常設展出品作家インタビュー 佐竹広弥さん

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インタビュー

「発表していないイメージのストックがたくさん貯まっている」と語る、銅版画家の佐竹広弥さん。その脳内には、木の実や豆から派生した空想上の生き物たちが繰り広げる、独自の世界が広がっています。その世界をさまざまな角度から切り取って絵にしているので、描きたいものが尽きることはありません。作品の世界観や来し方を伺っているうちに、「こういう人が画家になるんだ」と大いに納得させられていました。

植物や不思議な生き物が多く描かれていますね。

僕にとって植物などの自然界のものは、創作意欲を掻き立ててくれる存在です。とくに、木の実や蕾など、包まれているような形のものは、これからなにかになろうとして、じっとしているようで惹かれます。それらを見ていると、ここが家だったらいいなとか、乗りものみたいな形に見えるな、顔に見えてくるなとか、想像上の生き物や有機的なイメージがどんどん自分の頭の中に広がってきます。そのようなイメージの断片を掛け合わせてできる自分が見てみたい世界を版画にしています。

展示風景
佐竹広弥さん作品展示風景

無限の想像力が広がるのですね。

最初から完成形のイメージを決めて描いているわけではありません。最初に頭に浮かぶかたちは曖昧ですし混沌としているのですが、だんだんと形が形を呼んで膨らんで、何かになろうとするエネルギーのようなものが生じて、そのエネルギーに引っ張られるように絵が完成していきます。描くうちに、すべてがぴたっと落ち着くかたちがわかってきて、最終的には絵の世界で、登場人物が呼吸をし始め、生き物になったような感覚があります。そのような自分でも予想もしなかったような世界ができあがる瞬間が好きです。

佐竹広弥「ドングリと子供達」
佐竹広弥「ドングリと子供達」

それぞれの絵は、一連の物語になっているのでしょうか。

一個一個の作品は独立しているので前後関係はありませんが、いずれも共通の世界にいる生き物です。一つの大きな世界を、違うアングルで切り取ったといったら良いでしょうか。

「Botanical world」は佐竹さんの名刺にもプリントされていますね。特別な思い入れがあるのでしょうか。

僕の頭のなかにある、この作品のサブタイトルは「Green translator」です。中央にいる、特殊な装置を身に付けた人間は、植物の言葉を翻訳できる存在です。植物の言葉を人間がわかる言葉にして肩のところに空いている穴から音を発します。楽器のように音を発して動物や植物を喜ばせる機能もあります。また、ゴーグルをかけるとVRのように、植物たちに手足が生えて見えたり、植物の顔も見えてきます。

佐竹広弥「Botanical world」
佐竹広弥「Botanical world」

中央の人物の左にいるものに、顔のようなものが描かれていますね。

これがゴーグルごしに見た植物です。現代では、携帯電話でさまざまな世界の言語を翻訳できるようになってきていますが、まだ植物の言葉を翻訳する機能はありません。そういうものがあったらいいなという思いと夢を託しています。中央の人物はゴーグル装着済みの自分自身でもあります。僕自身、植物の言葉がわかるわけではないのですが、近所でふと木の実を見つけたり、植物を観察してスケッチブックに筆を走らせていることは、自然界から何かをキャッチして、植物とやりとりしているようなものだと思います。これは子供の頃から変わっていないです。

佐竹広弥「Seed -underground dial-」
佐竹広弥「Seed -underground dial-」

子供の頃から植物に興味があったのですね。

はい。中学生1年生のときに、テニス部でボール拾いをやっていました。本来ならば一刻も早くボールを拾って、先輩のところに持っていかなければならないのですが、しげみにボールが行ってしまうと、そこにある植物に反応してしまうんですよね。何かできそうだ!と思ってしまう。その頃から徐々に創作が始まったのだと思います。言葉にはできない、創造力の茂みの奥に潜む何かの存在は今でも創作の原動力です。

ご自宅には木の実がたくさんあるのでしょうか。

自分で集めた木の実がたくさんあります。たとえば、空を滑空して遠くまで種を運ぶアルソミトラの種は、UFOみたいな形でとても美しいです。そういうものを見ていると、なにかできそうだなと、描きたい気持ちがむずむず湧いてきます。「あ、かわいいな」「たのしいな」とイメージを拾うことが365日続いて、それを大真面目に銅版画にしているようなかんじです。

佐竹広弥「ラッカセイ型UFO」
佐竹広弥「ラッカセイ型UFO」

銅版画の技法についても教えてください。

まず、つるつるとした銅の板にノコギリ状のベルソーという工具で無数の傷をつけ、「目立て」という作業をします。光も反射しないくらいのザラザラのサンドペーパー状になったら、表したい模様を削っていきます。黒くしたいところは、目立てたザラザラ状のままにしてインクが詰まるようにしておきます。白くしたいところは目立てた傷を削ってつるつるにして、インクが詰まらないようにします。模様を削り終わったら、インクを詰めて余分なインクを拭き取り、プレス機で圧をかけて紙に刷ります。

銅版画の魅力とはどのようなことだと思いますか。

すべてアナログの工程で完成にいたるところです。単純な原理なのですが、それゆえに奥が深いです。インクの調合や拭き取り方、プレス機の圧のかけかた一つでも印象がガラっと変わるので、自分の体をうまくつかって、全神経をコントロールしながらつくりたいイメージに近づけていきます。完成にいたるまでに何回もやりなおしますし、ちょうどいいところを見つけるまで時間はかかるのですが、手間暇かけると、自分の精神まで作品に溶け込んでいく感覚があります。

アナログの工程という点でいえば、筆で描く油彩画なども同じですよね。

佐竹広弥

一点ものの絵画を描くこともありますし、ドローイングもプロセスの中で重要です。しかし、僕はスッと絵の中に入って自由に空想してくつろいだり、遊べる空間作りを目指しています。それを目指したときに、銅版画独特の重厚な艶消しのマチエールや暖かさ、湿度を帯びたぼやっとした調子の方が、丁度いいと思っています。その方が、理想とする距離感で鑑賞者と対話ができるような気がしています。

「Sign」は、モチーフ自体はかわいらしいのですが、どこか怖い雰囲気が漂っています。もし版画ではなく、ノートの切れ端にペンで描かれていたら、もっと明るい印象を与えると思います。

造形はいつも線から始まって、徐々に肉付けしていきます。最終的にはペンでサラッと描いただけでも時空を歪めるような力を手にしたいですね。 銅版画ならではの闇と独特なトーンによって、少し怪しげな雰囲気が出ていると思います。 かわいく笑っているだけ、一面的に何かを説明するだけではなく、光と闇を孕んだ存在、一度見たら忘れられないような、深く印象に残る存在を描きたいと思っています。

佐竹広弥「Sign」
佐竹広弥「Sign」

小中学生ときから絵を描くのが好きだったのでしょうか。

両親は学生時代に美術部に入っていましたし、兄弟もみんな絵が好きで、幼いときから絵は身近でした。自分だけ左利きなので、ぎこちない線しか引けなくて、それが悔しくてみんなよりうまくなりたいと思っていました。

表現したい世界は子どもの頃からあったのでしょうか。

あったと思います。思春期を過ぎた頃から、いつしか世の中にある既製のものではしっくりこなくなっていました。自分の探しているものがどこかにあるのではないかと思って、絵や音楽などいろんなものを模索して、美大受験に至りました。

佐竹広弥「Comfortable sleep/快適な眠り」
佐竹広弥「Comfortable sleep/快適な眠り」

受験を決めたときには、既に銅版画を専攻しようと決めていたのですか。

はい。予備校時代から、モノクロームの版画的な油彩画を描いていました。予備校の先生に見せてもらった参考資料が、気づいたら全部版画についての本でしたし、本屋さんで銅版画の作家さんの本を発見して感動したこともありました。ですので、大学に入ったらぜひ銅版画をやりたいと思っていました。

今後の抱負を教えてください。

発表していないイメージのストックがたくさん貯まっているので、これからもコンスタントに作品に焼き付けて、個展を開催していこうと思っています。その作品を、音楽家や小説家など、異ジャンルの人に届くくらいの強いものにしたいと思っています。というのは、このあいだ、CDジャケットの絵を描く仕事をさせていただいて、その絵をTシャツにもしていただいて、絵の世界が世のなかに飛び出して、現実になっていくような気持ちになったからです。強い作品ならば、もっと絵の世界を具体化できるのではと思っています。

もう一つ、絵本や画集をつくることも夢のひとつです。既に温めているストーリーやアイディアもあります。銅版画の絵本は少ないですが、実現すれば薄明かりの照明のように、寝る前に読むと落ち着くものができると思います。自分一人でつくるのもよいですが、文章の得意な人と共作してもよいですし、合わせてフィギュアや木製の人形をつくったりするのも良いと思っています。作品を通していろんな人と出会って、自分の幅も広げていけたら嬉しいです。

●佐竹広弥プロフィール

1985 年  神奈川県生まれ
2012 東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻 卒業
2014 同大学大学院美術研究科修士課程絵画専攻版画 修了
現在 銅夢版画工房 講師
2019 年  gift 2019 不忍画廊(日本橋)
銅夢版画展 シロタ画廊(銀座)
崎山蒼志さんのアルバム「並む踊り」CDジャケットアートワークを担当
アートコレクターズ3月号「完売作家」特集 掲載
「形象の庭」展 うしお画廊(銀座)
インターナショナルメゾチントフェスティバル出品
エカテリンブルグ美術館(ロシア)
2018 個展 ギャラリー戸村(京橋)
テレビ「BSフジ ブレイク前夜」出演
アートフェア東京出品 ギャラリー戸村(東京国際フォーラム)

【受賞】
第12回新生展「アートコレクター賞」新生堂(青山)


取材・文/藤田麻希 撮影/五十嵐美弥(小学館)

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