藝大アートプラザでは、学生の制作活動の一端を学外に発信する目的のもと、年に一度コンペ「藝大アートプラザ大賞」を行なっています。先の1月16日、ずらりと並んだ83点の応募作品のなかから、受賞作6点が選ばれました。
審査員は、芸術学科教授の木津文哉先生、彫刻科教授の原真一先生、工芸科准教授の三上亮先生、アートプラザのスタッフ2名、そしてゲスト審査員に作家でフランス文学者の堀江敏幸さんをお迎えしました。大賞1点、準大賞2点、小学館賞2点に加え、堀江さんには、堀江敏幸賞も1点選んでいただきました。
受賞作を、審査員のコメントを交えながらご紹介します。
■大賞
瀧澤春生(大学院美術研究科修士課程芸術学専攻2年)「双子」
榧(かや)と胡桃を用いた小さな木彫作品です。作家の瀧澤さんの応募用紙によると、「二人の子どもを育てる母の強さとやさしさ」を表現したとのこと。満足そうな表情を浮かべたお母さんが、両方の手で小さな子どもを抱いています。一方の子は微笑みを浮かべ、もう一方の子は無の表情。そのギャップも面白いです。
「瀧澤さんはかなり社会経験を積んでから、一念発起して藝大を受験して入った方です。木工室の外のところで、一日中カンカン材木を削っているような方です。継続は力というか、朴訥さが勝ったというか、その鍛錬の甲斐あって、こなれてきて、安心して見られる作品になっています。今回の作品に関していえば、まわりの空気感を含めて好感を持てるという印象を抱いています。瀧澤さんの作品は名前が伏せてあっても、ぱっと見たら彼の作品だとわかります。僕も長くアートプラザ大賞の審査をやっていますが、あまりそのような学生はいません」(木津先生)
■準大賞
鈴木初音(大学院美術研究科修士課程絵画専攻2年)「月夜」
鈴木さんは、西洋の壁画に用いられるグラフィート(フレスコの技法の一種)で作品をつくる作家です。石灰の地を何層か塗り重ね、引っ掻いて模様を表します。石灰の水分が乾くまでの短時間の間に描かなければならないため、制作は時間との勝負になります。鈴木さんは、既に藝大アートプラザで同様の技法の作品を何点か発表していますが、一貫してこのような神話的な世界観の絵を描いています。
※この作品についての木津先生のコメントは、小学館賞・堀口晴名さんのパートに記しています。
■準大賞
VIKI(美術学部先端芸術表現科3年)「The Sigh Fragments」
ベールで包まれたパネルは、格子模様を描いたようですが、よく見るとレシートが貼られていることがわかります。額のアクリル板にも絵が描かれており、複雑な層ができています。昨今「ビッグデータ」という言葉を耳にすることが増えてきたように、現代社会において、我々がどこにいて何をしていて、どのような生活を送っているのかという情報は、知らず知らずのうちに漏れています。そのような現実に恐怖を感じた作者のVIKIさんは「超日常的な証であるレシートを分解し、見えない情報とすることで、日常の断片を昇華することはできないだろうかと考えた」そうです。
「作者は先端表現科の方ですね。美術の新しい方向性を考えていく、先端表現科の特徴がよく出ていると思いました。そのような傾向の作品は他にもありましたが、ほかの作品は試行錯誤のプロセスが見えると言ったらよいでしょうか、途中段階のものが多かった。これは、作品として一番完成していると感じました」(木津先生)
■小学館賞
持田員暢(美術学部工芸科陶・磁・ガラス造形専攻3年)「黒楽瓢箪 銘『rinze』」
カーブを描くひょうたん型の土に、黒くつやのある釉薬が、割れたり水滴のようなかたちになって付いています。釉薬が今まさに溶けて固まった、そんな一瞬を永遠のかたちにとどめたかのような、臨場感あふれるオブジェです。
「この受賞作をつくるにあったって、持田くんは、土から自分で調整していますし、釉薬もきれいにかかるものを調合しているわけではなくて、自分で溶けそうな石を探して砕いて、何個も焼いて試しています。ぱっと見、やきものかどうかわからないような感じがしますよね。これは、楽焼なんです。楽焼は簡易な窯を使って、低い温度で焼いて一瞬で結果が出る。むかしの藝大には『楽焼は我々のやることではない、論外だ』という風潮があったような気がします。僕は、楽焼だからといって陶芸からはずして考えるのではなく、やきものという大きな一つのまとまりで捉え直したら良いと考えているので、彼が楽焼でつくっていた点も評価につながりました。いい意味で、『本当に藝大の陶芸科の学生がつくったものなの?』と感じさせる作品で、その点に可能性を感じました。まだまだ未熟なところもありますが、頑張って欲しいです」(三上先生)
■小学館賞
堀口晴名(大学院美術研究科修士課程文化財保存学専攻2年)「はらぺこ」
卵黄と顔料を混ぜ合わせる、テンペラの技法で熊を描いた作品です。テンペラもフレスコと同様西洋の古典的な宗教画などに用いられる技法です。本を置く机の木目は、筆で描くのではなく、金箔地に凹凸をつけて表しています。本の青は高価な顔料であるラピスラズリを使っています。
作家の堀口さんの応募用紙によると、修士論文の際に研究したテンペラの技法を自分の作品に用いてみたら、新しい表現ができるのではないかと思って描いたそうです。おなかをすかせたしろくまが、本を見ながら何を食べようかな?と考えています。
「準大賞の鈴木さん、小学館賞の堀口さんの2つの作品は、ルネサンス時代の極めてオーソドックスな技法を使いながら、それを今風にしている点で共通しています。2作品とも安心して見られました。この作品がどうこうというよりかは、これから着実につくっていける力が学校で培われたことが伝わってきて、その可能性も含めて選ばれたのだと思います」(木津先生)
■堀江敏幸賞
CHOI HANA(チェ ハナ/大学院美術研究科修士課程工芸専攻2年)「祈り」
ブロンズを鋳造してつくった、静謐な形の花瓶です。五重塔やピラミッド、石塔など、古来人々は空に自分の祈りを届けるために、上に積み上げていく形のものをつくりました。作者のチェさんは、そのような行為をイメージして今回の「祈り」の形をつくったそうです。
堀江さんに、この作品を選んだ理由を伺いました。
「応募作品のなかで一番飾り気のないところに惹かれました。また、この作者は、良い意味でそれしかできないという印象を持ちました。審査しながら応募用紙を拝見していたのですが、ご自分の専門分野とは違うものに挑戦している方が多かったです。専門分野で応募することへの怖れがあるのではないか、と思います。挑戦する気持ちは評価できますが、一番大切にしている領域で傷つかないようにしているのかなとも感じました。作家が堂々と勝負しているこの作品に、勇気づけられました」
堀江敏幸さんと堀江賞受賞作「祈り」(CHOI HANA作)
最後に、入選作も含めた今年の「藝大アートプラザ大賞」の応募作品全体の印象についての意見を伺いました。
「全体的に模索中という印象を受けました。僕は文字の世界しか知らないのですが、おそらく、今回の応募者は、漫画や映画など、美術関係以外のものからの影響を強く受けているのではないかと感じています。彫刻が専門の方も、彫刻のみを深く見続けるのではなく、それ以外の分野から得たものを立体に落としているように思います。これは藝大の中だけの話ではないでしょう。今の時代、一つの分野に沈潜して、ストイックにその道を追い求めることが、ますます難しくなってきているのかもしれません」(堀江さん)。
「全体的に元気がない印象を受けました。僕の画業四十数年のなかの最初の頃を振り返ったのですが、昔は『予備校の神』と言われる悪魔のようにうまい人がいました。石膏像や人物像を描くときに、5手ぐらい描くと絵が見える、そういう人です。僕には、そのような時代の手で描く力のすごさが実感として染み付いていて、それが基準になっています。今と昔で基本的な言語が違うとも言えますが、それを踏まえても平面の現役学生は元気がないです。リスクを侵さない、したたかなつもりでやっていても小作りなかんじがしています。テクニック的にうまい人はいるのですが、目先のかんじに敏感になって頭でっかちになりすぎて、基本的な腕立て伏せとか腹筋をしていない。10年先にやっているだけの基礎がない気がします。ものをつくるって、ある意味体を動かして汗をかかないと体得できないことがあるので、それがこれからの課題だと思います」(木津先生)
木津文哉先生(写真左)
「木津先生が言ったとおりで、こじんまりとおさまってしまったと感じています。昔、絵画は受験の倍率も高く、雲の上の科でした。僕も油画に憧れたのですけど、とてもじゃないけどこんなの描けないと思って、彫刻科を選んだ経緯があります。なので、ずっと絵画に憧れていました。ですが、最近の絵画の学生さんを見ていると、正直それほどでもないなと思ってしまいます。90年代以降インターネットというツールが出てきて、ものをつくりこんで精神性をこめるというよりかは、どういうふうに発信して人の気を引くかという時代になった。昔は自分の人生をかけていた批評家がいたのですが、そのような強度のある批評家も減ってきて、今はアーティストの評価も口コミになってきている。そのあたりの影響も強いのではないかと思います。藝大はこれでいいのか、という危機感を抱いています」(原先生)
原真一先生(写真中央)
「陶芸に関しての話になってしまいますが、藝大の陶芸はいま転換期を迎えているといえます。いままでは器形や絵付けを競う、アカデミズムのシステムでやっていたのですが、その限界が来ているように思います。均一な価値観のものしか出てこないような表面的なものではなくて、農業のような感覚で自然のなかに入り、自然のなかでやきものができていることを感じること。今の若い世代はそういうことに興味を持つ人が増えています。受賞した持田さんもそのような感覚の持ち主です。素材から自分で考えて新しい陶芸の文脈を構築しようとする、そういうタイプの人が増えてきていることは希望だと思います」(三上先生)
三上亮先生
受賞作と入選作、合わせて80点を超える作品が、1月24日(金)~2月16日(日)まで藝大アートプラザで開催する「第14回藝大アートプラザ大賞展」で、展示・販売されます。あらゆる意味で、いまの現役学生の現状が反映された展示になっています。
藝大アートプラザは、一人の作家と長年にわったってお付き合いすることがよくあります。何年も作品を見ていると、その作家の成長過程も見えてきます。「藝大アートプラザ大賞展」は、まさにそれぞれの作家のスタート地点にあたる展示。今後のさらなる成長を思い描きながら、ぜひ作品を見ていただけたら幸いです。
取材・文/藤田麻希 撮影/五十嵐美弥(小学館)
※掲載した作品は、実店舗における販売となりますので、売り切れの際はご容赦ください。