日常は見方次第で「非日常」になる。ふと顔を上げて世界を見る大切さ【アワード受賞者・武田萌花氏インタビュー】

ライター
森聖加
関連タグ
アーティストインタビュー インタビュー

先ごろ受賞者が発表された、第18回「藝大アートプラザ・アートアワード」(旧「藝大アートプラザ大賞」)。デジタル作品部門において「JR東日本賞」を受賞したのが、武田萌花(もか)さん(大学院美術研究科先端芸術表現専攻 2024年修了予定)です。

受賞作「Day Tripper (2023)」は、公共交通機関(鉄道)の車両を模した空間で、鑑賞者が座席に着いて車窓に流れる景色を眺め、そこで展開される日常を追体験する映像インスタレーション。作品のテーマやアートに対する思いを武田さんに聞きました。

武田萌花 「Day Tripper (2023)」※写真1(本人提供)

デジタル部門の受賞作品は、小学館メタバース「S-PACE(スペース)」にて公開中です。ぜひご覧ください。

原風景としてあった、移動中の夜の車窓風景

――デジタル作品部門 JR東日本賞、受賞おめでとうございます。今回の受賞作は2020年に発表した作品の再制作だそうですが、当初の制作のきっかけを教えてください。

武田萌花さん(以下、武田):「Day Tripper」は、はじめ2020年に学部の卒業制作で取り組み、東京都美術館で発表しました。制作時期の2019年は新型コロナが広まる前で、自由に行き来ができていた頃です。大学に入ってからは国内外の展示を見るために移動をしていて、国内移動には夜行バスを使っていました。幼いころ、夏休みに家族と車で旅行して車中泊をする経験があったのですが、その時の風景が夜行バスから眺めた移動の風景と重なって。車窓から見える景色に小宇宙を感じていたんです。

ある時、久々に新幹線に乗って、いつものように車窓風景を見ようとしたところ、景色の流れが早くて目で追えず、気持ちが悪くなってしまいました。その時に思いがめぐりました。移動って目的地に行くことが大事ですし、ものすごい速さで移動しているからその間の景色は見過ごされる、あるいは見落としがちだなと。

武田:私自身も、同じ車両に乗る他の乗客も何食わぬ顔で座っているけれど、移動している乗り物を頭の中で透明にしてみた時に人々が”爆速で”移動していると思ったら、なんだか奇妙に思えて。これから先、どんどん速度や効率が重視されて移動がコンパクトになると車窓風景はさらに目で追えなくなり、見る必要がないものとして忘れられてしまうのかなと思って、移動中の車窓風景に注目しようと決めました。日常の風景を意識的に見てもらうことが非日常の体験になる、と考えたのです。

「Day Tripper」で映る景色は新幹線や旅先の風景ではなく、在来線で目にする風景を撮影し、速さを落としたり、色味を編集しています。美術館という空間で特段意識してなかった日常の風景に遭遇すること、その体験が鑑賞者にとって意識的に世界を見るきっかけになればと思い制作しました。アワードへの出品作は、2020年の作品をICC(NTTインターコミュニケーション・センター)で再制作し展示する機会があったので、その映像を1分に編集したものです。

目の前の世界に注目することは、アート鑑賞と同じプロセス

――確かに、車窓にきれいな景色があっても今は多くの人がスマホに見入っています。それに対する問題提起がある、と。

武田:はい。私自身、日々の移動で毎回、風景を観察するのは疲れます。多くの人がスマホに夢中になり、音楽を聞いて外の音をシャットダウンするのも、それぞれの移動の楽しみ方だと思います。でも、作品を制作するようになって気づいたのは、アートは目の前にある出来事、世界を意識的に観察する目線が重要だということでした。日常の電車、移動の時間といった見過ごされがちなものに目を向けることは、アート鑑賞と同じプロセスを踏んでいます。自分たちが過ごす毎日の風景、目の前の世界に注目することの面白さ、発見を鑑賞する人にも同じく味わってもらえたらと思うんです。

新型コロナでの自粛期間も「Day Tripper」は形態を変えて展示を行い、電車に人がほぼいない時期もリアルタイムで車窓風景にしていた。「日常自体が非日常になってしまった感じでした」。人の移動も当たり前になった23年のオリジナル版(22分)では、車窓を見る隙間もないくらいに混みあうさまを反映。ホームに人が行き来する姿を二重写しにするなどして、忙しなさや息苦しさを表現した

武田:特別な風景ではなく日常の風景を扱うのは、美術やアートが美術館の中でしか見られない、崇高なものと思って欲しくないからです。見方次第で毎日の風景が面白く観察できるし、気づきがあることを伝えたい。鑑賞者が私の作品を見た体験をどう日常に持ち帰れるか、それを大事にしたいと思っています。

作品の中の映像は、それ単体が重要な意味を持ちません。鑑賞者が展示空間に来た時にデジャヴを起こす、既視感を与えるためのトリガーです。「Day Tripper (2023)」では映像は窓の四角いフレームの中にピタッとはまっていますが、人が何かを思い出す時に(漫画などで)モクモクした吹き出しを描くように、夢を見ているのに近い、あやふやな枠に映像を映すことも多いですね。

――東京都美術館での展示では、新たな発見もあったそうですね。

武田:今回は映像でしかお伝えができませんが、(※冒頭の写真1のように、公共交通機関の車両を模した)シートに座って車窓を眺めるように映像を見る視点しか当初は想定していませんでした。大学の審査では教授だけが鑑賞者ですし、6席という限られた席でも十分に座れてしまうので。けれど、美術館という多くの人が来る場所に置いて初めて、「(作品の中に身を置いて)車窓風景を見てる人を、(作品の)外側から眺める」視点があることに気付きました。

普段電車に乗っている時に人をまじまじと見ることってできません。窓の外を見ていて、向かいに座る人のこと見てるわけじゃないのに「なんで見てるんだ?」と思われそうな気まずさがあって。作品は基本的に暗室なので車窓風景に対して人のシルエットが見える状態でした。「車窓の景色を見る人を、見る」体験も、鑑賞した人が美術館という非日常空間から自宅へ帰る間に目にする日常の風景を意識することになって、これもいいなと思いました。

――最初の発表から再制作の間にはドイツ留学も経験されています。

武田:22年に9カ月、ミュンヘンへ行きました。普段、私は空間を大きく使う作品をつくりますが、留学先からは持って帰れないので小さな作品を制作しました。かつ藝大で取り組んでいなかったことに挑戦しようと。私が通ったミュンヘン美術アカデミーでは学科を問わずどの工房も自由に使ってよく、居心地が良かった陶芸の工房を選びました。海外の釉薬は色もカラフルで、メタリックな素材が多く日本とは異なり刺激的でした。

ドイツでの制作。武田萌花「Reise praxis」(2022)(写真/本人提供)

私は旅をテーマに扱ってきたので、現地の展示でも、留学中に旅した風景をスーツケースにプロジェクションし、同時に、小さなスーツケースの中に陶器をいくつか並べる二つの構成の作品を発表しました。旅行先で印象的だった風景の一部やモチーフ、過去に自分が制作した作品を陶器を再現してケースの中に並べました。

ドイツでは電車で一時間ぐらい行くと湖で泳ぐことができ、日常と非日常がシームレスにつながっていると感じた。「平日でもいろんな世代の老若男女が街に出てコミュニケーションを楽しんでいます。オープンで、自然を愛し、身近に感じているところが素敵だと思いました」(写真/本人提供)

日常にリアリティをもち、行動するきっかけとなる制作を続けたい

――藝大入学以前から旅や移動に関心があったのですか?

武田:藝大への進学を決めたのは高校3年生のときです。当時から「日常」と「非日常」は変わらないテーマですが、それは私がまったくアートを知らないところから始めて、アートを通じて身の回りの物事、世界が面白いと感じられた経験が大きいですね。見える世界が大きく変わって、生きていくうえでの考え方も形成されました。

今の同世代を見ていると、YouTubeやSNSなど楽しいコンテンツや情報がスマホひとつで手に入れられるので、それで十分満足してしまうような感じがします。移動中の風景、目の前の出来事はシャットダウンしてしまう。

――道ですれ違うスマホに見入る人たちには、彼らのまわりの「ここ」しかないように感じます。

武田:私にも同じような時期はありました。今は表現をしているから、ふと顔をあげて世界を見ることをしますが、そうでなかったら、現実を考えずに過ごしていたかもしれません。特に日本、東京という場所ではそれでも生きていけてしまうから。それは少しさみしいことだなと思うんです。

ドイツの学費は安く、学生は制作に集中できる環境にあるという。「日本では私も制作のためにたくさんバイトをしています。ドイツでは一度社会に出てから学び直しする人も多く、自分たちで目の前の問題に行動することで国の政治や状況が変わる経験をしているから行動ができるし、活発です」

藝大の友人は私も含め選挙に積極的に行く人が多いし、パレスチナの状況に対する抗議デモに参加する友人もいるものの、恐らく同世代ではごく一部。頑張っても変わらない気分が若い人たちの中で蔓延していて、現実に、世の中に期待していない。期待できないのかなとも思うけれど、そこが変わったらと思うんです。

私も今、個展の準備で忙しく、気にかけてはいるけれど参加ができていないことにモヤモヤします。でも、まず自分の生活が整わないとプラスアルファの活動は難しい……。私は作品の中で明確に社会問題などを扱ってはいませんが、アーティストがアートを通して問題を投げかけることで、それぞれの人が身を置く日常、事柄に意識的になって行動するきっかけに少しでもなれたら。同世代に向けて、アートを通して今自分たちが生きている世界へのリアリティを思い出すきっかけを届けるために、制作を続けていきたいです。

武田萌花 「Day Tripper (2023)」※写真1(本人提供)

デジタル部門の受賞作品は、小学館メタバース「S-PACE(スペース)」にて公開中です。ぜひご覧ください。

おすすめの記事