装をまとった女性です。今、中国では若者の間で中国の古典文化が人気で、若者がこうした伝統的な衣装として、着物を着ることが流行っているんです。

ええっ?中国では着物ブームが起きているんですか?

昔の伝統を復興することが奨励されていることもあって、若者の間で漢服などの伝統衣装を普段から着る人が増えました。私も興味を持っていたので、美人画を描くのであれば、せっかくなので中国の伝統的な民族衣装を着た美人をモチーフにしようかと考えました。

本作は、着物を着た女性が斜め上方からの視点で描かれています。あえて画面内に顔より上の部分が描かれていないのが特徴的ですよね。これにはなにか理由や意図があったのですか?

これはあくまで私の考え方なのですが、美人画を描く時に大切なポイントは顔ではなく、女性の姿全体の美しさを表現することではないかと思っています。

本作は、少し彩度を落とした画面の色使いが素晴らしいですよね。何か技術的な工夫があれば教えていただけますか?


「紅」部分拡大

衣服の花柄の部分には裏箔を使って(※絹本の裏側から金箔を張り込む日本画伝統の技術)、控えめな金色を表現しました。絹が半透明なので、裏箔と、絹の経糸・横糸が織りなす質感があわさって、金色の部分が絹織物のような質感で表現できているのではないかと思っています。また、肌色は、矢車(やしゃ)という植物の染料で楮(こうぞ)に染めて紙をつくり、それを裏打ち(※絹のカンヴァスの裏から張り込むこと)したところ、落ち着いた雰囲気になりました。「打紙」という技法で加工した雲母引きの楮紙を利用しています。

タイトル名も画面左側に書かれていますが、この「紅」の漢字も、流麗で美しいですよね。


「紅」部分拡大

これはかなり練習しました。100円ショップで書道の半紙を買ってきて、毎日必ず4~5枚を使って、自分の絵が出来た時にサインや文字を綺麗に入れるために、書道の臨模(※りんも/手本を元に書き写すこと)の練習をやっています。中国の昔の画家は絵も描きますが、書も非常に上手なんです。昔の中国の文人は絵も書も一流でかっこいいなと思って、あこがれています。

ところで、甘さんが日本に留学してみたいと考えた理由を教えていただけますか?

中国の古典絵画に興味があったからです。中国美術学院で学んだ大学時代は先端技術分野の学部に所属していたので、絵をほとんど描きませんでした。でもやっぱり絵を描くのが好きだから、大学院では先端技術ではなく、古典絵画を学ぼうと思ったんです。両親に相談したところ、中国絵画と日本絵画は技術的にも深いつながりがあるし、大学院では日本に留学してみたらどうかと勧められ、気持ちが固まりました。藝大に入学する前、2019年の春に、修士課程を愛知県立芸術大学で学びました。古典的な技法で絵を描こうと考えたら、絵画の歴史や昔の制作技法なども合わせて学ぶことで、絵描きとしての絵の勉強につながっていると思います。また、現代のテーマで描く際も、歴史を振り返って昔のことに通じることは大切だと思いますね。

では、中国の昔の画家で、好きな画家などはいますか。

特別、この人が好きといった対象はいません。ですが、20世紀初頭から中盤にかけて中国で発展した「連環画(れんかんが)」というジャンルが好きです。

連環画…ですか?初めて聞きました。どんな絵のジャンルなんですか?

「連環」という意味は、つながっているとか、連続する、といった意味なんです。連環画が描かれたのは、主に手のひらくらいに収まるような小さな雑誌で、『三国志』や『水滸伝』といった有名な中国の歴史物語などをテーマとして描かれたマンガのような読み物なんです。昔の中国の人物画家が描いていて、作風としてはちょうど古典と現代の中間くらいの絵柄であることが特徴です。今、私が日本の平安時代や鎌倉時代の絵巻物が好きなのは、連環画からの影響もあるのではないかと思っています。絵巻の絵の場面と詞書(ことばがき)に似ているような感じがして……。

愛知芸術大学で大学院を修了後、藝大には博士課程から編入されていますが、なぜ藝大で学ぼうと考えたのですか?

大学院で学び終えるにあたって、これから何をすべきか考えた時、愛知県芸の先生からアドバイスを頂いたことが直接のきっかけでした。もう少し日本で絵画の古典技法について学びを深めるのであれば、東京のほうがいいのでは、と勧められたんです。そこで、博士課程からは藝大で学びたいと考えました。

今、藝大ではどんな研究をされているんですか?

主に日本画の平安後期~鎌倉前期頃の技法を学んでいます。古文書などからこの時代に絵巻と障子絵に良く描かれていた共通のテーマやモチーフを調べたり、過去の絵画材料や技法はどのようなものだったのかを研究しています。

藝大に入学してからは、古典技法の研究だけでなく、学内外の様々なグループ展に出品されるなど、研究と並行して作品制作も積極的に行われていますよね。

藝大に入る前までの修士時代は、修復や装潢(そうこう/※書画の表装や紙や絹といった素材分野における保存修復を指す技術用語)の技法を学んでいたので、ほとんど制作活動はしていませんでした。でも、藝大に来て、博士課程の多くの同級生や先輩たちが日本画の保存修復についての研究と並行して、絵描きとしての活動も行っていることに刺激を受けました。友人たちが凄くキラキラして羨ましく思えたので、仲間がやっているなら、自分も制作を頑張ってみようかなと思いました。


「抱薪者」(グループ展「KENZAN2021」出品作/※本展には出品されません)

藝大を卒業した後は、なにかやってみたいことはありますか。

目標としては、これからも絵を描ければいいなと考えています。昔の技法を学ぶのは私にとっての一生の課題だと思っているので、2つの活動を同時に並行して進めていきたいです。自分で納得するような作品を堂々と発表する自信がつくまで、引き続き制作を続けていきたいと思います。

●甘甜プロフィール

1994 年  中国江蘇省生まれ
2016 中国美術学院 絵画学部跨媒媒体芸術専攻 卒業
2020 愛知県立芸術大学大学院 修士課程日本画領域 修了
2021 東京藝術大学大学院 美術研究科博士後期課程文化財保存学専攻2年 在学中
2022 第16回藝大アートプラザ大賞にて大賞受賞

第16回藝大アートプラザ大賞展
会期:2022年1月8日 (土)~2月13日 (日)
営業時間:11:00 – 18:00
休業日:1月11日(火)、17日(月)、24日(月)、25日(火)、2月7日(月)
入場無料、写真撮影OK


取材・文/齋藤久嗣 撮影/五十嵐美弥(※6枚目の作家提供画像を除く)

※掲載した作品は、実店舗における販売となりますので、売り切れの際はご容赦ください。

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