「NO ART, NO LIFE」浮世絵に根ざしたアートは居酒屋から世界へ【尾形凌氏インタビュー】

ライター
中野昭子
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アーティストインタビュー インタビュー

人の数だけアートがある! 芸術に対する思いは人それぞれです。藝大アートプラザでは、アートとは何かをさまざまなアーティストたちに尋ねることで、まだ見ぬアートのあり方を探っていきます。

高校生のときに都内の居酒屋で個展を開く一方、身近な「おじさん」をモチーフに描いた『おじさん日記』を出版するなど、注目を集める若手アーティストの尾形凌さん。浮世絵や日本画、仏教画などにインスパイアを受けつつ、新しい表現を追求している尾形さんに、自らのアート観ついて、これまでの活動とともに伺いました。

高校生のときに観た浮世絵たち

——尾形さんは早い段階でアート活動を開始されていますが、どんな子ども時代を送ったのでしょうか?

尾形:子どもの頃はスポーツに打ち込んでいましたね。小3から中1までサッカーをやっていて、中学時代は陸上競技をやり、港区の連合運動会でトップ3に入るくらいだったので、高校もスポーツ推薦で受験しようと考えていました。ただ一方で昔から、自分は最終的に画家になるのかなと思っていて、小学校の文集に「画家になる」と書いていました。

言葉を選びながら、丁寧に話す尾形さん。

東京藝大大学院で保存修復技術を研究していた父(尾形純氏)は、抽象画家でありながら修復家としても活動し、母も学生時代に絵を学んでいましたので、幼い頃から父のスタジオで、著名作家の作品を目にしたり、美術館へ行く機会は周囲に比べて多かったと思います。ただ、西洋絵画に関しては、美術館へ見にいくものという感覚でいましたし、油絵具を使って時間をかけて描く感じが肌に合わない気がしていました。

転機になったのが、中学生時代の終わり頃、葛飾北斎や河鍋暁斎、歌川国芳や歌川国貞らの展示を両親と見たことですね。北斎らの作品を見た時、経験したことのない衝撃を受けて、すぐにコンビニで筆ペンを買って国芳、国貞の画集を模写しました。それから自分は、絵の具を重ねるのではなくて「線」で描きたいんだと分かったんです。

後で知ったのですが、僕のひいおじいさんは彫金師だったので、それも影響しているのかもしれません。


尾形さん手描きのバッグとTシャツ。藝大アートプラザ「LIFE WITH ART」のコーナーで販売されている。

おじさんの絵をおじさんが見て、その後ろでおじさんがしゃべる

——その後、高校に進学して絵を描いていたんですね。

尾形:僕の通っていた学校は、わかもと製薬株式会社創設者のお屋敷だった場所で、唯一残された「清明亭」という日本家屋が茶道部のお茶室として使用されていました。高校2年生の時、茶道部の先生からの依頼で屏風絵を制作し、文化祭で展示していただく機会がありました。それがプレデビューになると思います。

尾形さんの手による屏風絵。高校生の筆致とは思えない緻密さと完成度。(画像:本人提供)

その後、小学生時代のサッカーのコーチが僕の絵をとても気に入って下さり、コーチが地元の東京・田町の商店街で居酒屋を営んでいたというご縁から、高校3年生の夏に、居酒屋「鳥駒」で初個展『おじさんin居酒屋』を開催し、それがデビューとなりました。

——高校生で個展を開催するのも、会場を居酒屋にするのもユニークです。

尾形:ギャラリーだと絵を見にくる人がいらっしゃるのですが、そうではない人に来てもらえたら面白い化学反応が起こると思って、居酒屋さんがいいなと思ったのです。お店は東京都港区のオフィス街にあり、おじさんがたくさん来る場所です。ですので、テーマは「おじさんと居酒屋」にして、絵を30点程度展示しました。テーマは、今まで自分のやってきたことと場所とがクロスオーバーする内容にしました。

会場にはおじさんの絵を、宝探しのようにいろいろな場所に展示しました。おじさんの絵をおじさんが見て、その後ろでおじさんが喋っている、という光景でした。はじめての経験ですので緊張しましたけれど、皆さん面白がってくださいましたし、当時、僕は未成年でお酒を飲めないので、しらふで酔っ払いのおじさんと話したりしましたね。居酒屋さんには両親とよく行っていましたし、ホームタウンのような存在なので、客層などが頭に入っていたのも良かったんだと思います。

『おじさんin居酒屋』の展示風景。作品が馴染んでいて、まるで最初から飾られていたかのようです。(画像:本人提供)

——美術館やギャラリーで開催するのとは異なる、面白いお客さんが集まりそうです。

尾形:本当にいろいろな方に来場いただきました。なぜおじさんの絵を描けたのかと考えると、日本画や仏画には、羅漢や餓鬼など、庶民や年老いたキャラクターを愛とユーモアのある眼差しでみつめていて、そういった絵画が好きだったからだと思います。
振り返ると、お店に入って出るまで楽しんでいただくという場所づくりは勉強になりましたし、展示はインスタレーションとして機能していたように思います。
おじさんの展示も、4年に1度位はやってみたいですね。

高校時代の尾形さん。次回の『おじさんin居酒屋』も楽しみです。(画像:本人提供)

——忙しい高校生活だったでしょうね。

尾形:はい。それから高校3年生の12月に、地元の正伝寺さんというお寺で、「老い」をテーマにした個展、『月下老人』を実施しました。居酒屋さんの時と同じように、「絵を見る目的ではない」人々が集う場所だからいいなと思いましたし、月日を重ねる建築と、人間の老いが共通するなと考えたんです。
あと、僕は仏教画や日本画をモチーフに作品をつくっているので、お寺はハマる場所だったというのもあります。そこでは軸が3点、一回り大きいサイズの絵画が6~7点、あと大き目の屏風絵も飾りましたね。冬だったので空気が冷たく、お線香の匂いが漂い、緊張感がある中で作品と対峙できるという、お寺ならではの展示になったと思います。

『月下老人』の展示風景。お寺ならではの、荘厳な雰囲気が漂います。(画像:本人提供)

——その後、東京藝大美術学部の先端芸術表現科に進みますが、油画や日本画を専攻しなかったのはなぜですか。

尾形:僕には、暁斎や北斎などの絵から学び、「この世とあの世の間に生きる存在を浮かび上がらせたい」というテーマがあります。藝大の美術学部では、先端芸術表現科以外の学科は概ね画材が最初に決まっていて、それを使って作品をつくるのですが、先端はつくりたいものが先に決まっていて、そこから絵画や写真といった表現方法を決めます。先端は自分のやりたいことに一致していると感じましたし、オリジナリティを尊重してくれる場所にいきたいと思って決めました。

それに、先端だとポートフォリオを見ていただけるので、今までの活動をプレゼンして、それが先端芸術表現科のアドミッションポリシーに沿っていれば門が開かれる、という形に惹かれたのもあります。ですので受験の際には、高校の個展もポートフォリオで提出しました。

架空のロックバンドの「グッズ」としての作品

——先端芸術表現科に入学されて、どのような学びがありましたか?

尾形:先端の学生は、自分とは違うことに造詣が深い人がたくさんいます。藝大の講師陣はアーティストの方が多いのですが、僕は森美術館でキュレーターをされていた荒木夏実先生の研究室に入っています。荒木先生のお話はとても面白く、また、空間を使った表現方法や、鑑賞者と対話するような作品など、自分でディレクションするような展示方法も学んでいます。

——入学後も精力的に活動なさっていますね。

尾形:ギャラリーでも展示を行っていて、2022年3月、大阪のgallery marcoで猫と鬼ヶ島のONIGIRL、八百屋の幸子と僕という4人編成の架空のロックバンド、RYO OGATA BANDのライブでのグッズ販売を想定した展覧会『Fiction-The RYO OGATA BAND』を開催しましたし、今年の7月には、自由が丘のDIGINNER GALLERYで、涅槃図や十界図や仏画からインスピレーションを得た展覧会『NIRVANA』を開催しました。

居酒屋さんやお寺など、古い場所で展示してきたからこそ実感するのですが、ギャラリーは作品がシンプルに見やすいですし、ギャラリーならではの良さがあると思っています。

架空のロックバンドを設定し、その「グッズ」という体裁で作品を手掛けるというプロジェクトも進めている。

アートとは「身近なもの」

——北斎や暁斎といった絵師の外に、好きな作家、尊敬する作家などはいますか?

尾形:映画監督のティム・バートンや、作家で芸人の又吉直樹さん、作家集団のPERIMETRON(ペリメトロン)などが好きですし、尊敬しています。他、ヒグチユウコさんは、線で表現する部分などに共感します。
現代の作家さんとはインスタで知り合うことが多く、歴史上のアーティストや画家を知るのはレコードを漁る感覚に近いと思っていて、探すのが楽しいです。

緻密な線で、この世のものならぬモチーフが描かれた、尾形さんのスニーカー。

——尾形さんが思う「アート」とは、どんなものでしょうか?

尾形:身近なもの、というのが一つの回答でしょうか。僕は、今までアートに触れてこなかった人にも体験していただけるような展示をやりたいですし、アートは、居酒屋さんやお寺のように、誰もが足を運んで出会える近しいものとして捉えています。

——現在、藝大アートプラザの展示空間「LIFE WITH ART」でも、Tシャツやバッグなどを置かせていただいています。

尾形:洋服や靴やバッグなどは、鏡にちらっとうつった時に嬉しかったりしますよね。そういった形で、アートは生活の中に落とし込めるものとして普及してほしいです。言うならば「NO ART, NO LIFE」ですね。

藝大アートプラザ LIFE WITH ARTで取り扱っている尾形さんのTシャツ。Tシャツやバッグはすべて手描きの1点もの。丁寧につくられています。

——今やっていることや、今後やりたいことなどはありますか?

尾形:今後やってみたいこととしては、平面作品だけでなく、立体やアニメーション作品なども、もっと増やし発表していきたいと思っています。あと、グループ展以外、2人展などをしたことがないので、ご興味のある方がいらしたら、是非連絡いただきたいです(笑)。特に異業種の方と何かをやりたくて、僕はビートルズや80年代のイギリスの音楽や、オールドミュージックのレコードジャケットなども好きなので、例えば僕のつくった映像に、ミュージシャンの方に音楽をつけていただけたらいいなと思います。

ジャパニーズカルチャーを引き継ぎながら、現代ではどんな表現にできるかを思考しているので、海外の方と関わることで大きな化学反応が起きたら最高ですね。

(Photo:安藤智郎/Tomoro Ando)

【RYO OGATA】
2001年4月 東京都生れ
2018年(高校2年) 
    清明亭(世田谷区深沢)にて屏風絵の発表 
    TOKYO2020イベント参加(浜離宮恩賜庭園)
2019年(高校3年)
    ZERO展 ZERO会賞受賞
    [個展]First Exhibition 「おじさんin居酒屋」@うなぎ・やきとり鳥駒
    WELCOME to Tokyo PROJECT 「2019 TOKYO MITE」 参加
     第二回全日本芸術公募展 佳作
    [個展]「月下老人」於:芝 正伝寺
     東京都高等学校美術工芸教育研究会 中央展 銀賞
2020年 
    令和元年東京都教育委員会児童・生徒等表彰
    東京藝術大学 美術学部 先端芸術表現科 入学
2021年
    書籍「おじさん日記」を小学館集英社プロダクションより出版
   「BE AT STUDIO HARAJUKU」 @LAFORET MUSEUM 展示参加
   [個展]「100FACES~100人の似顔絵」 @ esu gallery 祐天寺
2022年
   [個展]Fiction-The RYO OGATA BAND @ Marco gallery 大阪心斎橋
2023年
   「日本橋アナーキー文化センター Vol.5」グループ展
   [個展]「NIRVANA」 @ diginner gallery自由が丘 
Instagram :@tunami2002

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