お盆も過ぎて猛暑もようやく和らいできましたが、皆様お元気でしょうか?藝大アートプラザもお盆休みを経て営業を再開。藝大アートプラザ始まって以来の2展同時開催となった版画第二研究室「その場合、わたしは何をする?~版画のひきだし~」と取手校地の共通工房による「密 IX〈ミックス〉取手校地工房スタッフによる、創造の思索展」がいよいよ会期大詰めを迎えています。
両展とも、学内の研究室と連携しての展覧会です。それぞれの特色が大きく打ち出されたユニークな展示となりました。そこで、今回は2展それぞれの展示の特徴を見ていきながら、展覧会の見どころや魅力をお伝えしたいと思います!
工芸家の細部に至るこだわりが圧巻!「密 IX〈ミックス〉取手校地工房スタッフによる、創造の思索展」
まずアートプラザに入ると目に飛び込んで来るのが、数々の工芸作品群。紙、木材、金属、陶土、ガラスなど様々な素材から作られたバラエティ豊かな作品群が、一見ランダムにも見える並びで展示されています。
これらを制作したのは、東京藝術大学の取手校地(校舎)に設けられた6つの共通工房に所属する教育研究助手と講師陣。藝大には上野だけでなく、取手、千住、横浜と全部で4つのキャンパスがありますが、取手校地には「共通工房」と呼ばれる、学科の壁を越えて活用できる専門的な工房が設けられています。
広々として開放的な共通工房。(三枝一将先生ご提供)
各専門分野によって6つに分かれた各工房(金工機械室、鋳造室、金属表面処理室、木材造形工房、塗装造形工房、石材工房)には、一流企業顔負けの専門的な設備がぎっしり。藝大の学生たちは、基本的に各工房を自由に活用できます。講師陣のサポートを受けながら、ここでしか作れないようなスケールの大きい作品や、分野を横断したユニークな作品に取り組むことができます。
そんな取手校舎の講師陣が心血を注いで展示を仕上げてくださったのが今回の「密 IX〈ミックス〉取手校地工房スタッフによる、創造の思索展」です。
まず、タイトルの「密IX」という言葉が面白いですよね。
「密IX」とは、本展のために作られた造語。「密」という流行語を機敏に取り入れながら、分野横断的に制作ができる共通工房の特徴を象徴するキーワードでもある「MIX」を組み合わせました。
この「密IX」を体現した世界観が展示空間に反映されているのが本展の一番の特徴。「こんなところにまで?!」と思えるレベルで作り込まれているんです。
たとえば、本展の展示全体をさーっと見渡してみて下さい。通常、作家一人ひとりの作品は、わかりやすく1箇所に固めて展示されるのがグループ展の鉄則ですよね。しかし本展では、そんな慣例には一切お構いなし。各作家の展示はミックスされた状態で、かつ高密度でそれぞれの展示台に置かれており、まさに「密IX」状態。鑑賞者は、一種の宝探し気分を味わえるでしょう。
石川将士さんの作品群。「作品の抽象的な形を自由に解釈して楽しんでほしい」と語っていただきました。
たとえば、本展で一番多く出品されているのが、鋳造室で活躍する石川将士さん。約40作品を本展のために制作されましたが、各作品はランダムな状態で展示台に載せられ、他の作家の作品とお互いを引き立て合うように並んでいます。
また、よく見ると作品だけでなく、作品を載せている什器や照明もまた本展のために制作されたオリジナル作品なんです。展示を主導した三枝一将先生が話すように「作品on作品」状態。通常の個展やグループ展ではまずありえない“タブー”に挑戦した展示のかたちです。
「matter」橋本遥・藤田クレア(制作協力)550,000円(税込み)
真鍮・漆・麻布・和紙・貝・箔・プラスチック・石・木・等
もちろん、コンセプトを突き詰めるだけでなく、一つ一つの作品のクオリティを支える技術力も抜群なのが藝大出身作家の特徴。特に本展では素材の特徴や美しさが巧みに引き出された作品が多かったです。ぜひ、「密IX」な展示室をなんども回って、宝探し気分でお気に入りの作品を見つけてみてくださいね。
最後に、僕が「宝探し」をして見つけたお気に入りの作品を紹介させていただきます!
三枝一将「Yo-ji Mold+in」55,000円/銅とスズを主原料とした合金「砂張」で作られた、爪楊枝入れのようなオブジェ。金属製とわかっていながらも、手に持った時の意外な重みにびっくりします。
遠藤久美子 左:「天空巡り-わた雲-」77,000円、右:「天空巡り-ぼたん-」143,000円/七宝で作られた天球儀のようなオブジェ。空に表現されたブルーは飽きの来ない美しさ。地平線に走るレトロな電車も素敵です。
北村真梨子「桜朱漆ぼかし棗」77,000円/グラデーションを伴って、上品な桜色に丁寧に塗り重ねられた漆が美しい作品。ほれぼれするような上品さです。
石村大地「Friends -Let’s Go-」880,000円/巨大なウサギのオブジェで評判を集める人気作家が手掛けた、「犬」のオブジェ。まるでプラスチックのような質感ですが、金属を叩いて成形する「鍛金」という手法で制作されています。
臼田貴斗「肉サボテン」55,000円/人体の臓器などを思い起こさせる有機的なイメージのオブジェ。大理石に自然に染み込んだ色合いも味わい深いです。
オオシオヒロコ「光の灯る家」11,000円。(※3点とも同タイトル)/ステンドグラスのような美しい作品。太陽光、室内照明など異なる光の下では全く違う雰囲気も感じられます。コロナ禍での「幸せなステイホーム」の象徴のような作品でもあります。
島方皓平「not straight」33,000円/フェルトで制作された抽象的なオブジェ。持ってみるとかなりの高密度なのか、フェルトの意外な重さが手に伝わってきます。
版画本来の面白さに迫る「その場合、わたしは何をする?~版画のひきだし~」
続いて、アートプラザに入って奥の一室(ホワイトキューブ)で開催されるもう一つの展覧会が、版画研究室による「その場合、わたしは何をする?~版画のひきだし~」です。
普段は絵画コーナーとして使われることが多い、三方を白い壁に囲まれた部屋の中には、あらゆるタイプの版画作品(または版画に関連した技術、コンセプトの元制作された作品群)がギッシリと展示されました。
版画第2研究室を率いる三井田盛一郎先生の指導の下、版画研究室(第1、第2を含む)の講師陣やOB、現役の学生を中心に、約30名の作家が参加した版画の展覧会です。
展覧会では、「猿」、「ゴリラ」、「クマ」といった具体的な生き物や、「避暑地」「切れるものと切れないもの」「未確認生物」など、より抽象的な15のテーマを設定。テーマに沿って、各作家がそれぞれ得意とする表現技法で版画作品を作り上げました。
なるほど、「猿」「ゴリラ」「クマ」ね…。わりとよくあるテーマだな、と感じるかも知れません。ですが、魅力的な作品揃いでした。
ちょっと見てみましょう。
三井田盛一郎「ゴリラの月サル日」33,000円/版画第2研究室を率いる三井田先生の作品。抽象的な形の中に潜むゴリラとサル。画面下の「ことば」も日本の木版画のルーツを感じさせます。
中島摩耶「クマ」11,000円/版画を折り紙にすると、シンプルな斜め格子模様が活きてきますね。版画に対する既成概念が崩れる、意外性あふれる作品。
賀口舟梧「さるでもわかる」14,000円/人を食ったようなキャラクターが強烈な印象を残します。猿の顔が連続する背景のパターンも面白い!
どうですか、このひねり方!
どれも凄く面白くないですか?!
先にアップされた座談会でも、版画研究室出身者は、「ことば」で遊ぶのが好きで、ひねりを利かせたアイデアを形にするのが得意な人が多い、とのお話がありましたが、作品を見て納得でした。
石井陽菜「群衆と音楽」13,200円/異なる2つのモチーフが不思議な構図で一つの枠内にまとまった作品。温かみを感じる太く丸い線を最低限引くことで、幻想的かつお洒落にまとめられています。
どの作家も版画の上でちゃんと「遊んで」いて、楽しんで制作に取り組まれているのだな、と強く印象付けられました。あるいは、和気あいあいとした版画研究室のカラーが、無意識のうちに各作家の作風にも影響しているのかもしれません。
また、展覧会タイトルにもあるように、ぜひ注目して見てみたいのが展示室に持ち込まれた「ひきだし」です。こうしたキャビネットに作品が収められて展示されるケースはあまりないので、あれっ、と思うかもしれませんね。
本展にもちこまれたこの18段のキャビネットケースは、元々は藝大美術館で作品を保管するために使われていたものでした。数年前、美術館で備品整理を行った際に、版画研究室の備品になったそうです。
鑑賞者は、これらの引き出しを自由に開け閉めしながら、作品を見ていきます。古本屋や画廊に行くと、よく古地図や浮世絵作品などがこうした形で販売されていることは多いですが、展覧会では非常に珍しいですよね。
中を開けてみると、引き出しの中にはテーマ別に整理された各作家の作品がぎっしり。同じテーマの下で同じ技術を使って制作されているのに、これほど違うのか……という驚きがあります。
嬉しいのは、どれも非常に手に取りやすい価格で気軽に買えるということでしょうか。そして、コンパクトなサイズなので、自宅に持ち帰ったときに飾るスペースで悩むこともありません。
Peleg Efrae Arielle「Furin」16,907円/展覧会では、本作のように額付きの作品もあります。それでも25cm×25cm程度と非常にコンパクト。
今なら、在宅ワークのお供としてデスクの上に飾っても良いし、クリアファイルに入れて日々バッグに入れて持ち歩くこともできますね。
杉本将巳「色」11,000円/抽象的な形やテクスチャーの中には、無数の色彩の粒が潜んでいます。オフィスの壁などにもぴったりの抽象版画。
「元々は印刷物としてはじまり、日常生活の中で庶民が気軽に楽しんでいた版画本来のありかたを追求したかった」と三井田先生が話したように、版画の原点を探る試みが本展「その場合、わたしは何をする?~版画のひきだし~」のもう一つの魅力になっています。
ある意味、正反対のアプローチで作られた2つの展覧会を同時に見るチャンスです!
今回、2つの研究室が取った展示方法へのアプローチは大きく違っていました。
「原点」に立ち返るために技法やフォーマットをある程度揃え、その中から表現の可能性を見出そうとした版画研究室に対して、専門性の壁を取っ払い、作品のジャンルや展示方法の既成概念を破ろうとした中から創造的な表現を見つけようとした取手校地の共通工房。
奇しくも大きく発表方法に違いが出た2つの展覧会ですが、2つの展示室を交互に行き来して感じたのは、表現の豊かさやオリジナリティへの強いこだわりでした。これほど企画内容が違うのに、両展に参加したアーティスト達が生み出した作品は、驚くほどバラエティに富 んでいました。
2展あわせて約60名の作家が参加した力の入った展覧会です。ぜひ、2展を何度も見比べてみて、藝大の作家の層の厚さや多様性を感じてみてくださいね!
「その場合、わたしは何をする?~版画のひきだし~」
「密 IX〈ミックス〉取手校地工房スタッフによる、創造の思索展」
会期:2021年7月16日 (金) – 8月22日 (日)
営業時間:11:00 – 18:00
休業日:7月26日(月)、8月2日(月)、10日(火)~16日(月)
入場無料、写真撮影OK
取材・文/齋藤久嗣 撮影/五十嵐美弥(小学館)
※掲載した作品は、実店舗における販売となりますので、売り切れの際はご容赦ください。