「音でつくる・ 音をつくる ・かたちをつくる」(2019年11月20日 – 12月8日)は、東京藝大の金工(彫金、鍛金、鋳金)の作品を、音というテーマでご覧いただく展覧会です。会期中の11月24日(日)には、打楽器奏者の永田砂知子さんによる、鉄のスリットドラム「波紋音(はもん)」のライブを開催いたします。ライブに先立ちまして、永田さんに、波紋音の演奏法や打楽器奏者としての歩みについて伺いました。また、展覧会のプロデューサーで、美術学部工芸科鋳金准教授の谷岡靖則先生に、永田さんに演奏を依頼した経緯についてコメントを寄せていただきました。
■波紋音とは、どのような楽器ですか。
造形作家の斉藤鉄平さんが、京都のお寺にある水琴窟(瓶に落ちた水滴の反響音を楽しむ装置)の音に感動し、その感動を自分の技術で表現できないかと考えてつくったものです。素材は鉄で、技法は鍛金、鉄を叩いてつくっています。打面にスリットを入れ、できたバーの面積や長さ、形によって音が変わります。たとえば、長いバーを叩くと低い音、短いバーは高い音が鳴ります。特定の決まった音階はありません。音楽にするためには一つ一つの音の違いを確認して、音楽として構成しなければなりません。
■波紋音の音の特徴はありますか?
鉄でできていますが、やわらかい素材でできたバチを使いますので、音も形もまろやかで、一般の人にとても人気があります。ただ、そのせいで私自身の性格も柔らかで穏やかなイメージを持たれてしまうのですが、私自身はまったくそうではありません。作家の斉藤さんは優しい人です。優しい斉藤さんがつくる柔らかい楽器と、ハードな性格の私によるハードな演奏。それがブレンドされて出てきたのが私の音だと思っています。
■叩く時はバチを使用するのですか?
そうです。バチは全部作家の斉藤さんがつくっています。ゴムより柔らかい素材でできています。打楽器奏者は常に、どういう道具で、どのように、どのくらいの負荷をかけたら音が響くのか考えています。バチの頭の大きさと重さ、素材、柄の長さがすべて音に関係します。目でほとんどわからない差でも、音は全然違ってきます。楽器に対して使うバチが大きすぎると振動を殺してしまう場合があります。力づくで強い力をかけても音は響きません。面白いことに、これって人間関係と同じですよね。深い人に軽い言葉で投げかけても響きませんし、強く言えば相手に伝わるわけでもありません。
■波紋音を演奏する場所についてはいかがでしょうか。
座って演奏する波紋音は、お寺の本堂などに設置すると大変落ち着いて、まるで以前からそこに置いてあったような姿で佇んでいます。現代的な美術館でも、波紋音自体が現代のものなので非常に馴染んでいます。また、音が響くという点で優れているのは能舞台です。野外の能舞台だとよくわかるのですが、舞台の下に瓶が置いてあって、電気を使わなくてもそれがスピーカーの役割を果たします。いずれにしても、どういう建築で、どういう空間で演奏するか、というのはとても大事です。空間との響きあいがありますので、建物も楽器といえるでしょう。建物の歴史のような物理的ではない要素も、音に反映されていると感じることがあります。
■楽器を演奏するようになったきっかけを教えてください。
父がピアニストでした。音楽が世の中で一番良いものだと信じ切っている人で、子ども全員に音楽をやらせました。家にピアノが4台ぐらいあって、常に音がガーッと聞こえているような家庭環境でした。音楽をやらなければ生きていかれない家だったので、好きとか嫌いとかではなく気がついたらピアノを弾いていました。
■打楽器奏者になった経緯も教えてください。
ピアノという楽器は好きでしたが、レッスンが大嫌いでした。また、もっと原始的なものをやってみたかったこともあり、打楽器を選びました。原始的なものというのは、西洋音楽の巨匠の演奏とはまったく反対側の音楽のことです。たとえば、アフリカ・カメルーン共和国のバカ族の女性(バカ族の女性は楽器を演奏してはいけない)たちが、水辺で遊びながらまるで水面をドラムの様に叩いて奏でる「水太鼓」や、投げ出した足の上に木の板を乗せて叩く「足のせ木琴」などです。お金も知識も道具もないなかで、人々が音に対していろいろ工夫する姿勢に感動しています。ですので、大学に入っても変わり者で、みなさんと全然違う方を向いていました。
■具体的にどのようなことをやっていたのですか?
ずっと考えてばかりいました。大学3年生のときにパリに行ったのですが、そのときに見たパリが、街並みも演奏もなにからなにまで完璧で、それを見たら、いままで積み上げてきたことがガーンとすべて壊れたような気がしました。日本人であること、日本の環境、日本人が西洋音楽をやる意味、そういった本質的なことを考えさせられました。
■卒業後はどうしたのですか?
プロフェッショナルのパーカッション奏者として一通りの仕事をしましたが、20年後にとうとう爆発しました。楽譜をみながら、音階のある楽器で、きちんとした演奏をする。そういったそれまでのスタイルを全部捨てて、楽譜を読まない、人の曲はやらない、自分で考えた音楽だけやろうと決めて、即興演奏をはじめました。素材についても追求しようと思って、竹の楽団に入ったり、鉄の美術家の作品を演奏し始めていた頃に、波紋音に出会いました。ポーンと鳴らしたときに、表だって主張する音ではないけれど、内側に静かな宇宙を持っている音だな、と感じました。
■すぐに波紋音の演奏一本に絞ったのですか?
いえ、演奏しながら6年くらい考えていました。クラシックの打楽器の世界には、いろんな種類の打楽器を並べて現代曲を演奏する、「マルチパーカッション」という分野があります。私にはそれが虚しく思えて、波紋音だけで、ひとつの世界を創ってみようと思いました。実験的な気持ちで始めたのですが、気がついたら10年以上過ぎ、全国にファンもできました。
■演奏家の視点で金属と音の関係について何かお考えはありますか?
木材や陶などと違う、金属の音の特徴は、残響(音を鳴らしたあと、ずっと残る響き)が長いことです。金属が仏教などの宗教に多用されているのも、残響が長いことで遠いところにいる神様へ届く音として考えられていたからなのではないか、と個人的に思っています。お寺の梵鐘の音などは、その一音だけで、深い境地に至ってしまいます。
■今後どのような活動をしていきたいですか?
特に方針はないのですが、最近、全盲の方からワークショップの企画を相談されました。目が見えない前提で楽器を触ってみると、見えていたときにはやらない触り方をして、 楽器との新しい付き合い方が生まれます。そのような、新しい人との出会いによる、新しい発見をどんどんしてゆきたいです。
最後に「音でつくる・ 音をつくる ・かたちをつくる」のプロデューサーであり、今回のライブを企画した、工芸科鋳金准教授・谷岡靖則先生にコメントをいただきました。
「10年以上前に初めて永田さんの演奏を聴いたとき、金属でこんなにきれいな音を鳴らせる人がいるんだ、と驚きました。また、僕は金属の音を聴きながら作品をつくってきたのですが、その音を奏でることで音楽をつくっている人がいることにショックを受けました。それから何度かライブやコンサートに足を運び、いつか一緒に仕事ができたらと思っていました。
ある日、永田さんからバシェの音響彫刻としての素晴らしさを、教えていただきました。その立体物は音響を考えた上で発想された造形美があり、美術の既成概念を超えた自由なかたちでした。そして音として、その造形ならではの響きの美しさに惹かれました。
その時、バシェがつくった造形と音の関わりを、自分なりの解釈で構築して学生に伝えることができたら、学生の作品にも深く新鮮な影響を与えられるのではと考えていました。今回の展覧会を開催するにあたり、美術と音との関わりを僕なりに解釈した中で、永田さんにライブを依頼しました。永田さんが金属を奏でる音と、僕たち美術作家が造形している時に聞こえている音でできるかたちを、観賞する皆さんに五感で感じて欲しいと思っています。
僕たちは五感をフルに使って作品をつくっています。一般的に観客の方は、作品を見ると、かたちや色など視覚で感じることが多いと思いますが、作品には表面に現われていないだけで、聴覚や触覚などでも感じられる要素はいっぱいあります。固そうな鉄から柔らかい音が鳴る、そういった発見もあるかもしれません。永田さんの演奏で新たな金属の音を感じてもらうことで、金工作品を観るときの幅が広がり、より豊かにものが観られるようになる気がしています。展覧会とともに、ぜひライブにも足を運んでいただけると嬉しいです。」
ライブの詳細については、こちらをご確認ください。
●永田砂知子プロフィール
打楽器奏者。東京藝術大学打楽器専攻卒業 90年代に入り、活動の場をクラシックから即興演奏の世界へシフト。同時にサウンドアートの世界で活動を始め、金沢健一「音のかけら」、渡辺泰幸「土の音」などの作品とかかわる。1997年斉藤鉄平の「波紋音(はもん)」と出会い、以後数年かけ「波紋音」だけで独自の音世界を表現。国内では各地の寺社・美術館などで、海外ではパリ・ブリュッセルで演奏。近年はフランスのアーティスト、バシェ兄弟の音響彫刻を日本で広める活動もしている。2017年東京藝術大学バシェ音響彫刻プロジェクトで「勝原フォーン」が修復される。
永田砂知子 www.nagatasachiko.com
バシェ協会 http://baschet.jp.net/
波紋音CD「波紋音」「le hamon」「blue flow」(chiharu mk×Sachiko nagata)
波紋音DVD草月・イサムノグチ「天国」パフォーマンス 渡辺泰幸・土の音CD「monophony」
撮影/五十嵐美弥(小学館)