「藝大の猫展」の学生対象のコンペで「猫大賞」を受賞した、山田高央さんの「シュレディンガーの毛玉」。鑑賞者が手にとって楽しむことができる体験型の作品で、具象的に猫を表そうとする作品とは発想が異なり、展示室でも一際目を引きます。作者の山田さんに、この作品のコンセプト、文化財保存学を専攻しながら制作をすることになった経緯などについて伺いました。
■猫大賞の受賞、おめでとうございます。「シュレディンガーの毛玉/Where did we get that cat from?」は、どのようにして鑑賞するのでしょうか?
箱のなかに瓶があり、そのなかに磁石と砂鉄でできた猫が入っていています。箱を閉じてガラガラガラと振ると、砂鉄の付き方が変化して、猫の目や肉球のようなものが現れ、箱を開ける度に違う形の猫が現れます。気に入った形の猫が出たところで、箱を開いて飾っていただくのが、理想的な楽しみ方です。
山田高央「シュレディンガーの毛玉/Where did we get that cat from?」
■この作品をつくろうと思った経緯を教えてください。
今、僕は大学院の文化財保存学専攻の保存科学研究室という、文化財を後世に残していく方法を研究するところに所属しています。藝大唯一の理系の研究室で作品制作をすることはありません。ただ、学部は工芸科の鍛金にいて、卒業制作では、自在置物(関節ごとに可動してポーズが変えられる置物)のパロディで、「自走置物」という、動くカブトガニの作品をつくりました。その流れで哺乳類もつくってみたくなり、鉄で本体をつくって磁石を仕込んで砂鉄をまぶしたら、もふもふの生き物ができるかなと思って、いつかやってみようと思っていました。そんなときに、猫展というテーマで募集がかかったので、砂鉄の猫をつくろうと思いました。
箱を閉じて振ることで、観客が猫の形を変えられる。
■作品のタイトルのもとになっている「シュレディンガーの猫」について教えてください。
大学院1年生ときの授業で聞きかじった、素粒子物理学のたとえばなしです。物質をどんどん拡大していくと原子核があって、その周りを電子が回っています。電子が今この瞬間どこにいるのかということを考えようとすると、調べればわかりますが、電子は光に近い速さで動き回っているので、調べた瞬間以外はどこにいるかわかりません。つまり、電子が原子のなかでどのような状態にあるのか、正確には説明することはできなくて、確率でしか説明できません。
シュレディンガー(オーストリアの物理学者)は、このような素粒子の状態を説明することの矛盾を皮肉って、「シュレディンガーの猫」という思考実験を発表しました。箱のなかに、原子核崩壊が起きると、ハンマーが振り下ろされ、毒ガスの入った瓶が割れるという仕掛けと、生きた猫を一緒に入れます。原子核崩壊が起きると毒ガスで猫は死んでしまいます。ただ、原子核が崩壊しているかどうかは、箱をあけて、猫が無事かどうかを確認するまではわからない。箱を閉じているあいだは、全く逆の2つの状態が共存しているわけです。僕のつくった「シュレディンガーの毛玉」は、箱を一切開けること無しに毒ガスの瓶も放射性物質も取り除いて、箱のなかに生きているか死んでいるかよくわからない猫だけが存在している、そういう状況をあらわした作品です。
■なかなか難しい話になってきました…。
よくわからないかもしれませんが、わからないこともこの作品のミソなんです。そもそもアートとは何なのかと考えたとき、説明するのは難しいです。美術の教科書に載っているようなファインアートのみが美術であると思っている人や、現代美術こそがアートだと言う人もいたり、人によって違います。僕もわからなくなって行き詰まったこともあったのですが、今はわからなくてもいいんじゃないかと思えるようになってきました。アートを明確に説明するのは難しいけれども、たしかにアートというものは存在しています。それを、電子の状態を説明することが難しいけれども、たしかに存在している、ということと重ね合わせようとしたんです。
■砂鉄から目が出ているだけで、猫だとわかるのがすごいですよね。
シュレディンガーの猫は生きているかわからない猫なので、形のない猫にした方が面白いと思いました。磁石と砂鉄の量の調整を繰り返し、猫だとわかるだろうギリギリのラインにもっていきました。毛質にもこだわっています。瓶の上の方にも磁石をつけることで砂鉄がベタッとなることを回避し、猫がびっくりしたときにブワっと毛を逆立てるような、ふかふか具合を出しています。
■大学院で文化財保存科学を専攻した理由を教えてください。
鍛金の修士を受験したのですが、落ちました。あまりにも落ち込んでしまって、制作にも行き詰まってしまって、作品を制作することはなくなってしまいました。鍛金という狭い世界で何かをやろうと考えても、自分が思いついたアイディアは既にやりつくされていて、僕が制作する必要はないと思って、それをやるくらいだったら、むしろ今残っている、数百年前のものを後世に伝えるための方法を考える方がよっぽど必要なのではないのかと思うようになりました。それで文化財保存学科に入りました。いまは、明治時代の山田宗美という鍛金作家が、どのようにして作品をつくっていたのか、材料学的に調べられないかなと思っています。
■山田さんの作品はほかのどの作品ともアプローチの仕方が違って、審査の会場でも目立っていました。
文化財保存科学にいた1年間で、まわりの学生がどんなものをつくっているかということから切り離され、材料は鉄じゃなきゃいけないとか、叩かなきゃいけないとか、そういった制約もなくなっていました。だからこそ今回の作品ができたのかもしれません。
■さまざまな状況が重なって、この作品が生み出されたのですね。今後は保存科学の研究と制作、どのような方向で進もうと考えていますか?
現在、アルバイトで金属を修理する仕事をやっています。そのような、ものを直して後世に伝えていくことは、なんらかの方法で続けていきたいです。それを活動のメインにして、制作とは距離をとるつもりでいたのですが、今回、息抜きにつくった作品が大賞を受賞してしまったので、まだ制作をしてもいいのかな、本当はやりたいんじゃないかなという気持ちに目を向けられるようになってきました。これからゆっくり考えていきたいと思います。
●山田 高央プロフィール
2017 | 年 | 東京藝術大学美術学部工芸科鍛金 卒業 |
2019 | 年 | 現在 東京藝術大学大学院美術研究科文化財保存学専攻保存科学修士課程2年 |
取材・文/藤田麻希 撮影/五十嵐美弥(小学館)
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