昭和50年創業、上野の純喫茶「珈琲王城」の歴史とこれから

ライター
中村英里
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昭和50年創業の上野の純喫茶・珈琲王城。上野で三代続く漢方専門診療所「天心堂診療所」の院長がオーナーを務める純喫茶です。

純喫茶ファンの間では有名なお店で、週末には行列もできるほど。しかし実は、何度も閉店の危機にさらされてきたのだとか。

前オーナーだった父に連れられ、幼少期には王城で過ごすことも多かった現在のオーナー玉山珉碩さんは、「王城の一番のファンは私なんです」と語ります。珈琲王城のこれまでとこれからについて、お話を伺いました。

純喫茶=待ち合わせ場所。珈琲王城の創業経緯

珈琲王城を創業したのは、現在三代目オーナーを務める玉山さんの祖父。玉山家は、祖父の代から上野の地で、漢方専門診療所の「天心堂診療所」を運営していました。漢方の診療所がなぜ喫茶店を? と疑問に思いましたが、そこには昭和期の上野ならではの理由がありました。

玉山:東北から東京へと上京する若者たちが利用する「就職列車」の終着駅が、上野だったんです。上野駅は「北の玄関口」と呼ばれ、多くの人が利用するターミナル駅でした。

国立国会図書館デジタルコレクションより

昭和30〜50年頃にかけて、東北から都市部への就職を目的に上京する「集団就職」が行われていました。東北の若者たちが上京する際に利用したのが、「就職列車」と呼ばれる列車です。
また、国鉄(現在のJR)・地下鉄・京成線と、三つの路線が乗り入れていることから、多くの人が上野駅を利用していました。

玉山:当時の列車は今ほど正確な時間で運行していなくて、到着が予定時刻より何時間も遅れてしまうことも多くありました。そして、当時は今と違って携帯電話を皆が持っているわけでもない。電話が置いてある喫茶店は、待ち合わせ場所としてニーズがあったんです。そこで祖父は、地元である上野に喫茶店をオープンしようと決めました。それがここ、「珈琲王城」です。

ダイヤル式電話はいまも現役

祖父から父、そして玉山さんへと、オーナーは代々受け継がれてきました。玉山さんは現在、同じく祖父の代から引き継いだ、漢方専門の診療所「天心堂診療所」の院長と、珈琲王城のオーナーという二足のわらじを履いています。

「昔の味と同じ」お客様の喜びを大事にしたい

現オーナーの玉山さんに、幼少期の頃の珈琲王城の雰囲気を教えていただきました。

玉山:今は全席禁煙ですが、昔はタバコを吸うために喫茶店を利用する人も多かったので、店内がケムいな……と、子ども心に思っていましたね。待ち合わせ場所として利用したい、一人の時間をゆっくりと過ごしたい……という方が多かったように思います。基本的に大きな声でおしゃべりをする人はほとんどいなくて、静かな空間でした。

子どものころのお気に入りのメニューは、クリームソーダとミートソーススパゲティだそう。

玉山:クリームソーダのアイスがシャリシャリとしている部分が好きでした。まるで宝物のように、大事に食べていたのを覚えています。スパゲティはどれもおいしかったけれど、特に好きだったのはミートソース。当時の自分にとっては、何よりのごちそうでしたね。

クリームソーダやミートソースは、いまも不動の人気メニュー。新しく追加したメニューはありますが、メニューのラインナップや味は、昔とほとんど変えていないそう。

玉山:昔好きだった曲を聞くと、当時の思い出がフラッシュバックすることってありますよね。味にも同じことが言えると思っていて。数十年ぶりに来てくださったお客様が「昔の味と同じだ」と喜んでくださった時の、その目の輝きを大事にしたいんです。

あとは、自分自身が昔食べていた思い出の味から変えたくない、という思いもあります。珈琲王城の一番のファンは自分なんです。自分が食べた時に「なんか違うな」と思うということは、昔と味が変わってしまっているということ。材料をひとつ変えるだけでも味が変わってしまうので、そこはこだわっています。

赤字続きの中、ある取材を機に客層が変化

現在の珈琲王城は週末には行列もできるほどの人気店ですが、玉山さんがオーナーを継いだ13年前には、かなりの経営難だったそう。

玉山:携帯電話が普及し、駅ナカ施設ができ……。従来の喫茶店に求められていた、待ち合わせや時間つぶしというニーズがなくなったことで、客足は徐々に遠のいていきました。ずっと赤字経営が続いていて、もうやめた方がいいのでは? と周りから言われることも多かったです。

かつてたくさんの純喫茶があった上野の街から、次から次へと純喫茶が消えていきました。珈琲王城もいつ廃業してもおかしくない状況だったそう。

玉山:でも、やっぱりどうしても潰したくはなくて。長らく働いてくれている従業員のこともあるし、何より自分自身にとって、この店は特別な存在だったんです。意地でもなくしたくない、という思いでした。
食べ物や飲み物のおいしさ、店内の雰囲気には自信がありましたが、このままの状況ではいずれ……という危機感は常にありました。

今の状況が続けば、長く店を続けることはできない。そう考え、祖父や父の代には断っていた取材依頼を受けるようになりました。
そして、2014年に受けたある取材がきっかけで、徐々にお客様が増え始めます。

玉山:TBS『有吉ジャポン』で上野の街を紹介する回があって、そこで珈琲王城が紹介されたんです。番組内では、有吉さんがナポリタンを食べて「おいしい!」とコメントをくださいました。その放送があった翌日から、これまでの客層とは違う、若い世代のお客様が増えました。
TVドラマの撮影場所として利用いただくことも増え、俳優さんのファンの方が来店してくださるようにもなりました。

純喫茶を知らない若い世代が、古くからある「純喫茶」という存在を知り、「逆に新しい」と興味を持ってくださったのでは……と、玉山さんは語ります。以前はビジネスマンが中心だった客層から一変、若年層のお客さまが増えていったそうです。

包み隠さず、正直に。珈琲王城のSNSポリシー

客層が広がったもうひとつのきっかけは、SNSです。
珈琲王城はFacebook・Instagram・Twitterのアカウントを持っていて、文章や写真はすべてオーナーの玉山さんが手がけています。
SNSでの発信においては、「医者の経験が役に立っている」と、玉山さんは語ります。

玉山:難しい医学用語を使わず、短時間で相手に要点を伝える、というのが医者として大切にしていることです。
SNSの場合も同じように、短い文章で伝えたいことを読み手にしっかり伝える必要があると思っているので、文章にはこだわって、時間をかけて書いています。写真も、正方形・横長など、SNSごとの見え方を踏まえて撮影するようにしています。

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珈琲 王城(@coffeeoujyou)がシェアした投稿

玉山さんは、SNSでの発信においては「包み隠さず、正直に」を心がけているそう。

玉山:実は新型コロナが流行り出す前年に、数百万もの借金をして、床の張り替えと椅子の新調をしたんです。そんな中、新型コロナで大打撃を受けてしまいました。ギリギリの状況だけど店をなんとか続けたい、そんな思いで投稿したツイートに、7万件以上もいいねを押していただけたんです。

玉山:このツイートをきっかけに、お店に足を運んでくださる方も多くいらっしゃいました。私としては「頑張るぞ」という決意表明のツイートだったので、狙ったわけではありませんが、この投稿を見て来てくださった方には感謝しかありません。

今年2022年の4月に一部メニューの値上げをした際にも、現状を正直に伝えるよう意識したそう。

玉山:行列ができているので儲かっているんだろう、と見られることもありますが、実は売上的にはずっとギリギリの状況が続いているんです。お客さんはひっきりなしに来るのに利益がなかなか出ない、原材料の高騰も続いている……という状況で、2022年の4月にはいくつかのメニューを値上げしました。
SNSで店の状況を正直に言ったこともあってか、お客様からはおおむね好意的な反応をいただけました。温かい反応を返してくださる方が多くて、ありがたかったです。

新型コロナ流行を経て、これからのこと

2020年から現在に至るまで尾を引く、新型コロナウイルスの影響。日本で新型コロナが流行り出した当初は、致死率がどのくらいなのか、どうすれば予防できるのかも明らかになっていなかったことから、外出自粛のムードが漂い、街中から人が消えました。

多くの飲食店がダメージを受ける中、珈琲王城も例外ではなく、最初の緊急事態宣言が出された2020年4月頃にはお客様がほとんど来ず、1日の売り上げが1万円にしかならないような日も少なくなかったそう。危機に瀕した珈琲王城は、コーヒーチケットやコーヒー豆の通販に踏み切ります。

中でも、コーヒーチケットの販売は苦渋の決断だったそう。「飲食店は、商品を提供してお金をいただくべき」という考えを持っていた玉山さんにとって、「経営が厳しいのでチケットを買ってください」とお客様にお願いするのは、申し訳ない気持ちがあったのだとか。
しかし、先が見えない状況の中、スタッフの給料や店の維持費などを捻出するために、販売を決めました。

玉山:明日潰れるかもしれない店のコーヒーチケットなんて誰が買ってくれるんだろう……と思っていましたが、たくさんのお客様にご購入いただけました。
チケットの販売を始めたのは2年前ですが、販売したチケットの多くはまだ使われていないんです。純粋に、珈琲王城を救いたい気持ちで購入してくださった方がたくさんいらっしゃる事実が本当にありがたくて……今思い出しても、涙が出てきます。

休業期間を経て、店舗の営業を再開した珈琲王城は新型コロナ対策を講じ、それらをSNS上で積極的に投稿するようになりました。中でも積極的に発信したのは、換気対策についてです。

玉山:禁煙化以前はタバコを吸う人が多かったことから、もともと室内の空気を排出するための仕組みは備わっていました。加えて、サーキュレーターを設置し、入り口も開放、消毒液の設置や砂糖・ミルクを使い切りタイプのものに変更するなど、思いつく限りの工夫をしていきました。
SNS上で新型コロナ対策にしっかり取り組んでいることを積極的に投稿することで、「ここまでやってくれているなら安心して利用できる」とお客様に言っていただけることも多く、徐々に客足が戻ってきました。

店内数カ所にサーキュレーターを設置

珈琲王城のSNSでは、新型コロナウイルス流行を機に「#おひとりさま大歓迎」というハッシュタグをつけるようになりました。「#おひとりさま大歓迎」は、緊急事態宣言下で客足が遠のく中、会話による感染リスクを避けられるおひとりさま飲食を訴求しよう、という考えから生まれたもの。加えて、「純喫茶をもっとカジュアルに利用してほしい」という玉山さんの思いもありました。

玉山:純喫茶をあまり利用したことがない方だと、「敷居が高そう」「常連さんに睨まれるんじゃないか?」と入りにくさを感じている人もいるようで……。内装から、格式高い店のように見えるかもしれませんが、実際はそんなことはありません。
以前、常連のお客さまから「スーツ姿の男性が一人でパフェを食べても浮かない店」と言っていただけたことがあって、それが嬉しくて。一人でも誰かと一緒にでも、ぜひ気軽にご利用いただきたいですね。

終わりに – 2年越しの取材の感想と、駐車場になった「思い出の喫茶店」

お忙しい中、取材に応じてくださったオーナーの玉山さん。
筆者は2年前、最初の緊急事態宣言が出される2週間ほど前にも、珈琲王城を取材したことがあります。当時はここまで新型コロナウイルスの影響が長引くとは思っておらず、早く収束するといいですね……と会話をした記憶があります。

珈琲王城のSNSをフォローしていたこともあり、コーヒーチケットの販売開始や「#おひとりさま大歓迎」のSNS投稿など、これまでの2年間の経緯は知っていましたが、新型コロナ流行を経て今改めてお話を伺いたいと思い、再び取材を申し込みました。

取材を通して印象に残ったのは、お客様に対する正直な姿勢、そして感謝の言葉でした。「いいお客様が多くて」と、お客様への感謝の言葉を何度も口にされていましたが、それは珈琲王城が正直に、誠実な姿勢でお客様に向き合っているからこそなのではと感じました。

また、取材を受ける、SNSを積極的に活用するなど、時代の流れに合わせた変化を加えつつも、内装やメニューなどお店の根幹となる部分については「変えないこだわり」を持っていることも、珈琲王城が幅広い客層に愛されている理由に思います。

私が子どものころ、よくケーキを買っていた喫茶店がありました。長らく足を運んでいませんでしたが、閉店すると聞き、最後にあのケーキをもう一度……と思って店に行ったものの、大行列でもう飲み物しか残っておらず、結局ケーキは食べられなかった、ということがありました。
純喫茶好きの方ならご存知かもしれませんが、そのお店は、浅草の「アンヂェラス」という純喫茶です。2019年に閉店して建物は取り壊され、跡地は駐車場になりました。

2019年3月14日、閉店3日前のアンヂェラス。筆者撮影

おいしいものは世の中にたくさんありますが、「昔食べた味」を変わらず提供してくれるお店は、代わりのきかない大切な存在です。でも当たり前にずっとあるから、これからもずっとあり続けるような気がして、「閉店します」と言われて慌てて足を運ぶ、なんてことになってしまうんだろうなと。

「昔の味と同じだ、と喜ぶお客さまの目の輝きを大事にしたい」という玉山さんの言葉に、ぜひ長くお店が続いてほしいと思うと同時に、自分が子どものころに食べた「昔の味」を味わえるお店にも、積極的に足を運んでいきたいと思いました。

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