古美術商の勘を生かし現代アートを未来に残す。神楽坂の√KContemporaryギャラリー

ライター
菊池麻衣子
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インタビュー ギャラリー

さまざまな特色を発揮しながら運営されている各地のアートギャラリーや画廊をめぐり、ギャラリストたちの多彩な視点をアーカイブしていく特集企画「ギャラリー・ライブラリー」。

√KContemporaryは、2020年3月にオープンしたコンテンポラリーギャラリーです。今回は、ディレクターを務める加島いちこさん(写真)にお話を伺いました。

現代アートも時を経れば古美術

—— 日本美術専門の古美術商と並行して開設された現代アートのギャラリーですね。オープンするのはかなり思い切った決断だったのではないかと想像しますが、どのような経緯で開設に至ったのですか。

加島:私たちの会社は、それまで日本の古美術を中心に扱って仕事をしてきましたが、2014年頃から現代のアートシーンにも貢献していきたいという思いを持つようになりました。そこで新会社を設立し2017年に、神楽坂の良い物件を見つけたのを機に、コンテンポラリーギャラリーを立ち上げる企画が具体化しました。

√KContemporary外観 撮影:菊池麻衣子

—— √KContemporaryという名前が、とてもユニークで、 最初は「どのように読むのだろう?」と戸惑ってしまいました(笑)。読み方と、その名前が意味するところを教えていただけますか。

加島:「ルートケーコンテンポラリー」と読みます。当時社員からギャラリー名のアイデアを募集したところ、「root(根)」と書いてくれた方がありました。ところがそこに記載されていた意味は「route(道)」の方の意味でした。でも「root」には根源や根ざすという意味があって、平方根もルートですし、記号の「√」(ルート)を神楽坂に根付かせる想いを乗せて「K」にかぶせたところデザイン的にもかっこよかったのでこの名前になりました。

√KContemporaryのロゴ 撮影:菊池麻衣子

——古美術商のお仕事からコンテンポラリーギャラリーのお仕事への転身はいかがでしたか。基本的な部分は共通しているのでしょうか、それとも全く違った部分があるのでしょうか。

加島:美術品を売買することで国の文化や文化財の継承、普及そして発展への一翼を担うという基本姿勢は変わりません。古美術品商の世界は、伝統的で厳しくもありながら、商売人としての思考や美術品との向き合い方を色々と教えていただきました。例えば「私たちは、作品を預かって、次世代に橋渡しをする役割を担っているのだから、長く愛でて、これからも長く愛でられるように敬意を持って扱わなければいけない」、「作品は、人の顔だと思いなさい。またいではいけないし、直接床に置いてはいけない」などです。このような姿勢は、現代アートに向き合う時も大事だと思い、実践しています。今、最先端の現代アートであっても、何百年、何千年後は古美術品になります。その時の在り方を想像しながら今の活動に落とし込んでいます。古美術品商として私が教わったことを少しでも先に紡いでいくことで、その時々の美術品が愛でられ未来に1点でも多くの『古美術品』を残すことができればと思っています。

√KContemporary内観 撮影:菊池麻衣子

短期的な収支より種まきを優先

——「もの派」の代表的なアーティスト・原口典之や前衛書家・比田井南谷ら巨匠の個展から、AIを活用したアーティスト岸裕真さんや画家の堀江栞さんなど気鋭の若手作家の個展まで開催されていますが、展覧会を企画するにあたっての方針を教えてください。

加島:もともと日本の古美術を扱ってきた知識や経験を強みとして、大きく3つあります。

1.時流に捉われず、作品のジャンルや世代の枠を作らない。
2.直感やストーリーや意味を大事にする。
3.取扱いの作家さんと繋がる企画にする。

√K が主に扱っている作家の世代としては、戦中戦後から現代に至ります。戦中戦後作家というのは、40年代から60年代の作家の事ですが、文脈を浮かび上がらせて伝えるような展示をしたいと思っています。この頃の作家は「点」で活動していることが多く、他の作家や美術活動との「線」でのつながりがわかりやすく提示されることがあまりありません。私たちは、そのようなつながりも調べて、「具体」や「もの派」に続く、掘り起こしや再評価をしていきたいと考えています。
個展やグループ展でお声掛けした現代作家たちは、戦中戦後の美術の文脈からのつながりを感じる方々です。

√KContemporary内観 「原口典之展」展示風景 撮影:菊池麻衣子

√KContemporary内観 「原口典之展」展示風景 撮影:菊池麻衣子

また、古美術を多数扱ってきたからこその直感を大事にしており、出会った作品に魅了されたらその作家にお声掛けしています。
例えば、岸裕真さんはAIを活用した最新テクノロジーを駆使して作品を作っていますが、まずその作品が非常に情緒的で魅了させられました。お会いして話してみると、コンセプトの新しさや制作姿勢に人間味を感じましたし、何千年前の過去から、何千年後の未来までを視野に入れて、俯瞰で今を見据えているところが良いと思ったのです。√KContemporaryの運営スタッフ3人の意見も一致したので、彼の個展を開催することにしました。他にもこの3年で様々な魅力ある作家と出会いました。若手気鋭のアーティストの場合、すぐに売れるかどうかは分かりませんが、私たちの中の「唯一無二」感を優先しています。商売よりもファンを作ることに注力しています。収支は1回の展覧会ごとで考えるというよりは、長いスパンで考えていますので、3~5年スパンの種まきというイメージです。

また一番大事なのは、一つの企画展をお客様、作家、スタッフと共有することです。三方良しの思想は、尊敬するご夫妻から教えられました。とても大事にしています。

√KContemporary内観 「岸裕真展」展示風景 撮影:菊池麻衣子

——InstagramなどのSNSで若手アーティストや海外のアーティストを発掘してギャラリーでの個展を実施することがあるそうですね。大胆だなと思うのですが、作家を探す時の基準などはありますか。

加島:私たちの作家発掘には、時空や国境、人種や性別は関係なく地球という星が提示する芸術作品という壮大なコンセプトがあり、それを日本人の眼が選定しているという点がおもしろいところであり重きを置いているところです。Instagramで面白そうなアーティストを見つけたら、まず3人の運営スタッフで共有します。3人で意見が合致したら、国内の作家であれば、実際に見に行きます。
若手のアーティストは往々にして、技術面では古美術の巨匠たちにかなわないのですが、個性や独創性に関しては、勝るとも劣らない場合があります。作品を制作する姿勢に想像力があるかどうかも重要視しています。

宇宙的なタイムスパンで作品を残す

—— 宇宙的で異次元的な√KContemporary空間での展示には、いつも未来感があります。展示空間へのこだわりを教えていただけますか。

加島:地球上のどこかにあるデザインではなく、宇宙のどこかで地球のギャラリーをオープンしたとして、宇宙人がやってきて「地球っぽい」と言ってくれるようなスペースをイメージしています。現在のギャラリー空間は、マイノリティーという施工会社と、私たちスタッフみんなでそんなイメージを共有しながらつくりあげました。この空間で、美術品は、百年、千年経つと制作された時とは違った価値や意味をもつということを伝えていきたいと思います。今現在の価値観だけで美術品を見るのではなく、宇宙的なタイムスパンで、その計り知れない文化的な価値を感じていただけるとうれしいです。

√KContemporary内観 「岸裕真展」展示風景 撮影:菊池麻衣子

—— 直近では、新たな企画展シリーズ「Being」をスタートしたとのことですが、詳しく教えていただけますか。また、合わせて今後の展望についてもお伝えください。

加島:最近、デジタルネイティブな若い作家たちと話していると、自分の存在意義について色々と考えていて、自分がバーチャルではなく「リアルに在る」ことにこだわっていると感じることが多々あります。そのような時代にあって、私たちが存在する意味を改めて考えてみました。その結果、人類の痕跡を芸術という形で未来に残すというコンセプトのもと、新しく立ち上げた企画展のシリーズが「Being」です。第一弾は、女性アーティストが集結する「Being–Mom is a Woman–」で、時代や世代、ジャンルを超越した国内外の女性作家たち、約18名をキュレーションしたグループ展です。生物学的な女性という性を認識しつつも社会的な性に捉われない作家たちです。彼女たちは、自由な発想と創造性をもって個々のアイデンティティをかたちにし、自分の存在を個として発信する姿勢を作品に昇華させています。そんな彼女たちがたまたま居合わせた一つの場を共有するとき、どういったシナジーを起こし、何が生まれるのかを五感で感じてほしい展覧会です。

今後の展望は、まず、比田井南谷の再評価をしていきたい。しかるべき作家とその作品のことを千年、二千年先まで伝えて残していくためにできることを続けていきたいと考えています。
そして、資料をアーカイブしたり、作家との会話をメモするなどして記録を残す工夫をしていきたいと思います。インスタレーションやパフォーマンスをどうやって残していくかも今後の課題として考えていきます。
直近の課題は、アルバイトの時給を50円上げることです(笑)。ギャラリストの前に経営者でもありますので、社の展望はスタッフの幸せをベースに考えたいと思っています。

ギャラリー情報

√K Contemporary
東京都新宿区南町6
開館時間:火曜〜土曜11:00〜19:00
休廊:日曜・月曜
https://root-k.jp/
TWitter @rk_contemporary
FB @rootkcontemporary
Instagram @rk_contemporary

√K Contemporaryは、次世代を担う優れたアーティストを広く紹介していく場として、2020年3月東京・神楽坂にオープンしました。先人達の芸術思考を学び、その審美眼をもって主に戦後から現代、そしてコンテンポラリーアートを幅広く紹介する このギャラリーには、時空や国境を越えて芸術の本質に触れる場を作りたい、という想いが込められています。

展覧会「Being – Mom is a Woman–」情報

会期:2023年4月29日(土・祝)~5月27日(土)
(GW 期間中は無休)
場所:√K Contemporary
出展作家:芥川(間所)紗織、内田江美、桂ゆき、田口るり子、田部光子、張静雯(チャン・ジンウェン)、洞山舞、堀えりぜ、松本陽子、三上晴子、峰村リツ子、八木夕菜、山田彩七光、渡辺志桜里、Carol Chediak、Cornelia Thomsen、Ha Haengeun、Sohyun Park ほか
(※出展作家は変更になる可能性があります)
主催:√K Contemporary
協力:山口情報芸術センター[YCAM]、井上雅也氏(株式会社 TODOROKI)、平川紀道氏、馬定延氏、ギャラリー川船、株式会社彩食絢美、Gallery COLORBEAT
https://root-k.jp/exhibitions/being-mom-is-a-woman

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