東京都美術館、とびらプロジェクトから上野アート散歩をはじめよう!

ライター
木村悦子
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東京都美術館の歴史と「とびらプロジェクト」

東京都美術館と東京藝術大学と市民が協働して行っているソーシャルデザインプロジェクト「とびらプロジェクト」については、こちらの記事(https://artplaza.geidai.ac.jp/column/12971/)でご説明した通りです。ここでは、「とびらプロジェクト」の活動の一つである「建築ツアー」を取り上げつつ、アートを見る目とはどういうものか、アートの宝庫である上野の楽しみ方をご紹介します。

東京都美術館は、1926年、日本最初の公立美術館「東京府美術館」として開館しました。神殿を思わせる列柱と仰ぎ見る大階段を特徴とする「美術の殿堂」として、官展や在野の美術団体、新聞社などによる展覧会の会場として運営され、多くの芸術家の発表の場となりました。

その後、長年愛された「旧館」は、建物の構造と耐久性の問題から、新たに建て替えることになりました。美術館の機能も時代に即したものが検討され、1975年に、前川國男設計による「新館」が完成しました。建物の機能として、「企画展の開催」、「公募展の開催」、「市民による文化活動の展開」と、現在の東京都美術館の活動に連なる3つの機能が盛り込まれたのです。

1975年の竣工から約36年がたち、施設や設備の老朽化が進んだため、2010年から2012年にかけて大規模改修工事が実施されました。設備の更新に加えて、ユニバーサルデザインの整備等が行われました。リニューアルオープンに際しては、東京都美術館の目指す指針も検討されました。そして、新たなミッションとして、赤ちゃんから高齢者まで幅広い年代の人々が展覧会を鑑賞し、芸術家の卵が初めて出品する、障害のある方が何のためらいもなく来館できる、すべての人に開かれた「アートへの入口」となることを目指すことが明言されました。

このミッションを実現する柱として、アート・コミュニティ形成による新たな可能性を探求する「アート・コミュニケーション事業」が立ち上げられました。そして、事業の立ち上げにあたり、東京藝術大学と連携し、市民と共に美術館を拠点にオープンで実践的なコミュニティの形成を実現していくことを目的とする「とびらプロジェクト」がスタートしました。

東京都美術館は建物も魅力たっぷり

さて、美術館、最近行きましたか? 「日中は仕事があるので美術館になかなか行けない」という人は少なくないのではないでしょうか。

東京都美術館も9時30分開館、17時30分閉館(入館は17時まで)ですが、特別展開催中の金曜日は20時までの夜間開館を行っています。夜間開館の日は、東京都美術館の建築が夜闇に映え、日中とは違う姿を見せてくれます。

東京都美術館は、さきほどもお伝えした通り、日本のモダニズム建築を牽引した建築家・前川國男による設計です。いわば建物そのものが作品とも言えます。「展覧会だけでなく、美術館の建物そのものも楽しんでほしい」。そんな思いから、建物の見どころを巡る「建築ツアー」が始まりました。奇数月の第3土曜日の午後に、「とびらプロジェクト」で活動するアート・コミュニケータ(愛称:とびラー)と一緒に楽しく美術館を散策するプログラムです。前川國男が込めた想い、歴史、建物の色・デザインといった建築を楽しむポイントを切り口に、建築空間をとびラーと対話しながら味わいます。当日担当する一人ひとりのオリジナリティが発揮された独自のプログラムを行っています。
◆建築ツアー https://www.tobikan.jp/learn/architecturaltour.html

公募棟は、青、黄、緑、赤の4色を使用。

「建築ツアー」を実施していく中で、とびラーたちから、「昼間だけでなく夜間ならではのライトアップされた建物を紹介したい!」というアイデアが生まれ、夜の美術館をとびラーと一緒に散策する「トビカン・ヤカン・カイカン・ツアー」も誕生しました。数ある「とびらプロジェクト」のプログラムの中でも大変人気で、申し込み開始後すぐに満員になることもあるほどです。

人との対話がアートを見る目を磨く

2022年6月24日に実施された「トビカン・ヤカン・カイカン・ツアー」は、こんな感じでした。

19時15分に集合後、ガイド&サポートのとびラー2名と、2~3名の参加者という少人数グループに分かれます。参加者にはワイヤレス無線機が配られ、耳にセット。ガイドの声を無線で聞きながら、館内を巡ります。

簡単な自己紹介からスタートし、ライトアップされた建築を外から眺め、中から眺めながら、どんどん歩きます。

「この建物の並びは、どうしてこのように少しずれているのでしょうか」
「普段美術館に来る際には通り過ぎてしまうかもしれませんが、エントランスに入る前のこの柱を見てください」

とびラーはこんな風に問いかけながら、参加者と一緒に建物をじっくり見ていきます。今回私が参加した回のとびラーは、ときに楽しいジョークも交えながら、建築の見どころを流暢に紹介してくれました。

美術館のエスプラナードにある、彫刻家 井上武吉(1930─1997)の《my sky hole 85-2 光と影》という野外彫刻作品。作者の誕生日(12月8日)の正午になると、彫刻の影と本物の影が……!?(この先はツアーに参加してのお楽しみです)。

「トビカン・ヤカン・カイカン・ツアー」は、「建築ツアー」同様に、とびラーがオリジナリティを発揮したプログラムを考えているため、どのとびラーも同じ内容のプログラムを行うわけではありません。

東京都美術館 学芸員でとびらプロジェクト マネジャーの熊谷香寿美さんは次のように言います。

「とびラーは、東京都美術館の歴史や建築物の特徴について建築実践講座で学んでいます。その上で、それぞれが、建物のどこを素敵だと思ったかを大切にし、参加者に共有することで、美術館という建築を通して参加者と対話する時間を持つことをプログラムの大切な目的としています。もちろん、ガイドの中には説明がうまい人もたくさんいます。ただ、建築物に関する情報の正確性や、説明する技術の高さだけでなく、『私はこの点がすごくおもしろいと思っていて、それをあなたに伝えたい!』という、一人ひとりの熱意もとても大切だと思っています。自分がいいなと思った場所を、参加者と一緒に、対話しながら散歩するような感じですね。参加者の皆さんにとって、とびラーと散策するこのツアーが、何か新しい気づきや発見が生まれる体験になっていれば、とても嬉しく思います」。

ツアーは30分と短いながら、濃厚な時間を過ごしました。歴史、デザインといった鑑賞ポイントを教えてもらうと、目に入ってくる情報量が変わってくるものですね。これまで何気なく見ていた野外彫刻、4色に塗り分けられた建物の色、建材などにいっそう好奇心がそそられます。

これが、世界を見る解像度というものなのでしょう。美術館だけでなく上野の山全体、世界の全部がアートの宝庫に見えてきました。

東京都美術館の次は、同じ前川國男による東京文化会館を見て、その向かいの前川の師であるル・コルビュジエ建築の国立西洋美術館を見て、さらに美術館の展示を見て……と、自分なりに歩いてみようっと。こういうのこそ、上野アート散歩の醍醐味かも!

◆とびらプロジェクト
https://tobira-project.info/

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