第17回藝大アートプラザ大賞展受賞作家インタビュー 彩り豊かな五名のアーティスト

ライター
中野昭子
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インタビュー

東京藝術大学(以下、藝大)の学生であればだれでも出品することができる、年に一度のアートコンペティション、藝大アートプラザ大賞。第17回を数える今年も、平面や立体など、彩り豊かな作品が結集しました。今回は栄えある「第17回 藝大アートプラザ大賞」に入賞した五名のアーティストにお話を伺いました。

苗 青青(美術研究科 修士 1年 文化財保存修復日本画)

日本画の古い技法を学び、創作に活かしたい

大賞 受賞作品「シープ」

大賞をいただきました「シープ」の羊は、神話や伝説の中に主人公として登場する動物で、前から描きたいなと思っていた画題でした。絵の中の羊は目を閉じていて、絵を見た方が落ち着いた気持ちになってくださるといいなと思います。加えて、私が絵を描いていた時の楽しい気持ちや、見ていただいたことへの感謝の気持ちが伝わればと願っています。岩絵具の落ち着いた質感や、光によって変化する色彩、箔が持つ魅力をお伝えしたいので、実際に足を運んで見ていただけたら嬉しいですね。

今回は、白い羊を描いた「シープ」と、黒い羊を描いた「シープ」の二点を出品しました。賞をいただきました黒い羊の色を表現する時、絵具だと黒くなりすぎるように思ったので、黒箔を使用しています。黒箔は脆いですし、貼る方法にも癖がありますので、扱いが難しいのですが、箔の光沢や「ボロボロ感」が、表現したい要素と一致していたので使いました。私はチャレンジすることが好きで、新しい方法への挑戦を続けたいと思っています。
出品した二枚の「シープ」は、二種類の羊を比較させて描きたかったので、白い羊がフワフワした優しい印象、黒い羊がクールで神秘的な印象にしました。背景は羊たちが見ている夢で、ヨーロッパ風の幻想的な雰囲気を表現しています。構図に関しては、羊の全身像を描いた後に、顔だけだと面白いなと思って今回の形にしたのと、また、見る人の想像の余地を残すという狙いもあります。

二枚の絵のタイトルはどちらも「シープ」。苗さんは、「二つを同時に描きましたが、鑑賞いただく際はセットでも別々でも、どちらでも構いません」とのことです。

私はもともと中国の総合大学の美術科で中国画を勉強していました。中国画は墨や薄い絵具を使うのですが、中国にいた時に平山郁夫のシルクロードの作品を鑑賞して岩絵具の魅力を知り、日本画を独学で勉強した後、2021年に藝大へ留学しました。日本画の、細く切った素材を貼り付けて文様を描く技法「截金(きりかね)」や、岩絵具の色彩や材質などを自分の作品に反映したいと思っていまして、特に古いものの「ボロボロ感」を表現したいですね。
現在は藝大の美術研究科文化財保存修復日本画に在籍していまして、保存修復の古い技法を学び、自分の作品に活かしてアーティスト活動をしていきたいです。もともと保存修復とアーティスト活動を両方やるのは難しいと思っていたのですが、今は両方行うことで、互いに良い影響があると感じています。

画題としては、昔は花や植物を描いていて、中国の壁画をモチーフにした作品などもありました。今は動物を主なモチーフにしていまして、今回の羊のように動物を描いていきたいですね。大きな絵を描く技量を身につけて、いずれは黒いクールな羊を大きい作品として描きたいと思っています。

【SNS】
苗青青 Instagram @deer_siro

杉本 ひなた(美術学部 2年 絵画科油画専攻)

他者と自分が入り込むバランスを測りつつ、挑戦を続ける

準大賞 受賞作品 「hopes」

今回出品した「hopes」は、「紙に向かって通常の絵を描いていくのとは異なる熱量で、自分の作品を俯瞰的・客観的に見たらどうなるか」という疑問からつくったコラージュ作品です。過去に紙や布などに描いたものなどを繋ぎ合わせて制作しました。メインの人の顔の部分は一シーズンほど前に直接布に描いたもので、新聞は藝大の進級制作で使った素材の一部を活用しています。全て実験的につくったものから成っていて、取っておいた作品、捨てられないものから構成しています。時期としては、進級制作で大きい作品をつくっている時に並行してつくっていまして、その時の楽しい気持ちが反映されています。「hopes」というタイトルも、当時の思いが投影されていますね。

いろいろな挑戦をしたいという杉本さん。「hopes」は、杉本さんの作家人生の中で、今しか見られない作品かもしれません。

私は常に、その時のテーマに即したものを描きたいと思っていて、つくりたいものは都度変わります。ただ、基準はありまして、自分の中の好きだという気持ちだけではつくらず、他者が入り込む余地や自分が入り込むバランスを考えます。平面が好きで、描くことから離れたくないという気持ちはあるのですが、その過程で違うことをやりたい、いろいろなものに手を付けたいという思いがあります。その時のテーマに適した作品を描いていますが、制作はずっと続けていきたいですね。

最近は、自分の外側にある情報にどうやって反応するのかを考えていて、自分自身や、自分がこうなってほしいという気持ちをなるべく出さない作品をつくっています。例えばスライムを伸ばして人の顔にして切っていくうちに整理できない状態になり、変化していく様が完成形になる作品や、まるで人の肌のような動物性の豚の革を、積極的に着色せずに退色させた作品、新幹線の窓から富士山を撮影した写真を元に、自分で描いてはいるが思い通りにはならない、ドット絵のようなペインティングも制作しました。

私は子どもの頃に造形教室に通っていて、学校の授業では許されないような立体をつくるなど、いろいろな挑戦をしていました。高校は美術科で、油彩・日本画・彫刻の専攻を三年生で決めるのですが、二年生までは三つともやっていました。
大学に行くメリットは、多様な挑戦を受け入れてくれることだと思っていて、それを面白がってくださる教授や同期もいます。今は模索の時期ですが、その状況が苦しいわけではなく、出来上がることが楽しくて、実験しながらポジティブな挑戦を続けています。

【SNS】
杉本ひなた Instagram @hinatasugimoto_32

ヤマモト ヒカル(美術研究科 修士 1年 デザイン)

手探りでいると、いろいろなことが繋がる瞬間がある

準大賞 受賞作品「Here comes the Sun」

「Here comes the Sun」は、自分のやり方を模索していた時に、前から興味を持っていた海外のペーパービーズを大きくしていた時につくった作品で、紙を巻いて積層にして立体に起こしています。制作時は、最終的な作品のイメージがあり、出来上がった時の幅やバランスに理想があったので、予め比率を書き起こし、長すぎると安定しないので、軸は繋いでつくりました。
作品には、私は晴れていると頑張ろうと思えるのと、私自身が太陽が好きだったので、自分に対する希望という意味も込めています。ご覧になった方と、作品を介して同じような思いで結びつくことができたら嬉しいですね。

私は、機械の比率が大きいものより、人の手が入っているもの、人の温度を感じさせるものに惹かれます。この作品にも、制作中にその都度考えたことが反映されていて、記憶や気持ちが累積しています。形に関し、記憶や気持ちは変わるものですし、ポジティブな要素もネガティブな要素も入れたいと思ったため、具体的な形ではなく抽象的な形態にしました。色彩は、つくっている途中でないとつけられない部分があるので、制作中につけています。作品に箱をつけたのは、私が学部生の頃はプロダクト専攻だったので、パッケージ制作が身についているのと、作品の帰る場所、居場所をつくってあげたいと思ったためです。

緻密で丁寧な手仕事の痕跡が感じられる「Here comes the Sun」。明るい色彩は、見ているだけで元気をもらえるようです。

私はもともと工芸をやりたいと思っていたのですが、高校生の時にnendoの佐藤オオキさんの番組を見て影響を受け、やりたいことは手でつくる仕事で、考えや組み立て方はデザインだと考えたので、多摩美術大学の生産デザイン学科プロダクトデザイン専攻に入学しました。その後、プロダクトの枠組みだけだと窮屈に感じるようになり、視野を広げたいと考え、当時の教授に藝大の院を進められて受験しました。プロダクトデザインをつくるにあたり、用途がないと不安だったのですが、コンセプトが伝わりづらい部分があって、もっとニュアンスを掴みやすいものをつくりたいと思い、今回の作品に結びつきました。

ものをつくっている時、私は常に考えを巡らせています。手探りでいると、さまざまなものが合致する瞬間、やりたいことや考えていることが全て繋がる瞬間があります。私の制作は、手を動かして触ってみて、しっくりくるまで変えていく、その積み重ねのように思います。今後の制作は、今回の作品に類するものになるかは分かりません。ただ、言い表すのが難しいのですが、用途がありつつも彫刻のように置いてあるだけで成立するようなもの、例えば壺のような作品をつくりたいですね。

【SNS】
ヤマモトヒカル Instagram @bbb_highchan

西村 柊成(美術研究科 修士 1年 工芸 染織)

見る人の、ポジティブで色彩豊かな記憶を呼び起こしたい

アートプラザ賞  受賞作品「Images -intersection-」

現在は修士過程に在籍していまして、絵絣(えがすり)という技法を用いて制作しています。絵絣は糸に刷毛染で染色を施したのち織機にセッティングし織り上げる技法で、出来上がるものは織物なのですが、染物の要素もあり、その点が気に入っています。学部時代の卒業制作は、「ノッティング」というラグマットなどを作る際に用いる技法で制作しました。ノッティングは多様な色彩やテクスチャー、凹凸感を出すことができます。学部時代はノッティングで半立体的なレリーフ状の表現を追究し、現在は絵絣で刷毛染ならではの自由な紋様表現やグラデーションにフォーカスを当てて制作しています。今回の作品「Images -intersection-」は絹糸を使っています。絹は丈夫で発色がきれいなのですが、鮮やかになり過ぎる時があるので、少しずつ色を足すなどの工夫をしました。

私は学部三年時のカリキュラムである工芸総合演習で、作品を通して鑑賞者がそれぞれに持つ記憶や経験、感情を想起するものをつくりたいと考えるようになり、大学院でも同じコンセプトで制作しています。コロナ禍で気持ちがふさぎこんでいた時、過去の記憶が心の支えになった体験があるので、見てくださった方が過去を追体験できる作品をつくりたいと思っています。
「Images -intersection-」は、作品のコンセプトとして、鑑賞した方が抱く感情や想起する記憶が色とりどりになってほしい、ポジティブで色彩豊かな記憶を思い起こすことができるようにと願って制作しています。テーマは「水平線」です。私は海がある街で育ったのですが、海の見え方はその時の気持ちや感情で変わるなと感じていまして、制作で大切にしたい部分と結びつくと考えて選択しました。

「Images -intersection-」を見ていると、通常の絵画鑑賞とは異なる感情を揺さぶられるように思います。

藝大の工芸科に入学したきっかけは、父が建築系の会社に勤めており、幼少期より住宅や家具などを目にする機会に恵まれたことが大きいですね。父の影響でインテリアに興味を抱き、中学生の時に海外で活躍するデザイナーになりたいと思い、まずは日本の伝統工芸を履修し日本のアイデンティティを知ろうと考え、工芸を学ぼうと決めました。藝大は関東圏の大学の中で学べる工芸技法の選択肢が多く、少人数制なので学年や専攻の垣根を越えて、様々な人との交流をより密に図れることで、インプットを多く得られるのではないかと考えたのが決め手でした。
この度、藝大アートプラザ大賞に出品したのは、過去にグループ展に出品した際、人目に触れてリアクションをいただくと勉強になると実感したためです。藝大アートプラザでの展示ですと、より様々な人に見ていただける点がいいですね。
私はこれから修了制作に着手しつつ、就職活動をする予定です。インテリアデザインやディスプレイのコーディネーターなどに興味があり、空間をデザインする職業に就きたいです。将来的にはデザイナー業と作家業を両立し、定期的に作品発表の機会をつくっていければと考えています。

【SNS】
西村柊成 Instagram @nishimurashusei_

野村 俊介(美術学部 3年 工芸科 陶芸専攻)

挑戦することで成功した、陶と金属を組み合わせる技巧

アートプラザ賞 受賞作品「オサムシタケ ~冬虫夏草~」

「オサムシタケ ~冬虫夏草~」は、鉄鋼のような部分は金属で、虫の部分は陶でできています。工芸科のカリキュラムである工芸総合演習で、違う専攻と行き来して制作し、素材をミックスさせた経験を生かしました。
陶の部分は、ろくろを使わずに手とへらだけで成形して低火度で焼成する「楽焼」という技法を使っています。発色は、釉薬が溶けた段階ですぐに取り出して冷却する技法「引き出し」で行いました。日常的な食器などの釉薬には、1200℃~1300℃くらいで溶けるものを使うのですが、この作品は900℃程度で溶ける釉薬を使い、狙った見た目になるように調整しています。また、焼成時に新聞紙を使うことで玉虫のようなメタリックな光沢を再現しました。
今回の作品は、鉄鋼のような金属部分に、陶でできた虫の部分を後からつけるのではなく、組み合わせた状態で焼いています。虫を作って半分に切り、中身を掘ってくり出し、金属を通す穴の位置を決めてつけるのですが、陶は焼くと収縮するので、それも計算して虫を動かせる状態にしてつくっています。教授にも、この作り方では「無理だろう」と言われたのですが、挑戦したところ失敗なしでつくることができました。
作品のイメージは、私が昆虫が好きで、昔からカブトムシやクワガタムシやバッタなどを飼っていて、生物の造形美に惹かれていた、ということがベースとしてあります。虫が死んで埋まってキノコが生える冬虫夏草のイメージと、ウクライナ侵攻で瓦礫が鉄筋から生えているイメージが重なってこの形になりました。

「オサムシタケ ~冬虫夏草~」の色味や、陶と金属の組み合わせには、昔ながらの技巧と、新しい挑戦が詰まっています。

私は東京都立工芸高等学校の出身で、金属工芸を専攻して彫金・鍛金・鋳造などを学んでいました。部活で陶芸をやり、それがとても楽しかったので、藝大では工芸科の陶芸専攻に在籍しています。
金工の場合、出来上がりがある程度想像できて、作品の完成形が分かるのが良さだと考えています。一方で、陶芸は自分で形にした後は釜に任せ、成功するか否かはそこで決まりますので、一生かけてもやりけれない面白さがあると思っています。また、陶芸は金工に比べて制作期間が短いので、その点も自分に合っていると思って専攻しました。

陶芸作品としてはつきものの問題ではあるのですが、陶は弱い部分がありますので、作品に強度が欲しいと思っています。今後は作家として活動していきたいので、モノとして強靭で、ビジュアルも思い描いたものを反映した作品をつくるにはどうすればいいか、ということが課題ですね。

「藝大アートプラザ大賞展 – Geidai Artplaza Festival 2023」

会期:2023年1月28日(土)〜3月12日(日)
営業時間:10:00-17:00
休業日:月曜・火曜
入場料:無料

※定休日が祝日・振替休日の場合は営業、翌営業日が休業
※営業日時が変更になる場合がございます。最新情報は公式Webサイト・SNSをご確認ください

写真撮影: 今井裕治

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