「「手から手へ」豊福誠教授退任記念 歴代教員による作品展」出品作家インタビュー 平井雅子さん

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藝大アートプラザ
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インタビュー

カラフルな色で彩られた、笑顔のフクロウ、ゾウ、そしてアマビエ。植物や小鳥のモチーフの描かれた食器など、見ているこちらも笑顔になるような温かみのある焼き物を作る平井雅子さん。使う人のことを考えながら少しずつ変化してきた食器作りのこと、平井さんが元来好きだったオブジェ作品、そして学生時代や助手時代の陶芸研究室のことなどを伺いました。

植木鉢は以前から作っているのですか?

昨年頃から本格的に作り始めました。盆栽好きのお客様から「植木鉢は作らないのですか?」と聞かれたことがありました。その時はあまり気にしなかったのですが、ある時、インテリアショップで穴の無いポットのような器にサボテンが植えられているのを見まして、試しに自分の器にサボテンを植えてみました。サボテンはそんなに水をあげなくても大丈夫なので、穴が無くても水の量を加減すればすくすく育ち、植木鉢も面白いかも…、と思いました。


平井雅子「市松網文植木鉢」
※サイズ:10.0×10.0×8.5cm

その後、さきほどの盆栽好きのお客様から、盆栽の立派な図録を貸していただいたんです。図録を見ていると、植木鉢にも正面があり、草、木を引き立たせたいときには絵柄がない方を正面にして、絵柄を目立たせたいときは絵のある方を正面にする事や、穴を2つ開けた方がいい植木鉢の形の違いなど、植木鉢が奥深い世界であることがわかりました。色々なことを学んでいくうちに、本格的に植木鉢を作ってみたくなり、去年から作り始めました。

「手から手へ」に出品する植木鉢についても教えてください。

「市松網文植木鉢」は底に穴があいていないタイプです。サボテンなど水を控えめにする植物に向いています。こちら(「木の葉の植木鉢」)は穴が空いていますので、ハーブや水を必要とする植物も植えられます。台所にあるようなスペースにも置けるサイズにしたので、ミントやバジルを植えて、ちょこっと切り取って使うのもいいと思います。現在植えているサボテンはどちらも購入して2ヶ月ほど育てたものです。植木鉢以外もそうですが、自分の作った作品は必ず自分で使って、水が漏れないか、滲みが出てこないかなど、耐性を確認してからお客様に提供するようにしています。


平井雅子「木の葉の植木鉢」
※サイズ:8.0×8.0×8.0cm

陶板も可愛らしいモチーフが描かれていますね。

今の世の中に鑑みまして、縁起物があると楽しいかなと思い、鶴、亀、松を描きました。亀は自分の家で飼っていて、好きな動物です。アマビエも描いてみました。こういう陶板の裏側には横穴を開けてあり、そこに、ワイヤーを通して、壁にかけます。一般的な画鋲でも支えられる重さです。


平井雅子 陶板「踊るアマビエさん」、陶板「鶴と亀」
※サイズ:10.4×10.4×0.9cm、9.0×12.0×0.9cm

玄関にかけたりしたら良いですね。

そうですね。小さい陶板はお手洗いや台所などにちょっとしたスペースがありますよね、あのようなすき間スペースに気軽に飾れます。陶板は食器と同じ素材でできていますから、油がついても洗剤で洗えますし、匂いがついても洗えばとれるので、汚れやすい場所でも気兼ねなく飾れる優れものです。私の友達も、お手洗いに4枚ほど小さいものを飾っています。よくカレンダーや地図が貼ってありますが、そこに小さい陶板を飾ったら雰囲気が変わって楽しいです。

丸い小さな陶板はどのように制作するのでしょうか。

赤い土で円筒形のかたまりを作って、それをワイヤーで薄くスライスして、その上に白い泥漿(でいしょう/粘土と土を混ぜ合わせて液状にしたもの)を刷毛で塗ります。生乾きのタイミングを見て、竹ひごや細い針で絵柄の輪郭線を掻き落としで描き、乾燥させてから素焼きをします。素焼きしたものに、呉須と銅と鉄で絵付をして釉薬をかけて1250度前後で本焼きし、その後にピンク、ブルー、金色などの色で上絵付を施し830度以下で焼きます。この陶板は素焼き、本焼き、上絵、と3回窯で焼いています。こちらの「木の葉文取鉢」の器は、呉須と鉄と銅の3色だけで、上絵付をしていないので、素焼き、本焼きの2回の窯で焼いています。


平井雅子「木の葉文取鉢」
※サイズ:15.5×15.5×4.2cm、本作品は「手から手」の出品作ではありません。

使いやすそうな取鉢ですね。

恩師の浅野陽先生から受け継いだ形です。平らでもなく、深過ぎず、煮物や鍋料理の取鉢にもなる、日本の食生活に最も出番のある形です。私は浅野先生よりも手指が小さいものですから、先生とは違う、少し細身の器になりますね。

こちらの梟(ふくろう)は可愛らしい作品ですね。見ていてほっとします。

この梟は「伏香炉」というもので、木の葉文様の一部と目が透かしにしてありまして、練香やポプリなど香るものを中に入れて伏せておくと、透かしの所から香りが漂います。梟というモチーフは縁起物ですし、玄関に置くのに丁度よいです。なぜ伏せ香炉にしたかといいますと、私は工芸科出身なものですから、何かを作るにあたってどうしても「用」を求めてしまいます。このような立体物を作りたくて、何か用途がないかと思い、百貨店の工芸担当の方に相談した時に、「伏香炉」の存在を教えていただいたので、いいアイディアだと思い、作り始めました。オブジェのようですが工芸品の範疇におさまります。大きなキリンや象の伏香炉も作っています。


平井雅子 色絵金彩「木の葉の島梟」伏香炉、色絵金彩「前向くきりん」伏香炉
※サイズ:(島梟)17.0×25.0×23.5cm、(きりん)12.5×24.0×53.0cm

 

動物モチーフの作品が多いですね。

はい。昔から動物が好きで、陶芸専攻を選んだ大学3年生以前から動物を描いています。とくに象やキリン、サイ、カバなど、大きくてゆったり生きている動物で絵付をしていました。そのうちに絵付でなく、立体も作りたくなって、このような香炉も作るようになりました。

こちらの楕円形のお皿も鳥が描かれていますね。

はい。縁が立っているので、大根おろしや汁の多いものに使えますし、例えばのんびりお酒を飲む時のつまみをちょこっと載せるのにも、向いています。


平井雅子「赤絵小鳥の楕円皿」
※サイズ:12.0×14.0×3.2cm

カラフルなぐい呑ですね。

これは昔から研究している不規則な市松文様の柄です。市松の面を作ってから青い呉須、茶の鉄絵を施して本焼きをして、クリーム色、赤、焼付け金を上絵付しています。この柄で、ぐい呑だけでなく大皿、筒物など色々なものを作っています。


平井雅子 色絵金彩「市松文酒器」
※色絵金彩の位置は他と揃えました ※サイズ:6.0×6.0×4.2cm

ろくろ成形の日常の器からオブジェのような伏せ香炉まで、幅広く手がけてらっしゃるのですね。

ろくろは、短い時間で器を量産することに向いています。私の学生時代は、陶芸で身を立てるならば、とにかくろくろを挽けと言われたものでした。しかし、時代も変わってきて、器を一生懸命作っても売れるとは限らない世の中になってきました。家族構成も変化して、器の売り方も、「5脚1組」ではなく、個売りの方が時代に合ってきています。また食生活も多様になってきたので、洋食でも和食でもよいように高台を低くした器や、ローストビーフやカルパッチョを載せられる台皿も人気があります。そうすると、ろくろ成形である必要はなくなってきます。そのときの日本人の食生活によって作る器も変わってきますね。

毎日食べることはしますし、食にまつわる作品をつくることは好きですが、食器を作り続けていると、器にある様々な制限から解き放たれた仕事をしたくなってくる時もありますので、自由な制作ができる動物などもバランスよく作っています。


平井雅子 色絵金彩陶筥「小鳥と市松」
※サイズ:4.5×5.8×6.8cm

ところで、工芸科に入ることは受験のときから決めていたのですか?

高校2年生頃に予備校で受験科目を決めました。彫刻が好きだったのですが、相当な体力と場所が必要なので諦めまして、将来継続できることを考えると工芸かなと思って選びました。工芸科の中での専攻は、「ドサ回り」という各専攻を回って実技を体験することを通じて決めています。金工は、作業音が大きいことと体力的にも難しいと思って諦め、漆と染織と陶芸が候補に残りました。もともと塑像が好きで彫刻に興味を持っていたので、立体系がいいなと思いました。布を立体にするのは当時イメージが出来なくて染織は諦め、漆芸は立体を作ることはできますが、根気が要りそうな仕事が多そうで自分のイメージに合わず、残った陶芸を選びました。消去法のようなやり方で陶芸になりましたが、結果的には陶芸でよかったと思っています。

色絵付はいつ頃からやってらっしゃるのですか。

今の陶芸研究室はもっと自由かもしれませんが、私が学生の頃は、色絵付は大学院に入ってからでないと触らせてもらえませんでした。土や釉薬を知ること、化粧掛けの方法、呉須・鉄・銅の基本の下絵の具を使いこなすこと、そういったことであっという間に学部は終わってしまいます。大学院に入る前に、陶器にするか磁器にするかを選び、それから赤や金や色絵の材料を触らせてもらいます。私は大学院で陶器を選んだわけですが、陶器に色絵付をするのは当時はあまりいなかったみたいで、珍しかったようです。

どうして、陶器に色絵付をしようと思ったのでしょうか。

陶器のくすんだ色、マチエールのある下地に、絵付をしたかったからです。磁器の特徴は美しい白生地なので、同じ白でも、私は萩焼のような、土に白い釉薬をかけて出来る「景色のある白み」が好きでした。


※東京藝術大学陶芸研究室にて撮影

学生時代の教えでいまも活きていることはありますか?

作品をお求め頂いたら、作家物だからといって「ハレのヒ」にだけ大切に使うものではなく、身の回りに置いて日常の生活のなかでどんどん使って頂くものを作りたい。このような考え方は学生から助手時代に大変お世話になった、浅野陽先生の教えを受け継いだものです。

男女比は今と違いましたか?

私が入学したのは37年前ですが、男女比は今と逆転していまして、工芸科30人のうち、女子は9人、男子は21人でした。陶芸は窯を焚く時に泊まり込みで作業をしますので、生徒の中には学校に半分住んでいるような人もいて、わりと生活臭がある大らかでバンカラな研究室でしたね(笑)。

その後、平井さんが助手として学校に務めた頃はどのような先生がいらっしゃったのですか?

私が助手で残っていた頃は、藤本能道先生が学長でした。浅野陽先生が大きな皿や壺や器に下絵付をして、赤絵を施す仕事をなさっていました。三浦小平二先生は、造形力の高い、美しくて気品のある、青磁の仕事をされていました。島田文雄先生は青白磁や彩磁の研究をなさっていて、佐伯守美先生は土物の表面を削って、そこに色土を嵌めて模様を表す象嵌をされていました。豊福誠先生は大壺や大皿、器に磁器の白地を生かした草木の上絵付をされていました。三上亮先生はろくろ仕事がとても上手く、そこから広がる様々な制作をされていました。望月集先生は、赤土や白土の上に鉄絵をして長石釉をかけて、赤絵付をする研究をされていました。どこを見てもいろんな先生がいろんなことをやっていて、刺激的な日々でした。

今後の展望を教えてください。

今年、お客様からのご依頼のおかげで自分によい発見がありました。今までは、傍にあってほっとできるようなものを作っていたのですが、そのお客様から、「勢いのある動物を作って欲しい。『鷹』はどうだろうか」というお話がありまして…。今までライオンやトラは作っても、どれも笑顔にデフォルメしたものでした。鷹は、笑ったところをイメージできませんし、これはリアルに近いものを作る事になるなと思い、苦労しそうな気がしました。取り組み始めてから成形するまでに3ヶ月。素焼きで亀裂が入らないか、色合いが思い通りになるか、最終的に歪まないかといったことを心配しながら制作を進めまして、InstagramやYouTubeで、鷹好きの人の投稿やありとあらゆる資料を参考にしながら、相当なエネルギーを使い、半年かかってやっとリアルな鷹が出来あがりました。

無事にお客様に納品し、責任と緊張から解き放たれて、その日の晩、布団に入った時に、ふと思ったんです。そういえば、昔は彫刻をやりたいと思った事もあったけれども、この「鷹」には、工芸としての用途はないし、結果として、陶彫(陶器の彫刻)を作っていたのではないか、と。お客様から宿題を頂いたことで、いつのまにか、昔の夢をちょっと叶えていたんですね。それを、今後の仕事にも加えていけるといいなと思っています。

たとえば、私は平等院鳳凰堂の雲中供養菩薩像、法界寺の阿弥陀堂内の飛天さま、迦陵頻伽(仏教における想像上の鳥。頭は人の姿で表される)、亀が背負う蓬莱山など、東洋に古くからあるユニークなモチーフに興味があります。それらを自分の持ち味を活かして面白い立体を作れたら、もっと夢が叶うのではないかと思っています。


平井雅子「鷹」
※サイズ:15.0×23.0×35.0cm。本作品は「手から手」の出品作ではありません。

●平井雅子プロフィール

1963 年  東京都生まれ
1987 東京藝術大学美術学部工芸科陶芸専攻卒業
藤本能道・浅野陽・三浦小平二に師事
1989 東京藝術大学美術学部大学院美術研究科修士課程工芸専攻陶芸 修了、同大学非常勤助手
1991 独立、東京・新宿に工房を開設
2019 工房を東京・東大和市に移転、現在に至る

聖路加国際病院小児病棟、新宿区立戸塚第一小学校、中央区立中央小学校、他 にて陶芸実技指導
日本伝統工芸展、日本クラフト展、高岡クラフトコンペ、他 入選
日本橋三越本店、瑞玉ギャラリー、恵埜画廊、他 にて個展、企画展

展覧会名:NIPPONシリーズ② 「手から手へ」
豊福誠教授退任記念 歴代教員による作品展
会期:2020年11月20日 (金) – 12月13日 (日)
開催時間:11~18時
入場無料
休業日: 12月7日(月)


取材・文/藤田麻希 撮影/五十嵐美弥(小学館)

※掲載した作品は、実店舗における販売となりますので、売り切れの際はご容赦ください。

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