2020年春先からの新型コロナウイルスの感染拡大によって、日本各地でほぼ全ての美術館が休館を余儀なくされました。藝大アートプラザも、緊急事態宣言が発令された4月中旬以降、しばらくお休みしていましたよね。
緊急事態宣言が明けた6月以降も、日時指定制でのwebチケットの導入やマスク着用・体温計測が必須となった厳しい入場制限など、美術館やギャラリーを取り巻く状況は大きく様変わりしています。
この一連のコロナ禍は、芸術家にも多大な影響を与えました。外出制限によってアトリエに通うことができなくなったり、制作に必要な資材が入手できなくなったり、あるいは生活状況が一変したことによって心身ともに大きな影響を受けたアーティストも多かったでしょう。
もちろん、この間アーティストたちは座してじっと困難を耐えていただけではありません。あえて新境地へと挑むような実験的な作風を試してみたり、これまで取り上げなかったようなモチーフを作品へと取り込んだりと、逆風をバネに制作活動を続けたアーティストが数多くいたのです。
今回、藝大アートプラザで開催されている「特別企画 アトリエから~いまアートにできること~」は、こうした一連のコロナ禍を受けて急遽企画されました。東京藝術大学ゆかりの作家に声をかけ、ステイホーム期間中に制作された作品や、今回のコロナ禍に影響を受けて制作した「新作」を集め、各作家のコメント共に作品を展示・販売する特別企画です。
そこで、早速初日に展示の様子を取材してきましたので、何回かに分けてレポートしてみたいと思います。まずは第1弾として、今回は展覧会の全体像をまとめてみました!
作品と一緒に、作家の「コメント」が読めるようになっています!
まず、展示会場をぐるっと一周りしてみましょう。すると、今回はいつもよりキャプションが充実していることに気付かされます。作品の脇に、それぞれの作家がコロナ禍においてどのように作品制作に取り組んだのか、ステイホームをどのように過ごしたのか、作家自身が綴ったコメントが読めるようになっています。
これは正直嬉しいです。「あぁ、この作家はこんなことを感じながら日々作品と向き合ってきたのだな」と、いつもよりも共感しながら作品に入っていくことができました。
もちろん、こうした作家の肉声は、作品を深く読み解くための貴重な手がかりにもなります。ぜひ、丹念に読んでみて下さい。彼らもまた、芸術家である前にまずは一市民であり、大きく行動が制限された「非日常」の中で、様々な悩みや戸惑いを抱えつつ、作品制作へと向かっていたのだなと気付かされました。
また、コメントとともに、時折このようなQRコードもキャプションパネルとして張り出されています。ぜひ、これもアクセスしてみて下さい。スマホで読み込むと、過去の展覧会で藝大アートプラザの公式HPに収録された当該作家のインタビューが読めるようになっています。どんな作家なのか、過去にはどんな作品を作っていたのか、目の前の展示作品と見比べながら鑑賞するのも面白いですよ!
「特別企画 アトリエから~いまアートにできること~」を読み解く5つの切り口
前述した通り、いつもとはちょっと違ったテイストの作品が多く並んだ今回の特別企画。では一体どこが違っていたのでしょうか?伊藤店長にお伺いした見どころなども交えながら、5つの鑑賞ポイントを紹介していきたいと思います。
作品の傾向1:日常生活から着想を得た作品が多い!
山内麻美「こちら あちら」159,500円/近所を散歩している時に着想された作品。中世のモザイク画やポスト印象派的な雰囲気もありました。
今回の緊急事態宣言下では、アーティストも否応なく巣ごもり生活を強いられました。出かけるのは1日に1度の近所への散歩や買い物・・・といった人も多かったようですね。それを反映してなのか、本展で出展されている作品では、自宅や近所の何気ない生活風景を表現した作品が多かった印象です。
龐夢雅「love」(左)25,300円、「home」(右)15,400円/日常生活の何気ない風景を切り取った、素朴でホッとするような小さな木版画です。
「あらためて何気ない日常のかけがえのなさを実感した」「これまで気づかなかった生活風景の中の身近なモチーフの面白さに気がついた」とコメントを寄せている作家さんもいました。案外、制作のヒントは足元に落ちているものなのかもしれませんね。
柴山千尋「遮られた洗濯物」66,000円/自宅での巣篭もり生活を象徴するようなモチーフ「洗濯物」。アーティストの眼で見ると、洗濯物がかかっている風景もこんなにも美しく見えているのですね。
作品の傾向2:家族との関係性に焦点を当てた作品も
小林真理江「遊園地の音楽 white」「遊園地の音楽 blue」「遊園地の音楽 pink」各20,020円/家事・育児に没頭しながらも、アクセサリのネットショップを立ち上げたり、モザイクアクセサリの制作方法を大きく見直したという小林さん。本作(絵画作品)では、自粛生活中に子供と遊んだ「ゴムハンコ」から着想を得て、手製のゴムハンコで新境地を開いています。
次に多かったのが、「家族との関係性」がクローズアップされた作品。自粛生活では、普段疎遠となっている両親との思いがけない同居生活が始まったり、学校が休校となって子供との距離が非常に近くなったりした人も多かったのではないでしょうか?
村尾優華「家族の骸 2」(左)「家族の骸 1」(右)各100,100円/家族同然だった愛犬との突然の別れを経験する一方、疎遠だった家族との突然の同居によって生じた微妙な戸惑いをつづったコメントは必見。自粛期間中に経験した複雑な感情がミックスされた、非常に味わい深い連作です。
本展でも、子供との親密な同居生活の中で作品への着想を得たり、あるいは逆に家族との心理的な距離が近づいたことによって生じた緊張感や葛藤を作品の中へと取り込んで表現していたりと、背景に家族の影響が強く感じられる作品も目立ちました。
作品の傾向3:新境地を開拓?!実験的な作品群も
セキグチタカヒト「a bowl」13,200円/無数の気泡に包まれた火山岩のような無骨なうつわ。ご本人のTwitterアカウントでは植木鉢として紹介されていますが、どんぶりとして使ったり、お茶を点てたりするのも面白そうです。
ステイホーム期間中は、アトリエが使えなかったり、画材が手に入りにくくなったりと、各作家の制作環境が大きく制限されました。しかしそんな状況だからこそ、逆にアーティストは自由にイマジネーションを膨らませることができるのかもしれません。普段の作風とは全く違う実験的な作品や、力が抜けた面白い作品が多いのも本展の特徴。プロが見せた「余技」的な小品から、非常に実験的な意欲作まで粒ぞろいでした。
松尾ほなみ「籠城」36,300円/木彫作品をベースに、時折意外性あふれる作品を発表されていましたが、本展では松尾さんのアイデア力が爆発。本作は、何千本ものつまようじを使って制作されています。自宅で手に入る材料を組み合わせて制作された、異色の実験的な作品です。
作品の傾向4:病気平癒への祈り
荒殿ゆうか「アマビエのブローチ」各3,300円/全8種類。同じように見えても、アマビエの「目」の色に微妙な変化がつけられています。好みのアマビエを是非見つけてみて下さい!
日本では、昔から疱瘡や麻疹といった疫病が大流行すると、人々は疫病をおまじないの力で乗り越えようと、病魔退散の効力がある浮世絵や御札を作っては、病気平癒への祈りを捧げてきました。
今回のコロナ禍でも、SNSや生活雑貨などで「アマビエ」が大きくクローズアップされましたよね。本展でもきっと「アマビエ」をモチーフにした作品があるといいな・・・と思っていたら、やっぱり「アマビエ」いました!
竹下洋子「手描き絵画アマビエTシャツ」18,700円/S~XLサイズまで各種揃っていました。洗濯しても色落ちの心配はないので安心してお買い求め下さい!
竹下洋子「手縫い手描きテキスタイルアマビエマスク」各4,180円/こちらもTシャツ同様、1つ1つ竹下さんがハンドメイドで制作し、手描きで絵付けもした貴重な布マスク。10枚並べてみると壮観!
また、スカイツリーや東京タワーなど、各地域のランドマーク的な建物を青色にライトアップすることで、医療従事者への感謝の気持ちを表明する動きが全国で広がりましたよね。本展でも、自粛明けの制作再開後、まず最初に「青色」のガラス作品を制作したアーティストがいらっしゃいました。
片岡操「潮騒ペーパーウエイト」各4,400円/大量に用意されています。でも、一つ一つ手にとってよーく見てみると、どれも少しずつ色合いや光り方が違っています!
アートには、直接病気に働きかけて体を治す力はありません。しかしこうした病気平癒への祈りが込められた作品には、不思議なパワーが宿っているような気がします。ずっと後まで残って、人々の心を癒やし続けてくれるという意味で、心強い存在になってくれるのかな、と思いました。
作品の傾向5:作風がブレない、マイペースな作家も!
須澤芽生「仲よし」38,000円(税込)/前回の「花と蕾展」でも会期途中から新作を積極的に出展されていました。心温まるつがいの小鳥を描いた佳作です。
そんな中、コロナ前とほとんど作風が変わらず、今までと同じように作品を手掛けている作家もいました。ただ、作品だけを見ると表面的には変わっていないようには見えても、コメントを読むと、実は相当悩みながら活動を続けていたのだな、ということに気付かされます。
相澤ななほ「泰山木 雨」18,700円/コロナ禍によるショックで、6月初旬まで制作ができなかったという相澤さん。葛藤の日々を乗り越えた制作復帰作品第1弾が本作です。
杉山有沙「回転木馬(CAT)」(左)「回転木馬(DOG)」各46,200円/長文で、ステイホーム期間中の心境を綴った杉山さんのコメントは必見。藝大卒業後、激変する環境に戸惑いつつも、周りに支えられながら、勇気を持って制作活動に打ち込む杉山さんの純粋な気持ちが伝わってきました。
いつもと同じように作品を制作するスタイルを崩さない、という選択をした作家たちが、実際には心の中でどういった思いを抱き、何を感じながら制作を続けていたのかということに想いを馳せながら鑑賞するのも良いかもしれませんね。
意外?!女性作家の出品数が非常に多かった!
東條明子「わたしのお気に入り」143,000円/子供に囲まれたにぎやかなアトリエで製作された作品。こころなしかいつもよりもさらに可愛さが増しているような気がしました。
最後に、一つ意外だったことを書いておきますね。今回の展覧会で「あっ!」と思ったのが、女性作家比率が非常に高かったこと。公式HP上にアップされている作家データベースを見ると、藝大アートプラザの出展作家は、元々女性比率が50%を超えているのですが、今回はざっくり見ても7割以上になっています。
伊藤店長によると、藝大アートプラザの出展作家の場合、男性陣はアーティスト制作以外の仕事で、特に大学や高校の非常勤講師をされているケースが多く、「慣れないリモート授業の運営で苦戦するなど、兼業先のお仕事がちょっと忙しくなってしまった可能性があるかもしれませんね。」とのことでした。
まさにこんなところでも、コロナ禍の影響が出ていた可能性があったのですね。
いつもよりも、ちょっと作家の人柄が見えた、アットホームな展覧会でした
藝大アートプラザでは、1回の展覧会は通常3週間前後で終了するケースが多いのですが、今回は異例となる72日間のロングラン開催。各作家が自粛生活中に手掛けた実験的な新作や、制作の裏側を綴った各作家のコメントが味わえます。自粛生活の中、各作家が作品に託したそれぞれの想いを受け止めながら、じっくり鑑賞してみてくださいね。
また、いつもとは違って、基本的に全作品が即売となりますが、期間中にも出品が続くということなので、ぜひ「新しい作品が入っていないかな?」と気軽に覗いてみるのもいいですね!
企画展「アトリエから ~いまアートにできること~」開催のおしらせ
会期:2020年7月4日 (土)~9月13日(日)
11:00 – 18:00、月曜定休
取材・撮影/齋藤久嗣 撮影/五十嵐美弥(小学館)
※掲載した作品は、実店舗における販売となりますので、売り切れの際はご容赦ください。