緊急事態宣言が延長されたことによって、残念なことにしばらく休館となってしまった藝大アートプラザ。いよいよ、6月1日から後期展示へと展示替えを済ませての待望の展示再開です。書籍とアート作品を一つの展示スペースに混在させて展示するという画期的な取り組みが初日から好評だっただけに、僕も再開を心待ちにしていました。
展示室では、再開後を見据えて「後期展示」がすでにセット済み。各アーティストから寄せられた新作約70点の展示や、書籍の再発注など、来場者をお迎えする準備も万端。
そこで、本稿では再開後の後期展示を中心に、展示風景や見どころを紹介していきたいと思います!
後期展示のポイントは、たくさんの旅する「猫」作品。昨年大好評だった「藝大の猫2020」の中で実施した、藝大の現役学生向けの校内公募企画「猫大賞」受賞者に声をかけ、彼らに【旅と猫】というテーマで作品を制作してもらったのです。
猫といえば、気まぐれで神出鬼没な印象がありますよね。自由気ままにふらりと旅に出た猫のイメージから、一体どんな作品が仕上がってきたのでしょうか?早速、「猫大賞」受賞者が手掛けた猫作品から見ていくことにいたしましょう!
「藝大の猫2020」の興奮が蘇る、超個性派からキュートな作品まで、楽しい猫作品
田村正樹
まず、入口を入って展示室の一番奥にある絵画コーナーをパッと見た時に、強烈な色彩の塊として目に飛び込んでくるのが、田村正樹さんの作品「Dance Party」です。
田村正樹「Dance Party」124,300円
早速絵を見てみましょう。豪華客船の甲板の上で、擬人化されたネコのカップルが楽しそうに踊っていますよね。月明かりの下で華麗に踊るネコのペアの顔つきは、イラストやマンガのような親しみやすいタッチで描かれています。…でも、なんだか少し雰囲気が異様ですよね。
田村正樹「Dance Party」(部分)
その理由は、この絵を支配する強烈な色彩にあるのでしょう。空は紫色に染まり、ネコの頭上に昇る月と、その月に照らされた海面が、緑一色で塗られていますよね。メス猫の顔も薄紫に染まり、ドレスは深緑色。船のマストの色もピンク色ですし、左下に描かれた、月明かりに照らされたワインと食べ物も緑と紫に染まっています。なんて毒々しいんでしょう。
田村正樹「Dance Party」(部分)
また、彼らが踊っている甲板の床も見てみましょう。朱色と金が交互に塗られ、オス猫とメス猫の影はバラバラに伸びています。自由すぎる・・・。
この、画面を支配する毒々しい色彩がもたらす圧倒的な異世界感こそが、この絵の面白さなのでしょう。見れば見るほど奇妙なポイントが見つかりますが、でも、一度見始めると目を離せなくなる、不思議な磁力を秘めた作品でした。個人的にイチ推しです。
田村正樹「Dance Party」(部分)
どころで、本作には、主人公のカップル2匹(2人?)以外にも、隠れキャラのように猫が2匹潜んでいます。洪水のように眼の中に流れ込む色彩がに圧倒されますが、ちゃんと細かく「ねこづくし」の絵に仕上げてくれているのも心憎い演出。かわいいだけじゃない、ちょっと不思議な猫の作品でした。
加藤健一
加藤健一「形としての」29,700円
加藤健一「形としての」29,700円
さて、不思議な猫の作品といえば、もう1名ぜひ見ていただきたい作家が加藤健一さんです。加藤さんの作品は、合計9点もの大量出品となったのですが、いずれの作品も猫のいる風景をテーマとして描かれています。
加藤健一「ねこのいるところ3」41,800円
日常のどこかにありそうな風景を切り取って、極限まで単純な形と色彩へと抽象化してキャンバスに再現したのであろう、ほぼ抽象絵画に近いテイストの風景画なのですが、これが凄く面白いんです。
加藤健一「ねこのいるところ2」41,800円
鑑賞ポイントは、作品のどこかにポツンと置かれた黒猫のシルエット。どの作品も、風景の中に1匹の黒い猫が佇んでいるのですが、風景同様に、猫の姿も黒一色で単純化して表現されているんですね。近づいてみると、黒い塊が、絵の中にぼそっと置かれているだけなのですね。一筆描きでも描けてしまいそうなほどです。
ですが、少し離れて鑑賞してみると、不思議なことにどの作品も「ああ、猫を描いた風景なんだな」とわかってしまうのが凄い。この黒い小さな塊がこの絵の中に加わるだけで、一見難解にも見えかねない半抽象画が、鑑賞者の心にスッと入ってくる和やかなテイストの抽象画へと変貌を遂げていることにも驚きでした。
絵の中の色彩や輪郭線も、幾何学的に完全な直線ではなくて、微妙にゆらぎを持った線で形作られているところも、ゆるくて心を和ませてくれそうです。オフィスにも自宅にも、いろいろな場所にフィットしてくれそうな加藤健一さんの意欲的な新作、オススメです。
川口麻里亜
続いては、川口麻里亜さんの作品。
川口さんは、昨年の「藝大の猫展2020」で見事「猫大賞」を受賞した実力の持ち主です。今回は本展のために4作品出品されています。一見、藝大で過去脈々と受け継がれてきた正統派な日本画スタイルの作品に見えるのですが、よく見ると、どの作品にも構図にひねりが加えてあるのがわかります。
川口麻里亜「碧礫」39,050円
たとえば、画面全体を支配するブルーの色使いが涼し気な作品。屋根の上に体を丸めてちょこんと座る猫の姿が可愛いですよね。ですが、よーく見ると、絵の中に2つ以上の視点が導入されていて、遠近法をわざと狂わせて描かれています。そのためか、作品全体にちょっとした幻想的な雰囲気が漂っているように感じました。
川口麻里亜「日和」39,050円
また、こちらの作品は、眠たそうな顔をした猫が印象的な作品。ですが、こちらもちょっとした違和感があります。なぜなら、猫のボディの部分が、画面からはみ出ているから。丸々と太ったネコの体は、画面からはみ出すように描かれていて、一瞬、「えーと、この猫はどんな姿勢をしているんだろうな」としげしげと画面を食い入るように見つめてしまいました。
そういえば、彼女は以前の「猫大賞」でも変わった構図で描いていたような・・・そう思って過去のインタビューを読み返してみたら…。
ありました。作家さん自身が、確信犯的にやっているわけですね。
川口さん:「画面にオーソドックスに収まっているのはあまり好きではないので、ぱっと見たときにどうなっているかわからないような姿勢になるように、構図を工夫しています。猫は犬と違って関節がやわらかいので、この作品のようなぐにゃっとした姿勢で描けます。」
なるほど。その制作方針が、今回の作品でもしっかりと継続されているのでしょう。ちょっとした違和感を構図に導入することによって、大きな見応えを獲得しているのが彼女の作品の凄さなのだな、と実感しました。
御代将司
御代 将司「おっとっとっと」各33,880円
こちらは、木の幹にネコがつかまり立ちしている、ちょっとシュールな姿勢の「金のネコ」です。木を外して寝かせてみると、腕立て伏せをしているようにも見えます。
なんというか、絶妙の姿勢が凄く面白いなと思いました。
御代 将司「おっとっとっと」
木ではなく、指に絡ませることで、アクセサリとして楽しむことも可能。どうでしょうか?手の上にあると、かなりの存在感がありますよね。ちょっとした特別な機会につけてみると、気分が上がるかもしれません!
後期展示を盛り上げてくれる人気作家の作品にも要注目!
さて、ここまでは「藝大の猫展 2020」入選者を中心に、猫が旅する作品をご紹介してきました。もちろん、後期展示では、「藝大の猫展2020」受賞者以外にも、藝大アートプラザによく出品されている人気作家たちの作品も登場しています。
東條明子
東條明子「夢の旅へ」352,000円
まず、注目してみたいのは、藝大アートプラザで屈指の人気を誇る東條明子さんの新作です。東條さんは、いつも猫をテーマに愛くるしい木彫作品を1点ずつ出品されるのですが、今回は同じネコ科つながりでライオン…?!
東條明子「夢の旅へ」(部分)
…と思ったら、やっぱりネコが主役でした。正面から見ると、一瞬サンリオのキャラクターのようなかわいいライオンの木彫に見えるのですが、作品の側面へ回り込んでみると、ちゃんとネコがいます。
東條明子「夢の旅へ」(部分)
まるでクッションのようにもふっとしたライオンのたてがみの上で、リラックスしたゆるい表情のネコが無防備な姿勢で寝転がっていますよね。まさに極上のタクシー。このライオンが、どこか遠くまで旅に連れて行ってくれるのでしょう。色んな方向から見て楽しめて、そして見るたびに癒やされる、東條明子さんの力作でした。
川本悠肖子
続いても、非常にかわいい猫の絵画作品を手掛けた、川本悠肖子さんの作品。
川本悠肖子「ネコスパ~星空ジェットバス」102,300円
一際明るく天の河が満天に輝く初夏の夜空の下、二匹の子猫が泡いっぱいの露天風呂でくつろぐ、かわいさ全開の作品です。眼を細めて泳いでいる子猫の横にはひよこのおもちゃも浮いているので、2匹の猫は親子なのでしょうか。
川本悠肖子「ネコスパ~星空ジェットバス」(部分)
画面の中に、水色から藍色まで、たらしこみなど多彩なテクニックを使ってバラエティに飛んだ「青」が表現されているので、見ているだけで心を整えて落ち着かせてくれる効果もありそうですね。
佐々木玲央
続いては、その独特のガラスによるオブジェが藝大アートプラザでもおなじみとなった人気のガラス作家・佐々木玲央さんの新作が後期展示で1点追加されています。
佐々木怜央「船に乗って着いた先で!」121,000円
いつも非常にユニークな造形で目を楽しませてくれる佐々木さんが後期に投入した秘密兵器は、緑色をした、スカートを履いた怪獣のようなオブジェ。体表には、金箔や青貝箔で表情がつけられ、逆三角形型の頭部は縄文時代の国宝土偶「仮面の女神」を想起させるオリエンタルな雰囲気。物質的なボリューム感もあり、手に持って見ると、中身が詰まったどっしりとした重みが感じられます。
佐々木さんにお聞きしてみると、この怪獣のようなオブジェは、「恐竜」をイメージして作ってみた、とのこと。ご自身では、恐竜からインスピレーションを受けて制作した作品はこれが初めてとのことです。
佐々木怜央「船に乗って着いた先で!」(部分)
ちなみに、佐々木さんの作品の面白いところは、光源の位置や光の強弱によって、微妙にガラスの色彩が変わるところです。撮影した画像はエメラルドグリーン色をしていますが、もう少し弱い自然光の下では、水色に見えたり、青緑色が強く出たりしていました。実際、この作品では、緑色のガラスだけでなく、恐竜の中心部に青色のガラスも溶かしあわせるなど、色彩に変化が出るよう工夫して制作されているんです。
荒殿ゆうか
最後に、荒殿ゆうかさんの超個性的な作品をご紹介。
荒殿ゆうか「温泉Ⅱ」165,000円
どうですか?この作家性が爆発した異形のオブジェは!最高ですよね。
これは・・・あれですよね。温泉というか・・・、ローマのサンタ・マリア・イン・コスメディン教会にある「真実の口」を思い起こさせました。
引用:Wikipedia(https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=142766)
荒殿さんの作品が本家と大きく違うのは、口から勢いよく出ている「泉」の独特すぎる質感表現です。
荒殿ゆうか「温泉Ⅱ」(部分)
練り上げられたパスタかうどんのようなものがニューっと排出されているような、粘度の高すぎる温泉。しかも、このなんとも言えないアプリコット色がまた…。どんな薬効成分が含まれているんでしょうか(笑)。
荒殿ゆうかさんのユニークなブローチ「遮光器」シリーズ。各13,200円~
これまで、「花と蕾」展で出品されたアマビエブローチや、今回の「旅展」前期から展示中の遮光器土偶の目玉をかたどった「遮光器」シリーズのブローチなど、やきもので作ったユニークなアクセサリも印象的でしたが、本作はまさに荒殿ワールドが炸裂しています。
ですが、ちょっと冷静になって作品の細部をチェックしてみると、非常に手が込んだ、時間をかけて作られた作品だということもわかってきます。よく見てみると、作品全体がひも状の粘土か、ブロック状の粘土を丹念に積み上げたり、編み上げたりして作られているんですよね。
たとえば、口から噴出した「泉」の表現。格子上に受け皿の上に層をなして重なって表現されていますが、これって、凄く難しいんじゃないでしょうか?
荒殿ゆうか「温泉Ⅱ」(部分)
複雑に積まれた網目のように織り込まれたひも状のパーツは、その全てに丹念に釉薬がかけられ、しかも焼成時に一つも割れたり壊れたりしていないんです。
荒殿ゆうか「温泉Ⅱ」(部分)
泉の「顔」の部分を見てみましょう。何百に分かれた細かい粘土のブロックを、あえてつなぎ目がわかるように痕跡を残しながら、一定のリズム感で丹念に積み上げて組み上げられています。これまた、焼成時に一つの割れや破綻もなく仕上がっているわけです。(僕がマネしたら、絶対焼いた時ぐちゃっと曲がるか割れているはず)
いくら奇抜でユニークな造形であっても、クオリティは決して落とさない。荒殿さんにも、藝大出身アーティストのDNAがしっかりと受け継がれているのだな、と感銘を受けました。
藝大アートプラザのホームページでも後期展示作品が見られます!
さて、より一層の感染拡大防止対策を施した上で6月1日から再オープンする藝大アートプラザですが、そうはいってもなかなか足を運ぶことが出来ない方も大勢いらっしゃることでしょう。そこで、藝大アートプラザでは現在ホームページへの作品掲載を強化中。
後期展示で新たに登場した作品を含め、「旅展」の全作品が、藝大アートプラザのホームページで見られるようになっています。(https://artplaza.geidai.ac.jp/gallery/exhibited-works/post-12.html) ざーっと見ていくだけでも凄く楽しいので、ぜひチェックしてみてくださいね。思わぬ掘り出し物と出会えるかもしれません!
展覧会名:「旅展/ここではないどこかへ」
会期:2021年3月20日(土)~7月11日(日)
休業日:月曜日
開催時間:11~17時(※通常より時間短縮営業となっています)
入場無料
取材・撮影/齋藤久嗣 撮影/五十嵐美弥(小学館)
※掲載した作品は、実店舗における販売となりますので、売り切れの際はご容赦ください。