藝大アートプラザでは、4月より「みとびらプロジェクト」で生み出された商品の取り扱いをスタートしました。
「みとびらプロジェクト」は、アパレル産業と法務省矯正局、そして「ケア×アート」をテーマに「多様な人々が共生できる社会」を支える人材育成を目的とするプログラム・東京藝術大学DOOR(Diversity on the Arts Project)の連携による企画で、日本初の『刑務所の中にあるファッションブランド』を中心とした産官学プロジェクト。
生みだされた品々は、高級な織物を贅沢に使ったシックなバッグや、縮緬素材の柔らかくしなやかな手触りのポーチ、カラフルな布やボタンでつくられた動物や魚のチャームなど、思わず手に取りたくなるものばかり。上質な布地や紐、かわいらしいボタンなどを使った品は、人気を呼びそうです。
このプロジェクトがどのようにして社会福祉に貢献しているのか、みとびらプロジェクトの理事である山部千明さん、松尾真紀子さんと、元東京藝術大学共創拠点推進機構 特任講師(東京藝術大学DOOR担当)で、2025年より熊本大学研究開発戦略本部 特任講師の田中一平先生にお話を伺いました。
プロジェクト誕生秘話 つくり手の「メイト」さんと共に
――山部さんと松尾さんは東京藝術大学DOORの5期生だったと聞いています。お二人がもともと何をなさっていたか、またDOORを受講されたきっかけなどを教えてください。
山部 私はアパレル企画会社でデザイナーをしつつ、ファッションインダストリアルデザインやユニフォーム企画を担当しています。DOORを受講したのは、当時他の大学院で障害のある方と共有できるアート表現などを研究テーマにしておりましたため、アートと福祉の相関関係を学びたいと思ったのがきっかけです。
松尾 私は社会心理学を専門としておりますが、アートファシリテーターもやっておりまして、アートと一般の方を繋げるイベントの企画や、認知症のある方がアートを鑑賞するお手伝いなどをしております。そういった関心からDOORを受講し、アートと福祉について学ぶ中で、刑務所の中のような「自分には見えていなかった福祉」に気づきました。
――つくり手の受刑者は、みとびらの中では「メイト」さんと呼ばれているそうですね。実際にどんな作業をしているのでしょうか。
松尾 山部さんが企画した製品の裁断・縫製・アイロン作業などをやってもらっています。私はそういった作業に関し、出所後の就労で求められる社会的スキルの教育を担当しています。
――つくるのがファッション関連のものであるのは、山部さんがファッションに携わっていることもあると思いますが、他に理由はありますか。
松尾 ファッションは自己表現や生活に繋がる、人と近いところにあるアートだからです。メイトさんは出所後に社会をつくる一員になりますので、ファッションに携わることは彼女たちの将来の生活に繋がると考えています。
みとびらの製品の魅力 ものづくりの精神を養う
現状のみとびらプロジェクトは、アパレル産業の知見を生かしてDOORと連携してディレクションやプロモーションを行い、法務省矯正局が調整してメイトさんが制作しています。メイトさんは法務省矯正局・美祢社会復帰促進センター(山口県美祢市)の18歳~26歳の女性受刑者5名とのこと。若くて初犯で刑が軽く、社会復帰が早い見込みの方が対象となります。
製品はバッグやポーチといったファッション関連のものがメインで、メイトさんは、素晴らしい布の中で自分が好きなものを選んで制作する中で、新製品を提案するなど積極的で理解が早く、日々ものづくりの心と発想力を獲得しているとのこと。また、着物の持ち主のことなどを知るにつれて材料を大切に扱うようになり、布の美しさや複雑な手触り、深いストーリー性などをじっくり味わいながら取り組んでいるそうです。メイトさんは今回、製品が藝大アートプラザで扱われると聞いてとても喜んでいたそうですので、お客様と繋がることができる喜びも増すことでしょう。
本プロジェクトのブランドは「NIJIMU」と「Link」の二種類とのこと。
「NIJIMU」の名前は、本プロジェクトのコンセプト、さまざまな立場の人が持つ価値観や境界などが「つないで、ひらいて、にじみあう」ことに由来します。製品はバッグやポーチなどで、日本文化の象徴であり、文様や意匠などでアートを体感することができる着物や小物を利用しています。着物は遺品整理の対象となったものなどを活用し、元の持ち主には日舞をなさっていた方などもいらっしゃるそうです。ハレの日に使われたであろう布や紐は、伝統的な雰囲気を生かしながら現代の要素を取り入れ、日常使いできる作品に生まれ変わりました。
「Link」はアパレル業界で過剰在庫として廃棄予定だった素材を利用しており、SDGsに貢献している製品とのこと。カラフルな布やユニークなボタンは、人とモノを繋ぐかわいらしいマスコットに変身しました。
どちらのブランドの製品も、生地の取り合わせや形などが異なり、一つとして同じものはありません。元の持ち主とつくり手の思いが重なり、オンリーワンのアイテムとして愛着を持って使えるものばかりです。
アパレル×法務省×藝大DOORの相互作用と社会での循環
元東京藝術大学DOOR担当の田中先生には、表現と社会をどのように接続させるのか、社会の中でどうやってアートを活用するか、という思いが常にあるとのこと。そのためDOORにおいても、受講生の知識を卒業後にどう生かすかが課題だったといいます。そんな中、みとびらプロジェクトは学んだことを受講生自らが実践するロールモデルになりました。
本プロジェクトの運営は、田中先生の力によるところが大きく、例えばHPの写真のロケやモデルさんは先生のネットワークによるもの。今後のプロジェクトに関しては、メイトさんが制作を通じて自己肯定感を獲得してもらえたら嬉しいし、それが再犯防止にも繋がるから法務省の目的も果たされるとしつつ、「製品がより多くの人の手に渡ることを目指したい」と語ります。人はファッションやアートによって繋がることができますし、それは藝大が目指すところとも一致しています。
山部さんによれば、プロジェクト開始時は刑務所でつくられる製品の品質向上とメイトさんのやりがいの獲得などを目指していたそうですが、立ち上げから4年たった今は、メイトさんの中で自主性が育っていることから、元の狙いに加えて「教育支援」という新しい目標が生まれたそうです。メイトさんの中には、出所してからみとびらの製品づくりの担い手として活躍されている方もいらっしゃるそうですので、本プロジェクトでメイトさん自身が変わると共に、製品を価値あるものとして受け入れるお客様や社会の側にも良い変化や循環が生まれつつあります。
藝大アートプラザは、そんな「みとびらプロジェクト」の製品を実際に見ることができる貴重な場。アートに囲まれた場所で是非「NIJIMU」や「Link」の製品を手に取り、その魅力や意義に触れていただければと思います。