「おみやげ 展 -Souvenirs of life-」出品作家インタビュー 小田伊織さん

ライター
藝大アートプラザ
関連タグ
インタビュー

小田伊織さんがつくりあげる、美しい漆塗りの器たち。漆工芸と聞くと、朱や黒のお椀やお重、桜や松、鶴など伝統意匠の蒔絵をイメージする方が多いかもしれませんが、小田さんの作品はもっと自由です。今回の出品作には青を基調としたものが多く、意匠もたんぽぽ、夜空の景色、舟の帆など、所謂伝統的なものとは少し違います。このような発想がどのように生まれたのか、伺いました。

出品作品を拝見して青色がとても印象的でした。青色がテーマの一つになっているのでしょうか?

意識をしているわけではないのですが、空をテーマに作品を制作することが多く、青はよく使います。

column191022_02.jpg
右から時計回りに、小田伊織「茶器-虹色空-」「香合-帆-」「茶器-タンポポ-」「蓋物-夜の光-」

漆といえば赤と黒のイメージが強いのですが、青い漆は珍しいのでしょうか?

黒と朱の漆は縄文時代から使われており、長い歴史があるため一般的ですが、現代においては様々な顔料を漆と混ぜることで多様な色漆を使うことが可能です。

作品はどのようなプロセスを経てつくられるのでしょうか?

木が土台となる木地物や木胎作品については、構想をスケッチしてから、図面を引き、表面に施す意匠の図案を制作します。そのあとに、木を加工して木地をつくり、漆を塗りやすくするための下地の工程を数回経たあとに、漆を数回塗り、螺鈿や蒔絵などの装飾を施して完成します。

麻布を漆で貼り合わせたものを土台とする、乾漆作品についても図案制作までは一緒です。そのあと、粘土でつくりたい形を造形し、石膏を使って石膏型を作成し、できた型に漆で麻布を貼り重ねて積層し、その後は木地物と同様に、下地、塗り、装飾と進めて完成です。塗りや装飾だけでなく、木地づくりや造形にいたるまで、全て一人で制作しています。

column191022_03.jpg
小田伊織「茶器-虹色空-」

つい、螺鈿の美しさなどに目が行ってしまいますが、そこにいたるまで膨大な工程があるのですね。ちなみに、「茶器―虹色空」などの側面は、青い色が均一ではなく、むらのあるように塗られていますが、これはどのような技法なのでしょうか。

黒漆の研ぎ肌(黒漆を塗って研いだ表面)に薄く青い漆を塗り、乾かないうちに紙を丸めたものなどで押し当てて表情を作っています。たまたま失敗してそのような表情ができたことがあって、その時に、漆は綺麗に塗ることが基本であり、塗る、研ぐ、磨くという工程が当たり前とされているけれども、絵の具のようなプラスの作業、たとえばマチエールをつくって終える仕事があってもいいのでは、と思いました。また、そんな絵の具のような仕事と、漆らしい黒塗りに装飾を施した仕事をひとつの世界の中に表現したら、漆の新しい表現が作れるのではないかと思って始めました。

装飾される意匠は、たんぽぽ、舟の帆、羽、リボンのような結び目など、具体的なモチーフを抽象化したものが多いように思います。空も多いように思います。どのようなこだわりがあるのでしょうか?

漆芸は素材の存在感があるからか、どうしても表情が硬くなりがちです。そのようなものではない何か、例えばグラフィックデザインやテキスタイルデザインの世界に見られるような柔らかい表現が、漆の技法でできたら面白いのではないかと考えて、いつも試行錯誤しています。また、日常の中でみたものや風景をモチーフにしているのですが、図案化するときは観察から得た情報を簡略化するなどして、自分のフィルターを通すことを大切にしています。

「丘」「空の街」は、平面絵画のような壁に掛ける作品ですが、お椀や蓋物など、用途のあるものをつくっているときと、制作するときの心持ちやこだわっている点に違いはありますか?

基本的にはあまり分けて考えてはいませんが、お椀などの使うものには用途による形の規則性があるので、使いやすい形態、厚みなど、絶対的に外せない部分は守っています。その上で自分のデザインをして制作しています。

column191022_04.jpg
上:小田伊織「丘」 下:小田伊織「空の街」

漆の魅力について教えてください。

漆は天然の塗料であり、接着剤にもなります。もちろんツルツルにできるしザラザラにもできます。蒔絵で金属質にもできるし、ラメのようにキラキラさせることもできます。螺鈿は虹色のように光りますし、それらの異なる質感を対比させることだってできます。もちろん造形においても自由な形が作れるし、大きくて軽いものも作れます。このように変幻自在な素材であることでしょうか。

今回の展覧会のテーマは「人生のおみやげ」ですが、小田さんは「人生のおみやげ」についてどうお考えですか? その考えをどのような形で作品に反映させたのでしょうか。

出品した作品の意匠となっているものは、旅先でみた街の景色や身近な植物など、日常の中で実際にみたものや風景です。そういったものを形として残すことで、人生のおみやげになっているのだと感じています。

美大・藝大を目指した経緯、そのなかでなぜ、工芸専攻の漆芸に進んだのか教えてください。

もともと両親が陶芸家だったこともあり、小さな頃から粘土遊びをしたり、物を作ったり、絵を描いたりすることが好きでした。その後、必然的に美術コースのある高校に進学し、高校ではグラフィックデザインの道を志しましたが、やはり自分の手で物を作ることに興味が湧き、藝大の工芸科を受験しました。
工芸科に入ると、漆芸、金工、陶芸、染織のなかから専攻を選ぶのですが、私はどの素材にも興味があったので一つの素材に絞り難いと思っていました。ただ、さきほど申し上げた漆の魅力にも通じているかもしれませんが、漆芸であれば木にも、土にも、金属にも塗ることができますし、布や紙も使いますし、様々な素材を扱って制作できます。どれもやってみたかったので、迷うことなく漆芸を選びました。

column191022_05.jpg
右:小田伊織「blue tall cup」 手前:小田伊織「朱塗椀」など

今後の抱負や目標があったら教えてください。

今まで、自身の制作においてやりたいことが色々と多すぎたこともあり、作りたいものが何なのか、表現したい世界が立体なのか平面なのか、用途のあるものをつくりたいのか否か、そういったことがなかなか定まっていない状況でした。しかしながら、漆芸の魅力のひとつは、漆という素材を使ってどんな形のものでも、どんなジャンルのものでも表現できることであり、最近は、そのような、どんな形であっても自分の表現ができることこそが、自分にとってのオリジナリティーであると認識するようになりました。今後もひとつの見せ方にこだわらず、ジャンルを超えた作品作りを目指し、発表していければと思っております。

●小田伊織プロフィール

1984 年  千葉県生まれ
2012 東京藝術大学大学院美術研究科工芸専攻漆芸研究領域 修了
2012 修了制作 社団法人日本漆工奨学賞受賞
そば猪口アート公募展 入選( ‘13‘14)
2014 第54回日本クラフト展 入選
2015 朝日新聞厚生文化事業団 第5回NextArt展 入選
East-West Art Award Competition 2015 奨励賞
2016 第52回神奈川県美術展 工芸部門大賞
現在 静岡文化芸術大学 講師
日本文化財漆協会 理事


取材・文/藤田麻希 撮影/五十嵐美弥(小学館)

※掲載した作品は、実店舗における販売となりますので、売り切れの際はご容赦ください。

おすすめの記事