図鑑展ワンダーランド!出品作家インタビュー 瀬戸 優さん

ライター
藝大アートプラザ
関連タグ
インタビュー

多数の購入者が予想されるため、抽選販売することが決まった瀬戸優さん。テラコッタに玉眼を入れる独自のスタイルで、学生時代から注目を集めてきた彫刻界のホープです。かっこいい・かわいいという言葉で形容することのできない、厳しい環境で生きる野生動物の生命感を感じさせる作品はどのようにして生まれたのでしょうか。SNSで制作方法を惜しげなく発信するプロモーション方法、クラウドファンディングでパトロンを募ることなど、これまでの作家の型を破る新しい活動についても、お話を伺いました。

「EARTH KEEPERS」とういうタイトルにはどのような思いを込めているのですか。

食物連鎖の頂点捕食者にこのタイトルをつけています。アメリカで、害獣とされているオオカミは、毛皮が高く売れるため狩りの対象となり、山からいなくなってしまいました。そうすると、シカが増えて森の草が枯れてしまったのですが、再びオオカミを山に戻したところ、草が復活したそうです。このことを知ったときに、数が少なくても肉食動物がいることで生態系が保たれていることに感銘をうけ、最近の大型動物の作品にはこのタイトルをつけています。


瀬戸 優「EARTH KEEPERS -チーター-」

「水源」についても教えてください。

僕は作品において、生命力を表現することを大切にしています。水は生命の象徴であり、生命力が湧き出るイメージで「水源」とつけていました。


瀬戸 優「水源 -ニホンザル-」

学生時代から動物をモチーフにしているのでしょうか。

はい。大学1年生の頃からやっていることはほとんど変わらないです。幼稚園の頃から動物が好きで将来は考古学者になりたいと思っていました。ひょんなことから美術を始めて今ここにいるわけですが、おそらく美術をやっていなかったとしても、動物や自然環境にかかわる仕事をしていたと思います。

モチーフの動物を選ぶ基準はありますか。

その動物が好きか、形が魅力的かということも基準になっていますが、自分との物理的距離が離れているかどうか、つまり野生動物であるかどうかを重視しています。ですので、犬や猫といったペット、馬、羊といった家畜はつくりません。ウサギはペットになることがありますが、この作品はあくまで野生のウサギとしてつくっています。


瀬戸 優「水源 -ウサギ-」

哺乳類が多いですね。

哺乳類の形が好きです。テラコッタ(粘土を素焼きしたもの)という素材を選んだ理由の一つも、哺乳類をつくるのに適しているからです。金属や木彫はシャープなかたちをつくれるので、硬い外骨格動物をつくるのに向いています。粘土は骨、筋肉、皮と付け足していくプロセスが踏めるので、柔らかい内骨格動物をつくるのに向いています。チーターの首筋のやわらかいところは粘土をモデリング(肉付け)した表情のまま、触って硬そうな鼻筋はカービング(削ること)で骨にぴたっと沿うようにして質感の差を出しています。

瀬戸さんの作品は、粘土でかたちをつくって焼くテラコッタの技法でできていますが、今回の出品作のなかでも比較的大きいチーターは窯に入るのでしょうか。

チーターは入りますが、それ以上の大きさになると何パーツにも分けて焼くことが多いです。逆に、今回のウサギやサルのような小さな作品も内側から目を入れるために、後頭部を割って焼いています。目を入れてからもとの形になるように接着し、継ぎ目を消してから色を塗っています。

テラコッタの彫刻に玉眼(彩色した水晶やガラスをはめ込み、目のように見せる技法)を入れる作家は珍しいですね。

テラコッタに玉眼を入れるのは、もともと木彫に玉眼を入れたかったからです。学部の2年生まで木彫に進むと決めていたのですが、いざやってみると柔らかさがうまく表現できず、時間もかかり、自分には合ってないと思いました。日本で今売れている彫刻家は木彫家が多いのですが、僕が頑張ったところで、舟越桂さんや土屋仁応さんのような玉眼を用いた作品には勝てない。そう思って、粘土に変えました。木彫ではなく粘土で新しい表現をやってきたから、少なからず目立てているのだと思います。


瀬戸 優「水源 -ウサギ-」展示風景
玉眼が用いられる。動物の種類ごとに黒目の大きさなどを変えている。

今回の展示のテーマは図鑑ですが、瀬戸さんは幼いころから図鑑をよく読んでいたのでしょうか。

小学館の図鑑のシリーズは全部持っていました。とくに動物と恐竜が好きでした。今も資料として図鑑を集めています。

図鑑を活用して制作しているのですね。

制作段階の最初にスケッチがあるのですが、その際、ひたすら図鑑を模写して、見なくても描けるくらいに頭にかたちを刷り込みます。そうすると彫刻にするときに迷いが生じないので、早く形をつくれます。生命力を表現するためには、できるだけ手をかけずスピード感のある造形にすることも大切だと思っているので、スケッチは重要なプロセスです。

どのくらいのペースで作品をつくっているのでしょうか。

月に10から15個くらいつくっています。

月に15個!? 2日に一つのペースですね。

飽きっぽいので、複数の作品を同時並行でつくっています。一日に5個造形し、内側の粘土の掻き出しに丸一日使い、1週間ほど乾燥させて焼く、といった具合です。乾燥を早めるために固くしたいところだけバーナーを当てることもあります。

瀬戸さんのプロモーションビデオを見たところ、彩色にもバーナーを使っていますね。塑像ではよく用いるものなのでしょうか。

やっている人は見たことがないです。裏技ですね。乾燥させて色の定着を早めたり、わざとこがして深めの茶色などの色を出すこともあります。

今回の出品作はいずれも動物の頭部のみで、切り取り方も印象的です。

カッティングは彫刻の醍醐味です。不完全だったりアシンメトリーだったり、どこか危うい存在の方が良いと思っています。ミロのヴィーナスも腕がないから美しく見えますし、藝大内にたくさんある銅像も胸像ですよね。また、生命感や生々しさを表現するために実物大であることにこだわっているのですが、ウサギであってもリアルサイズだと結構な大きさになってしまいます。縮小するとフィギュアっぽくなってしまうので、実物大のままカッティングして、シルエットで遊んでいます。


瀬戸 優「風を知る-ワタリガラス-」
※本展の出品作品ではありません。

在学中から作品を売っていますが、学生時代から作家として活動するという目標を強く持っていたのですか。

家庭が厳しかったので、結果が出ないとフリーランスの作家になることは認められませんでした。そのため学生の頃は売り急いでいましたね。作家活動のきっかけは、SNSに日課として載せた絵を売って欲しいと問い合わせがあったことです。最初はびっくりしましたが、続けていって、気づいたら今の自分があります。

Instagramでライブ配信をやったり、プロモーションビデオをアップするなど、SNSを積極的に活用していますね。

これも育った家庭環境の影響が強いです。僕の家族は美術にまったく興味がなく、美術なんて生きるために必要ないと考えている家庭でした。そのような人に振り向いてもらって、実際に展覧会に来てもらうためのハードルは高く、相当な努力が必要です。その際に利用しているのがSNSです。藝大にいるとまわりが美術に溢れているので、美術に興味のない人の感覚が薄れてしまいます。だから、時々美術をやっていない友人と会って、世間からみて自分がやっていることがどのように受け止められるのか知るようにして、発信する際の参考にしています。


瀬戸 優「EARTH KEEPERS -フィリピンワシ-」
※本展の出品作品ではありません。

美術に興味がない人にも魅力を届けるためにSNSを使っているのですね。制作方法まで詳しく動画で紹介されているので、手の内をあかすことになってしまわないのだろうかと思いました。

あかしていないところもあるのですよ。30万円する作品が、なぜその値段なのか納得してもらうためには、ある程度難しい技法でつくられていることがわかるようにしなければなりません。逆に他の作家に真似されて、安っぽく見えることにつながりそうなところは見せないようにしています。敷居は高くしながらも知名度を上げるのは難しく、日々悩んでいます。

クラウドファンディングもやってらっしゃいますね。月々500円から3万円まで支払うコースがあり、毎月クロッキーが届く、2ヶ月に一度ペン画が届く、高額のものでは1年に一度彫刻作品が届くなど、リターンも魅力的です。ただ、メンバーが何十人にもなると、作業が大変ではないですか。

ありがたいことに多くの方に支援していただいています。会員の皆様には本当に頭が上がりません。大変ですが、そのおかげで生活できていますので、仕事だと思ってやっています。そうでもしないと先々の計画が立ちませんし、彫刻ではほぼ食べていけません。これが作家にとっての新しいビジネスモデルになって、後輩が似たようなことをやり始めたら面白いなと思っています。

ところで、美大、藝大を目指した理由を教えてもらえますか。

僕の家庭では、英数国理社で受験することが当たり前で、体育、音楽、家庭科、技術などの教科は娯楽のジャンルだと考えられていました。理系の高校に進み、理系の大学を志望して、美術で受験することは考えたこともなかったのですが、あるとき高校の美術の先生が美大の存在を教えてくれました。それまで理系に進むという思い込みが強くて、ほかが見えていなかったので、ふと立ち止まって考えて、得意なものと好きなものは微妙に異なる事に気づきました。それで、数学は得意だけれども絵のほうが好きで、好きなもののところに行った方が良いのではないかと思って、美術系に進みました。

彫刻で受験することにしたきっかけはありますか。

彫刻は自分と無縁なもので、古くて高尚というイメージしかなかったのですが、美術予備校に体験に行ったときに、日本の現代の高校生が彫刻を学んでいることを知り、衝撃を受けました。その姿がかっこよくて彫刻に決めました。

早くにスタイルを確立して作品も売れますと、10年、20年とモチベーションを保つのが難しくなるのではないかと思いました。

スタイルを変えないつもりはないので、変わっていくと思います。今の制作のモチベーションは、自分の作品に満足できないことなんです。いままで2〜300点つくっていますが、心から気に入った作品は5、6点くらいしかないです。もし、これ以上ないと思える作品ができてしまったら、そのときはわからないです。やめてしまったらごめんなさい。でも、それを見るまでは続けていくと思います。僕は作品を売ることも好きなので、案外ギャラリスト側になっているかもしれないですね。

今後の目標はありますか。

眼の前のことを一つずつやっていくタイプなので、じつはそんなに大きな夢や目標はありません。そもそも彫刻家でこれだけ売れていること自体が奇跡なので、あまり高望みはできません。最初は彫刻で生計を立てることが一番の目標でした。それが3年以上維持できるようになった今は、作業場を大きくして作品を大きくするとか、こういう会場でやりたいとか、そうなってきますよね。2年後くらいにアトリエ兼住居を建てる予定で、そしたら大きさの制約もある程度なくなりますので、大きな作品を作って、個展の規模を大きくしていきたいです。

●瀬戸 優プロフィール

1994 神奈川県生まれ
2020 東京藝術大学大学院美術研究科修士課程彫刻専攻 修了
2015 藝大アーツイン丸の内賞2015 GAM賞受賞
2016 観◯光賞 第二席受賞
2017 KENZAN2017 roidworksgallery賞受賞
2020 東京医科歯科大学奨励賞受賞

展覧会多数


「図鑑展ワンダーランド!」
会期:2021年10月9日 (土) – 11月28日 (日)
営業時間:11:00 – 18:00
休業日:月曜定休、11月2日(火)
入場無料


取材・文/藤田麻希 撮影/五十嵐美弥(小学館)

※掲載した作品は、実店舗における販売となりますので、売り切れの際はご容赦ください。

おすすめの記事