木々が色づく季節にぴったりな作品を出品してくださった、古賀真弥さん。その作品は、金属とは思えないような鮮やかな色、表面に施された複雑なマチエールが魅力的です。今回のインタビューでは、出品作品について、彫金という表現方法を選んだ理由を伺いました。お話を伺うと、古賀さんが表現するうえで大切にしていること、そして、彫金、鋳金、鍛金という技法の違いも浮かび上がってきました。
■今回の出品作「翠の夢」についてお話を聞きたいです。一見、切り株のようにも見えますね。
この台座の形は、切り株、テーブルクロス、カーテンなど、いろいろなモチーフをイメージしています。表面には、雨水が流れているような表情をつけていますが、見る人がそれぞれに感じてくれればよいと思っています。「翠の夢」という抽象的なタイトルをつけたのも、人それぞれで解釈できるようにしたかったからです。
古賀真弥「翠の夢」
■台座という扱いなのですね。
もちろん作品の一部ではあるのですが、僕の作品はシンボリックに表現するものが多いので、台座のようなシンメトリックな形にすることがあります。
■その台座から若葉がすっと伸びていますね。
成長を象徴的に表現するために、若葉のモチーフを使うことは多いです。成長したいと夢見ている芽のイメージです。植物が芽吹くためには、栄養となる枯れ葉や水など支えになるものが必要で、それらが芽の下にある様子を想像しながら視覚化しています。このようなことは、人にも置き換えることができるのかなと思っています。人も一人で成長することはできませんが、見えないところで助けになってくれる支えがたくさんあります。
古賀真弥「翠の夢」(部分)
■水は樹脂で表現しているのですね。
はい。大学を出たあとから、金属だけではなく別の質感も取り入れたいと思って、透明な樹脂をつかうようになりました。金属以外の素材と金属を組み合わせようとすると、慣れない分、組み立てるときに形が合わないことや、この作品のように重量のある別パーツとなると遠くに輸送するときに壊れるリスクも高まりますし、作品のコンセプトを表現することとは別の難しさがあります。この作品の場合、ドーム状の樹脂を床から浮かせているので、それを金属の縁の部分で支えられるように構造も工夫しています。
■葉っぱは鮮やかな色ですね。
赤から青までの色幅を表現することができるので、銅をつかっています。緑色は銅と薬品を反応させることによって緑青という錆を発生させて着色しています。赤色は熱を利用した緋銅と呼ばれる着色で、茶色は硫黄と反応させる硫化という着色です。
古賀真弥「翠の夢」(部分)
■絵具を塗っているわけではないのですね。色をつけてから、葉の形を切り出すのでしょうか。
僕の場合は、特殊な加工をした金槌やタガネをつかって質感をつけてから、葉っぱのシルエットを糸鋸で切り出しています。そのあとに、折り曲げて、葉っぱらしい形に変形させています。着色はそれらがすべて終わった後の仕上げになります。
■以前、アートプラザで展示していた作品も「翠の夢」というタイトルでしたが、形はかなり違いました。
下に若葉や蕾があって、それを不思議な形の台座が囲んでいて、その上に花や蝶をのせています。ですが、表現しようとしていることは今回の出品作と共通しています。下の若葉や蕾が実態で、上にあるものはこうなりたいなと夢見る幻のつもりです。リアルにしすぎるとイメージを固めてしまうので、あえて形をそぎおとして抽象的な形にして、あとはそれぞれの人の想像で補完してもらおうと考えています。
古賀真弥「翠の夢」(部分)
※「音でつくる・音をつくる・かたちをつくる」出品作品ではありません。
■今回の展覧会のテーマは音ですが、音についてどのように考えていますか。
とりたてて意識はしていませんが、僕にとって音は常に聴こえているものなので、今回の作品のように植物や水などをモチーフとするときにも、水が流れる音や風がそよぐ音を想像しながら作業しています。直接作品とは関係ないかもしれませんが、作業するときには道具と金属の当たる音で手応えを判断しています。叩いている位置が少しでも違うと、イメージと違う音がなります。このように音も大事にしながら制作をしています。
■藝大を受験しようと考えたきっかけを教えてください。
机に向かういわゆる受験勉強をしないので楽そうに見えた、という安直な理由です。きっかけとしてはそのようなことでしたが、すぐに、自分よりもずっと上手い人や頑張っている人がたくさんいることに気づき、そんなに甘くないことがわかりました。ただ、僕は飽き性で、習い事も全然続かなくて、集中して続けられたことがなかったので、そういう自分に負けたくないという、気持ちで頑張りました。負けず嫌いだったんだと思います。
■なぜ工芸科だったのでしょうか。
プラモデルとか、細かいパーツを使って組み立てる工作的な作業が好きだったので、その感覚に一番近そうな専攻を探していました。当時の僕のつくりたいものは、いわゆるアートではなかったので、彫刻科ではないなと思いました。絵は上手い人が多すぎて、自分が絵の道に進んでいるイメージがわかなくなっていました。デザインも、自分はおしゃれではないのでできそうな気がしませんでした。工芸も最初はピンとこなかったのですが、予備校の先生が言った「工芸は自分のデザインしたものを自分でつくる」という言葉が自分の中にすっと入ってきて、それで工芸を選びました。
■工芸には、ファインアートを目指している人もいれば、職人的な人もいますし、できることの幅が広そうですね。だから居場所としてよかったんですかね。
工芸というものがどういう世界かよくわかっていませんでしたが、そこで学んでいる自分を想像しやすかったです。
■なぜ彫金を専攻したのでしょうか。
彫金は、こつこつと小さいものをつくって組み上げていく作業が多いので、自分の肌に合っているなと思いました。漆も作業を積み上げていくので迷ったのですが、金属のほうがコツがわかったときに思い通りになってくれる感覚がありました。全部自分のコントロール下において、作業を進めていくことができると思いました。
■たしかに、陶芸などは、窯で焼きますし偶然性が重んじられそうですね。
自分の手から離れた偶然性によって決まることが不安でした。失敗には必ず原因はあると思うのですが、相当な知識がないと原因がわかりません。金属の場合、失敗したとしても全部自分の手の動きなど原因がすぐわかるので、改善点が見つけやすいと思いました。
■鍛金や鋳金はイメージと違ったのでしょうか。
鍛金や鋳金は大きな作品をつくるので、自分の手に負えないような気がしました。彫金は比較的小さな作品をつくりますし、最初に彫金を体験したときに触った銀が、自分の好みに合っていたというのも大きいです。また、作業環境の面でも続けていきやすいと思いました。小さい糸鋸をひいて形を切って、細いバーナーがあれば溶接もできますし、工夫次第では机の上で完結できます。
■今後の目標を教えて下さい。
大志を抱いているわけではありません。欲をいえばお金持ちにはなりたいですが(笑)、なかなかそうもいかないことはわかっているので、今後も制作を続けられて、それを発表する機会があって、それで美味しいご飯を食べてお酒を飲めればいいかなと思っています。いまは藝大で働かせてもらっているので、設備的な問題もクリアできていますが、今後どういったものをつくるかはその状況にならないと決められません。その環境のなかでできることをやるしかないですね。
●古賀真弥プロフィール
1988 | 年 | 福岡県生まれ |
2014 | 年 | 東京藝術大学大学院美術研究科修士課程工芸専攻彫金 修了 |
現在 | 同大学美術学部 工芸科彫金研究室 教育研究助手 |
【主な展示】
2017 | 年 | AKKA – 工芸とアートの金沢オークション – 2017(金沢/於・しいのき迎賓館) KOGEI Art Fair Kanazawa 2017(金沢/KUMU 金沢 – THE SHARE HOTELS -) |
2016 | 年 | 彫金*戦功(東京/日本橋三越本店) 21世紀鷹峯フォーラム 次世代工芸展 2016(京都/京都市美術館別館) |
2015 | 年 | 個展 (東京/いりや画廊) |
取材・文/藤田麻希 撮影/五十嵐美弥(小学館)
※掲載した作品は、実店舗における販売となりますので、売り切れの際はご容赦ください。