金属で追及する強さと儚さ 「写実を超えたリアル」を目指して アートアワード2026受賞者に聞く【望月嶺氏インタビュー】

ライター
中野昭子
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アーティストインタビュー インタビュー

第20回「藝大アートプラザ・アートアワード」の準大賞を獲得した望月嶺(もちづき れい)さん(美術研究科修士課程 工芸専攻(彫金))の受賞作「泡影(ほうえい)」(写真下)は、傷つきながらも懸命に飛ぶ蝶を金属で表現した作品。金属工芸の技術力の高さと、儚さや無常性といった哲学的なコンセプトが際立ち、鑑賞者に感慨と問いをもたらします。

お話を通して、作品の深いコンセプトや際立つ技巧、創作への真摯な姿勢などが伝わってきました。

望月嶺作「泡影」
日比野克彦・東京藝大学長をはじめとする審査員の講評はこちらからご覧ください。

「生」と「死」を感じられる作品を

――受賞なさった「泡影」について教えていただけますか。

望月 モチーフになっているのは実際に見たアゲハチョウです。春や夏に飛んでいるはずの蝶が冬の始まりの時期にいたのが印象的で、見た瞬間に「時間をとどめたい」と思ったのです。

「泡影」(部分)

――蝶は傷ついているように見えます。

望月 蝶は翅に傷があり、足が1本ありませんでしたが、懸命に生きている姿が美しいと感じたので、その儚さと力強さを作品に投影しました。私は、生きものは死を内包していて、生と死の間(あわい)が生きている状態なのだと考えています。生と死の両方を感じられる作品をつくりたいのです。背景は、霜が降りて冷たい空気が溜まっている状況を表現しています。
見た蝶はカラスアゲハなので模様があったのですが、蝶をつくるときは基本的に黒1色にしています。生きものは実体ではなくて常に移り変わる影である、という意味を込めていて、仏教で言うところの「空」を意識しています。

――とてもリアルで、まるで生きているようですね。

望月 今回は生きている蝶を見たことが制作のきっかけではあるのですが、形をつくるときはすでに死んでしまった蝶の体を使いました。ただ作品は、鑑賞される方の余白のようなものを刺激し、想像いただくことで完成するのだと思っているので、完全な再現を目指してはいません。作者として見せたい形はあるのですが、作品のエッセンスは見る方が発見してほしいのです。言うならば「写実を超えたリアル」を模索しています。

情景との出会いでテーマを見出す

――哲学的なテーマやモチーフを選ぶようになったきっかけなどはありますか。

望月 2年前の『第72回東京藝術大学 卒業・修了作品展』で出展したシマフクロウの作品「冴ゆる夜」をつくった後くらいからでしょうか。シマフクロウは絶滅危惧種で、人間との関係性や、その種がいなくなってしまった世界のことなどを考えて制作しました。その頃から生と死をテーマとする作品をつくりはじめたように思います。
私は生まれたのが東海地方で、北海道に住んだこともあるので、岐阜の奥飛騨や新穂高、長野の美ヶ原、北海道の札幌などのほか、日本中の様々な場所を旅してフィールドワークを行っています。特に冬の時期が好きで、ひたすら海を眺めたり夜の森を歩いて景色を鑑賞し、スケッチをしてモチーフを定めます。制作は絵画的な手法を取っていて、フィールドワークを行った後に原寸大の下図を描いてつくります。

「冴ゆる夜」

――修了展で出されていた狼の作品「杪冬(びょうとう)」はどのようにしてつくったのでしょうか。

望月 モチーフになった動物はニホンオオカミです。ニホンオオカミは既に絶滅してしまったのですが、彼らが消えてしまったことで人里近くに熊が出たり、木の皮を食べる鹿が増えて森のバランスが崩れているという話を聞きました。人が絶滅させてしまった生きものが今でも森に宿っている様子や、消えてしまった狼が森と一体になっていく姿を表現したいと思ったのです。

「杪冬」

「杪冬」(部分)

――過去の藝大アートプラザの企画展『time after time〜時の軌跡〜』での出品作の中には、植物である百合がモチーフの作品もありましたね。

望月 百合は愛知県犬山市の湖で見た情景がインスピレーションの源になっています。湖畔で、既に枯れている百合、枯れかけている百合、きれいに咲いている百合が風になびいているさまがとても美しく、その3つの姿が重なり、風と共に命が消えていく様子を盛り込みました。

金工を選んだきっかけ

――もともと金工をやりたかったのですか?

望月 高校では普通科に行ったのですが、最初はデザインに興味があり、工芸についてはあまり知りませんでした。その時期、デザインスタジオ「アトリエ・オイ」の創設者の1人、パトリック・レイモンの講演を聞く機会があり、「すばらしいデザイナーになるには、何が必要ですか」という趣旨の質問をしました。するとレイモンさんは、「デザインは恋人に料理をするようなもの。素材を知らなければ美味しい料理はつくれない。だから素材のプロになることが優れたデザイナーになる秘訣だよ」とおっしゃったのです。その言葉から、素材に一番詳しいのは職人さんだな、と考え、工芸に目が行くようになりました。
近い時期にもう1つきっかけがあり、高校時代に岐阜の美術館の工芸展で、明治時代の金工家である正阿弥勝義(しょうあみ かつよし)の『古瓦鳩香炉』を鑑賞する機会がありました。鳩が蜘蛛を狙っている様子を表現しているのですが、作品の中に物語性があり、狩る者と獲物の間にある一瞬の緊張感が閉じ込められていて、こんなものがあるんだ、という衝撃を受けたのです。そして気がついたら工芸をやっていました。
あとは父親が居合をやっていて、家に刀があったり、小さい頃に変わり兜の展示などを鑑賞した際に刀装具なども目にしていました。当時は自覚がなかったのですが、そういったものを身近に感じていたのもきっかけの1つなのかもしれません。

――藝大の金工は、金属を彫る彫金・鋳造を行う鋳金(ちゅうきん)・金属を叩く鍛金(たんきん)に分かれていますが、その中でも彫金を選択したのはなぜでしょうか。

望月 藝大では、大学1年生の時に各専攻を体験し、2年生で専攻を絞ります。その時彫金の、平らな板や棒を叩くことで、つくろうとしているものの「らしさ」を金属の中に発見し、技を形にしていく過程が面白いと思ったのです。彫金と鍛金は、制作プロセス自体は似ているのですが、より細かい彫金の方が自分に向いているように感じました。

金属の強さが儚さを支える

――「泡影」の制作方法を教えてください。

望月 蝶の翅の部分は銅の板材を叩いてつくり、体の部分は銅の棒材を削り出し、溶接で肉を増やしたり削ったりしています。私は溶接によって身体の有機的な見え方を表現するので、自分にとって大切な工程だと思っています。翅と胴体部分はロウ付けで組みました。背景のパネルは支持体として木材を使っており、その上に金属をつけているので、見えている部分は全て金属です。
プロセスを組んで制作していても、予想していない素材の表情が出るなど、最初のイメージから変化させることもあります。「泡影」は最初、蝶の翅がもっと開き、足が伸びている姿を想定していたのですが、段々違和感を覚えるようになり、形や色味を変えて今の形になりました。

――1つの作品の中で、多様な技法を使っているのですね。

望月 どのように見せたいかは作品によって異なるので、基本的な技法と新しい挑戦を考えながらつくります。道具に関しても、「泡影」の蝶のモフモフした部位や細い翅、「杪冬」の狼の肩回りの部分や痩せた筋肉の感じなど、部位や質感によって異なる鏨(たがね)を使います。つくるたびに増えるので、鏨などは溜まる一方ですね。
ほか、蝶は銅にメッキする錫の割合などを工夫したり、狼には銅に銀メッキをし、薬品を使ったりバーナーの火力を工夫したりブラストを使ったりして、青みがかった黒や温かみを感じさせる赤みを出しています。同じ金属や薬品を使っても見え方が変わるので、細かく調整しながらつくっています。

――金属の性質を最大限に生かしてらっしゃいますね。一方で金属は強いので、テーマである生きものの儚さを表現するのは難しいのでは?

望月 堅牢でない素材で繊細なものをつくると壊れてしまいますが、金属は細い脚や薄い翅、傷ついた体をつくっても形を保ってくれるので、体が傷ついているさまや風に抵抗して羽ばたいている様子などを破綻なく示してくれるのです。
金属という永続的な素材は、むしろ死を内包する生きものをつくるのに向いていて、強さと儚さのどちらも表現してくれる、と感じています。

アートとは「生活を彩るもの」であり、「技をつなぐもの」である

――望月さんにとってアートとは、どのようなものでしょうか。

望月 そうですね、1つには、生活を彩るもの、でしょうか。いろいろなアートの形があると思うのですが、私は人の生活を豊かにするものだといいなと思いますので、生活の中で気づいていない心象風景を明示したり、見た人の世界観が変わるきっかけをつくるものであってほしいですね。

――生活を彩るというと、工芸の役割を意識されているのでしょうか。

望月 工芸はクラフトと呼ばれ、ファインアートとは違うものとして語られがちですが、私の中ではあまり差というか、乖離はないように感じています。差異があるとしたら素材に対する向き合い方や価値観のような部分で、分野として分かれているものではないように思っています。

――工芸のあり方や歴史は、日本と海外、特に欧米とはかなり違うように思います。

望月 日本の金工は、独自の道のりを歩んできました。中でも「色金(いろがね)」という、煮色(有色の表面皮膜を形成させて発色させる方法)で色を表現するのは恐らく日本にしかない技術で、歴史の中で失われてしまった技法もありますが、一方で再現できるようになった色もあります。色金の色幅は決して多くありませんが、限られた色の中で花鳥風月や物語を表現できるのは、文化の中で育まれた技巧の力によるものでしょうし、制約の中で極限まで工夫するところに執念みたいなものを感じます。
工芸は先人の技術がつないできたものですし、作家は自分が学んできたことを、自分が新しく発見したことを加えて誰かに伝えたいものだと思います。それは、藝大の前身となった東京美術学校の初代彫金科教授である加納夏雄先生から、代々引き継がれている考えでもあります。
恐らくですが、アートは、生活を彩ることで、見る人の心に変化をもたらすものであると共に、モノとして残ることで、後の世代に技術や知識をつないでいくものなのだと思います。

【望月嶺(もちづき れい)】
2020年 東京藝術大学美術学部工芸科入学
2024年 東京藝術大学美術学部工芸科卒業
卒業制作「冴ゆる夜」レクトーレ葉山湘南国際村に所蔵、設置
2024年 東京藝術大学大学院 美術研究科修士課程 工芸専攻(彫金) 入学
現在、東京藝術大学大学院 美術研究科修士課程2年 工芸専攻(彫金) 在籍中

Instagram:https://www.instagram.com/mochrei

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