COLUMN & INTERVIEW コラム&インタビュー

「藝大アートプラザ大賞受賞者招待展」出品作家インタビュー 福村彩乃さん(修士課程音楽文化学専攻、ガラス造形研究生)

2019/11/07 インタビュー

藝大アートプラザ大賞での受賞が転機になったと語る福村彩乃さんは、異色の経歴の持ち主。ピアニストを目指して大学でピアノを専攻した後、大学院の音楽文化学専攻在籍中にガラスのアクセサリーで「藝大BiOn賞」を受賞。その後、ガラス造形研究生として本格的にガラスでの制作を学び、ガラスアクセサリーブランド「ayano fukumura」を立ち上げ、その経営に奮闘します。何が自分の人生の幸せかを考えた結果、導き出された、福村さんの生き方とは……。

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作品のシリーズ名に、クロード・ドビュッシー作曲「月の光」など、楽曲の名前がついていますね。

「ayano fukumura」では、音をイメージしたアクセサリーのシリーズをつくっています。私は、曲を聴いたり、弾いたりするときに、その曲が表現しようとする世界をイメージしているのですが、そのイメージにある色や雰囲気をガラスで表現しています。基本的には、音の世界を作品にしていますが、最近は美術館との仕事も多いので、絵をイメージして作品をつくることもあります。アートプラザに出品している方は、アーティストとして活動している人が多いと思いますが、私は買いやすいものをつくろうという意識が強いので、作家というよりも「ayano fukumura」というブランドとして活動しています。


福村彩乃「ネックレス」「イヤリング」

音とアクセサリーを結びつけたきっかけはありますか?

小さい頃からピアノをやってきて、本当はピアニストになりたかったんです。地元でコンクールに出たり、海外で演奏させてもらったりしていたのですが、大学に入ってから、私よりも上手い方がたくさんいることがわかって、大きな挫折を経験しました。ピアノの先生からは「あなたよりも上手い方はいっぱいいるけど、あなたにしかできないことは何なの? 演奏会でお金をもらうんだったら、そのお客さんにあなたにしかできないことを提供しないと」と、ずっと言われていたので、自然と私にしかできないことを考えるようになっていました。ガラスを勉強しはじめたときも、藝大には私よりも上手い人がいっぱいいることはわかっていました。ですが、私にはずっとピアノをやってきた経験があるので、ガラスとピアノをくっつけて、ピアノ曲をイメージしたガラス作品をつくれば、私にしかできないオンリーワンになれるんじゃないかと思いました。

作品の作り方について教えてください。

アメリカに、NASAで使われている技術を使って、板状のガラスに金属をコーティングしてくれる会社があるのですが、そこのガラスを使っています。ガラスは、ガラス以外の素材と組み合わせて焼くと、ひずみができて割れてしまいます。ですので、基本的に金属と組み合わせて焼く事はできないのですが、真空状態のなかにガラスを入れて、0.00何mmという薄さで金属をコーティングすると、割れないんです。その技術はアメリカにしかないので、こちらで希望の色を指定して、金属をコーティングしてもらっています。


鏡のように反射しているのが、金属コーティングした板ガラス。
その上に、小さなガラスのパーツなどを乗せて焼く。

作品のなかに、キラキラしたものがあるように見えますが、それが金属コーティングということですか?

そうです。メタリックだけれども華やかでキラキラします。普通のガラスを使って素敵なものをつくっている方はたくさんいるので、金属コーティングをしたガラスを使うことで差別化につながると思いました。もちろん、個人的にも好きです。


福村彩乃「ネックレス」
ガラスの中で、金属コーティングされた部分がキラキラと光っている。

その後は、どのようにつくるのでしょうか?

金属コーティングをした板状のガラスの上に、音をイメージしながら、ガラスの絵の具や粉ガラス、板ガラスを割ったものなどを組み合わせて、何度か焼いて、グラデーションを表したり、いろんな色を表現しています。そのようにしてできた板状のガラスをカッターで細かくして、研磨して、アクセサリーに加工しています。形よりも色を見て欲しいので、シンプルな四角い形にすることが多いです。

とにかく色が華やかですね。

私自身、華やかなものを身に着けると勇気が出たり、気分があがります。お客様には、講演会をするときや、舞台にあがるときに身につけてくださる方も多くいます。あるお客様は、講演が苦手で毎回怖いそうなんですが、私のアクセサリーを身に着けていると勇気をもらえて一歩を踏み出せると言ってくださいました。そういう存在でありたいと思っているので、華やかなものをつくります。

ガラスで作品をつくりはじめたのは、お父様がステンドグラス作家であることが関係しているのでしょうか。

私が大学に入ったぐらいの頃に、父が趣味の延長でステンドグラスを始めました。ステンドグラスをつくると、ガラスの破片がたくさん余ります。それを捨てるのがもったいなくて、私と妹でアクセサリーをつくりはじめました。金属コーティングしたガラスも、たまたま父が使っているのを見て使い始めました。そのときは、桐朋学園大学でピアノを勉強していた頃です。


福村彩乃「ネックレス」「イヤリング」

その後、藝大の大学院に進んだのですね。

ピアノで挫折をしていたので、演奏ではなくクラシックを広める方に回ろうと思って、大学のときから、クラシックのイベントを企画していました。ですが、ちゃんと儲けないと続けられないという現実を知って、音楽文化学専攻で、経営学やマーケティング、アートマネジメントを勉強することにしました。研究論文は、どうやったらオーケストラを黒字化することができるかというテーマで書きました。

なかなか経営を勉強したうえで、作家活動をする方はいないですよね。

藝大にはあまり多くないと思います。私には、ガラスでアクセサリーをつくりたいという思いももちろんあるのですけど、それよりも、多くの人に手にとってもらいたいという思いが強いので、大学院で学んだ経営学は今も役に立っています。


「藝大アートプラザ大賞受賞者招待展」展示風景

そして、音楽文化学専攻在籍中の2010年に、藝大アートプラザ大賞に応募するのですね。

たまたまアートプラザ大賞のポスターを見たのがきっかけです。当時、趣味でガラスのアクセサリーを作ってフリマなどで売っていたので、出してみようかなという軽い気持ちで出品しました。ですので、賞をいただいたときは本当にびっくりしました。その賞をきっかけにアートプラザで取り扱っていただくようになって、初めて本格的に店に置いてもらいました。とてもよく売れて、自分がこういう場所と相性がいいことに気づきました。2010年の賞は大きな転機ですね。

それをきっかけに、藝大でガラスを勉強することにしたのですか?

いえ、そのときは音楽で生きていくことしか考えていなくて、ガラスについては、アルバイトのようなつもりでした。アートプラザ大賞の翌年には卒業して、実際音楽で仕事もしていました。

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ガラスを本業にしたのはなぜなのでしょうか?

卒業した年の8月に一緒にガラスをつくっていた妹が、病気で亡くなりました。家族がぐちゃぐちゃになって、見たこともない親の姿を見ました。そんなとき、葬式に来てくれた人に家族で箸置きをつくって渡そうということになって、一ヶ月かけて1000個の箸置き黙々とつくりました。本当にきつい状況でしたが、ものづくりをすることで私達家族は救われました。

このとき、はじめて生死と向き合う経験をして、何が幸せなのか考えるようになりました。家族でガラスをつくることを10年近くやってきていて、それが私にとっては幸せな時間だったので、それを続けていきたいと思うようになりました。また、仕事は一生のうちの大半の時間を使うものなので、仕事としてガラスをつくって家族とつながっていければ、幸せなのではないかと思って、音楽はきっぱりとやめました。そして、ガラスを一生の仕事にするのであれば、きちんと勉強しようと思って、ガラス造形の研究生としてガラスの技法を学び始めました。

その後、美術館に営業して、卸すお店も増やしていくなかで、きちんとブランドにした方がいいなと思って2013年に、「ayano fukumura」を立ち上げました。軌道に乗ってきて一人でつくれる限界量を超えてしまったのですが、値段を上げて一部の人しか買えないようにはしたくなかったので、ブランドを分けて、価格帯の低い「福村硝子」を立ち上げて、そちらは福岡にある実家でつくることになりました。そのようにして売上も上がって、親にお金も支払えるようになって、当初思い描いたように家族でガラスをやることができています。

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今年春に開催した「おめでとう!の春色展」に出品されたネックレス

今後の抱負や目標があれば教えてください。

じつは、去年くらいからとくに目標がなくて、ぼーっと幸せにひたっているような状況でした。ガラスを家族とやることもできているし、買ってくださる方も、置いてもらえる場所も増え、経営状態も安定していて目標はもう達成されています。

一方で、私は色んな人に助けられてここまできて、とくに妹の死から人と関わることのありがたさを感じることがあって、なにか自分が誰かを助けることができないかと思うようになりました。最近、藝大の卒業生の方に、「どうやったら自分のつくりたいもので生活ができるのか」、「自分のやりたいことが見つからない」といった相談を受けることが増えてきています。藝大生は、ものづくりは研究していますが、卒業してから生活ができなくなる方が多くいます。そのような卒業生に何かできないかと思って、私が持っている美術館との流通網を使って、藝大生の作品を美術館の人に提案して、売ってみる事業を始めています。たとえば、今、上野の森美術館で開催中のゴッホ展のショップにも、私の作品だけでなく、うちのスタッフである鈴木がつくったストールや、別の藝大卒業生のアクセサリーを出しています。自分の作品を販売して生活していきたい方に、アドバイスをしたり場所を提案したり、そういった取り組みを広げていきたいです。

●福村彩乃プロフィール

1983 年  福岡県大牟田市生まれ。
ステンドグラス作家の父、音楽家の母の元、芸術に親しむ。
ピアニストとして海外で数々のディプロマ取得、演奏会出演。
2006 桐朋学園大学音楽学部演奏学科ピアノ専攻 卒業
2010 藝大アートプラザ大賞展 藝大BiOn賞
2011 東京藝術大学大学院音楽研究科音楽文化学博士前期課程 修了
2012 ~13年 同大学大学院美術研究科工芸 ガラス造形研究生
2013 ピアノ曲をイメージしたガラスアクセサリーブランド “ayanofukumura”スタート。
現在、アトリエを上野に構え活動している。


取材・文/藤田麻希 撮影/五十嵐美弥(小学館)

※掲載した作品は、実店舗における販売となりますので、売り切れの際はご容赦ください。