藝大アートプラザは藝大の変革の象徴。澤学長インタビュー

ライター
藝大アートプラザ編集部
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藝大アートプラザ開業時、小学1年生の制服姿でCMやポスターに登場し、大きな驚きと温かい笑いを生み出した澤和樹・東京藝術大学学長(以下、澤学長)。音楽研究科器楽専攻(ヴァイオリン)を修了した澤学長は、美術学部出身の学長が続いていたところに就任し、実に37年ぶりの音楽学部出身の学長となりました。そんな澤学長は、世界レベルのヴァイオリニストでありながら、「カズキチャマ」の名で親しまれる、大変気さくな方でもあります。
藝大アートプラザ運営にあたり中心的役割を担っていたのに加え、藝大生や卒業生・教職員が参加する「I LOVE YOU」プロジェクトや、オンラインのアートフェス「東京藝大アートフェス 2021」を実現させてきた澤学長は、藝大の多様性と開かれた未来を象徴する存在といえるでしょう。今回は、2022年3月の退任を迎えるにあたり、藝大アートプラザや、藝大・藝大生の魅力についてお話をうかがいました。


藝大アートプラザのギャラリー前で

学長にとって、藝大アートプラザはどんな存在でしょうか。

もともと藝大には、「武士は食わねど高楊枝」ということわざのように、利益を得ることを潔しとしないところがありました。でも今は藝大にも経済的な自立が求められていますし、世の中とつながっていくのは重要なことです。藝大アートプラザは、コンセプト「ここは藝大の出島である」からも分かるように、鎖国状態だった藝大の変革の象徴と捉えています。

昔は鎖国状態だった藝大が、藝大アートプラザだけではなく「I LOVE YOU」プロジェクトや「東京藝大アートフェス」もやっていて、だいぶ開かれてきた印象があります。澤学長のディレクターとしての新しい指針があったのでしょうか。

私にそうしたディレクションの才能があるとは思わないのですが、藝大は美術学部出身の学長が続いていたので、私のような音楽学部出身の人間が学長になることで、新しくなったと認識されたとは思います。 芸術と社会との関わりで言えば、芸術は社会から隔絶しているからこそ良く見えてくるものもありますが、そう言ってばかりはいられませんし、音楽に関しても、演奏会で演奏するだけが社会貢献ではないと思います。新学長になられる日比野克彦先生も、昔から「アート×福祉」をやっていますし、そうした活動は今後の藝大の人材づくりの重要な部分になっていくでしょう。

学長のご出身のお話からも分かるように、藝大は美術と音楽という二本の柱があります。美術と音楽の融合に力を入れるとおっしゃっていたのも印象的です。

藝大はもともと東京美術学校と東京音楽学校が統合した学校で、私が学生として音楽学部に通っていた時代を振り返っても、美術学部との交流はあまりなかったように思います。その交流がない状態を、混ぜ返したかったのです。映像研究科や国際芸術創造研究科などの新しい学科もできましたし、世界的に見ても稀有な総合芸術の大学ですので、その点を生かさない手はないと考えていました。

現状の藝大アートプラザは、美術に関する作品が大半を占めており、どうやって音楽を取り入れていくかという課題があります。

音楽に関しては、ソフトの面で紹介できるようになるといいですね。CDのように完成した製品でなくても、今ではスマートフォンでもクオリティの高いものをつくることができますので、「藝大アートプラザ」というパッケージでより価値を高められればと思います。 または、藝大生であれば学部・大学院・専攻を問わずに応募できるアートコンペティションである藝大アートプラザ大賞において、音楽部門のアートプラザ大賞をつくることも考えられるでしょう。音楽学部出身の卒業生が、藝大アートプラザで自分を売り込んでいけるんだと思えることが望ましい。音楽のコンペティションは世の中にたくさんありますが、それとは少し違った、その後の将来や、社会とのつながりになるような位置づけの賞になるといいですね。

社会とのつながりという話でいえば、先日学長が発表なさっていた「東京藝術大学 SDGsビジョン」※を拝見して、藝大の歴史はSDGsそのものだと思いました。

今まで認識がなかったのですが、振り返ると、自分たちがやってきたことはSDGsそのものだと実感しています。私が学長になったタイミングで、書籍『最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常』※がクローズアップされました。本の中では藝大の卒業生の多くが行方不明とされていますが、激しい競争をくぐり抜けて入学し、いい教育を受けた学生に、卒業後の活躍の場が用意されていないのは苦しいことだと思っています。そのためにも、誰にとっても芸術は必要なのだと感じてほしいですね。

※「東京藝術大学SDGsビジョン」では、SDGsが掲げる社会変革への貢献や社会への結びつきの強化、持続可能性や藝術と社会の架け橋となる人材育成などを示している。

※『最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常』二宮 敦人 新潮社 著者が藝大生にインタビューし、彼らの摩訶不思議な日常や価値観、卒業後の進路などが明らかに。巻末に著者と澤学長の対談も収録されている。

藝大アートプラザにある作品は他種多様で奥深く、同じ美術学部でも、絵画科と工芸科の多様な技の違いなど、藝大はまさに秘境だなと実感します。他分野との共同制作などもあるようですね。

今は絵画科で入学した人が彫刻科のような立体作品で卒業することも、その逆もありますし、本当に多種多様になっています。美術学部出身の人が音楽のセンスを加えた作品を制作するほか、美術学部と音楽学部で共同制作を行うなどの例もありますね。共同制作は藝大の可能性を広げるという意味でも非常に良いことだと思います。藝大の学生たちは、専門に特化してのめり込める分、周囲で起きていることに気づけないところがあるので、そこを気づかせてあげたいですね。

学長は音楽学部ですが、美術など他のアートの影響はあったのでしょうか?

私はロンドンに留学しておりまして、その間に美術館へ足繁く通ったかと言えばそうでもないのですが、それでもバチカン市国のサン・ピエトロ大聖堂にある、ミケランジェロのピエタ像を観て、号泣するくらい感激した経験はあります。そうした感動は演奏の肥やしになっていると思いますね。

藝大アートプラザではガラスの造形作家、福村彩乃さんの作品を扱っているのですが、説明にクラシックの音楽をイメージして造形していると書かれていました。美術と音楽の垣根を越えた経験ができたり、刺激し合える環境があるのは学生にとって良いことですね。

そうですね。それに藝大がある上野には、博物館も美術館もあります。ただ、この環境を活かしている学生がどれくらいいるのかなと思います。私も自分を振り返ると、あまり人のことは言えないんですけど(笑)、今となってはもったいなかったなと感じます。
私はもっと美術と音楽の垣根を取り払うことを目指していますから、音楽学部の人に美術学部の卒展や修了展などを見てほしいですし、美術学部の人が演奏会などにもっと行ったらいいなと思います。


ガラスの造形作家、福村彩乃さんのネックレス。なお、福村さんは元ピアニスト。

藝大生を経験なさっている学長だからこそ、言えることもあるのだと思います。ところで、学長が考える藝大生像や、彼らの可能性とはどういうものでしょうか?

常識では考えられないものを生み出せる、変わり者の集団ですね。学校側では自由に表現できるプラットフォームをつくって、あとは任せておくのがいいなと思っています。

学生の自由を阻害しないということでしょうか。

私は音楽を教えているときも学生を放し飼いにしていました。先生の方針にもよりますが、他に良い先生がいたらそちらに学びに行けばいいですし、型にはめるより個性を生かすことが重要ですから。 あと私は、自分が演奏して手本を示さないようにしていました。それをやると外見をコピーするだけになってしまうので、演奏を言葉で評価してアドバイスし、自分で考えさせるようにしていたのです。

澤学長は藝大への熱い思いと共に退任されます。藝大アートプラザでは、澤学長のフェアをさせていただくことになりました。関連グッズのほか、CDや楽譜などが販売されます。

2020年4月に緊急事態宣言が実施された時、台東区のケーブルテレビで音楽番組をつくることになりまして、唱歌をヴァイオリンで演奏することにしました。唱歌は藝大の前身の一つである東京音楽学校の教員がつくっているものも多く、学長の私がやる意味もあると思ったのです。これが好評で、キングレコードから『ヴァイオリンでうたう日本のこころ』としてCD化されることになりました。表紙は平山郁夫先生、題字は宮田亮平先生ですので、三代続きの学長が携わっています。クラシックのCDは2000枚売れると売れ行きが良いとされるそうですが、あっという間に2000枚販売されました。CDに収録した曲を載せた楽譜も作っています。
二枚目のCD『いのり』に関しては、祈りを感じる曲などを入れました。表紙の絵と題字は藝大の美術学部の日本画の名誉教授、宮廻正明先生によるもので、選曲も私がやっています。


澤学長がモデルのビスケットとメモ帳。イラストは藝大卒の坂崎千春さんの手によるもの。
ビスケットのパッケージとマークは、次期学長の日比野克彦先生のデザイン。


藝大アートプラザでは、澤学長のCDも購入することができます。

『教養として学んでおきたいクラシック音楽』という本も出されていますね。

本はマイナビ出版からの依頼で、教養として学んでおきたいクラシックについて書くという趣旨でした。2022年2月末くらいに出版されています。私は本を一度も書いたことがないし、ためらいましたが、今は演奏会に行くのも難しい状況ですし、クラシックの演奏会へ行ったことがないようなビジネスマンなどに向けた本があるのもいいのではと思って書きました。

西洋絵画や日本画の見方や、新しい学びに関するものなど、最近は藝大関連の教職員が本を出すケースが増えています。世間から広くアートが求められているということでしょうか。

今、アートが求められている感じはしますね。コロナで展覧会やコンサートがなくなって教員側に時間がある、ということも一因だと思います。

今後、藝大アートプラザがどうなっていくことを望んでいますか。

藝大は、最初に言ったような「武士は食わねど高楊枝」みたいなところからは脱却して来ていますが、今後さらに世の中と関わっていかなければという気持ちがありますので、藝大アートプラザがその最先端になることを望んでいます。
学生の中にはインターネットでの拡散などに長けた人もいますが、アーティストは基本的にそういったことに疎い人が多いので、藝大アートプラザには発信のツールになってほしいと思いますね。藝大はあらゆる意味で宝の山なので、藝大アートプラザを通してうまく社会とつながっていくことを願っています。

●澤 和樹プロフィール

1955 年  和歌山県生まれ
1979 東京藝術大学大学院音楽研究科器楽専攻(ヴァイオリン)修了
1990 澤クヮルテット結成
1996 指揮活動開始
2004 和歌山県文化賞受賞
2015 英国王立音楽院名誉教授
2016 4月より 東京藝術大学長

国内外の音楽コンクールや演奏会に参加、受賞多数


聞き手/藝大アートプラザ編集長・高木 文/中野昭子 撮影/篠原宏明

※掲載した作品は、実店舗における販売となりますので、売り切れの際はご容赦ください。

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