伸びやかなタッチで極私的な旅の思い出を描いた、小澤幸歩さんの作品。その軽やかな雰囲気の作品は、見る人を穏やかな気持にさせてくれます。このような作品が生まれる背景には、独特の描く過程がありました。描く回路に入れば、自動運転のように描けると言う小澤さんの真意とは。
■4点の作品を出品していますが、いずれも本展のための新作なのでしょうか。
「まどろみ」「旅の風景」は展覧会のために描きました。「旅の宿」と「旅のお土産」は今年の修了展に出した作品から選びました。
■「旅の風景」はどこを旅した時の風景なのでしょうか。
2年前に妹と南仏を旅しました。そのときに泊まったニースのホテルの部屋です。右上にあるのは部屋に掛かっていた絵で、左下に着ていた服が掛かっています。この旅行でいろいろな場所に行きましたが、私にとってはホテルの部屋が思い出深い風景だったので、この場面を描きました。旅をしてもホテルや旅館など室内を描くことが多いです。
小澤幸歩「旅の風景」
■「まどろみ」は、どこを描いたのでしょうか。
南仏に行く前にパリのピカソ美術館に行きました。そのテラスで疲れて寝ている妹を描いています。旅に出かけるのが好きなのですが、いろんなところに行っても自分にとって大切なものは身近な人なので、このような絵になるのだと思います。
小澤幸歩「まどろみ」
■「旅の宿」「旅の思い出」も南仏旅行の思い出なのでしょうか。
こちらは新婚旅行で行った沖縄にまつわる絵です。「旅の宿」は宿で撮った写真を元に描いています。「旅の思い出」には、新婚旅行で撮った写真、私の作ったぬいぐるみ、拾った貝を描きました。個人的な思い出に寄り添った作品です。
小澤幸歩「旅の宿」
小澤幸歩「旅のお土産」
■小澤さんのInstagramを拝見したのですが、絵だけでなくぬいぐるみの写真もアップしていますね。
趣味に近いのですが、ぬいぐるみをつくるのも好きです。手を動かしていないと不安になってしまうので、絵が描くことができないときに、ぬいぐるみをつくることが多いです。逆に絵を描きはじめると、ぬいぐるみはつくれなくなります。
小澤幸歩「旅のお土産」部分
■絵を描く時は綿密に構想を練るのでしょうか。
速く描くことを大事にしていて、構成はまったく練らずに、下描きなしで直接カンヴァスに油絵の具で描きます。時間をかけてしまうと、どんどん最初のビジョンから遠のいてしまう傾向が強いので、できるだけ最初の印象を忠実に出すことを重視しています。下描きを描くとそのトレースになって鮮度が落ちてしまいます。
■直感を大事にしているのですね。
そうです。たまに「これだ」というイメージがはっきりわかるときがあります。時間がかかったり悩んで考えてしまうと、理由や意味をつくりだしてしまって、絵が良くならないことが多いんです。結局、雑念を入れずに速く描いた作品のほうが好きになることが多いです。
■インスピレーションが湧くまでが大変なのでしょうか。
インスピレーションが下りてくる回路に入ると淡々と描けるのですが、その回路に入れない時期は本当に描けないです。回路に入れば、お米研いで炊飯器に入れて焚く、お米研いで炊飯器に入れて焚くの繰り返しで、自動運転のように絵が描けます。そのサイクルに入れないと、ずっとお米を研ぎすぎて粉々になるようなかんじで、何もできなくなってしまいます。修了作品を描いて、自分にとって回路づくりが大事なことに気づきましたが、基本的に回路に入れるかはコントロールできないと思います。
■描き始めたら、たくさん作品が生まれそうですね。
1枚1枚長く描くタイプではないので、回路に入れれば自ずとたくさんできます。多すぎちゃうこともあります。描かない時間が長くなると忘れてしまう気がするので、一日の時間割を決めて、自分が描きやすい状態に持ってくようにしています。
■端までぴっちり絵の具を塗っていないようですが、どこで描くのを終わりにしているのですか。
終わったという感覚はなくて、描けなくなって筆を置いたという感覚です。本当はもっと描きたいのですが、これ以上描くと最初の印象から遠ざかってしまう気がして、どこに手を入れていいかわからなくなります。最初に緻密なビジョンを思い描ければ、もっと描けるのだと思いますが、今は最初に見えていたビジョンを描き切ってしまったところで描けなくなってしまいます。ある意味では、完成していないのかもしれません。ですので、絵の具を重ねて緻密に描くことができる人に憧れています。重ねて描くからこそ出せる強さがあると思うので、いつか挑戦してみたいです。
■さきほど写真や物を見ながら描いていると言っていましたが、そのような場合ははっきりビジョンが見えているのではないですか。
写真や物を見て描いていても、強く見えるところと見えないところがあります。「まどろみ」は、妹の履いていた黒い編上げの靴がとても好きで、描きたい気持ちが強かったのではっきり表れています。
■たしかに写真を元にしている「旅の宿」では、女性の足先は描かれていないですね。ちなみに、もし、小澤さんの絵を気に入ったけれども、既に売れてしまっていて、もう一枚同じものを描いてくださいという人が現れたらどうしますか。
描きたい気持ちはありますが、無理だと思います。同じ絵を描こうとしても全然違うものになると思います。
小澤幸歩「旅の宿」部分
■ところで、昔から絵を描くのが好きだったのですか。
小さいときから好きでした。描いてはいましたが、友達に常に自分よりも上手い子がいたので、自分は絵が上手くないとずっと思っていました。小学校の頃の図工の成績もよくなかったです。美術科のある高校に通っていたのですが、デッサンも下手で、いつも先生に酷評されていました。高校生のときは今とは違って、同じ絵をずっと描き続けていたので、ドロドロになって、作品というより自分の中身のどろどろを出力し続けているようなかんじでした。
■受験絵画を描くには苦労がありそうですね。
苦労しました。受験絵画も自分の作品だと思っていたので、課題に的確に答えることに違和感があって、先生に「お前、それは大学に入ってからやれ、今やることじゃない」と言われて、すごく反発していました。予備校にもあまり行かなくなって、3浪目のときに大学受験をやめようかなと思っていました。そんなときに、たまたま展覧会をやる機会があったのですが、その経験を通して自分が何も知らないことに気づいて、やっぱり大学に行ったほうがいいなと思って、別の予備校に通い直したんです。そこの先生がすごく親切にしてくれて、私にもわかるように受験が何かということを2時間でも3時間でも説明してくれました。それでやっと、受験の絵は出題された問題の回答なんだと気づいて、自分なりに真面目に取り組めるようになりました。その先生のおかげで合格することができました。
■なぜ専攻を油画にしたのでしょうか。
中学生の頃に美術部に入って、そこで油絵を初めてやってみて大好きになったからです。受験のときには油絵しか考えてなかったです。
■できあがった絵は好きですか。
私にとっては描いている時間が重要で、語弊があるかもしれませんが、できあがったものに対しては、さほど興味がありません。自分の作品を慈しみ顧みるようなことはあまりないです。本当はできた作品をお茶の時間に眺めたりすることに憧れています。画集を見るのも好きで、絵を見ること自体は好きなのですが、自分の絵は見たいと思いません。今、喋っている時に自分の顔は見えないじゃないですか、それに近くて、自分の絵も認識し辛くで壁みたく見えてしまうんです。まだ自分が好きなものを作れていないだけなのかもしれません。
■ぬいぐるみについてもその感情は同様ですか。
学部4年生のときに初めて、しろくまのおかあさんのぬいぐるみをつくったのですが、それだけは違うかもしれません。ものすごく気に入っていて、空いた時間に愛でています。心の拠りどころです。しろくまのおかあさんみたいな絵が描けたら良いですけど、もしかしたら売ることができなくなってしまうかもしれませんね(笑)。
■今年で大学院を修了したとのことですが、今後どうしていきたいですか。
考え中です。絵を描き続けたい気持ちはあるのですが、どういう方法でやっていきたいのかまだわからないです。たくさん絵が売れて有名になって、いろんな人に喜んでもらえる状況に憧れはあるのですが、自分から売り込みに行くことを熱心にやれるかというと、そうではない気がしていて…。どうなりたいかがはっきりしていないから動けないのだと思うで、「どうなりたいんだ」とずっと自分に聞いています。
■小澤幸歩プロフィール
1992 | 年 | 生まれ |
2021 | 年 | 東京藝術大学大学院美術研究科修士課程絵画専攻油画 修了 |
【主な個展】
2013 | 年 | せかいのかけら わたしのたね(ギャラリー・フェイストゥフェイス) |
2017 | 年 | 温もりと旅だち(ギャラリー子の星) Welcome Home Exhibition 2018 Term2 小澤幸歩個展(634展示室) |
2018 | 年 | 日々の絵・なんてことないこと/うつくしいもの(東京藝術大学取手校地) O JUNのお部屋 |
2020 | 年 | 温い暮らし(7701ギャラリー、オンライン公開) |
【主なグループ展】
2017 | 年 | 無二無二 東京藝術大学油画専攻3年生展覧会(アーツ千代田3331) |
2018 | 年 | 第66回東京藝術大学卒業・修了作品展 |
2021 | 年 | 第69回東京藝術大学卒業・修了作品展 |
「旅展/ここではないどこかへ」
会期:2021年3月20日 (土) – 5月16日 (日)
営業時間:11:00 – 18:00
休業日: 4月12日(月)、19日(月)、26日(月)、27日(火)、5月10日(月)
入場無料
取材・文/藤田麻希 撮影/五十嵐美弥(小学館)
※掲載した作品は、実店舗における販売となりますので、売り切れの際はご容赦ください。