上野界隈は国立西洋美術館や東京国立博物館、上野の森美術館をはじめ、小さな美術館やギャラリーも数多く点在しています。しかしアートを楽しめるのは美術館やギャラリーだけではありません! 上野公園内にある寺社仏閣には、美術工芸を堪能できる場所があるのです。今回は、上野東照宮をご紹介します。
上野東照宮には誰が祀られているの?
1627(寛永3)年に創建された上野東照宮は、江戸幕府を開いた徳川家康公(東照大権現)を祀った神社です。家康は、自身が危篤状態の中、側近中の側近であった天海僧正(てんかいそうじょう)と、江戸城を改修した津藩主・藤堂高虎(とうどうたかとら)を枕元に呼び、「三人の魂が一つのところで鎮まる場を作ってほしい」との言葉を遺したと伝えられています。その言葉に感極まったであろう高虎は、自分の居住していた場所に、東叡山寛永寺を開山。その一つとして建てられたのが「東照社」であり、現在の上野東照宮の祖となります。1646(正保3年)には、朝廷より正式に「東照宮」として授けられました。現在の姿は、1651(慶安4)年、第三代将軍徳川家光が大規模改修を行った時のもので、徳川吉宗公、徳川慶喜公も祀られています。
国の重要文化財にも指定。豪華絢爛な本殿
JR上野駅公園口より徒歩5分。木々生い茂る中をのんびり歩いていると、突如、大鳥居が出現。都会の喧騒とは打って変わって、霊験あらたかな雰囲気に包まれます。表参道の正面には輝くような社殿が鎮座。金箔を贅沢に施した豪華絢爛な装飾に彩られた社殿は「金色殿」とも呼ばれており、国の重要文化財に指定されています。
この上野東照宮は、江戸の大火、上野戦争(戊辰戦争の一つ)、関東大震災などの難から逃れ、第二次世界大戦時には社殿のすぐ裏に爆弾が投下されるも不発弾となり被害を免れるなど、無傷のまま当時の姿をとどめている希少な建造物です。また、約260年に渡る泰平の世を築いた徳川家康にもあやかり、人気を集めています。「勝負」「必勝」などのご利益があるとされ、「学業成就」や「合格祈願」で訪れる受験生も多いそう。
400年に渡り、日本美術界に君臨し続けた絵師集団
上野東照宮には、社殿をはじめ、唐門、透塀(すきべい)、神鳥居、48基の銅燈籠(どうとうろう)など、たくさんの国の重要文化財があります。中でも代表的なお宝は社殿内に造られた「唐獅子の壁画」です。現在一般公開はされていませんが、織田信長、豊臣秀吉らの寵愛を受けた狩野派の絵師の一人、狩野探幽によって描かれた壁画で、日本美術史の観点から見ても貴重な文化財となっているのです。
狩野派といえば、安土桃山時代から活躍した絵師集団で、中でもスーパーエリートと称された狩野永徳は、国宝『洛中洛外図屏風 上杉本』をはじめ、壮大な絵図を描き、信長の築城した安土城や聚楽第などの障壁画も任されています。いわゆる戦国大名お抱えの絵師で、類まれな才能に溢れた人物でした。
この永徳の孫にあたるのが探幽で、江戸幕府の御用絵師となったのは、なんと16歳という若さでした。彼もまた、江戸城や二条城、名古屋城などの障壁画を描き、優れた才能を発揮しました。当時はまだ、アートという概念がなく、室内装飾としての位置づけでしたが、現在では国宝や重要文化財として扱われるものが多く、この時代の絵師や彫師のセンスや技術が国内外で高く評価されています。
(画像提供:上野東照宮)
色鮮やかで繊細な技巧は現代の工芸にも通じる
上野東照宮の建造物は、大陸から伝わる吉兆を表す動植物の絵や彫り物で装飾されています。まばゆい光を放つ社殿の前面には鷹、側面には鳳凰、角には阿吽の形(あうんのぎょう)の獅子が彫られるなど、巧みな技を駆使した造詣物は、当時の最高技術が結集されています。
境内を歩いているだけで、屋外で美術鑑賞をしているような贅沢な気分に浸れます。社殿を囲む透塀は、1651(慶安4年)徳川家光の時代に建造されたもので、この透塀に描かれた彫刻の数は257枚にものぼり、上段には雀や燕などの鳥や動植物を、下段には海川の生き物、海鳥や蛙、魚介類など、多彩な絵柄が施されています。
どれも超絶技巧と呼ぶにふさわしい繊細な美しさを放っています。実際の動植物を見る代わりに、当時の人々もこういった絵柄に慰められたり、癒やされたりしていたのでしょう。
唐門と呼ばれる城や格式の高い寺社仏閣によく見られる唐破風の門柱には、龍が彫られています。下を向いている方が「昇り龍」、上を向いている方が「降り龍」と呼ばれています。これは「偉大な人ほど頭を垂れる」ということわざに倣ってのことだそうです。こちらも一見の価値のある彫刻です。
新しくオープンした静心所で、樹齢600年の大木を前に瞑想体験
2022(令和4)年4月にリニューアルオープンした御守御札授与は、まるで美術館の入り口のようです。老若男女に親しまれている神社だけあって、御守りも多種多様。この地ならではのパンダの御守りや徳川家の葵の紋をあしらった印籠型の御守り、家康公の月命日である17日のみ購入できる昇竜守も。
社殿に入る前の気持ちを整えるための場所として造られた「静心所(せいしんじょ)」は、目の前に樹齢600年の神木が鎮座し、空気を一新してくれます。これだけの巨木は上野公園内でもなかなか目にすることはできません。
美しくシャープな形状が特徴的な建築は、日本の伝統的な建築や庭園文化の再構築などに力を入れている注目の建築家・中村拓志&NAP建築設計事務所が担当。スタイリッシュでシンプルな様相でありながら、屋根の部分には2020年に倒木し、安全管理のため伐採したイチョウを木材加工して使用するなど、環境にも配慮しています。イチョウの葉が重なり合うようなイメージで造られたアーチ状の屋根の下、木の香りとさえずる鳥の声を聞きながら、しばし瞑想に耽ってみるのもおすすめす。
上野公園の魅力は「自然と動物」「自然とアート」「自然と歴史」が織りなす様々な表情を楽しめる場所であるということ。慌ただしい生活に疲れたら、リラックスしに上野東照宮へ出かけてみませんか。
上野東照宮 基本情報
住所:東京都台東区上野公園9-88
参拝時間:9:00~17:30(夏季3月~9月、冬季10月~2月は16:30まで)
拝観・御朱印・御守御札授与:9:30~17:00(夏季3月~9月、冬季10月~2月は16:00まで)、無休
参拝料:無料 拝観料:大人(中学生以上)500円、小学生200円
上野東照宮公式サイト
参考資料:世界大百科事典デジタル版
国史大辞典デジタル版