「その場合、わたしは何をする?〜版画のひきだし〜」加川日向子さんインタビュー(大学院美術研究科修士課程版画研究室修士2年)

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今回インタビューさせて頂いた加川日向子さんは、東京藝術大学版画研究室による「その場合、わたしは何をする?~版画のひきだし~」において、企画、展示構成を中心になって進めるとともに、全部で16作品を出品されています。本展への意気込みや作品について、そして版画の魅力などについて語っていただきました。また、加川さんは、美術学部芸術学科を卒業後、大学院では版画第2研究室へと進まれた、藝大においては少しユニークな経歴の持ち主。そんな加川さんの、藝大入学後のアーティストとしてのキャリアについても、あわせてお聞きしてみました!

今日はどうぞよろしくお願いいたします。本展では、何点出品されているのですか。

加川日向子さん(以下、「加川」と表記):今回の展覧会は、「クマ」「猿」「未確認生物」といった動物をはじめとして「避暑地」「おもちゃ」「切れるもの、切れないもの」など、全部で15のテーマで作品を作る企画でしたので、15のテーマ全てにチャレンジしました。15作品全てに背景となる一つの物語を設定したので、同じサイズの紙に刷ってまとめた本の作品も制作しました。だから全部で16作品ですね。


加川さんの作品群。研究室にて摺り終わったばかりの作品を拝見させていただきました。

凄い!精力的に制作されたのですね。ちなみに、作品全体に込められたお話は、どんなストーリーになっているんですか?

加川:イギリス南東部にあるブライトン(Brighton)という海辺に面した観光都市をモデルに、ブライトーン(Brightone)という架空の避暑地を想定して、その街にあるココナッツホテルというホテルを舞台にしたひと夏の群像劇を描きました。


加川日向子「コースター」(13,200円)

ブライトーンは、最後に「E」をつけているのですね。

加川:そうです!想像上の架空の街でのお話ということを強調するために、「E」をつけています。

今回の一連の作品中では、全部で何人くらい登場するのですか?

加川:ココナッツホテルで働いている青年と、宿泊中の2人の女性と、街の花屋で働いている4人の男性、それから全部で9匹のクマが登場します。クマが人間と共存している世界なんです。夏休みにホテルに泊まりに来たクマが慰安旅行に来てお茶会をしていたり、人の姿をした「クマさん星人」の女性が登場して、ホテルで働く青年と仲良くなったりします。クマさん星人は、最後に素性がバレて、好きになった青年に別れを告げてクマさん星に帰るんです。


加川日向子「わたしクマ星人」(16,500円)

かぐや姫みたいですね!ところで、加川さんが版画を手がけられる際は、まず先にこうしたストーリーを決めてから制作に臨まれることが多いのでしょうか?

加川:最初にストーリーを作ってから制作に臨む時もありますし、先に制作する作品のサイズを決めて、絵を描きながらお話を考える時もあるので、ストーリーを考えるタイミングは色々です。いずれにしても、作品の背景にストーリーを設定したり、ストーリーがあるように見えると言われることが多いですね。

今回は、15のテーマで作品を作ると決まっていたので、せっかく15作品も制作するのであれば全部ストーリーがつながっているほうが鑑賞する人も楽しいかなと考えて、物語から先に考えました。

構図などもドラマのワンシーンみたいですね。

加川:今回の展示では、映画などを参考にしました。ジム・ジャームッシュ監督の「ミステリー・トレイン」という映画が凄く好きなんです。メンフィスという寂れた街のホテルを舞台に、そこに宿泊する人々を描いた群像劇で、物語の冒頭に登場する時は凄く幸せなカップルが、時間を経るにつれて少しずつ不穏になっていくというストーリーなんですが、別々の登場人物たちが同じ時間を共有していることを表す印象的なカットが所々に入るんです。こうした映画などもヒントにして、今回は映画での印象的なシーンを切り取ったような構図を意識して、映画的な時間の感覚なども作品の中で表現できればいいなと思いました。


加川日向子「スリリングな海岸沿い」(11,000円)

版画というと、制作に結構時間がかかるイメージがあるのですが、今回は1つの作品を完成させるまで、どれくらいの時間をかけられたのですか?

加川:小さいサイズ指定だったので、描画自体は2~3時間くらいで終わったのですが、その後の工程には時間がかかりますね。今回は1つの石版に2作品分のイメージを描いて、同時に2作品ずつ刷っていったのですが、製版に2日ほどかかるので、工程をずらしながら同時進行で何台かの石を使いながら制作していました。

やはり製版には時間がかかるのですね!

加川:そうなんです。石の上にイメージを描いて、薬品を塗って刷るのですが、同じリトグラフでも、アルミ版よりも石版のほうが薬品を塗布するまでの準備工程が長いんです。何回か弱酸性のアラビアゴムを石に塗って石の表面をなじませてから製版しないと、不安定な版になってしまうんです。ついてほしくないところにインクが付着することもあるので、時間をかけて丁寧に作業しなくてはいけないんです。


版画研究室の様子。大切に受け継がれてきた大型のリトグラフ印刷用機材が所狭しと置かれている。

版画作品では、一度にいくつか作品を刷って「エディション」を設定されると思いますが、今回は何枚ずつ刷られたのですか?

加川:基本的には5枚ずつ制作するようにしました。でも、安定して刷るのが難しかった作品は、3枚のものもあります。なるべく出来を揃えるようには心がけましたが、やっぱり版画なので多少のばらつきはあります。ぜひ、お気に入りの一枚を連れて帰ってもらえると嬉しいです!


加川日向子「卵をナイフで切る方法」(18,700円)

ところで、加川さんは最初こちらで芸術学を修められたのですよね。版画へと進まれたのは修士になられてからとお聞きしました。芸術学から版画へと進まれた理由やきっかけを教えて頂けますか?

加川:藝大に入学する前から、作品を作ることが凄く好きだったんです。それこそ絵を描くのは保育園のときから大好きで、趣味で絵やマンガをいつも描いていましたね。高校に入った時に美術予備校に通ったんですが、あまりしっくりとこなかったことや、部活が忙しくなってしまったこともあって、デッサンが必要な専攻ではなく、純粋に筆記試験だけで入学できる芸術学科に狙いを絞りました。それでも、藝大で制作を続けていくきっかけが掴めたらと考えていたところ、たまたま入学して最初にあったのが版画の実習で、先生が優しそうだったからという理由でリトグラフを選び(笑)、そのまま今に至るまで続けている…という感じです。


加川日向子「再会」(12,100円)

すると、リトグラフとの出会いは、わりと偶然でもあったわけですね。

加川:そうなんです。授業で一生懸命取り組んでいたら、その授業を担当されていた先生からこれからも作りなよ、とあたたかく声をかけていただき、実習が終わった後も、芸術学の課題や卒論と並行して、個人的に作品制作を続けていました。

そのように地道に制作を続けていく中で、大学院では本格的に版画を学びたいと思い、ご縁があって三井田先生の研究室にお世話になることになりました。だから私がリトグラフを選んだのはかなり偶然にもよるところが大きいと思っています。技法的にもかなり専門的なスキルが要求されるので、こういうきっかけでもなかったら一生懸命やる理由が見つけにくかったかもしれませんね。

では、今はリトグラフを中心に取り組まれているのですね。リトグラフの面白さや、現在加川さんが制作を続ける中で感じていらっしゃる課題を教えて頂けますか?

加川:木版のように物理的な板の「版」ではなくて、平版といって、薬品でインクがくっつくところを作る技法なので、微妙な調整に慣れるまで時間がかかりますし、描画の加減やコツなどを体得するには、多くの試行錯誤が必要になります。アルミ板や石に描画して、これで大丈夫だな、と思って製版して刷ってみたら、描画した時のイメージと全く違うことも結構あります。正直、難しいな、と思うこともありますね。でも、リトグラフならではの鉛筆や墨のようなタッチが大好きなので、もっと製版や印刷の技術を高めていきたいと思っています。

版画第2研究室では、他にも様々な版画技法をやっていらっしゃいますが、加川さんもリトグラフ以外の技法を使って制作されることはありますか?

加川:去年から銅版画を始めたので、今回の展覧会でも銅版画の作品を1点だけ出品しています。油絵も今年に入って少しずつ制作するようになりました。版画を長くやっていると、イメージが直接作品に反映できる良さが身にしみてわかるんです(笑)。

油絵だと、時差がないですからね!版画をやっている方ならではの素直なご感想が凄く面白いです!では、今回の加川さんの展示で、これを見てほしい、という作家視点での「みどころ」を教えて頂けますか?

加川:今回、自分なりのテーマとして取り組んだのが、「解墨」(ときずみ)という描画材の表現です。鉛筆のような調子の部分ではなく、水墨のような部分ですね。製版時にイメージ通り表現するのが凄く難しくて、濃淡や広がり方などを色々試行錯誤しながら頑張りました。あるいは、リトグラフならではの濃淡のコントラストの鮮やかさですね。ぜひ、このあたりは見ていただきたいなと思います。

制作活動の中で、今後目標とされていたり、尊敬されていたりする作家はいますか。

加川:生き様が素敵だなと思うのは、ジュディ・シカゴですね。アメリカでフェミニズムをテーマとした現代アート作品を手掛けている作家なのですが、髪をピンクに染めてファンキーなおばあさんなんです。老いても溌剌としていて、同じ女性の作家として憧れています。

最後に、今後の活動の方向や、将来こんなアーティストになりたいという目標があれば教えていただけますか?

加川:挿絵の制作など本に関わる仕事をしたいと思っています。物語があって、そこに絵を添えていくという形式での仕事がしたいんです。今回、お題のある作品づくりがとっても楽しかったんですよ。だから、何かテーマを与えてもらえる形で仕事ができればベストだなと思います。大学では、ひたすら自分でテーマを作って制作するサイクルを続けてきたので、今は、誰かを満足させたい気持ちが強くなってきていますね。

個展なども開催される予定はおありですか?

加川:個展もやってみたいですね。ずっとやりたいと思いながらも、重い腰を上げられずに修士2年生になってしまったので、近いうちにやりたいと思います。学部生時代からコツコツ作ってきた作品も、これまでは見ていただく機会がなかったので、個展で陽の目を見るチャンスがあればいいなと思いますね。

まるで、青春映画のセンチメンタルなワンシーンを見ているような、さわやかで少し甘酸っぱい雰囲気もある加川さんの版画作品。ずっと見ていると、頭の中に様々なセリフや音楽などが自然と浮かんでくるようで、絵の中にスッと入っていけるようでした。加川さんの作家としてのエッセンスがたっぷり詰まった作品は、要注目。将来は挿絵の仕事なども視野に入れながら、個展開催も目標にされている加川さんの今後にも目が離せないですね!

●加川日向子プロフィール

【略歴】

1997 生まれ
2021 東京藝術大学大学院美術研究科修士課程版画第2研究室修士2年

【展示歴】

2018 年  「ビーナスを綴じる」展(アートコンプレックスセンター/東京)
2020 第45回全国大学版画展(町田市立国際版画美術館/東京)
2021 絵画の筑波賞2021 東京藝術大学推薦出品


「その場合、わたしは何をする?~版画のひきだし~」
会期:2021年7月16日 (金) – 8月22日 (日)
営業時間:11:00 – 18:00
休業日:7月26日(月)、8月2日(月)、10日(火)~16日(月)
入場無料、写真撮影OK


取材・文/齋藤久嗣 撮影/五十嵐美弥(小学館)

※掲載した作品は、実店舗における販売となりますので、売り切れの際はご容赦ください。

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