藝大の猫展2020 出品作家インタビュー 杉山佳さん

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丸いフォルムに歪んだかたち、どこか子供のお絵描きのような柔らかい雰囲気を感じさせる杉山佳さんの作品。「藝大の猫展2020」には、普段あまり描かない猫モチーフに挑戦した貴重な作品が並びます。もともとは写実的な作品を描いていた杉山さんが、この画風に至った経緯とは、そして今後の新しい展開とは。さまざまなお話を伺いました。

「エールのアトリエ」に出品していた作品もそうですが、木の枠に入れた作品をつくることが多いのですか?

この木の枠はプリンタートレーという、活版印刷の活字を入れるための古い引き出しを使っています。僕の作品は見立てや引用をテーマとしています。プリンタートレーの仕切りのある形を見たときに曼荼羅っぽいなと思って、曼荼羅の区画ごとに小さな仏を描く構図を引用して、小さなモチーフを並べました。


杉山佳「部屋と猫」

それぞれのパーツは、MDFという木を圧縮したコルクボードみたいなものに和紙を貼って、その上に岩絵の具で描いています。「窓と机と猫」は古いヨーロッパ製の引き出しを使って、なかの仕切りを窓枠に見立ててつくりました。


杉山佳「窓と机と猫」


杉山佳「窓と机と猫」を側面から見る。

家具や食べ物などを描いている作品が多いですが、猫を描いたのは珍しいですか?

猫を描いたのは学部生以来ですね。これまでの作品は、主役を描かずに、人物の見立てとして、その人の使っている椅子や本棚や家具など日用品を描くことで、主役となる人物を表そうとしていました。それがテーマだったので、猫はもちろん、人物など主役になるモチーフは描いてきませんでした。

猫は好きですか?

動物全般好きです。むかし実家で猫を3匹飼っていましたので、そのイメージも反映しています。「部屋と猫」は、部屋の中にある要素を多く描いていますので、ここに描いた猫は家猫です。「野良猫と家猫」は外から見た家々を描いているので、外猫を描いています。右下の白猫は首輪をしているので外にいる飼い猫、左上の黒猫は首輪をしていないので野良猫です。


杉山佳「野良猫と家猫」

「椅子と猫」や「てのひら猫」はストレートに猫を描いていますね。

最初は「部屋と猫」「野良猫と家猫」「窓と机と猫」のような、普段どおりの作品の一部に猫を登場させていました。「猫図鑑」ももともと描いてきた本のモチーフに猫を登場させてきます。これを描いたあたりからだんだん猫も描けるかもという気持ちになって、普段のモチーフを少しずつ消していって、「椅子と猫」を描いて、最終的に猫だけを描きました。猫というお題を頂戴したおかげで、普段やっていなかったことに挑戦できました。


杉山佳「椅子と猫」


杉山佳「猫図鑑」

技法の話も聞かせて下さい。盛り上がった絵の具が特徴的ですが、絵の具が割れないように何か工夫しているのでしょうか。

厚く塗るほど割れたりはがれたりするリスクは増えるので、できるだけ重ね塗りの回数を減らして、少ない手数で決めることを心がけています。塗るというよりも、とろっとした絵の具を筆で持ち上げて置くかんじです。

「てのひら猫 ii」は絵の具がキラキラしていますね。

雲母というキラキラした鉱物の粉末を絵の具に混ぜたり、砂みたいな岩絵の具をぽてっと塗っています。普通の絵の具よりも乱反射するのでキラキラします。


杉山佳「てのひら猫 ii」

クレヨンで引いた線も特徴的ですね。

博士過程に入ってからクレヨンを使うようになりました。もともとはちゃんとした「日本画」の「うまい絵」を描きたいと思っていたのですが、だんだん頭うちになって迷っていたときに、もうちょっと負荷をかけて描きづらくしてみようと思いました。左手で描いてみたり、いろんな方法を試していたときに、線の要素としてクレヨンを試してみたら、シャープに線が引けなくて、そこにしっくりきました。この過程で、ここをおさえておくと椅子っぽく見えるなとか、そういった最低限の要素がわかるようになったので、絵の要素を削ぎ落とすことができるようになりました。

常設展に展示されている「囲」もクレヨンが効果的に用いられていますね。

クレヨンを使うとフォルムが丸っこくなります。子供の絵みたいにしようとして、形も歪ませて遠近法もわざと狂わせて、あえて子供っぽいモチーフを選んでいます。


杉山佳「囲」
※常設展出品作品です。

材料の紅茶はどのように使っているのでしょうか。

普通の和紙は滲み止めの処理が施されているのですが、負荷のことを考えているときに、滲み止めのない和紙を使ってみることにしました。その和紙に、滲み止めの液で何かを描いて、その上に墨や染料を塗ると、滲み止めで描いたところがマスキングされて、ほかのところが染まります。その技法を試しているときに、墨やコーヒー、紅茶を塗ってみたら、紅茶が色味的にも効果的にもちょうどよかったので、紅茶を用いるようになりました。

ホームページを見ますと、過去の作品と現在の作品とでは、作風がかなり違いますね。

博士1年生までは院展係の先生について、「ちゃんとした日本画」を描こうと思っていました。しかし、博士2年生のときにその先生が退官されて、研究室を変えることになり、一研(日本画第一研究室)に入れていただきました。そのときに一研の先生方に「まだこういった絵を描いているの? もう博士課程なんだし、いままでやってきたことを封印しても描けるんじゃない」と言われました。自分自身でも今までの描き方に限界を感じていて、絵も形骸化してしまっていたので、そこから違う絵を描きはじめました。

杉山佳

卒展などで日本画の展示を見ますと、同じ雰囲気の作品が多いように感じました。

いまはどうかわかりませんが、僕のときは一つのスタイルがあって、そのやり方が理にかなっている方法論なので、自分の絵を当てはめていくとうまくいくのですよね。その結果、雰囲気が似てしまうのだと思います。僕のなかでも、修士、博士ぐらいの頃から、その雰囲気を壊していきたいなと思っていました。

曾我蕭白(江戸時代の絵師)がお好きだそうですね。いまの日本画と江戸時代以前の日本の絵画には深い溝があるように思いますが、どのように杉山さんのなかでは折り合いを付けているのでしょうか。

僕の作品を見せて「日本画を描いています」と説明しても、しっくりこない方も多いかもしれません。「日本画」とはなにかと考えたときに、岩絵の具を膠で溶いたらものを使うとか、そういった素材論的な考え方が一つあります。自分もそれらの材料を使っていますが、それよりも、引用や見立てだとか、日本美術的な思考回路で制作しているということに重きを置いています。また、西洋の美術は存在や個の内側から出てくる内省的な表現にフォーカスすることが多いですが、日本美術は形式を重んじますし、過去の作品からの核心部分の引用なども珍しくありません。僕の作品のようなものは昔にはなかったと思いますが、考え方としては昔の日本絵画と近しいものがあるのではないかと思います。

なぜ日本画の道を選んだのですか。

もともとデザインをやりたくて美術系の高校に入ったのですが、専攻を決める過程で油絵、彫刻、デザインといろいろやった結果、岩絵の具が一番肌に合っていて、感覚的に選びました。また、スケッチをする、下図を描く、本紙に転写する、絵の具で描くというように、作業が分かれ ていることも好きでした。


杉山佳「てのひら猫 i」

今後の目標について教えてください。

コロナのこともあって、場所に依拠した発表形式には限界があると考えるようになりました。また、1点ものには良さもありますが価格の面での不自由さもあります。若い人で10万円以上ぱっと出せる人は少ないと思うので、1点ものの絵画とは違う展開を考えまして、今は作品としての本をつくっています。また、自分の絵をテキスタイルにして服をつくったり、刺繍にしてスカジャンにしたり、絵画以外のメディアに展開できたらいいなと思っています。

●杉山 佳プロフィール

1988 年  奈良県生まれ
2020 東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程美術専攻日本画 修了
     博士号(美術)取得 博士論文『不在』
2015 卒業制作(東京都美術館)
     サロン・ド・プランタン賞、台東区長賞、 平成芸術賞
2017 修了制作(東京藝大大学美術館)
     東京藝大大学美術館買上げ賞、平山郁夫奨学金賞
2018 佐藤国際文化育英財団 第28期奨学生 作品買上げ(佐藤美術館)
2019 第45回春季創画展 春季展賞(西武池袋本店別館)


取材・文/藤田麻希 撮影/五十嵐美弥(小学館)

※掲載した作品は、実店舗における販売となりますので、売り切れの際はご容赦ください。

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