藝大の学生アパートが文化複合施設に?谷中「HAGISO」の成り立ちと魅力

ライター
チヒロ(かもめと街)
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コンセプトがあると分かりやすい。

でも、説明できないおもしろさを孕んでいる方に惹かれる。予め分かったものを見に行くより、あそこへ行けばおもしろいことが待っているかもしれないと思える方がワクワクするのではないだろうか。

真っ黒に塗られた外観に、白くて細いネオンサイン。谷中にある「HAGISO」は、民家のような建物なのに、どこかスタイリッシュな雰囲気を感じる。

「HAGISO」にはカフェとギャラリーなどがあり、自身は「最小文化複合施設」という表現を掲げる。でも、なんだかそれだけでは説明できない何かを孕んでいるような気がして、その正体を見つけに行った。

日暮里駅からHAGISOへ

日暮里駅から谷中銀座の方へ向かうと、三叉路があり、レトロでかわいい「質屋おぢさん」の看板が目印の坂道を下る。坂道の名は七面坂というそうだ。坂道を降り切り、左へ進むと朝から行列のできるかき氷屋の「ひみつ堂」がある。

その道をさらに進めば、秋には萩の花が咲くことから「萩寺」と呼ばれる宗林寺(そうりんじ)があり、その隣にあるのが「HAGISO」だ。


もともとは単身者向けのアパートだった

建物は築68年の歴史をもつ。もともとは隣の宗林寺が所有する14部屋の単身者向けアパートだったという。その名前が「萩荘」といい、現在の施設の名前の由来となっている。

もともとは単身者向け住居だったが、家族で住めるよう、それぞれの部屋にお風呂とお手洗いがあった時期もあり、改築しながら使い続けられていた。2002年には東京藝大の建築科の学生5人が、住居兼アトリエとして、今で言うシェアハウスのように使いはじめ、社会人となってからもしばらく住み続けたという。

その仲間のうちの1人が、現在の「HAGISO」を率いる宮崎晃吉(みやざき みつよし)さんだった。

時が流れ、2011年の東日本大地震により、アパートを解体の危機が襲う。ちょうどその頃、自分たちの好きだった近所の銭湯「初音湯」がいつのまにか壊されていたことに深い喪失感を覚えていたという。

「さよなら」が生まれ変わるきっかけに

「萩荘」にお別れをいうために、住んでいた人たちを中心に30人の仲間が集まった。
建物を壊すという前提で、「萩荘」自体を作品化し、2012年3月に「ハギエンナーレ」と題した展覧会を行ったところ、大盛況となったところで、解体を決めていた大家さんの心が動いたそうだ。

「こんなに愛されている建物を壊すのは、もったいないかもしれない」と、そう感じたのかもしれない。古い建物をそのまま残すにはリスクが大きい。大きな地震もあったし、だからこそ解体する方向で進んでいたけれど、その後の計画はノープランだったと言う。

そこで、宮崎さんらは3つの事業計画書を作った。ここを借りて自分たちが運営したときのプラン、そしてマンションにした場合のプラン、駐車場にした場合のプラン。そうして選ばれ、生まれたのが、2022年の今も続く「HAGISO」だ。

小さいけれど、オリジナルの最小文化複合施設を

「HAGISO」の公式サイトを見ると、都会のランドマークがずらりと並ぶ。

実寸に基づいたアイコン

スカイツリーに東京タワー、ランドマーク、ミッドタウンに六本木ヒルズなど。そういった大型商業施設のアイコンが並んだ右端にある、ポチッとした点が「HAGISO」を表している。

それは、小さくても自分たちならではの複合文化施設を作ろうという意思の表れである。「HAGISO」には、カフェとギャラリー、2階には「hanare」というホテルのレセプションとサロンがある。

いつ来ても食べたいメニューがあるカフェ

いつどんなおなかの状態でも選びたくなるように、とバリエーション豊富なメニューで、ランチにはキーマカレーやサバサンドなどがあり、スイーツにはパフェやケーキなどがラインナップされている。

また、「HAGISO」らしい取り組みのひとつがモーニング限定の「旅する朝食」で、期間限定で様々な地域の食材をいただけるメニューがある。

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「カフェでお出ししているものは、旬を取り入れたメニューや、お子様からご年配の方まで選べる楽しさがあることを考えながら作っています」という担当者の言葉から、まるでお母さんのような温かさが感じられる。

「萩荘」の頃を引き継ぐ建具が、カフェのあちこちに使われているのにも注目。


雨戸の枠はキッチンの支えに、下駄箱として使っていた木材は本棚となって命を吹き返した。洗練されているのにどこか落ち着くのは、そこかしこに潜んだ昔の記憶をもつものたちがいるからなのかもしれない。

「主張しすぎない」ギャラリー

シェアハウスの時代にはアトリエだった空間はギャラリーに変わった。自然光が差し込む印象的な吹き抜けは、お別れの展覧会の時に作ったものだった。

取材時は「ふじいみほ|音のない声をきく」が開催されていた

1ヶ月ごとに展示内容が変わる「HAGISO」のギャラリーには、ホテルのロビーで見かけるような、主張しすぎない作品を並べることが決まりだ。あえて作品にはキャプションは付けずに飾るが、興味を持った人には深く入り込めるような試みは必ず作る。

ギャラリーと聞くと敷居の高さを感じるが、それを感じずにいられるのは、カフェとシームレスにつながっていることに加えて、そういう前提があるからなのだろう。

ヨーロッパの広場のような「偶然性」を生み出す

「HAGISO」では、ライブやパフォーマンスの練習を見せるという、一風変わった取り組みも行う。そうすることで、関心のなかった層にも興味を持つきっかけを作れるからだ。

その最たる例が、不定期に開催するパフォーマンスカフェというイベント。かつてマクドナルドのメニューで「スマイル 0円」とさりげなく書かれていたように、「HAGISO」のカフェに「パフォーマンス ◯◯円」というメニューが登場する。

注文した人がいたら、その都度パフォーマーがそのオーダーに応える。その場に居合わせた人も突然のサプライズに、知らないお客さんと目を合わせて笑い合う光景も見られたそうだ。それはヨーロッパの広場で行われているような、シームレスにアートと人を繋げる実験のひとつだという。

新しい「谷中の文化」をつくる

2023年には10周年を迎える「HAGISO」。谷中は場所柄、レトロや下町情緒といった括りでまとめらがちだけれど、ここには古くて懐かしいだけではないなにかがある。

それに惹かれた人が今日も集まっている。

HAGISO 基本情報

住所:東京都台東区谷中3-10-25 HAGISO
電話:03-5832-9808
公式サイト:https://hagiso.jp/
Instagram:@hagiso_yanaka

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