旅展/ここではないどこかへ 出品作家インタビュー 中澤瑞季さん

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藝大アートプラザ
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インタビュー

展示室で不思議な存在感を放つ中澤瑞季さんの木彫作品。人間と人魚、柱と人、過去と現在など、2つの存在を融合させることで揺れ動く境界を私達に提示しています。出品中の修了作品、そして本展のための新作についてお話を伺いました。

「ひとと鱗」「ひとと羽」からお話を聞かせてください。今回の旅展には、景色、乗り物、地図・移動、おみやげ、温泉、エトランゼといったテーマが設定されていましたが、どのジャンルで出品したのでしょうか。

旅人という意味をこめてエトランゼを選びました。コロナの影響で家のなかで自粛していることが多くなり、遠くにいくことができなくなりました。そのような時に強く憧れを持ったのが、海や空でした。行くに行けない場所も作品を通してであれば行けると思って、丸彫りの立体の人物像にレリーフで人魚と羽が生えている人を彫りました。丸彫りの部分は、一木の角材から彫りました。


中澤瑞季「ひとと鱗」「ひとと羽」

人物像の胸の位置がレリーフのお腹の位置になっていたり、2つのイメージが影響し合うところが面白いですね。

レリーフが丸彫の形に沿って歪みますし、レリーフの顔が丸彫の顔に見えてきたり、レリーフと丸彫りのベースの形がダブって見えてきます。立体として現実に現れている丸彫の世界と非現実のレリーフの世界を融合させることで、両者の境界を歪ませています。

丸彫とレリーフを重ねる試みは、なにかきっかけがあったのでしょうか。

今年の冬に発表した修了制作がきっかけです。もともと、現実と非現実の間にある感覚が自分の制作の大きなテーマになっています。丸彫りは現実空間に存在をつくり出して、360度どこからでも見える手法です。レリーフは絵画に近く、非現実の世界をそこにあるように見せる手法です。少々説明的かなと思いましたが、その2つの世界が重なったら面白いだろうと思って、挑戦してみました。


中澤瑞季「ひとと鱗」「ひとと羽」部分

レリーフの刻まれた部分は焦げ茶色ですね。

アクリル絵の具で影とハイライトの部分に茶色と白で着彩しています。光によってレリーフの陰影が際立ってくることもありますが、どのライティングでも映えるように色を施しました。

頭部が不可思議なかたちで気になりました。

スター・ウォーズのアミダラ女王など、髪の毛を彫刻的に造形している表現に興味を持って、取り入れてみました。


中澤瑞季「ひとと羽」部分

足が台座に埋まって、そこから像が生えているように見えるところが、幻想的です。

台座を彫り込むのが好きです。ただの四角い台座だと作品が孤立しているような感じがするので、台座にいろいろ彫ることで作品とつながるようにしています。今回は、波や雲の中をイメージしています。

とくに苦労したことはありますか。

初めて栓の木を用いたのですが、筋が強く木の目と逆を彫るとぱきっと割れてしまので、木の性格に合わせるのが大変でした。栓の木を選んだのは、色が白く木目が美しいので、レリーフを彫った時に映えるのではないかと思ったからです。

「おもいで」「Fairy」についてもお話を伺いたいです。こちらの2つは、修了作品展に出品したものだそうですね。販売してしまって良いのでしょうか。

今回の修了展は予約制となり、多くの人を受け入れることができない状況でしたので、少しでも見ていただける機会があるのならば売っても良いと考えました。

「おもいで」は何の思い出を示しているのでしょうか。

具体的な出来事を示しているわけではありません。この作品は、木を彫ってつくった芯に、木くずを木工ボンドで固めた木屎(こくそ)で塑像のように盛り上げて、表面をやすってつくっています。カーヴィングと塑像が同居している状態です。捨てられるはずの木屑を集めて、木にまとわりつかせることで、過去と現在が融合しているイメージをつくっています。思い出は、次第にいつの出来事だったかわからなくなりますが、それが現在の自分に影響を及ぼし、変化をもたらすことがあります。現在の自分の周りには過去の思い出がまとわりついている。そんなことを表現しました。


中澤瑞季「おもいで」

木屎で整形することは一般的によくあることなのでしょうか。

普通木屎は、割れてしまった木の隙間に詰めるもので、それ自体で形をつくる人はいないと思います。私自身も初めてやってみたのですが、面白い質感になりました。

開いた足の間にもう一つ足があるようですね。

最初は、外側の現在の自分の手足の内側にもう一組手足をつくっていたのですが、だんだん面白くないと思うようになって、臓器とも手とも見えるような抽象的な形にして、見る人が想像できるようにしました。


中澤瑞季「おもいで」

つくりながら臨機応変に変えていくのですね。「Fairy」についても教えていただけますか。

修了制作でカリアティードという、古代ギリシアの建築に見られる人物像が彫られた柱をイメージして大きな作品をつくりました。その小作品が「Fairy」です。


中澤瑞季「Fairy」

カリアティードの人物像は、重そうな屋根を支えているのにもかかわらず、平然とした顔をしていて、柱と人を行ったり来たりしている曖昧な存在なことが面白いと思いました。私が見たカリアティードは、植物を模した柱に人物像がくっついていたので、この作品も上部を花の形にして植物と人物像を融合させました。


中澤瑞季「Fairy」部分

Fairlyとしたのは、植物にひっそりと宿っている精霊のようにしたかったからです。昔から世界各国には森に精霊が住んでいると考えられていますし、映画の「風の谷のナウシカ」にもそのようなものが登場します。妖精は人形(ひとがた)をしていると考えられることが多いので、カーヴィングでつくった植物形の柱に、木屎をつかって曖昧だけれども人の存在を匂わせるかたちをつくりました。

昨年はコロナの影響で学校の工房が使えない時間が多かったと思いますが、どのように修了制作を進めたのですか。

春は祖母の家に木を持っていってつくっていました。夏休みに取手の校舎を開放してもらってそこでずっとやって、10月から上野で作業できましたが3ヶ月だけでした。高さが2m70cmもある作品だったので、運搬するのも設置するのも大変で、いろんな人に助けてもらいました。


中澤瑞季「Forest I」「Forest II」

しかし、コロナの弊害だけではなかったかもしれません。同学年の学生は皆、教授にも友人にもほとんど会えなかったので、人の意見に惑わされることなく、やりたいことが前面に出てきた完成度の高い修了作品をつくっていたと思います。

中澤さんの作品は、どれもつくり込みすぎないようにしていると感じました。

きれいな作品にしたいという気持ちと、やりすぎないようにしようという気持ちと、そのはざまでぶつかっています。人によってはこの作品を未完成だと言うかもしれないのですが、この表情を崩したくないという気持ちがあって、この状態で止めています。その方が繕っていないかんじがして良いです。バチっと決めてしまうと、すきがなさすぎて表面的になってしまいます。つくり込んでもそうならない人もいると思うのですが、私は表面に気をとられてしまうので、イメージが壊れないところに収めようとしています。

ところで、美大・藝大を目指した理由を教えてください。

子供のころから絵を描くのが好きで、得意だなと思っていました。ほかにやりたいことが思いつかなかったので、美術系の大学に進もうと決めました。藝大を受験したのは学費が安いという理由が大きかったです。

彫刻を受験したのは何故ですか。

美術系の高校に通っていたのですが、粘土で塑像をつくる授業があって、そのときに絵を描くことよりも強い存在感をつくれることに気づきました。空間をつかってものをつくれることが衝撃で、それで彫刻専攻を選びました。

さまざまな素材があるなかで木彫を選んだのは何故でしょうか。

彫刻の基本的な素材は、テラコッタと金属と石と木なのですが、そのなかで一番扱いが楽な素材が木だと思いました。落としても割れませんし、カーヴィングがメインですが、木をくっつけて塑像的に扱うこともできます。その柔軟性が魅力です。木という素材自体も温かいです。生きていたものなので、木それぞれにくせや個性があって、それに私のつくりたいイメージがぶつかって、摩擦して作品が生まれます。そんな木とのやりとりを大事にしています。

つくっている途中でヒビが入ってしまうこともあるのでしょうか。

そういうこともあるのですが、割れても許容出来るタイプです。形の変更を余儀なくされても、残った部分で彫ってそれが面白い形になることもあります。ほかの素材だと自分のイメージどおりになりすぎるので、私にとっては責任が重すぎます。

この3月に卒業だったのでしょうか。

修士課程は修了しましたが博士課程に進めることになったので、あと3年間大学を使えることになりました。大学のアトリエが使えないと、できることが限られてくるので、できるだけ長くアトリエを使いたいので進学しました。

今後の目標はありますか。

これからの3年間で卒業後に作品を発表することができる地盤を固めたいです。経済的にも苦しくなると思うので、なんとかしてきっかけをつかめるように頑張りたいです。

●中澤瑞季プロフィール

1995 年  生まれ
2021 東京藝術大学大学院美術研究科修士課程彫刻専攻 修了
東京藝術大学修了作品展 買い上げ賞受賞

【展示歴】
2019年 旧平櫛田中邸「彫刻と家」

「旅展/ここではないどこかへ」
会期:2021年3月20日 (土) – 5月16日 (日)
営業時間:11:00 – 18:00
休業日: 4月12日(月)、19日(月)、26日(月)、27日(火)、5月10日(月)
入場無料


取材・文/藤田麻希 撮影/五十嵐美弥(小学館)

※掲載した作品は、実店舗における販売となりますので、売り切れの際はご容赦ください。

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