「藝大×子ども展vol.1 森の宝物をさがしに」(以下「こども展」)のプロデューサー・石田和人さんは、東京藝術大学大学院のインダストリアルデザイン専攻を修了したデザイナーです。今回の展覧会では、展示のテーマ決めから、作家選び、会場構成など、総合的に関わっていただきました。どうして森というテーマにしたのか、そのテーマを具現化するためにどのような工夫をしたのか、見どころの作品について、お話を伺いました。
■子ども展のプロデューサーになったきっかけを教えてください。
僕はテーブルなどの家具や身近な日用品のプロダクトデザインをやっています。藝大アートプラザがはじまるときに、僕のつくった「ポテ木」という、ポテトチップを盛り付けるための商品を置いていただいたことがきっかけで、アートプラザと縁ができました。また、「ポテ木」以外に子ども用の家具も作っていますし、子ども用のイベントの展示会場デザインなどもやっていたので、企画も含めて子ども展を考えてみませんか?と提案いただき、子ども展のプロデューサーになりました。
■子ども用のイベントとはどんなものですか?
僕は、「コド・モノ・コト」という有志のデザイナーが集まっているプロジェクト(デザイナーが子どもと一緒の暮らしを考えるプロジェクト)のメンバーです。その活動で、「もってくてん」という展示の会場デザインをやりました。子どものお出かけというテーマにして、そのときの持ち物や道具をみんなでデザインして、それを展示しました。
「藝大×子ども展vol.1 森の宝物をさがしに」展示風景
■「森の宝物をさがしに」というテーマは石田さんが考えたのですか?
はい。子ども×藝大だけだと話が広がりませんし、子どもといってもいろんな考えかたがあるので、もう一つテーマが欲しいと思っていました。子どもの基地とか、海とか山とかいろんな案を出すなかで、上野には森もあるし藝大も森っぽいということで、子ども×森に決まりました。森は子どもたちがどんぐりを拾ったり、昆虫を見つけたりする場所です。遠くまで行くのは怖いけれども楽しいし、冒険心もくすぐる。そんなことを考えているうちに、森で宝物を探すテーマにすれば、プロダクトや絵本、絵画や彫刻も包括して展示できると思いました。
■子どもを描いた絵などが展示されるということですか?
そうとは限りません。猫モチーフであれば猫好きの人は喜びますけど、子ども好きの人が他人の子を好きとは限りません。自分の子ではない子どもが描かれた作品を、子どもだからかわいいと思って、買う人はなかなかいないかと思いました。なので、子どもをモチーフにすることに限定はしていません。
■どのような基準で作家を選んだのですか?
絵本作家やワークショップなど子ども向けの活動をしている人や、子どもが好きそうなものをつくっている人という、視点で探しました。店長の伊藤さんから声をかけた作家も数名います。
■会場の装飾が凝っていますね。
森に迷い込んだような空間にしたいと思ってつくりました。森は楽しい遊び場の印象だけでなく、闇につながるような怖さも併せ持っています。そこで黒を基調色として選び、連立する木々を表現するために網戸をまるめて木に見立てた装飾を10本くらい天井からぶら下げました。展示台の上にも、合板を柔らかい曲線で切り抜いたものを置いて、いつものアートプラザの展示室とは雰囲気を変えようとしています。木々を抜けるとホワイトキューブ(正面入口を入って左奥の部屋)の広場に出ます。壁に、「絵画の実」というエリアを設け、木のシルエットに実がなるように絵画の小作品を掛けています。
絵画の実エリア
また、展示空間をアートプラザだけでなく、学内に広げるイメージから、藝大の門や図書館脇の小径に今回のキャラクターであるキノコを生やして、アートプラザの場所を案内するためのサインとして設置しています。
外に設置された、子ども展の場所を案内するためのサイン
■展示室にある「ツミキノコ」について教えてください。
森は太陽の燦々と照った素敵な場所なだけでなく、『ムーミン』の物語に象徴されるような、不思議で、しとっとした雰囲気も持ち合わせています。そこで、かわいいけれど毒もある、キノコをアイコンとして入れたいと思いました。キノコってあまり同じものがないので、バラバラな個性のものが一つの枠組みのなかで揃っているとかわいいかなと思って、「ツミキノコ」というフォーマットをつくりました。キノコの石づきの角棒と、傘に見立てた丸い合板をセットで作家さんに渡して、傘の部分をいろんな作家に描いてもらっています。木ではなく別の素材にしたり、立体にしても良いですし、石づきの部分と合わせて表現してもいいです。当初、ツミキのように遊べるものにしようとしていたので、ツミキ+キノコで「ツミキノコ」と名付けました。
さまざまな作家によるツミキノコ
■参加作家を何人かご紹介いただけますか?
■森栄二さん
作家を選ぶとき、最初に思い浮かべたのが、森君です。僕の予備校時代からの友達で、学部は多摩美のグラフィックで、大学院は藝大の保存修復に来ました。彼は子どもをモチーフに絵や彫刻をつくっています。かわいいだけではない不思議な雰囲気の作品です。彼の作品は、他人の子どもをモチーフにしていたとしても、欲しくなりますね。
森栄二「はな」
■堀川理万子さん
僕の周りには、デザイン科出身で絵本を描いている友達が多いので、絵本作家さんにも声をかけています。理万子さんは、僕の二期上の先輩です。彼女は画家として大変人気の作家さんですが、実は何十冊も絵本を出している絵本作家でもあります。今回は絵本と、木でできたオブジェを展示しています。オブジェは、切り抜いた2パーツの合板を蝶番でとめて自立するようになっています。素朴で独自の世界観を持つ作品は、とてもセンスがあって、かわいらしいです。絵画の実エリアの木のイラストも堀川さんにお願いしました。
右・堀川理万子「Dream」 左・堀川理万子「Crescent」
■高橋綾さん
高橋くんのツミキノコはすごく力を入れてつくってくれました。ベアリングを付けて、キノコの傘が回転するようになっています。回転すると、静止しているときとは違う像が見えます。彼は立体系の作家さんで、キネティックアート的なものをつくっているので、このようなアプローチになったんですね。黒い無地のツミキノコは黒板のようになっていて、好きな絵を描いて回すことができます。高橋くんには、8月3日(土)に開催する、ワークショップの講師もやっていただきます。
3作品とも・高橋綾「ツミキノコ」
傘の部分を回すことができる。
高橋綾「マテリアル100の積み木」
8月3日(土)に開催するワークショップでは、木ノ実や好きなものを入れて、このようなキューブの積み木をつくることができる。
■高須賀昌志さん
彼は金属や石など様々な素材で、巨大なモニュメントをつくる作家です。埼玉大学の教授をやっていて、大学入口のモニュメントや神戸港の「Flowers of Kobe」、東京ミッドタウンの公園の滑り台やブランコも彼の作品です。ほかにも、紙でつくる立体作品があって、それでツミキノコもつくってもらいました。彼が勤めている大学にどっさり捨てられている、スケッチブックを利用したものです。また、キッチンのカウンターなどに使う人工大理石のメーカーとも仕事をしていて、板状の人工大理石に熱を加えて曲げてつくった花のオブジェもつくっています。以前個展でその作品を見ていたので、絵画の実のところに飾ってもらおうと思ってリクエストしました。
ツミキノコ右・高須賀昌志「なみなみ ツミキノコ」 ツミキノコ中・高須賀昌志「ノッポツ ミキノコ」 ツミキノコ左・高須賀昌志「はっかく ツミキノコ」 オレンジの花・高須賀昌志「Orange Flower」 白の花・高須賀昌志「White Flower」
■坂崎千春さん
千春ちゃんは、藝大時代の同級生です。卒業すると、活躍している人の名前がときどき聞こえてきますが、彼女もその一人で、さきほどお話した「もってくてん」のキャラクターも坂崎さんにお願いしました。彼女はJRのSuicaペンギンで有名で、チーバくんなど、皆さんも毎日目にするキャラクターをデザインしています。もともと彼女はペンギンが好きで、卒業制作でもペンギンのカードをつくっていました。小さなカードにややリアルなペンギンを描いて、それを何十枚も飾っていました。今回の件もお誘いしたら快く引き受けてくれて、メールでどんな作品がよいかやりとりをして、みんなペンギンを期待するだろうし、でもテーマは森だし…ということで、森にいるペンギンの絵などを描いてくれました。キノコに隠れたペンギンなど、とてもかわいいです。4点の絵画のほかに、絵本やチーバくんの手ぬぐい、クリアファイルなどのグッズも置いています。
坂崎千春「きのこ帽」
■城井文さん
城井さんは、アニメーション作家であり、イラストなども描いています。最近だと、NHKの「チコちゃんに叱られる!」に登場する、キョエちゃんが主人公の「みんなのうた」のアニメーション(槇原敬之「大好きって意味だよ」)も彼女の作品です。「くものうえのハリー」というキャラクターもつくって、映像や本をつくっています。その本と、「Lunch on the boat」という絵やツミキノコも出していただきました。
城井文「Lunch on the boat」
■大伴亮介さん
僕が藝大で通年にわたって講師をしていたときの教え子です。この学年とは仲良くさせてもらっていて、よく飲みに行ったりしていました。今回は、『ワンシーン画』というZINE(同人誌)を販売しています。歯ブラシに歯磨き粉をつけたけど落としちゃったとか、傾けすぎてヤカンのふたが落下したとか、日常の「あっ」となる瞬間の絵を集めた本で、クスっと笑えます。ユーモアを持っていて、かつ、グラフィック的な色彩のセンスもあって、魅力的です。ほんわかした雰囲気のベタ塗りのフラットな画面の絵画も描いていて、それも数点出してもらいました。ちなみに、彼も子ども向けのワークショップなどを開催しています。
大伴亮介『ワンシーン画 大全集 vol.1』
大伴亮介「IT WAS FUN 1」
■関俊一さん
関さんは花や魚や昆虫などの生き物をスーパーリアルに繊細なタッチで描く人です。絵なの?と感じさせるほどの、子どもが見ても驚くような作品です。葛西臨海水族園の水槽に掲示されたマグロの絵や図鑑などのイラストも描いています。絵画とツミキノコも出品していただくのですが、ツミキノコが変わっています。石付きの部分に蛾の幼虫が彫刻され、傘に羽化した蛾が描かれています。
関俊一「朝」
関俊一「オオミズアオ」
■最後に、展示を見にくる方へのメッセージをお願いします。
開催時期がちょうど夏休みと重なるので、ぜひお子様連れの方も来ていただきたいです。ギャラリーというと、子どもにとっては退屈な場になりがちですが、今回は出品作の作風がさまざまなので、子どもも楽しんでもらえると思います。絵画や彫刻だけでなく、親しみやすい絵本や器、アクセサリーなど、手頃な価格の商品もたくさんあります。普段読んでいる絵本作家の一枚物の絵もありますし、デザイナーとして活躍している人の一品物の作品もあるので、作家さんをよく知っている人にも新鮮かもしれません。
また、ツミキノコという共通のキャンバスを課題としたことで、表現の幅の広さや解釈の仕方の多様さが観れてとても面白いです。出品作家による子ども限定のワークショップも開催予定なので、夏休みの工作も楽しめますよ。
会場構成にもかなり力を入れています。いつもの藝大アートプラザとは什器も変え、床にカーペットを敷いたりして、まさに森に迷い込むような展示にしています。什器の高さも様々に変え、子どもも見やすいように、全体的に低い展示計画としました。アートの森を散策しながらいろんなところで作品を発見してもらって、宝物を探すように見てほしいです。
取材・文/藤田麻希 撮影/五十嵐美弥(小学館)
※掲載した作品は、実店舗における販売となりますので、売り切れの際はご容赦ください。