着る人の痕跡を刻むアルミのワンピースが生まれるまで。アートアワード2026受賞者に聞く【海田通孝氏インタビュー】

ライター
森聖加
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銀色に光をはね返すワンピース。アルミホイルで覆われた表面は、人が触れるたびに罅(ひび)割れ、下層の色と線があらわになります。時間や着る人の身体の痕跡を取り込みながら変化しつづける一着。第20回「藝大アートプラザ アートアワード」準大賞は海田通孝さん(かいた みちたか/美術学部2年 芸術学・美学)の「Trace of the Crack」が受賞しました。

法律を学んだのちに藝大へ入学。潔い進路変更と作品制作の背景には音楽と詩、そしてある展覧会体験がありました。

海田通孝「Trace of the Crack」

光の服をまとう――ターニング・ポイントは「銀の雲」

――法学からアートの道へ。転機はなんだったのでしょう。

海田通孝さん(以下、海田) 自分でも「これがきっかけです」とはっきり言い切れるものはありません。それまでアートにはあまり関心がなく、むしろ苦手なほうでした。ただ、ターニング・ポイントとしていえるのは、2022年に京都で開催された展覧会「アンディ・ウォーホル・キョウト」です。美術館で展示を見るのは小学生の時以来でした。彼の作品は画像で知るだけで、本物を体験したのはその時が初めてでした。展示にはウォーホルの「銀の雲(Silver Clouds)」のインスタレーションがあって、暗い空間に数多の光が投影され、そこに銀色の風船が浮かんでいました。その中に立ったとき、光の服をまとったような強烈な衝撃を受けました。

――今回の作品「Trace of the Crack」にもつながっていますか。

海田 はい。ウォーホルの空間を追体験したいと思いました。芸術学科の授業で「人生最後の展覧会を企画する」という課題があり、ウォーホルのアトリエ〈ファクトリー〉のように、空間をアルミで覆うことを試みました。市販のアルミホイルをひたすら広げて、貼る。そんな反復作業を繰り返すうちに、部屋に“服を着せている”ような感覚を覚えて。そこから、「生地にアルミホイルを貼ってみたらどうなるだろう」と思いついたんです。

――生地に直接アルミホイルを貼るなんて大胆な発想です。

海田 遊び感覚でした。ジャクソン・ポロックのアクション・ペインティングもやってみたくなりました。10メートルの生地を買ってきてアトリエに広げて、生地に一日中、色を垂らして。自分の行為、衝動を痕跡として残す。ペイントした生地の上に、アルミホイルを圧着させたのが今回の作品です。ペイントした生地だけで仕立てたもの、無地の生地に何も描かずアルミだけを貼って仕立てたものがあり、「Trace of the Crack」は3番目の服です。

はじめはレザーのようにも見える、艶のある状態を目指しましたが、制作や着用をするなかでシワが入り、アルミが剥がれていきました。この変化を含めることも〈作品〉の一部なのかもしれない、と途中から思うようになり「Trace of the Crack」に至りました。

――「痕」が積み重なることが、大切な点なんですね。

海田 そうです。この服は完成して終わりではなく、着る人や触れる人によって変わっていくものです。ファッションショーで着てもらったり、友人が試着したり、制作を手伝ってくれた人の作業のあとが残る。アルミホイルが全部剥がれても、それでいいと思っています。ワンピースという形ですが、着方も決めていません。さまざまな受け取り方も含めて作品なのかなと思っています。

海田通孝「Trace of the Crack」(写真=本人提供)

ウォーホルの前にあったもの――音楽と詩

――ウォーホルの展覧会が多くをもたらしたようですね。

海田 実は、ウォーホルよりルー・リードのほうが好きなんです。彼がウォーホルのもとで活動したバンド「ヴェルヴェット・アンダーグラウンド」のメンバーだったことから、ウォーホルへと繋がっていきました。ルー・リードのギターは技巧的というわけではありませんが、リフの激しさと文学的な詩の力強さに惹かれています。だから、空間をアルミホイルで覆う〈ファクトリー〉を再現する作業も、彼らがいた世界を見たかった、そんな思いがありました。

海田通孝さん

――今の音楽とまるで違う1960年代の音楽に、海田さんはどのようにして興味を持ったんですか?

海田 中高生時代は、クイーンばかり聴いていました。アルバムをすべてそろえて繰り返し聴き、ブライアン・メイのギター、ジョン・ディーコンのベース、ロジャー・テイラーのドラム、フレディ・マーキュリーの歌声を通して自分なりの「本物の音」の基準ができた気がします。

大学ではザ・フーを経て、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドへと聴き進みました。踏切がガンガンなるような音に、はじめは「なんだこれは」と思いましたが、聴き込むうちにルー・リードやスターリング・モリソンのギターの違いも聴き分けられるようになりました。演奏ではドラムの音も好きです。人が叩くからこその揺れや力の入り方がある。たとえばザ・ローリング・ストーンズのチャーリー・ワッツの演奏は最高です。日々、音と対話する感覚がありました。

音楽に感じた“本物”の熱量が、いまはファッションにあると感じています。現在、ヴァレンティノでクリエイティブ・ディレクターを務めるアレッサンドロ・ミケーレに強く惹かれます。彼の作品に、音楽で感じていた衝動と通じるものを見ています。その色づかいやフォルムに触れるなかで、アートの下地がなかった自分にできることは「色」だと思えました。自分の色で応答したいという欲求が、アクション・ペインティングにつながっていきました。

時間の経過や人の着用を通じて、アルミホイルの下のペインティングした生地があらわになる

――論理で詰める思考から異なる表現方法を身につけたことで、可能性が広がった感覚はありますか。

海田 どうでしょう? 作品は制作者がすべてをコントロールないものだと考えています。作品が勝手に語ってくれる側面、制作者の思いを超えていくところもあると思うんです。言語から離れた表現がある一方で、今回の作品に限らず、コンセプトの文章がポイントになるとも感じています。作品そのものと言葉の掛け合わせ。それがアワードでの評価にもつながったのかなと思っています。

――たしかにタイトルや言葉によって、作品の見え方は変わりますね。

海田 ルー・リードが好きだと言いましたが、彼の歌詞は文学ですよね。ノンフィクションかもしれないしフィクションかもしれない。自分も詩をつくる感覚で作品制作をしています。本当のことだけを言うわけでもなくて、少し遊んでいる。詩人になりたいとさえ思っています。

ルー・リードの詩で特に気に入っているのは「へロイン」です。彼の言葉は私小説のようでもあり、作られた世界のようでもある。だから、すごくリアルに感じられる。からかわれているような気もするし、自分も制作を通して、人をからかってみたいところがあるのかもしれません。

アートとファッションをもとめ、イギリスへ

――今後、どんな作品を作っていきたいですか。

海田 自分が本当に作りたいと思えるものを作りたいです。そのために、そう思える場所や環境を探していきたいと思っています。来年度以降に、イギリスへの留学を予定しています。ザ・フーからモッズ・カルチャーにも興味をもち、実際に現地を訪れたとき、アートがより身近にあり、古着文化の豊かさにも触れました。そんな環境に身を置いて、制作に励みたいと考えています。

(Photo by Tomoro Ando / 安藤智郎)

【海田通孝】
早稲田大学法学部卒業。神戸大学大学院法学研究科を経て、東京藝術大学美術学部芸術学科に在籍。
2024 ARTS OF FASHION COMPETITION modelab by ZOZOTOWN×東京藝術大学 TEXTILE ARTS 優秀賞。

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