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帝室技芸員とは? 藝大とも深い関係があった制度について解説

ライター
あきみず
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歴史

帝室技芸員(ていしつぎげいいん)。聞き慣れない言葉、何それ? というかたも多いのではないでしょうか? かく言う私も、あまりよく知りませんでした……。

実はこの帝室技芸員、東京藝術大学とも深い関係があるのです。

帝室技芸員とは?

帝室技芸員、帝室の技芸員。と言われても、何のことやら……でしょう。それも無理はありません、現在ではもう存在しない役職です。

明治23(1890)年、明治維新で日本の伝統文化が低迷している中、日本美術・工芸家の保護奨励を目的とした帝室技芸員制度が定められました。その制度によって選ばれたのが帝室技芸員で、皇室の美術・工芸品制作を勅命で行ったり、博物館総長の諮問(しもん)に応じたり、といった任務が与えられた、栄誉職でした。

定員は25名で勅任官待遇を受け、年金ももらうことができ、制度が廃止された昭和19年(1944)までに79名が任命されています。

帝室技芸員になった東京美術学校の教授・助教授一覧

帝室技芸員の中には東京藝術大学の前身である東京美術学校の教授・助教授も多数いました(帝室技芸員と美術学校教授・助教授の任命時期は一致しないケースもあり)。

西洋画:黒田清輝(くろだ せいき)・和田英作(わだ えいさく)・藤島武二(ふじしま たけじ)・岡田三郎助(おかだ さぶろうすけ)・梅原龍三郎(うめはら りゅうざぶろう)・安井曾太郎(やすい そうたろう)・南薫造(みなみ くんぞう)

日本画:橋本雅邦(はしもと がほう)・山名貫義(やまな つらよし)・川端玉章(かわばた ぎょくしょう)・荒木寛畝(あらき かんぽ)・寺崎広業(てらさき こうぎょう)・小堀鞆音(こぼり ともと)・川合玉堂(かわい ぎょくどう)・横山大観(よこやま たいかん)・安田靫彦(やすだ ゆきひこ)・小林古径(こばやし こけい)

彫刻:高村光雲(たかむら こううん)・石川光明(いしかわ こうめい)・竹内久一(たけうち きゅういち)・朝倉文夫(あさくら ふみお)・平櫛 田中(ひらくし でんちゅう)

金工:加納夏雄(かのう なつお)・海野勝岷(うんの しょうみん)・香取秀真(かとり ほつま)・清水南山(しみず なんざん)

漆工:川之邊一朝(かわのべ いっちょう)

※名前の読みはこの他に複数存在する人もいます

東京美術学校の学生たちは、こうした大家たちの薫陶を受けながら大きく育っていったのです。

アイキャッチ画像:竹内久一『神鹿』、ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)より

主な参考文献:
・『デジタル大辞泉』小学館
・『日本国語大辞典』小学館
・『国史大辞典』吉川弘文館
・東京藝術大学公式サイト https://daigakujc.jp/c.php?u=00132&l=03&c=00197
・東京国立博物館公式サイトhttps://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=614

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