筋肉は決して裏切らない——。
世の中で真に信じられるものは、もしかすると自ら鍛え上げた筋肉だけかもしれません(悲観?)。
この筋肉の美しさに、古今東西多くの絵描きが魅了されてきました。
特にかなりの「筋肉フェチ」と後世に伝わるのが、ミケランジェロ。
「美とは、余分なものの浄化である。(Beauty is the purgation of superfluities.)」
という彼の名言は、贅肉を極限まで削ぎ落としていくボディビルの格言にも聞こえます(こじつけ?)。
今回の誰でもミュージアムは、西洋絵画と浮世絵の筋肉美対決。
対決とは言ったものの、巧拙よりも画家が人間の体のどんな部分に注目し、それをどのように表現しようとしていたのかを比べてみてもらえればと思います。
腹筋対決
背筋対決
マッスルとマッスルのぶつかり合い1
ウジェーヌ・ドラクロワはフランスのロマン主義を代表する画家。代表作『民衆を率いる自由の女神』は「フランス革命」をイメージすると誰でも必ず思い浮かぶ名画。この絵で描かれているのは、ギリシャ神話に出てくる英雄ヘラクレスと、巨人アンタイオスの決闘の場面。猛烈に強かったアンタイオスだが、大地に足がついていないと力が発揮できないことを見抜き、ヘラクレスは彼を持ち上げて絞め殺す。英雄はスネの筋肉「前脛骨筋」もしっかり発達している。
浮世絵の大家・北斎は風景だけでなく相撲力士も多く描いている(というかありとあらゆるものを描いている)。がっぷり四つの大相撲で、しっかり踏ん張る千田川の両足の筋肉に注目。膝下の「下腿三頭筋」つまり「ヒラメ筋」と「腓腹筋」をしっかり描き分けていて、筆の運びはさらさらっとしているのに張り詰めた筋肉の緊張感が伝わる。往年の千代の富士関の下半身を彷彿させる天才・北斎の観察眼。
マッスルとマッスルのぶつかり合い2
フュースリーはイギリスで活躍したドイツ系スイス人の画家。19世紀頃の伝統的なヨーロッパ画壇では聖書や神話の場面をモチーフにするのがセオリーなので、筋肉を探すとかなりの確率でギリシャ神話最強の英雄「ヘラクレス」に行き着く。「西洋画に描かれたマッチョ、だいたいへラクレス説」を提唱したい。
ギリシャ神話がヘラクレスなら、日本書紀は野見宿禰(のみのすくね)でしょう(無根拠)。当麻蹴速(たいまのけはや)と相撲をとるため、垂仁天皇の命により出雲国より呼び寄せられた野見宿禰は、蹴速と互いに蹴り合った末にその腰を踏み折って勝ち、蹴速が持っていた大和国当麻の地(現奈良県葛城市當麻)を与えられたという。相撲だけど大昔は蹴るのもOKだったんですね。蹴速の「下腿三頭筋」を見ると、「岩のような筋肉」というイメージを持って描いたのであろうことが想像できて面白い。というか、腰を「踏み折る」ってどういうこと…???(恐ろしすぎる)。
彫刻対決
筋肉は美しい——?
人体を緻密に観察して描いた筋肉。デフォルメされた筋肉。
絵画や彫刻の中でさまざまな描かれ方をしている筋肉に注目してみると、単なる「力強さ」の表現としてだけではなく、画家や彫刻家がそこに「美しさ」を見ていたであろうことが想像できます。
「腕の筋肉、絵で描いてみて」と言われても、スラスラ描ける人ってなかなかいません。
一度じっくり眺めてみると、画家たちが見た「美」を見つけることができるかもしれません。
「美」は案外身近なところにあるのです。
「誰でもミュージアム」とは?
パブリックドメインの作品を使って、バーチャル上に自分だけの美術館をつくる「誰でもミュージアム」。和樂webでは、スタッフ一人ひとりが独自の視点で日本美術や工芸の魅力を探り、それぞれの美術館をキュレーションしています。「誰でもミュージアム」はwebメディアだけでなく、各SNSアカウントや音声コンテンツなど、さまざまな媒体のそれぞれのプラットフォームに合わせた手法で配信。アートの新しい楽しみ方を探ります。