生活動線の中に、ギャラリーを。アーティストと共に世界を見据える東京・渋谷のbiscuit gallery

ライター
安藤整
関連タグ
渋谷 インタビュー ギャラリー

さまざまな特色を発揮しながら運営されている各地のアートギャラリーや画廊をめぐり、ギャラリストたちの多彩な視点をアーカイブしていく特集企画「ギャラリー・ライブラリー」。

今回は、渋谷に2021年にオープンし、現在2周年記念グループ展を開催中(2023年4月16日まで)の「biscuit gallery」を訪れます。オーナーギャラリストであり自身もアートコレクターである小林真比古さんに話を聞きました。

広告代理店からギャラリストへ

——biscuit galleryは小林さんのコレクションをベースにしてオープンしたそうですね。コレクターとして現代アートを購入し始めたのは、なにかきっかけがあったのですか?

小林 6、7年前のことですが、新築のマンションに引っ越したとき、真っ白の壁の上にピクチャーレールがあったんですね。そのときはいろいろなことがあって気持ちが落ち込んでいるときで、白い壁が寂しく思ったんです。それで絵を買ってみようかなと思ったのが入り口でした。

とはいえ、それまでにアートを買ったこともなく、どこで買えるのかもわからなかったんです。それでネットで検索して、購入したのが元獣医の日本人作家・Ouma(オーマ)さんの作品でした。複数の作品の切れ端を手術用の糸で縫い合わせた小さな作品を購入しました。なんだか自分の心も縫い合わせてくれているような気がして。額装して白い壁に飾ってみると、やっぱり良いんですよね。

その額装も最初はどうすればいいのか、どこで額を買えばいいのかもわからなくて。私は広告代理店で音楽関連の事業に長く携わっていたのですが、当時はちょうど働き方改革が社会的にも進んでいるときで、結構自分の時間もあったんです。デジタル化についても進めていたところだったので、自分でウェブサイトもやってみようと思い立って、自分のようなアート初心者にも有益な情報や感じたことを発信してみようと思いました。

そこからいろいろな人がサイトを見てくれるようになって、コレクターさんたちとつながったり、展覧会に呼んでいただいたりして、紆余曲折はありましたが自分でもギャラリーってできると思ったのがきっかけですね。

コレクションすることの魅力

——アートをコレクションするようになって、何か変化はありましたか。

小林 言葉では説明しにくいのですが、やっぱり自分で作品を買って飾ることでしか味わえない良さがありましたね。買った人でしかわからないというか、美術館で鑑賞するのとは違って、お金を出して「購入する」というアクションは、すごく心理的なハードルが高いじゃないですか。その「ハードル」を乗り越えた先にある「良さ」があるように感じました。

それはどこか所有欲みたいな部分もあって、世界に一つのユニークピースを自分のものにする喜び、みたいな感覚もあるように思います。いずれにせよ、自分がアート作品を手に入れる中で、ギャラリーってとても「入りづらい」し、「買いづらい」と気付きました。たとえば広告代理店の仕事は、商品やサービスを生活者にわかりやすく提示して届けることが仕事です。それと対比させたとき、美術業界は「情報が少ない」「(ギャラリーにも)入りづらい」「売っているのかどうかわからない」という課題だらけな気がしたんです。biscuit galleryを渋谷という場所に決めたのは、アートを日常の生活動線の中において、誰でも気軽にふれられるような存在として広めたいという思いからでした。

1階から3階まであるbiscuit galleryでは、各フロアでテーマが異なる展示なども行われている。(写真提供:biscuit gallery)

デビュー直後にしかない「音」

——biscuit galleryは主に若手アーティストを扱っていますが、それにはなにか理由があるのですか。

小林 僕は音楽が大好きなので、音楽シーンを美術業界にあてはめたりして考えるんですね。たとえば、ビートルズでもセックス・ピストルズでもBOOWYでも、デビューしたばかりの活動初期でしか出せない「音」ってあるんですよ。後期の名盤ももちろんありますが、初期の音って僕は本当に好きで。それをアートでも象徴的にやりたかったんですね。加えて、若い作家であればまだ作品の値段もそれほど高額ではないし、グループ展も多いのでギャラリーで新たな出会いも得やすい。「とりあえず(ギャラリーに)行ってみよう」「もしかしたら買えるかも」みたいな空気をこのギャラリーでつくっていきたいと思っています。

とはいえ、そうやって若手アーティストの支援と言いながらも、僕自身がアートに助けられているという感覚があります。彼らの作品に囲まれている幸せとともに、やりがいを感じますし、幸せだなと思います。

——扱う作品選びには何か基準がありますか?

小林 私自身もコレクターとして「この作品を買って本当に良かった」と感じた実体験がありますし、その感覚をベースにして、「この作品はぜひコレクションしてもらいたい」と思う作家にお声がけするようにしています。

けれどもやっぱり作家本人のやる気は見ます。私自身はあまりピンとこない作品でも、作家本人がすごく研究熱心だったりとか、熱い思いを持っていたりすると可能性を感じますし、いま世の中に出すべき作品だと感じます。

日本人アーティストは世界でもっと戦える

——若手アーティストの支援に関連して、アートだけで食べていくのは難しいという現状があると思います。日本のアーティストたちを取り巻く環境についてはどのようにお考えですか。

小林 聞いた話ですが、毎年2万人が美大や芸大を卒業するそうなんです。その数は建築もデザインもアーティスト志望ではない人も含んでいると思いますが、それだけ大きな数なのであれば当然食える作家、食えない作家がいるのは、アートに限らずどの業界でも同じだと思うんですよね。

けれど、その一方で海外のアートフェアに行くと、日本人アーティストのレベルの高さをいつも実感するんですよね。十分グローバルで戦える力量があると思う。おそらくプレゼンテーションの面で力不足なんでしょうね。市場は日本だけではないし、世界に目を向けることも大切だと思います。先日も一人、関わりのある日本人の若手アーティストがアメリカに行って、自信をつけて帰ってきました。

前職で音楽に携わっていたとき、日本の音楽を海外に持っていきたいと思って取り組み続けていたんですが、それはかないませんでした。だから今度はそれを絵画を中心としたアートで実現したいという気持ちがあります。若手アーティストの中には目線が国内にしか向いていない人も珍しくないのですが、彼らの目を世界に向けさせたい、海外につれていきたい、そういう作家と一緒に仕事がしたいといつも考えています。

biscuit galleryでは2023年3月現在、2nd anniversary exhibition「grid2」を開催中。詳細はページ下部をご覧ください(写真提供:biscuit gallery)

自分が今、美術史のどこにいるか

——海外で戦うのであれば、日本のアートの文脈も知らなければならないでしょうね。

小林 その通りだと思います。biscuit galleryでも以前に日本画の企画展を開いたこともありましたが、海外ではやっぱり日本人としてのアイデンティティを求められるんですよね。それを得るためには、「個」の強さも必要かもしれませんが、やはり少なくとも日本のアート史は理解して、自分の立ち位置を知っている必要があると思います。

ある芸大の大学院の先生に、「院を希望する学生のどういう部分を見ているんですか?」と尋ねたことがあったのですが、その先生は学生に「自分が今、美術史のどこにいるか」を答えさせるとおっしゃっていました。その問いに答えられない学生には興味がないと。厳しい気もしますが、世界で戦えるアーティストというのはやはりそういう人たちなのでしょうね。

だからこそ、作品としてはまだ荒さが目立ったとしても、素材を研究したり、モチーフを取材したりしているような、熱量のある作家には可能性を感じますし、伴走したいと感じます。

「ジョージ・マーティンのような」ギャラリー

小林 いま都内には飽和状態とも思えるほどギャラリーはありますし、食える食えないの話で言えば、公平な競争社会が用意されているように思います。むしろSNSで自分から発信もできるわけで、環境としては十分整っているようにも感じます。

SNSでアーティストとコレクターが直接つながれる時代にあって、逆にギャラリーの存在意義が問われてもいると思いますね。アーティストのマネージメント的な要素も増えてきている気がしますし、プライスの話についてはしょっちゅう相談を受けます。自分は専用の計算式を設けているのですが、そうしているのは、そこで悩まずに済めば、アーティスト側も随分楽になるのではないかという考えからです。

これも音楽の話で恐縮なんですが、良いアーティストの後ろには必ず名プロデューサーの存在があるんです。ビートルズにおけるジョージ・マーティン(※)のような。ギャラリーとは何かということを自問するとき、彼のような存在をイメージしています。

※ジョージ・マーティン(George Martin/1926〜2016年):イギリスの音楽プロデューサー。ビートルズをデビューさせ、その後もほぼすべてのレコードをプロデュースし、「5人目のビートル」とも呼ばれた。

All photo by Tomoro Ando

info

biscuit gallery
〒150-0046 東京都渋谷区松濤1-28-8 biscuit bldg. 1F~3F
開館時間:木曜・金曜13:00~19:00(※祝日の場合は12:00〜18:00)
休廊:月曜~水曜(※月火水の祝日は閉廊とさせて頂きます)
料金:無料

biscuit gallery 2nd anniversary exhibition「grid2」

会場:biscuit gallery(渋谷)
会期:2023年2月25日(土)〜4月16日(日)
前期:2/25〜3/19 後期:3/25〜4/16
※それぞれの会期中にも展示替えを行う場合があります。

【前期参加作家:2/25〜3/19】
石﨑朝子、石山未来、井上りか子、王之玉 、笠井麻衣子 、加藤昌美、菊谷達史、北島麻里子、木村萌 、工藤玲那、古西穂波、齊藤拓未、杉田万智、高尾岳央、髙木優希、玉住聖、仲衿香、中風森滋、長谷川彰宏、林果林、福原優太 、藤川さき、布田葉太郎、松浦美桜香、松田ハル、三浦光雅、山田美優、山田優アントニ、レパーほか

【後期参加作家:3/25〜4/16】
新井碧、海老原イェニ 、岡田佑里奈、勝木杏吏、カトウ、木津本麗、粂原愛、栗原巳侑、後藤夢乃、GORILLA PARK 、蔡云逸 、下村悠天、杉山日向子 、鈴木秀尚、高瀬栞菜、髙橋健太、那須佐和子、西村昂祐、古川諒子、松浦美桜香、南谷理加、宮﨑菖子、茂木淳史、本岡景太、森博幸、山田康平、山中雪乃、Liao Yuan Yi 、渡邊涼太ほか

メインビジュアルデザイン:八木幤二郎
作品設置監修:太田宗宏

主催:biscuit gallery
協力:SH GALLERY、代官山 蔦屋書店

おすすめの記事